戻る


A5判並製328頁+カラー口絵4頁

定価:本体3200円+税

発売日 2018年11月1日

ISBN 978-4-7885-1583-3





木村忠正 著

ハイブリッド・エスノグラフィー
── NC(ネットワークコミュニケーション)研究の質的方法と実践



広大なネット社会を見極める方法

 協力者の生活の「現場」に参加・観察し記述する。これが人類学の代表的な参与観察研究法です。しかし、デジタル機器やインターネットに媒介される現代のコミュニケーションは現場に参与・観察できず、研究法は変革を求められています。そこで著者が提唱するのが、定性・定量の両面から迫り、多時的・多所的なデータ、干渉型・非干渉型の組合せという複数の意味をもつハイブリッド・エスノグラフィーです。本書ではその可能性が、机上の理論ではなく、日米デジタルネイティブの比較調査、モバイル機器利用から見るデジタルデバイド調査、日本最大のニュースサイトのコメントというビッグデータを用いたオンラインエスノグラフィーなどの着実な知見をもたらす実践で明らかになります。今後のネットワークコミュニケーション研究の道標となる分析としても、ビジネス界でニーズの高まる研究法、エスノグラフィーの大胆な革新としても読むことができる著者の集大成です。


ハイブリッド・エスノグラフィー 目次

ハイブリッド・エスノグラフィー はじめに(抜粋)

ためし読み




ハイブリッド・エスノグラフィー 目次

はじめに

Ⅰ ネットワークコミュニケーション/エスノグラフィー/ハイブリッド・エスノグラフィー

第1章 ネットワークコミュニケーション研究
  1―1 「ネットワークコミュニケーション」
  1―2 本書が対象とする「ネットワークコミュニケーション研究」
  1―3 技術の社会的形成―――本書における技術と社会との関係の捉え方

第2章 ネットワークコミュニケーションの特性
  2―1 5つの軸
  2―2 関与者数
  2―3 クローン増殖性と記憶・再生・複製・伝播様式
  2―4 時間軸・空間軸における離散性・隣接性
  2―5 「物理的存在」(オフラインの存在)/「論理的存在」(オンラインの存在)と社会的手掛かり
  2―6 秩序形成への欲求とメディアイデオロギーの形成

第3章 NC研究におけるエスノグラフィーアプローチの展開
  3―1 エスノグラフィー・質的研究への高まる関心
  3―2 人類学におけるNC研究
  3―3 サイバーエスノグラフィー研究

第4章 「ヴァーチュアル・エスノグラフィー」と「デジタル人類学」のあいだ
  4―1 「エスノグラフィー」の危機
  4―2 「ヴァーチュアル・エスノグラフィー」
  4―3 「ヴァーチュアル・エスノグラフィー」と「デジタル人類学」のあいだ 52
  4―4 エスノグラフィー革新の必要性

第5章 デジタル世界における対称性の拡張知識産出様式としてのエスノグラフィー革新の方向性
  5―1 デジタルメソッド
  5―2 知識産出様式における〈対称性(シンメトリー)〉の拡張
  5―3 デジタル空間における「定量/定性」の対称性と「フィールド」概念の変容
    5―3―1 デジタル空間における「定量/定性」の対称性
    5―3―2 SNA・ネットワーク科学とエスノグラフィーとの接合「定性/定量」対称性方法論として
    5―3―3 「干渉型参与観察」特権化の瓦解
  5―4 「ビジネス/学術」の対称性
    5―4―1 CUDOSからPLACE
    5―4―2 ネットワークに埋め込まれる人々の活動とIT企業
    5―4―3 「ビジネスエスノグラフィー」と「デジタル人類学」

第6章 ハイブリッド・エスノグラフィーの方法論的基礎
  6―1 リサーチプロセスから規定する「エスノグラフィー」
  6―2 「アブダクション(仮説生成的推論)」―――エスノグラフィーの中核的力
  6―3 「ヒューリスティクス(発見法)」―――HEの中核的力

第7章 ハイブリッド・エスノグラフィーの具体的遂行と課題
  7―1 エスノグラフィー調査の具体的遂行過程
  7―2 つながりとしての「フィールド」とサイバーエスノグラフィー・アプローチ3類型
    7―2―1 つながりとしての「フィールド」
    7―2―2 焦点となる〈つながり〉からみたサイバーエスノグラフィー・アプローチ3類型
    7―2―3 論理的存在/物理的存在の分離がもたらす方法論的課題
  7―3 調査倫理
    7―3―1 ケアの原則(principle of care)
    7―3―2 調査研究許諾の確認と説明研究機関およびvenue毎の必要性 
    7―3―3 関係形成のダイナミズム
  7―4 フィールドワークにおけるデータ収集法
    7―4―1 観察、インタビュー、保存記録
    7―4―2 インタビューの多元性
  7―5 質的/量的をいかに組み合わせるかHEにおけるMMの具体的展開法
  7―6 HEが展開される空間
    7―6―1 NC研究の多層性・多元性
    7―6―2 NC研究の重層的空間

Ⅱ ハイブリッド・エスノグラフィーの実践

第8章 VAP(Virtual Anthropology Project)ソーシャルメディア利用の日米デジタルネイティブ比較
  8―1 VAP(Virtual Anthropology Project)とデジタルネイティブ研究
    8―1―1 VAP(Virtual Anthropology Project)
    8―1―2 「デジタルネイティブ」論と「デジタルネイティブ」概念の脆弱性
    8―1―3 日本社会において「デジタルネイティブ」研究の持つ意味
  8―2 HEとしてのVAPリサーチデザイン―――3つの観点
  8―3 デジタル現在(digital present)―――観察・アーカイブ・インタビューの融合
    8―3―1 デジタル現在(digital present)――HEにおける「民族誌的現在」の革新
    8―3―2 VAPにおけるデジタル現在(digital present)
  8―4 TML(Translational Multi―Level)デザイン
      ―――インフォーマント集団をより大きな社会文化集団に定位する方法
    8―4―1 アンケート調査との並行・継起デザイン
    8―4―2 VAP―Iでの実践
    8―4―3 TML(Translational Multi―level)デザイン
          ――定性調査の弱点克服とウェブ調査のバイアス
  8―5 VAP―V(北米調査)―――社会文化間比較に拡張したTMLデザイン
    8―5―1 VAP―Vのリサーチデザイン
    8―5―2 国際比較、異文化間比較研究
    8―5―3 VAP―Vにおける日米ウェブ調査モニター・インフォーマントの偏り
  8―6 TMLデザインによる日米比較
    8―6―1 インターネット利用全般
    8―6―2 ケータイメール・SMS利用の規範意識、気遣い
    8―6―3 ブログ・BBS・SNS情報発信・交流・自己開示
  8―7 SNS利用と社会的ネットワーク空間の構造
     8―7―1 日本社会におけるSNSの普及せめぎ合う3つの「つながり原理」
    8―7―2 「世間」の支配力
    8―7―3 対人関係空間の構造
    8―7―4 SNSの考古学

第9章 ワイヤレス・デバイドユビキタス社会の到来と新たな情報格差
  9―0 本章の位置づけ
  9―1 データ通信カードと「モバイルデバイド」本章の主題
  9―2 デジタルデバイド研究
  9―3 データ通信カードの普及
  9―4 グループインタビューによる定性的調査
  9―5 ウェブアンケートによる定量的調査
  9―6 「魚の目」の重要性

第10章 ネット世論の構造
  10―0 本研究の問題意識と主題
  10―1 日本社会における「ネット世論」の形成回路とYahoo!ニュースの位相
    10―1―1 ニュース産出流通回路の変革
    10―1―2 「ネット世論」=「拡散」「炎上」の図式を越える必要
  10―2 本研究データの概要
  10―3 投稿者識別IDクラスタリング
  10―4 投稿者ID―IPアドレス、親コメント―子コメントとの関係
  10―5 非マイノリティポリティクス「ヤフコメ」に通底する社会心理
    10―5―1 PRSに現れるネット世論の関心
    10―5―2 投稿者マジョリティに現れるネット世論の関心
    10―5―3 非マイノリティポリティクスと道徳基盤理論
  10―6 ポスト・リベラルの社会デザイン

おわりに
参考文献
索引
  
装幀 荒川伸生


ハイブリッド・エスノグラフィー はじめに(抜粋)

 本書は、ネットワークコミュニケーションに対して質的研究、エスノグラフィーの観点からアプローチする方法論を展開するものであり、次の3つの関心領域が重なり合う地点における筆者の調査研究活動に立脚している。

(1) ネットワークコミュニケーション研究(CMC([Computer-Mediated Communication、コンピュータ媒介コミュニケーション]研究)とそこでの質的(エスノグラフィー)アプローチの果たす役割

(2) 質的研究、エスノグラフィーに関する方法論的議論(他/多分野におけるエスノグラフィーへの関心の高まりと人類学における懐疑・模索)

(3) デジタルネットワーク拡大に伴う方法論的革新、とくに、〈定性〉〈定量〉を対称的に扱い、複合的に調査、分析を行う方法論(これを本書は「ハイブリッドメソッド」と呼ぶ)の必要性。

 筆者は、文化人類学という質的研究こそが生命線である学術分野で専門教育を受けたが、偶然の巡りあわせに導かれ、インターネットが社会に普及しはじめた1995年前後から、インターネット研究に取り組むこととなった。人文・社会科学分野ではインターネット研究が未開拓の揺籃期にあたり、文化人類学は、ある社会文化を、文化的規範や表象・意味・価値体系、行動様式、慣習といった文化的側面だけではなく、法制度、経済活動、技術、心理なども含め、多面的に理解しようとする学術領域であったため、筆者の研究もまた、ヴァーチュアル・コミュニティのような社会集合的現象、ネットワーク利用行動、オンラインコミュニケーションの社会文化的側面だけでなく、政策、法制度、デジタル経済、eラーニング、社会心理と多元的、複合的に展開してきた(木村 1997, 2000, 2001, 2004, 2007, 2008, 木村・土屋 1998など)。

 しかし、サイバースペース(オンライン空間)という人類にとっての新たな活動空間をフィールドとする文化人類学徒として、学術的関心の中核には、生活世界における人々のコミュニケーション、つながり(ネットワーク)があり、SNS(mixi、Facebookなど)が普及を始める2000年代半ばからは、SNSを中心とするネットワークコミュニケーションを含みこんだ生活世界の研究に積極的に取り組んでいる(木村 2012a, 2012b, 2015, 2016a, 2016b, 2016c, Kimura 2010b, 藤原・木村 2009)。その取り組む過程で直面した大きな課題が「方法論」であった。

 ネットワークコミュニケーションの機能、構造、特徴などに関する研究は、主として、社会心理学、社会言語学、情報科学などが学際的に関与するCMC研究として、広範囲にわたり活発に展開されている。CMC研究は学際的だが、主流である社会心理、社会言語、情報科学系の場合、量的分析が基本となることが多い。利用有無、時間、動機、目的、効用、態度、感情、タスク遂行などに関する従来型の定量的調査や実験心理学的手法だけでなく、コミュニケーションがデジタル化されていることから、計量テキスト分析やネットワーク分析などの量的分析が急速に発展を遂げている。さらに、これらの分野では、CMCという表現が含意しているように、CMCを対面コミュニケーション(FtF: face to face)と対照させ、CMC自体の特性を明らかにしようとする傾向が強い。

 他方、方法論的に文化人類学を特徴づけ、その中核となるのがエスノグラフィーである。第3章で詳細に検討するが、エスノグラフィーは、従来のアナログ世界を前提とし、調査協力者と調査者とが場所と時間を共有する「参与観察」(調査者が協力者の生活世界に参加、関与しながら、観察する調査法)というフィールドワークの方法を基礎としている。こうしたエスノグラフィーという方法により、CMCにいかに文化人類学はアプローチできるのか。CMCにおける「参与観察」をはじめ、サイバースペースというフィールドにおけるエスノグラフィーは、従来のアナログ世界を前提とした方法論を根底から問い直す必要が生じる。さらに、文化人類学的アプローチの場合、CMCと対面コミュニケーションを対立させるのではなく、両者を含みこんだ生活世界を掘り下げて理解しようとするベクトルも強く働くため、CMC研究という枠組みを超えた方法論が求められる。

 そこで、CMC研究に関心を持つ文化人類学者、エスノグラフィー的アプローチに取り組むCMC研究者たちは、方法論的議論を積み重ねてきており、「オンラインエスノグラフィー」(Markham 1998, 2005, Gatson 2011)、「ヴァーチュアル・エスノグラフィー」(Hine 2000)、「サイバーエスノグラフィー」(Robinson and Schulz 2009)、「デジタル人類学」(Horst and Miller eds. 2012)、「デジタルエスノグラフィー」(Murthy 2008, Pink et al. 2016)など、多様な展開を見せている。

 本書は、こうしたCMC(本書では第1章で議論する理由から基本的に「ネットワークコミュニケーション」と概念化する)研究における質的研究(とくにエスノグラフィー)からのアプローチという学術的文脈に位置づけられる。しかし、上述の多様な方法論的議論を踏まえながら、本書が「ハイブリッド・エスノグラフィー」と異なる新たな概念を提起するのは、デジタルデータにおいては、〈定性的データ〉〈定量的データ〉という垣根が取り払われ、常にデータを〈定性的〉、〈定量的〉どちらの観点からもアプローチする必要が生じていること。したがって、ネットワークコミュニケーション研究においては、もはや「エスノグラフィー」が質的調査だけに留まることはできず、定性、定量をいかに組み合わせるか、そのダイナミクスが重要であるとの認識にもとづいている。

 このように、本書のいう「ハイブリッド」は、第一義的に、〈定性〉と〈定量〉とのハイブリッドである。だが、それだけに留まらない。デジタルデータは、エスノグラフィーをアナログ世界において不可欠であったフィールドワーク、参与観察の「同時性・同所性」から解放するとともに、ログデータにより調査協力者に干渉せず(非干渉的に)、観察することを可能にする。すなわち、本書は、時間軸、空間軸において可塑的で、「多時的」「多所的」という意味においても、「干渉型」(obtrusive)、「非干渉型」(unobtrusive)を組み合わせるという意味においても、「ハイブリッド」な方法としてエスノグラフィーを捉えることになる。

 しかし、〈定量的〉で、参与観察ではないエスノグラフィーがエスノグラフィーなのだろうか。本書は、デジタルデータがもたらす知識産出様式の変化に対応し、ネットワークコミュニケーションを対象としたエスノグラフィーはまさに、「ハイブリッド・エスノグラフィー」である必要があると主張する。むしろ、同時・同所性を必然とする参与観察の頸木から解放することにより、「エスノグラフィー」の中核的価値がより明確に現れる。それは、「フィールドワークにもとづき、可能な限り先入見・先験的枠組を排し、多元的事象を対象として、きめ細かく意味生成の文脈に即して掘り下げ、理解・解釈しようとする、仮説生成・発見的方法論」と規定することができる。

 デジタルデータが流通するネットワークコミュニケーションにおいて、「フィールド」は根底から変容する。したがって、「フィールドワーク」自体が、定性的、定量的、多時的、多所的、干渉的、非干渉的とハイブリッドに展開しうる。仮説検証ではなく、仮説生成的、発見的であるがゆえに、膨大なデジタルデータを定量的に構造化する作業と、個別の文脈(個々のネットワーク行動者とその行動)を参照し、意味生成の文脈に即して掘り下げ、理解・解釈する質的研究とを並立させ、複合させることが可能となる。

 以上が、本書第I部で展開する議論の基盤となる問題認識と大きな枠組みである。それを踏まえ、7章からなる第I部の構成を概観しておきたい。第1章では、CMC研究ではなく、「ネットワークコミュニケーション」研究と概念化する意味とともに、「技術」と「社会」に関する本書の基本的な立場(関係主義にもとづく技術の社会的形成という立場)を説明する。第2章は・・・