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四六判並製336頁

定価:本体2800円+税

発売日 2019年3月25日

ISBN 978-4-7885-1625-0





ゲルダ・サンダース 著
藤澤玲子 訳

記憶がなくなるその時まで
──認知症になった私の観察ノート



 若年性認知症の診断を受けた元学者が、自らの過去、現在を内側と外側から観察し、未来についての決断に至るまでの手記。自己とは、人間とは、生きるとは何か。希有な認知症の自己観察報告であるだけでなく、人の生への洞察を深めることのできる本。


目次

訳者あとがき

ためし読み



◆藤澤玲子氏 関連書
虐待が脳を変える


記憶がなくなるその時まで 目次

著者の手記

1章 自分が誰だかわからなくなる前に自分を語る

2章 量子的パフアダーと記憶の断片

3章 消えていく自己の文法

4章 壊れてしまった脳

5章 狂気と愛 Ⅰ

6章 狂気と愛 Ⅱ

7章 死に向かう変身

8章 あえて名前を言わない出口

謝辞

訳者あとがき

装幀=新曜社デザイン室


訳者あとがき

  本書は、ゲルダ・サンダース(Gerda Saunders)著、Memory’s Last Breath: Field Notes on My Dementia, Hachette Books, 2017 の全訳である。本書は、若年性認知症の診断を受けた元学者の著者が、自らの過去や現在について内側と外側の両方から観察し、未来についての決断に至るまでの手記である。その過程で、自己とは何か、人間とは何か、生きているとはどういうことなのかということまで模索している。認知症をテーマとしているが、決して単なる闘病記ではない。冷静で客観的な観察眼を持ちながらも、どんな状況でもそこにユーモアを見出す著者の前向きな人柄が溢れる明るい内容となっている。認知症を患う人や家族が、様々な知識を得たり違った考え方を知るチャンスになるだけではなく、認知症とは無関係な人にとっても、人の生への洞察を深めることのできる本であろう。

 手記は、大きく三つの流れで構成されている。一つ目は、認知症についての調査内容であり、現在までの学術的背景である。単純に科学的な調査結果を述べるのみならず、哲学や文学など幅広い視点から認知症やそれに関わる記憶、脳、生と死を見つめたものとなっている。また、医療関係者やジャーナリストなど第三者の立場からの文献なども引用しているところから、ゲルダの客観的な姿勢を保とうという強い意志が感じられる。元大学教員で物理や数学の素養があったとはいえ、認知症によって記憶が保てない中で、分野外の医学や科学の領域も含めてこれほど深く、細かく観察し記録しているという事実だけでも、人間の能力の神秘を見ることができる。

 二つ目は、認知症の人たちの観察記録である。知識としての認知症ではなく、身近な認知症の人と家族を観察した記録だ。一人目は言うまでもなく、ゲルダの愛し尊敬する母親だ。元々はアパルトヘイト政策下でもリベラルで、田舎生活の中でもエレガントさを失わない知的な女性だったが、認知症を発症してからは、人種差別主義者となり、身なりにもかまわなくなった。それでも独立心が強く、最後まで自分のスタイルを貫こうとした人である。文中の彼女の描写からは、ゲルダが母親を理想の女性と考え、愛し尊敬していたことが窺える。もう一人は近所に住むボブだ。ボブが認知症になってからも妻のダイアンは献身的に支え続けている。支える側も支えられる側も一緒にいられることに幸せを感じ、何があっても愛し合うことのできるまさに理想的なカップルである。しかし同時に、どれほど愛し合う夫婦であっても、介護者にのしかかる負担は大きいのだという認知症の現実の厳しさも浮き彫りとなっている。この2人が、ゲルダにとって「自分の認知症が進んだらこうなる」というモデルになっていることは間違いない。

 三つ目は、著者ゲルダの自叙伝的な内容である。生まれ育った南アフリカのこと、移住先のソルトレイクシティでの生活、夫ピーターとの馴れ初めや結婚生活、そして子育てなど、現在のゲルダを形作ってきた様々な出来事が赤裸々に描かれている。このゲルダの思い出が本書の中心となっていると言っても過言ではない。訳者自身は南アフリカについてあまり知らなかったので、アパルトヘイト政策下の人々の考えや、まだ設備が整わない中での暮らしについての記述は非常に興味深かった。また、そんな暮らしの中での才女ゲルダの恋愛や結婚やプライベートな生活についての記述は、物語のように面白く感じた。と同時に、読み進めていく中で、なぜ認知症の手記なのに、これまでの人生についてこれほどまでたくさん書く必要があるのだろう?という疑問が常に頭をよぎった。

 しかしながら、この三つの流れが一つの大きな流れにのみこまれていった後半、初めてすべての要素が必要であったのだとわかる。自叙伝は、単にゲルダの薄れゆく記憶を記録にして、失われていく自己を埋め合わせるためだけのものではなかったのだ。最後の決断に至るための理由や背景、思想を伝えるためだったのではないかと思う。困難にぶつかった時、受け止め方や対処法は人によってまったく違う。それは、それまでの人生や、置かれた環境や、思想や背景などすべてが複雑に絡み合った結果であって、ある人にとっての最善の策が他の人にも良いとは限らないのである。

 高齢化が進む現代の日本において、認知症の患者は増え続けている。介護者の負担や患者の人権は大きな社会問題である。実際のところ現代の日本では、家族が犠牲になって認知症の患者を支えていくべしという風潮がある。訳者個人的には、ゲルダの決意はまことに勇気のあるすがすがしいものであると思う。また、認知症を患うものにとってこんな選択肢もあるのだと知ることだけでも非常に価値があると思う。とはいっても、これはゲルダの選択であって認知症の人すべてに当てはまるものではない。知性に対してすさまじいまでの執着があり、アパルトヘイトへ逆戻りすることを忌み嫌う彼女だからこその選択なのである。さらには、日本に比べて施設や医療が高額であるためにやはり家族がケアをする以外の選択肢がない場合が多いアメリカに住んでいることや、実際に保険制度に加入できなかったという現実的な面もある。それでも、ゲルダにとってこの選択が気軽なものではないということもは何度も強調されている。ゲルダは現在無宗教であるが、幼少から慣れ親しんできた厳格なカトリックにおいては、自ら命を絶つことは罪なのだ。

 現在、Gerda Saunders で検索すると、彼女のツイッターが見つかる。ブログやフェイスブックや YouTube もある。興味をもたれた読者は是非検索してみて欲しい。文章から感じられる以上に個性的な凛とした女性であることに驚くであろう。2018年11月30日の現時点では、どのメディアも定期的に更新されているようである。いくつかの記事を読んでみると、いまだにユーモアに溢れた生き生きした文章が健在だ。写真や動画で見る彼女は、とても元気で若々しく活気に満ち溢れている。まだまだユニークなファッションを諦めている様子もない。彼女がこれからもどのように病気と闘いながら情報を発信していくのか、最後の決断はどのように実行されるのか、訳者自身、今後も応援していきたいと思っている。

 最後になったが、このすばらしい本を紹介し、翻訳の仕事を任せてくれた新曜社の塩浦社長、その他出版までに尽力くださった多くの人にこの場を借りてお礼を申し上げたい。

藤澤玲子