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A5判上製360頁

定価:本体3600円+税

発売日 2019年3月25日

ISBN 978-4-7885-1626-7





やまだようこ 著

やまだようこ著作集第2巻
ことばのはじまり
──意味と表象



 刊行されるや心理学研究者、現場の人々に大きな反響をもたらした『ことばの前のことば』。未刊だった続巻がついに著作集第2巻、3巻として完結。

第2巻では1歳代前半に焦点をあて、「ことば」が生まれてくるプロセスと身振りの発生プロセスをたどる。


目次

はじめに(一部)

ためし読み



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ことばのはじまり 目次

はじめに

Ⅰ ことばのはじまり
  ─ことばが生まれるすじみち

第1部 名づけのはじまり

1章 ことの端(は)としてのことば
  1 片言の時代
  2 最初のことば
  3 一語発話の意味
  4 何によって意味づけるのか
  5 名づけるということ

2章 共感のことば
  1 〔ここ〕世界のことば
  2 音声の響きと意味の響き

第2部 身のことば

3章 指示─あそこを見て
  1 叙述の指さし
  2 表象には無理な指さし

4章 行動のかた(方・型)─これはああするもの
  1 物を用途にあわせて使う─慣用操作
  2 こうしてああするの─手順の表示
  3 「行動のかた」とことば

5章 身振り─手振りを中心に
  1 バイバイの手振り
  2 「こと」を表現する身振り
  3 我が身と身振り
  4 共に揺れることと身振り

Ⅱ ことばが生まれる場所(トポス)

6章 意味生成の場所(トポス)〔ここ〕
  1 認識のべースとしての場所
  2 心理的場所(トポス)〔ここ〕
  3 表象の拠所(よりどころ)〔ここ〕
  4 自己の居場所〔ここ〕

7章 記号(しるし)としての〔これ〕─世界よ小さく小さくなあれ
  1 表象機能とは
  2 表象機能の性質
  3 意味記号の区分
  4 意味記号の媒体

8章 「あわせる」と「うつす」─表象を生みだす働き
  1 「あわせる」ということ─同一化の概念
  2 「うつす」ということ─場所移動の概念

おわりに(草稿 1988年)
おわりに(新版 2019年) 

初出一覧と関連資料
索 引

カバー写真=林 恵子/装幀=虎尾 隆


はじめに(一部)

 ■ことばが生まれるすじみち

 この本は、子どもの0歳から3歳までの日常生活における行動観察をもとに、子どもの心理世界で本質的に何が起こっているのかを探りながら、「ことばが生まれるすじみち」にいくつかの理論的道標をつくることをめざすシリーズの2巻目である。

 このシリーズは、母親が日誌に記したひとりの子どもの日常観察をもとに、子どものことばが生まれる生(なま)の現場から、「ことばとは何か」を問いかけるものである。ひとりの子どものことばが生まれる発生過程を、文脈を大切にして詳細に追いかけながら、「ことばとは何か」を根源的に思索し、新たな人間観を照射してみたいと考えている。

 本巻では、特に1歳代前半に焦点をあてて、「ことば」が生まれてくるプロセスと、「身のことば」というべき身振りの発生プロセスをたどっていきたい。

■世界が意味づけられるころ

 ことばが生まれるとは、どのようなことなのか、何がどのように変わるのだろうか。それは、ただ「マンマ」「ブー」など片言が話せるようになることだけではないだろう。

 1歳ころから、子どもはことばを話しはじめ、世界を名づけはじめる。ことばは、親が使っていることばをそのまま模倣したり、外から教えた名前をまねるというような単純なプロセスで発達するのではない。ことばが生まれるには、子どものなかに世界をまとめあげイメージ化していく認識のしかた、世界を意味づける働きが育たなければならない。

 ことばによって、世界は意味あるものに変わる。ことばによって世界は根本的に変化する。私たちが見ている世界は、光と影が瞬時に変化しながら絶えず動いている動的世界、ありのままの現象世界ではなく、意味の世界である。今、私の目の前にある本も机も、部屋の壁も天井も、窓から見える緑の山々も澄んだ青い空も、ことばによって名づけられることで恒常化し安定して、ここにあるものとして意味づけられている。私たちは、意味世界のなかに住んでいるのである。

 ことばが生まれるころ、子どもの世界は意味づけられていく。子どもは、世界の見方を大きく変化させ、意味ある世界、生き生きと息づくイメージの世界を基盤にして世界と対しはじめる。このような「意味のはじまり」こそ、ことばによって世界が新たないのちを帯びて息づきはじめる転換点だといえよう。

 世界が意味づけられるとは、世界が有機的にむすびついて見えてくることだと言ってもよいかもしれない。それまで空中の塵(ちり)のようにキラリと視野に現われては消えていくにすぎなかった断片(かけら)のような物体は、ことばによって名づけられる。ものに名前がつけられると、それは他の名前をもつものたちと関係づけられ、一定のルールで運行する星座のような網目のなかへ位置づけられて、居場所をもつ。星たちは断片的に行き交う単なるきらめきではなく、自分がいる視点から見た形でまとまり、さまざまな名前の星座としてかがやきはじめる。

 ことばの意味は、人びとが共同体のなかで長い年月をかけて育んできた人類の財産というべき「ものの見方」の結晶である。子どもは、ことばによって、その意味世界の住人になるのである。子どもは人びとが育んできた共同の場所(トポス)に根っこを生やし、意味の森に住み、意味の天空を眺め、意味の食物を食べはじめる。意味の生成は、歴史と文化によって育まれてきた人類の世界観の継承であり生成である。

■意味と表象の発生

 1歳児の身のまわりに起こるさまざまな「できごと」は、もう0歳初期のように個々バラバラのものではない。目の前にくりひろげられている今ここで起こっている、この「こと」は、前に見たことがある、あの「こと」へと有機的にむすばれ意味づけられていく。「意味のはじまり」は、表象化と記号化とものがたりのはじまりでもある。世界が現前にみえるもの、今ここにあるものだけではなく、かつてあった過去のものや未来の予感ともむすびつけられる。

 意味と表象の発生によって、常に流れ去っていく現在という瞬間は、その見かけの変化を超えた変わらないものへと変換される。それは世界を眺める認識の枠組となり、感情の寄り処(どころ)となり、さまざまな人びとを位置づける基準ともなる。

 そして今見ている現前の世界は見えない世界と重ね合わされ、ここの世界はあそこの世界と結ばれて、二重構造で眺められるようになる。ここにないものが、ここに居ながらまざまざと見えるようになる。今日(現在)のなかに昨日(過去)が、そして明日(未来)が連結され、世界は構造化されていく。子どもが愛着をもつこの人という特別の人と、そのほかの人びととの差異化が行われる。

 この時代に子どもが身にうつし、身に仕舞いこみ、身をもって体験する「できごと」は多様で生き生きしていて鮮やかで驚きに満ちている。しかしその体験世界の「できごと」の豊かさに比べると、表現できる「ことば」は、まさに「こと」の端(は)、片言にすぎない。

 1歳代は、片言の時代である。「ああ!」「まあ!」と感嘆詞がつらなるような「知ること」の驚き、次々とものごとがつながりをもってまとめられていく「わかること」の喜び、それらによって体験世界は日々豊かになる。子どもはそれを自分のまわりの人びとにも当然わかってほしいと思う。だが片言のことばはそれを表現するにはあまりにも貧弱な媒体でしかない。

 気持ちが相手にうまく伝わらないので、わかることと、やれることとのギャップの大きさに当の子どももいらだつ。しかし子どもに問いかけて説明を求めても、それに応じられるほどには開かれた態度も公共化された表現の手段もないから、問いつめるほどにわからなくなってしまう。コミュニケーションをことばだけに頼っていたのでは、子どもも大人も途方にくれるほかはないだろう。

 しかしそれは、音声言語としてのことばだけを特別扱いしすぎだからである。特に1歳代は、音声による片言と並んで、我が身を使う「身のことば」とでもいうべき身振りなどの多様な表象行動が生活のなかで重要な役割を果たすことに目を向けねばならない。

 この本でも私の視点は、0歳代の乳児の心理を扱った第1巻の『ことばの前のことば』と同じように、ことばという氷山を海面下で支える言語機能「ことばにならない行為」のほうにある。現実生活のなかでの子どもの振る舞いをクローズアップすることで、ことばの働きを逆照射し、ことばの本質を考えていきたい。

 ことばが現実生活において主導権をもつ時代は、片言を話しはじめたとたんにすぐはじまるわけではない。最初のことばの発達は遅々としていることが多い。新しいことばは出そうでなかなか出ず、ほんの少しずつしか増えない。ことばが現前の世界を統制し主導権をもつには、イメージの世界が現前の世界を超え逆転劇が演じられるまでの長いプロセスが必要である。

 言語機能の発達にとって大切なのは、よく知らない新しいことを次々に空疎にしゃべる能力ではなく、ひとつのことばに、どれだけの内実のある意味をもりこめるかということである。量の増大が質の変化を導くといわれるが、必ずしもそうではないだろう。量の不自由が質を高くすることがある。1つのことばだけでも真に意味あるものとして使えることが重要である。ことばの意味作用の核心がつかめれば、あとはさまざまに応用できるのである。

 この時期の子どもが饒舌(じょうぜつ)ではなくわずかな片言・・・