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A5判並製192頁

定価:本体2600円+税

発売日 2019年6月5日

ISBN 978-4-7885-1637-3





日本記号学会 編

転生するモード セミオトポス14
──デジタルメディア時代のファッション



かつてファッションの流行はパリコレ、『ヴォーグ』『エル』などに主導されるものだったが、今やインスタグラムなどのネット上には読者の「ファッション」が溢れている。デジタルメディア時代にモードはどうなるのか。転生するモードの実態を探る。

*『アクロス』で永年、スリートファッションを調査してきた高野公三子氏を迎えて、その変遷を訊く。

*売出し中の写真家・須藤綾乃氏をゲストに、デジタル時代の写真、ファッションの行方を訊く。

転生するモード 目次

転生するモード 刊行によせて


転生するモード*目次

刊行によせて  前川 修

はじめに 問題提起 高馬京子 
Ⅰ部 紙上のモード―印刷メディアと流行 序文 印刷メディアと流行に対する諸視座 佐藤守弘
ファッション誌の技法―イメージ/ことば/設計図 平芳裕子
モード(Mode)を構築・伝達する言説―ゲートキーパー像と読者の審級の構築 高馬京子
新しいファッション・メディア研究に向けて 成実弘至 

Ⅱ部 ストリートの想像力―HARAJUKU/SHIBUYA
ストリートの想像力 高野公三子・水島久光
クロスロード化するファッション 水島久光

Ⅲ部 デジタルメディア時代のファッション
デジタルメディア時代のファッション 須藤絢乃・大黒岳彦・吉岡洋・高馬京子(司会)
討論・質疑応答
apres-propos―セッションの後に 大黒岳彦
哲学のファッション 吉岡 洋

第Ⅳ部 記号論の諸相
「自己 制御」とその極としての「希望」あるいは「偏見」
―パースにおける「共同体」 佐古仁志

資料 日本記号学会第三七回大会について

執筆者紹介

日本記号学会設立趣意書


刊行によせて

日本記号学会会長 前川 修


本特集の各論者は、ファッションという語で概ね、さまざまな時代と地域のひとびとが身にまとう当世風の衣装のことを指している。また同時に、この語にはもともと、「流行」という意味も裏地のように貼りついている。つまり、ここでは「流行」の「衣服」、これが「ファッション」の意味とされている。

もちろんすぐに補っておけば、まずこの語には衣服以外のものも含まれる。つまり、アクセサリーや髪型や化粧法、最終的には振舞いや嗜好を含むライフスタイルにまで意味は拡張される。第二にこの語は、十九世紀以降の大衆社会とマスメディアの登場と深い関係がある。この時期以降、メディアを介して伝えられるスタイルの変化が、強烈に時間=時代を意識させるものとして浮上した。その典型例がファッション=衣服である。社会の日常的な表層とその刻一刻の移り変わりを目にすること、上書きされつづける流動的な今そのつどの現象への構え、私たちにとってはもはやあまりにも自明になったこうした生のあり方、そうしたことも、「ファッション」を輪郭づけている。

このように際限のない拡張性や恒常的な現在性という性格もあってのことだろうが、ファッションを論じることにはつねに困難が伴ってきた。もちろん、ファッションについて言葉が紡がれることは珍しくはない。雑誌やTV番組では日々、ファッションを語る評価(例えば「ファッション・チェック」的番組や記事)を嫌というほど目にするし、あるいはそこでは、ファッション・デザイナーやブランドを中心にしたファッションを称揚する言説も溢れている。

また、衣服を研究する学問としては、すでに服飾史があるし、最近では文化研究を方法論としたファッション研究も目にすることは多い。しかし、今回の執筆者などの、一部の例外的な議論を除けば、多くのそのような評や論は、この現在性と拡張性をうまく扱うことができない。だからファッションをあらかじめジャンル区分したり、高級なもの/高級でないものに階層化したり、有名なデザイナーや雑誌編集者の固有名を中心にしたりして、制限つきで議論せざるを得ない。さらにいえば、ファッション論は必然的に有名ブランドやデザイナーの衣服を「作品」として、あるいはテクストとして論じることにもなる。本書で何度か言及されるロラン・バルトのモードの記号論や鷲田清一氏の現象学的なモード論などは、こうしたファッション言説とは一線を画す、現在でも無視できない業績なのだが、そうした傾向は少なからずある。

第Ⅲ部で吉岡洋氏が述べているように、「ファッションなんて自分には関係ない」と思っているひとにすら、ファッションは実は作用している。そうした広大な作用圏、言うなれば、ファッションのヴァナキュラーな磁場を浮かび上がらせるようなファッション論は、まだ十分には構築されていないと思う。ロカモラとスメリク編『ファッションと哲学』(蘆田裕史監訳、フィルムアート社、二〇一八年)はそうした未来のファッション論のための素材を提示したということで大きな意味がある。

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