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四六判並製288頁

定価:本体2400円+税

発売日 2019年1月31日

ISBN 978-4-7885-1605-2





遠藤英樹・橋本和也・神田孝治 編著

寺岡伸悟・山口 誠・須永和博・森 正人 著

現代観光学 ワードマップ
──ツーリズムから「いま」がみえる



 今や現代を特徴づけるものとなった観光。それを学ぶ愉しさ=悦びを味わえるように工夫されたワードマップ。「まなざし」「感情労働」「スポーツ観光」「ダークツーリズム」「ガイドとナビ」などの新鮮なキーワードと「現場からの声」でガイドする。


現代観光学 目次

現代観光学 はじめに

ためし読み




現代観光学 目次

はじめに

Ⅰ部 観光の歴史と観光学
  観光とは何か オルタナティヴの試みをのみ込む大衆観光
  観光の近代 資本主義社会における時間/空間の特徴とマス・ツーリズム
  現代における観光とポストモダン 流動化する社会における新たなる展開
  ポストモダン以降の観光 シンクロする「現実」と「虚構」
  観光学の特徴 動的な最先端の知的議論の場
 ●コラム ジェンダーとツーリズム

Ⅱ部 観光学の視点
  観光者の観光経験 「真正性」の議論を超えて「真摯な」交流へ
  観光客のまなざし 観光学における基本かつ最前線の視座
  真正性 めくるめく「本物」の不思議
  シミュレーション ディズニーランドに象徴される世界
  メディア 「型通り」のパフォーマンスの快楽
  文化産業 欲望の四次元化
  パフォーマンス 観光における行為を解剖すると、観光の社会性が見えてくる
  感情労働 ポスト・フォーディズム時代の労働
  伝統の創造 その概念の多面性から高度近代社会に迫る
  ポストコロニアリズム アジアのホテルに埋め込まれた植民地主義の歴史
  マテリアリティ マテリアリティとは人間と事物との複雑な関係の様態である
 ●コラム アトラクション=サイト×マーカー

Ⅲ部 観光学のテーマ
  オルタナティヴ・ツーリズムの現在 地域のためになる観光を実現するには
  先住民族 先住民族アイヌの文化伝承と観光
  宗教ツーリズム 「神聖・真正性」を獲得する過程に注目
  スポーツ観光 パフォーマー・観光者と「真正化」
  ダーク・ツーリズム 他者と共生する技法
  ガイドとナビ 観光のアフォーダンスとは
  鉄道 移動経験と観光はどのように関わってきたか
  ホスピタリティ 一義的に捉えられない複雑な概念
 ●コラム 観光研究におけるスポーツとオリンピック

Ⅳ部 観光学のフィールド
  観光社会学の現場から① 奈良・観光と地方再生
  観光社会学の現場から② リヴァプールにおける「ミュージック・ツーリズム」
  観光人類学の現場から① 人・アート・コト・地域
  観光人類学の現場から② タイにおけるコミュニティ・ベースド・ツーリズム
  観光地理学の現場から① 四国遍路
  観光地理学の現場から② 与論島観光の調査における多様な発見・解釈の創造
 ●コラム 再帰的な「ゆるキャラ」の登場

おわりに――媒介する世界市民へ
現代観光学のためのブックガイド
事項索引
人名索引
  
  
装幀――加藤光太郎


現代観光学 はじめに

  現代において、社会のあり方は大きく変容しつつある。石田英敬によれば、現代社会は、①「ポスト・グーテンベルグ」状況、②「ポスト・モダン」状況、③「ポスト・ナショナル」状況、④「ポスト・ヒューマン」状況という、四つの「ポスト状況」に特徴づけられるようになっているとされる。私はこれらに、⑤「ポスト・フォーディズム」状況を加えたいと考えている。以下、もう少し詳しく、五つの「ポスト状況」とはどのようなものかを見ていくことにしよう。

①「ポスト・グーテンベルグ」状況
 マーシャル・マクルーハンが述べるように、二十世紀は、活字印刷技術を主体とする「活字メディア圏」から、電信・ラジオ・映画・テレビを主体とする「電気メディア圏」へと移行した時代であったが、現代のメディア状況はさらに先へと進み、コンピュータやスマートフォンを主体とする「デジタル・メディア圏」へと突入している。「ポスト・グーテンベルグ」状況は、インターネットのウェブで相互に結びついた「デジタル・メディア圏」において情報・知・イメージが世界中のいたるところへと移動し、無限に情報・知・イメージを複製させていく「シミュレーションの時代」を意味する。

②「ポスト・モダン」状況
 近代が成立して以降、私たちは、人間が文明を手に入れることで次第に進歩し、技術を通じて自然を克服し、生活を豊かにし、理性的に成熟していくようになるのだと信じてきた。しかしながら、ジャン・フランソワ・リオタールが主張するように、文明・進歩・理性などを普遍的な価値として正当化し、人びとの生を同一の枠組みにくくる価値観である「大きな物語」がいま機能不全を起こし、各人は、多種多様な、拡散し分裂した価値観、すなわち「小さな物語」を生きるようになった。そうした「ポスト・モダン」状況のもとで、「高級文化と大衆文化等の区分」「リアルなものとコピーの区分しつつある。

③「ポスト・ナショナル」状況
 エリック・ホブズボウムが「伝統の創造」の議論において示唆したように、近代的な世界システムは、ヨーロッパにおいて創出された「国民国家」を単位に形成されたものであった。「国民国家」を前提に、社会制度、法体系、言語もまた整備されていったのである。しかし現在、こうしたナショナルで「国民国家」的な枠組みを自明視することはできなくなっている。このことを端的に表しているのが、近年のEUをめぐる動向であろう。EUでは単一通貨であるユーロの導入や関税障壁の撤廃などを盛り込んだ経済統合、外交・安全保障政策などの政治統合にとどまらず、国境管理も廃止されているが、それを利用するかたちで多くの難民がEU圏へとおしよせるようになっており、これを受けて近年では、イギリスがEU離脱を表明している。このようにEUをめぐる動きからは、「国民国家」の枠組みが揺らいでいることを明瞭に見てとることができよう。

④「ポスト・ヒューマン」状況
 ブルーノ・ラトゥールが主張するように、近代においてモノ(あるいは自然)は、ヒト(あるいは社会)から切り離されて、ヒトが働きかける単なる対象=客体とされてきた。しかし現在、そうした「ヒトとモノの区別」そのものが融解するような状況が生まれつつある。これについては、近年、金融業界で展開されている「フィンテック」のことを考えてみてもよいかもしれない。「フィンテック」とは金融(finance)と技術(technology)を組み合わせた造語で、ビッグデータ、人工知能(AI)などの最新技術を駆使しながら行われる資産運用、貸付け、決済など幅広い業務を担う金融サービスを言う。これは、テクノロジー(モノ)がヒトと融合することで、金融における業務を行うというものである。それにより個人や新興金融企業も従来の大手金融機関によって独占されていた業務を遂行することが可能となり、ヒトとモノが融合する「フィンテック」は、金融秩序や社会構造を変えつつある。

⑤「ポスト・フォーディズム」状況
 近代以降、重化学工業が発展するとともに、規格化され標準化された製品を大量に生産する生産様式が主流となった。このような生産様式は、かつてのフォード自動車会社に典型的に見られたことから「フォーディズム」と呼ばれている。だが消費社会が成熟していくとともに、消費者のさまざまな欲望にこたえられるよう多品種少量生産を効率的に行える生産様式が、「フォーディズム」に代わって求められるようになった。それは次第に、ホスピタリティ産業などの第三次産業にも拡がっていき、「ポスト・フォーディズム」状況を生じさせた。この状況においては、フレキシブルな雇用制度のもと多くの非正規労働者が雇用されることが多く、不安定な生活を余儀なくされ、貧困へと追いやられる場合も少なくない。

 現代は、以上のような五つの「ポスト状況」がグローバルなかたちで相互に深く影響を及ぼし合っている時代なのである。「ポスト・グーテンベルグ」状況における情報・イメージのフロー、「ポスト・モダン」状況における知・価値観・文化のフロー、「ポスト・ナショナル」状況における人のフロー、「ポスト・ヒューマン」状況における機械・技術のフロー、「ポスト・フォーディズム」状況における資本と労働のフロー――このような人、モノ、資本、情報、知、技術などのフローが絶えず生じ、奔流のように合流しながらも、ぶつかり合い、いま、グローバルなモビリティの風景(スケープ)とも呼ぶべきものを現出させ、それが社会のかたちを大きく変えているのだ。その際、モビリティの風景(スケープ)を構成するものとして、観光は重要な位置をしめている。

 観光というモビリティ(ツーリズム・モビリティ)は、数億人もの観光客を移動させるだけではなく、彼らを迎え入れるために、ホスピタリティ産業に従事する労働者を世界各地から集め、移動させる。こうした人の移動は、彼らが手にする荷物などのモノの移動を伴う。また観光は一大産業として、巨額の資本を移動させ、観光地をめぐるさまざまなイメージや情報も移動させていくことになる。この点で観光は、現代社会のすがたが先鋭に現れるフィールドとなっているのだ。

 これまで「“社会なるもの”は存在する」ということについては自明視され、前提とされてきた。イマニュエル・ウォーラースティンが言うように、既存の人文・社会科学は、社会の「存在」(presence:現前性)について無批判的であり過ぎたのである。もちろん、このように述べるからといって、イギリスの元首相マーガレット・サッチャーによる「社会などというものは存在しない(あるのは個人だけだ)」という発言に与するつもりはない。だが他方、「社会」という概念が有するコノテーション(意味内容)が大きく揺れ動き、問い直しを迫られ始めているのも事実である。「社会」が内包するもの、すなわち「社会のコノテーション」が、いまやグローバルに展開される「モビリティ」にうながされ、新しいダイナミックな胎動を見せ始めているのである。

 そのことが観光という現象をみることで、五つの「ポスト状況」をふまえつつ明瞭に浮かび上がってくるのではないか。これについてディーン・マキァーネルは、「ツーリスティック・ソサイエティ」(Touristic Society:観光的な社会)という言葉を用いている。現代社会は、観光というモビリティからはじめて、そのすがたがあらわになる「ツーリスティック・ソサイエティ」であるといえよう。既存の学問は観光現象を軽率なもの、真剣に取り扱うべきでないものとして充分に研究を蓄積してこなかったが、観光という視点から現代社会を読み解いていくことをうながす「現代観光学」は、人文・社会科学のあり方をラディカルに問い直し、さらに尖鋭化させていく役割をになっているのだ。