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四六判並製384頁

定価:本体2800円+税

発売日 2018年6月12日

ISBN 978-4-7885-1582-6





前川啓治・箭内 匡・深川宏樹・浜田明範
里見龍樹・木村周平・根本 達・三浦 敦 著

ワードマップ 21世紀の文化人類学
──世界の新しい捉え方



いま世界の人類学者が考えていること

 かつて思想界をリードした文化人類学は、一九九〇年代のクリフォード=マーカス『文化を書く』での民族誌の記述をめぐる批判以降、低迷してきましたが、今また新たな胎動期を迎えました。本書は批判に鍛え直されて生まれ変わった新しい人類学を紹介します。グローバル化する現代において、人類学の古典的対象(未開社会、呪術、儀礼など)は消え失せましたが、「開発」「災害」「リスク」「コモンズ」「アソシエーション」「差別」「病気」「景観」「超越論」などの現代的なキーワードを手がかりに、「21世紀の人類学」のパラダイムを提示し、魅力的で生産的な民族誌の具体例を示します。いま考えうる最も充実した「現代文化人類学入門」です。


21世紀の文化人類学 目次

21世紀の文化人類学 はじめに

ためし読み




21世紀の文化人類学 目次

はじめに

序章 「人類学的」とはどういうことか  (前川啓治)
  超越的・超越論的  「文化」の客体化
  コラム 「超越的」と「超越論的」の変遷
  超越論的展開  過去から未来へ生成する人類学
  コラム クック船長の死

 Ⅰ部 自然・存在・イメージの生成

1章 人格と社会性  (深川宏樹)
  人間の概念  変容可能性
  構造と機能  人間社会の自然科学
  身体とサブスタンス  生殖=再生産の「事実」からの解放
  社会性  切断=拡張する思考
  コラム マリリン・ストラザーンとの対話――研究現場での「部分的つながり」

2章 アクターネットワーク理論以降の人類学  (浜田明範)
  アクターネットワーク理論  科学と政治が絡まり合いながら変化する世界を探る
  存在論的  具体的なものを通して反・自文化中心主義を深める
  ポストプルーラル  二つ以上のものが互いに別個に存在していると言えないこと
  疾病/病い  文化の複数性からポストプルーラルな自然へ
  生物学的市民  生物学的なステータスが駆動する政治
  
3章 「歴史」と「自然」の間で――現代の人類学理論への一軌跡  (里見龍樹)
  歴史人類学  「文化」を問い直す
  カーゴ・カルト  〈新しいもの〉をとらえる
  コラム 想起されるマーシナ・ルール
  景観  「歴史」と「自然」の間で
  「自然/文化」をめぐる人類学  南アメリカにおける展開
  「人間」を超える人類学  可能性の探究

 Ⅱ部 実践―生成する世界へ

4章 公共性  (木村周平)
  「表象の危機」その後  『文化を書く』からの展開
  公共性  関与・介入・貢献
  災害  脆弱性とレジリエンス
  リスク  未来の予測可能性をめぐって
  エスノグラフィ  知の創造と活用

5章 運動と当事者性――どのように反差別運動に参加するのか  (根本達)
  アイデンティティ・ポリティクス  不確実な世界における暴力的な対立
  被差別者と人類学  差別に抗する、差別から逃れる
  生活世界の声  動態的で輻輳的なそれぞれ
  寛容の論理  等質でないものの繫がり
  生成変化の政治学  当事者性を拡張する

 Ⅲ部 社会科学と交差する人類学

6章 持続可能性と社会の構築――ハイブリッドな現実の社会過程の多元的な分析の必要性  (三浦敦)
  合理的個人  合理的には見えない個人の行動を、合理的に説明する
  家族制生産とグローバル経済  なぜ資本主義経済において小規模家族制生産は維持され続けるのか
  多元的法状況における所有  「ものを所有する」ということは、自明なことではない
  コモンズ  自然環境を守ること、それはわれわれの生活を守ること
  開発  大資本の手先か住民の味方かという、不毛な二元論を超えて
  アソシエーションと社会的連帯経済  連帯はどのように可能なのか、連帯は人々を救えるのか
  コラム 十九世紀のフランス農村と文化人類学の前史

終章 過去・現在・未来  (箭内匡)
  文化人類学の現在と過去  人類学は今、どこにいるのか
  「外」  人類学的思考を貫く本質的要素とは何か
  不可量部分  人類学者がフィールドで出会うものとは?
  イメージ  フィールドの現実を新たな目で捉えなおす
  時間  未来の人類学に向かって思考の軸をずらしてみる

あとがき
引用文献
事項索引
人名索引


  装幀――加藤光太郎


21世紀の文化人類学 はじめに

 「西洋近代」をどう捉えるかということは、それ自体をテーマにしていなくともすべての人文・社会科学者に関わる課題である。文化人類学はとくに種々の意味合いにおいて、この「西洋近代」を意識している。「かつて私たちが近代人であったことは一度もない」というブリュノ・ラトゥ―ル(二〇〇八)の指摘は的を得ている。もちろん、何をもって近代の指標とするかに拠るのであるが、人間と非-人間との関係性という点のみならず、科学革命も産業革命も(政治社会的)革命もいずれもが、断絶というよりは連続性の上に成り立っているという認識が重要である(終章参照)。歴史学などでもこの点は示されており、時間的「連続性」が鍵概念となろう。また、民族論では民族間の文化の差異が強調されがちであるが、境界において、民族はもとより文化の連続的変移について注目する必要がある。近代も非近代も実際には同一空間内に存在し、また個々の自然、文化間のインターフェース空間にも連続性が見られる。このことは本書を貫く共通認識であり、他のあらゆる学問と協働する際に必要な基本的認識である。

 文化人類学はかつてフィールドワークという方法論を含め、種々の社会科学、人文学に原理的な方向性を示す学問でもあった。それが現在では人類学が参照されなくなっている。こうした人類学の状況を抜け出すには、他の学問と協働して新たな社会科学や人文学の構築を目指すことが必要であろう。その場合でも、カルチュラル・スタディーズやポストコロニアルの概念を安易に流用するのではなく、他の学問分野に対する人類学のオリジナリティを示しながら、それらと交わりうる方向性を示すことが必要である。人類学の再生に必要なのは、消費者としての学問から、再び生産者としての学問へと展開することである。



 以下、各部の主旨を述べておこう。

(1)学問とは不可視のものをなんらかの方法で可視化させることである。そして、その探究の範囲すなわち対象単位をどこにおくかによって、個々の構成要素の意味と機能の異なる側面が浮かび上がってくるものである。「対象の範囲」「単位」の違いは、当然文脈の差異を生じるが、それだけではない。研究のアプローチの方向性がおのずと生まれてくるのも、対象とする範囲と単位に依っている(この点で、アクターネットワーク理論〔ANT〕はいち早くそのことを意識し、提示してきた)。他者という認識を、身体あるいは動植物を含めた自然にも拡大し、より広い範囲で取り組む方向性は、人類学が二十一世紀の学問として再生するのに必要なことであろう。

 人類学はレヴィ=ストロース以降、再び人類と自然という大きな範囲で探究の対象を設定しようとしている。「人格」や「景観」、「アニミズム」や「シャーマニズム」、映像や音などの事象を従来とは異なる視点から捉え、広義の「イメージ」と関わらせることによって、新たなパラダイムを提示することが目指される。ロイ・ワグナーの探求を起点とする人類学のメインストリームにおける革新を扱うのが・部である。

(2)また、人類学に実践的な視点の必要性が言われて久しい。まず、人類学のフィールドワーク自体が実践の一つの形態であることを確認しよう。そうした実践をもとに民族誌が生み出され、独自の理論的展開を意識してきた人類学は、認識の上では詳細で深い対象への理解を目指し成果を上げてきたが、他の学問分野に比べ、対象社会や人々に対する関わりは個人的なものとされ、社会的コミットメントという意識が薄かったことは否めない。

 しかし、現在、社会的実践の新たな分野や社会的実践の展望、コミットのあり方を示す種々の試みがなされている。・部は、一歩踏み込んだ人類学の実践への展開について扱っている。たとえば、新たな人類学の課題として「災害」は大きなテーマとして現前している。災害支援という実践において人類学独自の貢献はありうるし、またレジリエンス(復元への適応力)による身体性やイメージ化という観点からの変容の分析と再生のあり方と可能性をみることもできよう。ここでもまた、人と自然、文化と自然の関わりがテーマとなる。一方、社会との関わりにおいては、公共性への展開が問われている。

 さらに、人類学の主要なテーマの一つは、さまざまな文脈における周辺性であった。社会苦に挑んできた運動家を、調査者としてだけでなく、共に実践する存在としてコミットするという展開も見られる。一つの文化形成の実践としてのフィールドワークというものが、社会的な意味での実践にどのように関わるのか。社会的実践過程のなかで人類学はどういう役割を果たすのか。実践的人類学はすでに行なわれている実践家の社会的実践とどのように交差するのか、が問われている。そして、こうした社会的実践の展開は、実は儀礼などをとおして、自然と文化の関わりとも無縁ではない。

(3)ところで、人類学は文化のみならず、市場社会やあるいは近代そのものを相対化してきた。しかし、現代では近代の市場社会を扱う経済学などの学問も変化し、新たな展開を見せている。すなわち、開発やアソシエーション、コモンズ、あるいはオルターナティヴな経済などを扱う際でも、一定の合理性などへの吟味も含めて、方法論的個人主義と集団主義を超える視野を持つ必要を意識する時代を迎えている。そうした点から経済学をはじめとした他分野と交差するスタンスと方法論の探求が必要となろう。・部はそうした展開を意識しての「社会科学としての人類学」を、過去から未来に向けて取り上げたものとなっている。



 序章においては、永らく忘れられていた「人類学的」ということの意味と意義を提示し、人類学の過去から現在までを、未来を意識しながらまとめている。終章は、各章の「部分的関連」を解き明かしながら、現在から未来へと向かう二十一世紀の人類学への序奏として提示されている。

 今日文化人類学の扱う個々のトピックは多様であるが、たとえば移民や開発など、新たなテーマとして人類学が取り上げるようになった事象は、フィールドから必然的に要請されてきたものである。したがって、われわれが何をフィールドとするかによって人類学のテーマは決まる。そして、何をテーマにするかによって二十一世紀の人類学は方向づけられる。しかし、それらを扱うにふさわしい世界認識の変容が伴わなければ、人類学は本格的に「再起動」しないであろう。本書は、そうした状況に力強くガイドラインを示そうとする試みである。