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A5判上製388頁

定価:本体3600円+税

発売日 2018年8月31日

ISBN 978-4-7885-1589-5





西迫大祐 著

感染症と法の社会史
──病がつくる社会



病はいかに社会を形作ってきたか?

 「伝染する」病には、コレラ、ペストからエイズまで色々ありますが、どれも人間を深層から怖がらせます。病の原因が特定されてもなお、その恐怖はぬぐえません。本書は、古代ギリシャから主にフランスでのパンデミック(大流行)を追いながら、人々が社会を(自分を)護るためにどのような法的・衛生学的対策をしたか、その思想的根拠を丹念にたどります。その結果わかったのは、感染症対策は人々の命を救うものである一方で、脅威を口実にして人間の統治を可能にする──「病にかかる人間は不道徳だから」──ということです。今なおつづく感染症との戦いのなかで「統治としての衛生」に陥らず「避けうる病」をいかに減少させ社会を形成することができるか。その知恵をソンタグ、フーコーなどを参照しつつ、自らの史的調査でさぐる気鋭の力作です。


感染症と法の社会史 目次

感染症と法の社会史 はじめに

ためし読み




感染症と法の社会史 目次

はじめに

序章 ミアズマと感染――感染症と予防の近代前史
 一 ミアズマと追放
 二 感染と隔離
●本章のまとめ

第一部 十八世紀における感染症と法

第一章 マルセイユのペスト――ヨーロッパ最後のペスト流行とポリス
 一 マルセイユにおけるペストの惨禍
 二 マルセイユ市への規制
 三 イギリスとマルセイユのペスト流行
●本章のまとめ

第二章 悪臭と密集――十八世紀における都市と感染について
 一 悪臭と密集
 二 埋葬の問題
 三 換気と移転
●本章のまとめ

第三章 腐敗と衛生――ルソーとカバニス
 一 十八世紀の都市における精神の腐敗の問題
 二 ルソーにおける身体と精神の衛生学
 三 カバニスにおける身体と精神
●本章のまとめ

第四章 生命の確率――予防接種の問題について
 一 種痘接種に関する法学=医学的議論
 二 種痘接種に関する数学的議論
 三 種痘接種に関する道徳的議論
●本章のまとめ

第二部 十九世紀における感染症と法

第五章 感染症の衛生的統治――一八三二年のコレラ
 一 一八三二年、コレラ
 二 コレラと行政
 三 コレラの後で
 四 人口と感染症
●本章のまとめ

第六章 手本の感染――公衆衛生と精神感染
 一 エスキロールと自殺の感染
 二 ヴィレルメと飲酒癖の感染
●本章のまとめ

第七章 一八四九年のコレラと法

第八章 人口と連帯――一九〇二年の公衆衛生法
 一 一八七八年――万博・国際衛生会議・細菌
 二 衛生と自由の対立
 三 公衆衛生法
 四 結核と連帯
おわりに


あとがき
関連年表
図版出典一覧
事項索引
人名索引

装幀─難波園子


感染症と法の社会史 はじめに

  本書は、人々が感染症を予防するためにつくりだした法や規則の歴史をたどる。

 感染症の歴史については、これまで多くの本が書かれてきた。読者の多くはW・H・マクニールの『疫病と世界史』や、ジャレド・ダイヤモンドの『銃・病原菌・鉄』、村上陽一郎の『ペスト大流行』などを想起するかもしれない。これらの本では、感染症が、人類や歴史的な出来事にいかなる影響を与えたのかが問題にされている。スペイン人のメキシコ征服に感染症が一役かっていなかったか、アメリカ大陸からやってきた感染症はヨーロッパ文明にどのような影響を与えたのか、ぺストが中世にどのような影響を与えたかなど、当時では分からなかった病原菌や感染経路などの知識を駆使して歴史の謎が紐解かれている。

 こうした歴史書に馴染み深い読者にとって、本書は分かりにくい印象を与えるかもしれない。というのも本書では「感染症」を、当時の人々が知覚した現象として再現しようとするからである。本書は、医学的に不確かであっても、人々が感染症であると考えた現象や危機も感染症として考察対象としている。例えば現在「ペスト」はペスト菌の感染による伝染病であり、ペスト菌はノミを介して媒介され、症状には三種類あるなどということが分かっている。すると歴史研究においては、中世のペストはどのような経路で菌が伝播し、それは腺ペストだったのかどうかなどが問題にされることになる。しかし本書ではそのような観点からではなく、当時の人々の知覚における「ペストという現象」を問題にする。

 なぜそのようなことをしなければならないのだろうか。それは本書のテーマが、感染症そのものの歴史ではなく、人々が感染症と考えた病をいかに予防してきたのかを問題にしているからである。感染症が社会的に問題になり、予防の必要性が叫ばれるとき、参照されるのは「これこれが感染症の原因であり、予防策はこうである」と教えてくれる医学だけではない。それは噂や恐怖などの人間的要素までも取り込む複雑な現象である。本書は感染症を、医学的知識から人間の感情までをも含むひとつの「世界観」として扱う。そうすることではじめて、法や規則をつくるという社会的営みにおいて感染症がどのように扱われるのかを分析することができる。



 エボラ出血熱をめぐる予防措置の事例は、感染症を予防するための法や規則が、医学や人間の感情などが交差する地点において生まれる「世界観としての感染症」を対象としていることをよく示している。

 二〇一四年十月、国境なき医師団の看護師だったケイシー・ヒコックスは、シエラレオネから帰国した。この月アメリカではエボラ出血熱による最初の死亡例が出ていたこともあり、空港では厳しいモニタリングが行なわれていた。彼女は今までシエラレオネにいたこと、エボラ患者を看護していたことを申告すると、空港内の疾病管理予防センター(CDC)の検疫所に連行された。そこでいくつかの質問と体温検査を受けたが特に異常は見られなかった。空港に到着してから四時間後、再び体温検査がなされ、熱があることを告げられた。彼女はエボラのせいではなく、疲れや困惑によるものだと抗議したが聞き入れられなかった。六時間ものあいだ空港に足止めされた後、彼女は空港に近いニューアーク大学病院へ連行され、病棟の外にある隔離用のテントに入れられた。その間二度のエボラ検査が行なわれたがいずれも陰性だった。

 ヒコックスはエボラの治療に当たるなかで、症状が出なければエボラは感染しないことを知っており、検疫措置を定める空港の規定が厳しすぎると批判した言葉が『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載された。この批判の翌日、ニュージャージー州知事クリスティは、検疫は正当な措置であるとして、「政府の仕事は市民の安全と健康を守ることである。それ以外の考えはもっていない」と反論した。

 八〇時間拘束されたあとで彼女は解放された。すぐにメイン州の自宅に戻ったが、今度はメイン州知事ルパージュが三週間のあいだ自宅で検疫期間を過ごすように命令した。知事は、他者の一メートル以内に入ること、仕事に復帰すること、公共の場所で人が集まる所へ行くことを禁じた。しかし、エボラの症状がなく、検査も陰性であったのに検疫を受ける必要がないとして、彼女は命令を無視した。ボーイフレンドと一緒にサイクリングに出かけた彼女の姿は、多くのメディアにとりあげられることになった。

 メイン州の衛生委員メアリー・メイヒューは、住民のあいだに「かなりの恐怖が広がって」いることから法的措置をとることに決めた。メイン州はヒコックスの検疫命令を出すように州裁判所に請願した。メイン州知事ルパージュはこう述べている。「われわれがある一人の権利を尊重しなければならないのは確かだが、一三〇万人のメイン州民を守るために危険に備えなければならない」。

 メイン州裁判所は検疫措置の要求を退けた。なぜならばヒコックスにはエボラに感染していることを示す徴候が何も出ておらず、よって感染の危険がないからである。そして、「エボラに関して、われわれの国ではいたるところで、誤解や誤情報、不適切な科学や情報がまき散らされて」おり、「人々は恐怖心から行動しているが、この行動はまったく理性的とはいえない」と述べたあと、このような付随意見を述べている。ただ「この恐怖が理性的でなくとも、それは目の前にあり現実に存在している」こともまた事実である、と。

 もし感染症を医学的な意味で捉えるならば、この事例は単なる無知や不条理の問題として片づけられてしまうだろう。そして教育の重要性や、医学や科学の知識の普及が説かれることになる。しかし、無知や人権侵害からの批判は、問題の本質からわれわれを遠ざけるのではないだろうか。感染症をひとつの世界観として捉え、単なる知識の欠如にとどまらない、より複雑な問題として考えるべきではないだろうか。もちろんそのことが、日本がハンセン病患者たちに対して行なってきたような差別的で不必要な予防措置を肯定することにはならない。むしろ本書は、差別的な隔離措置を、無知な人々によって行なわれた過去のものとして片づけることに反対する。それは時代を変え、かたちを変え、対象を変えて繰り返されるものとして捉えられなければならない。

 したがって、まずは感染症をひとつの世界観であると認識することからはじめよう。われわれに馴染み深いのは、カミュが『ペスト』で描いたような、隔離され人気のない荒涼とした都市のイメージであるかもしれない。あるいは『ウォーキング・デッド』から『Prague.inc』にいたるまでの、世界を呑み込みついには破滅させる死神としてのイメージであるかもしれない。鳥インフルエンザやエボラ出血熱がある地域に出現したときに、世界的に動員される大がかりな予防措置は、こうした破滅のイメージをも含んでいる。

 エイズはより複雑な世界観をもっている。HIVが流行しはじめた一九八〇年代には次のような道徳的非難がなされた。エイズは退廃的な同性愛者たちのライフスタイルの結果である、エイズの責任はハイチ人たちにある、ブードゥー教で行なわれる性交渉や血を飲む儀式がウィルスの伝播を助けているなどである。

 スーザン・ソンタグはこの言説を次のように分析している。エイズがセックスによって伝播したために、タブーを犯す者(「同性愛者」「ハイチ人」)が恐るべき外来者と捉えられ、軽蔑と恐れの対象となった。一方で、エイズという壊滅的な疫病が蔓延している事実は、われわれの社会の道徳的なたるみと政治的な壊滅を表わすものであると考えられた。したがって、タブーを犯す者、悪徳に染まった者が共同体に存在していることが意味するのは、共同体が彼らの放蕩を野放しにしているということになり、エイズの蔓延はその共同体への罰である。

 HIVについて科学的知見が積み重ねられた今でもなおそのような道徳的非難がなされている。例えば、エイズ流行の責任は「途上国で蔓延する不特定多数との性交渉」にあるなどという言説である。しかし、これもまた途上国の未発達の文化的価値観に対する、偏見をもった道徳的非難に他ならない。

 エイズは多様な文脈において世界観がつくられてきた。法がそれを予防しようとすれば、当然のことながら科学知だけではなく、偏見や恐れも反映することになる。ライアン・ホワイトは、医師から他の生徒に感染する危険が少ないと診断されたにもかかわらず学校から追放された。合衆国の一一の州では、HIV感染者が噛みつくこと、つばを吐くこと、体液を投げつけることを刑罰の対象としているが、CDCはこうした行為の感染リスクがほとんどないことを指摘している。

 一般的には、このような問題は、医学的知識に基づかずに判断することが原因であり、医学知を教育することで解決できると思われている。しかしながら、もし追放や隔離という政策が、医学知を認識しながら、他の不適切な措置をとってしまうことによって起こるものだとするならば、このような「偏見による追放」は医学知の普及やリスク・コミュニケーションだけでは防げないということになる。したがって、なぜ感染症予防の措置が道徳的な非難と一体となるのかを問わなければならないであろう。



 このような問題関心から、本書は現在の各国の法令や予防策の分析ではなく、歴史研究を選んだ。現在とは違い、なぜ感染が起こるのかがはっきりと分からず、なんらかの防衛策を講じなければならないという状況において、医学と道徳的感情が混合し、感染症が社会的な意味をもつようになり、それを予防するため法や規則が成立していくプロセスが、現在よりも明確に検討できると考えたからである。

 歴史研究を選ぶのにはもう一つの理由がある。スーザン・ソンタグはエイズの世界観について、十九世紀の公衆衛生が用いていた「ミアズマ」(瘴気)のメタファーが使われていたと指摘している。十九世紀おわりにはすでに結核菌が発見されている。しかしそれでもなお瘴気が結核を生み出していると信じられ続けていた。なぜだろうか。ソンタグによれば、イメージのなかで結核と暗く汚れた都会の暮らしが結びついていたからである。この結核の世界観は、病気を道徳問題として提示することになる。結核と暗く汚れた都会暮らしの結びつきは、結核の予防において、不衛生と、不規則で享楽的な生活を結びつける。結核を予防するために、暗く汚い空間で享楽的に過ごす労働者たちの居住空間と暮らしを改善する必要性は、痰を吐くための設備を整えるなどといった公衆衛生の必要性と同じ強度によって主張されることになる。

 序章において論じるが、ミアズマという言葉はその成立時点から二つの意味をまとう言葉であった。ヒポクラテスは医師の立場から悪性の空気が原因であるという意味でミアズマを用いていたが、文学的地平においてはミアズマは殺人を犯したことによる汚れを意味していた。悪性の空気から逃げよという医学的な予防策は、都市から汚れを浄化せよという道徳的次元の非難としばしば混ざり合い用いられてきた。

 十九世紀末のコレラの世界観が二十世紀末のエイズの世界観に再活用されたように、またミアズマという言葉の医学的で道徳的な意味の重なりが古代ギリシアにあるように、感染症を世界観として研究するためには、歴史的な視野が不可欠である。たしかに、医学や衛生学上の発見や変化によって、感染症の予防法は変化してきた。しかしながら、そのかたわらには、恐怖や偏見や道徳的感情が寄り添ってきた。本書では、医学や公衆衛生の知の変化に合わせて、法や規則が変化する歴史をたどるが、同時に医学や法の変化にもかかわらず、人々の道徳的感情がそれらの法や規則に含まれていく歴史もたどることになる。本書で試みるのは、過去の無知を断罪することではなく、何らかの感染の危機が察知されるときに、それを予防する複雑なメカニズムがどのように構築されていくのかを明らかにすることである。そうした歴史をつうじて、現在のわれわれが、感染症の予防とどのように向き合うべきなのか考えることができるようになるだろう。  本書では分析対象としてフランス、とくにパリを中心に選んでいる。これは私が感染症に対する関心を抱いたのが、パリ留学中だったこともあるが、もちろんそれだけではない。本書が検討する十八世紀から十九世紀末にかけて、パリは国際都市へと変貌するなかで、それまでになく感染症のリスクをうちに抱えることになる。地方や海外からの労働者の流入、国際的な通商という流通の激化によって、感染症への恐怖や危機感は他の都市に比べても前衛化されていた。また十八世紀おわりに公衆衛生学が確立され、十九世紀のフランス公衆衛生学は世界をリードしていた。このような観点から、本書は主な研究対象としてパリを選んでいる。 *  最後に本書の構成について簡単に紹介しておこう。  まず序章において、全体の前提となる感染症と予防の歴史について概説する。主に十八世紀以前のハンセン病とペストを取り上げ、ミアズマと感染という二つの考えに含まれる社会的、文化的な要素について確認し、それぞれいかなる予防法が採られてきたのかを明らかにする。  第一部である第一章から第四章までは、十八世紀の感染症と予防について論じる。ここではパリという都市が国際化していくなかでつくられていく、「世界観としての感染症」をいくつか取り上げている。例えば墓地の悪臭や、壊血病などである。今では感染症とは呼べないこうした現象も、ペスト、天然痘などと同列に「感染症」としてあつかっている。そうすることで、医学と道徳的感情の交点に生まれた感染症が、法や都市や国家によっていかに予防されてきたかが明確になるだろう。

 まず第一章では、マルセイユのペスト流行とその予防について詳細に論じている。ヨーロッパで最後のペストの大流行となった一七二〇年のマルセイユの惨禍は、ペストの経過と予防法についてわれわれが知ることができる貴重な歴史的資料を残している。それを確認するとともに、その後の都市の感染症予防につながる新しい思考について論じる。

 第二章では、都市に生きる人々が感染症に対して抱いていた恐怖と、実際にその温床として危険視された監獄、病院、墓地が廃止・移転されていく歴史について論じる。

 第三章では、新しく生まれた「衛生」という概念はどのようなものだったのか、ルソーとカバニスという二人の思想家を例にとって論じる。  そして第四章では、予防接種という新しい感染症の予防法についての議論を見ながら、そこで生まれてきた確率的な思考法について明らかにする。衛生と確率という二つの思考法を合わせて考えることで、十九世紀の公衆衛生学の基盤が見えてくるだろう。

 第二部である第五章から第八章まででは、十九世紀の感染症と予防について論じる。十九世紀は統計学の発達により、以前よりもはるかに感染症の原因の特定に成功した時代である。死亡率の比較によって、貧困層の住居や衛生設備の悪さがコレラ被害の原因であることが突き止められることになるが、しかし同時に貧困層の生活の怠惰さを非難することを止めなかった。公衆衛生法の必要性を論じる議会答弁のなかには、公衆衛生の普及の必要性のかたわらに、彼ら貧困層が社会にもたらす退化の危険性をとなえる言葉を見つけるだろう。

 まず第五章では、一八三二年のパリにおけるコレラの惨禍を取り上げる。そこでは十八世紀とは違う感染症予防が見られるとともに、「悪臭」や「貧民」といった十八世紀的な感染症の知覚とは異なる視点を発見することになる。

 第六章では、「手本の感染」と呼ばれた精神衛生について触れている。自殺と飲酒癖という二つの社会問題を感染症という観点から分析することで、公衆衛生と道徳的非難が接続していることが分かるだろう。

 第七章では、一八四九年および一八五三年のコレラ流行を取り上げる。とくに、この二つの流行のあいだに議論された社会保障制度の是非と、フランスで最初の公衆衛生法について検討する。

 第八章では、一九〇二年につくられる公衆衛生法を中心として、十九世紀おわりから二十世紀はじめにおける感染症と予防の社会史を見ていく。この時代は、下水設備設置の義務化や、一九〇二年法など、公衆衛生が法的な次元に組み込まれていくことで、政府の権限が増大していく時代である。なぜそのような法制化が必要だと考えられたのか、その背後には感染症の予防と、人口減少や移民の増加の問題との関係が見いだされるだろう。