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四六判上製344頁

定価:本体3600円+税

発売日 2018年5月15日

ISBN 978-4-7885-1578-9





リチャード・W・バーン 著/小山高正・田淵朋香・小山久美子 訳

洞察の起源
──動物からヒトへ、状況を理解し他者を読む心の進化



人も、動物と共通する種類の洞察に依存している


 前書『考えるサル』の出版から二十年、知識は大きく進歩し、多くの動物が驚くほど賢い行動を生み出すことが明らかになりました。しかし本書はその改訂版ではありません。私たちが日々頼りにしている物事や他者を理解する力──洞察──のほのかな光が現れているサルや他の動物種の観察から、洞察が言語に先立って動物のなかで進化してきたこと、ヒトはさらに高次の洞察力を進化させたが、今も多くを動物と共通の理解力に基づいていることを明らかにしていきます。科学的証拠に基づきながら読みやすく、専門家にも一般読者にもわくわくする、興味深い話題が満載です。

洞察の起源 目次

洞察の起源 日本語版への序

ためし読み




洞察の起源 目次

目  次

日本語版への序

第1章 はじめに
    洞察とは何か、なぜその進化に関心をもつのか?

第2章 なぜ動物は認知的なのか
    動物行動を認知的に説明する必要性

第3章 はじまりは音声だった
    サル類と類人猿の音声コミュニケーション

第4章 大型類人猿における身振りコミュニケーション
    意図して特定の受け手に向ける
    遊びにおける身振り
    レパートリーの発達
    意図された意味
    連続した身振りの使用
    身振り模倣
    まとめ

第5章 他者の理解
    他者が見るもの、知っていることへの反応
    動物による視線追従
    視線の使用
    見ることについて知る
    まとめ

第6章 社会の複雑さと脳
    「簡潔な」説明
    霊長類の社会的複雑さ
    霊長類の社会的知識
    社会的知能論
    問題としての群れ生活
    社会的脳
    社会的知能は「脳領域に固有」か?
    脳容量とその意味するところ
    社会的知能はどのように機能するのか─洞察なしの対処

第7章 他者からの学習
    文化的知性?
    社会的学習
    革新的行動
    動物の伝統
    動物の文化
    類人猿文化の技術
    ヒト文化の独自性
    まとめ

第8章 心の理論
    他者が世界についてどう考えているかを理解する
    他個体の思考を知っている動物はいるか
    協力における他者の役割を理解する
    自己を理解する
    死を理解する
    共感
    教えること
    まとめ
    
第9章 かなめの論点
    社会的能力から技術的能力へ
    社会的挑戦は常に増加するか?
    優れた採食方法?
    一つの進化仮説─より賢い食物獲得

第10章 物理的世界についての知識
    場所の記憶─どこで、何を、そしていつ
    大規模空間を効果的に移動する計画を立てる
    道具使用と原因の理解
    危険とリスクのカテゴリー
    好奇心
    まとめ

第11章 新しい複雑な技能を学習する
    行動の分節と洞察の起源
    模倣なしで対処する
    異なる種類の模倣─文脈的と産出的
    動作の流れを分割する
    動作レベルの模倣
    プログラム・レベルの模倣
    大型類人猿の模倣
    行動の階層構造を分節する
    模倣を超えて

第12章 洞察へのロードマップ
    なぜ生じたのかについて、どのようなことが考えられるか
    洞察をそれほど必要としない認知
    類人猿の得手
    原因と意図を「見る」ため分節する
    「まずまずの」原因と意図を超えて─二種類の洞察
    類人猿を理解する
    補足の議論─異端の思索

訳者あとがき

文献
事項索引
人名索引
装幀=新曜社デザイン室


洞察の起源 日本語版への序

 本書『洞察の起源』と前書『考えるサル』は、全般的には同じ話題を扱っています。それは、われわれが、ヒト以外の近縁動物の能力を研究することから現生人類の認知能力の起源について何を学ぶことができるのか、ということです。これらの本には二十年を超す隔たりがありますが、その間に比較認知科学では著しい活動がありました。ですから、皆さまが、この新しい本は、単にその間の情報を更新した最新版と考えても許されるでしょう。確かに、オックスフォード大学出版はそれが良い考えであると思っていた節があり、何年にもわたり、私に『考えるサル』の第二版を考えるように勧めてくれました。しかし実際は、この本は『考えるサル』の第二版ではありません。この本は違う目的をもっています。

 『考えるサル』で私は、動物の知能に対する伝統的な評価(動物は学習し、ヒトは考える)が、近年になってどのように崩れたのかを示しました。そして私は、動物、特に霊長類が、研究者たちに知的だと思わせるさまざまな行動を示した分野を認知的方法によって研究しました。ヒトのどの能力がわれわれの系統樹の中で初期に進化したもの(つまり「根本的」)なのか、またどの能力がずっと最近のもので種特異的(つまり「派生的」)なのかを明らかにするために、私はそれらの証拠をどのように利用しうるかについて、子孫によって継承されたパターンを示した、強力で信頼できる系統進化にそって説明しました。それにもかかわらず、その本では、それらがいかに生じたのかという特定の考えは主張しませんでした。そして、ヒトの認知が、われわれが動物世界で見ているものよりもはるかに進んでいるのはなぜかについても、主張はしませんでした。でもそれは、私がこの話題について意見をもっていなかったからではないのです。

 『考えるサル』の出版から二十年を経る中で、知識の進歩は大きいものがありました。それでも、その本の中で示された構図は、概ねそのまま通用してきました。動物の能力を示す証拠、特に大型類人猿のそれは、今ではずっと頑強なものとなりました。それらは、実験と観察の両方の研究による立証で、ずっと良くなっています。さらに広い範囲の動物種で、その中にはヒトとの近縁性においてはかなり遠いものがありますが、すばらしい能力をもつことが発見されてきました。そのことは、認知的進歩を選択することができる自然環境を理解する助けとなります。種間の脳容量を比較する統計的手法が大幅に進歩してきて、初期の一般化のいくつかは、素朴とは言わないまでも、楽天的であったことが示されました。しかし、もし改訂版を出したとしても、抜本的な変更は必要なさそうです。ですから、あの最初の本をもっているとか読んだという人も、第二版を心配しなくてもよいでしょう。

 改訂をする代わりに、私は何か新しいことをしたかったのです。われわれは、多くの動物の素晴らしい能力が発見されてきたことを知っていますが、それらは当該の個体がかかわった問題を理解していたかどうかは抜きにしています。つまり、理解なしの知能であったといえるかもしれません。何が実際に起こっているのかを理解するための認知装置をもたない種にとっては、遺伝的な進化と連合学習は、時に驚くほど賢い行動を生み出します。しかし、個体が状況をまさに理解しているという事実についてはどうでしょうか。それは、われわれヒトが日々頼りにしている、理解するという能力を示す最初のほのかな光といえるものです。この『洞察の起源』で私は、そういう理解する能力のほのかな光、それを私は「洞察」と呼んでいますが、その光が現れていると思われるいくつかの分野について概観しました。それは、社会的コミュニケーションのような最も現れやすいところから始めましたが、食物を処理する技術のようなより驚くべき分野を含んでいます。ですから、本書の後半は、私がここ何年か展開させてきた理論を説明しています。それは、洞察がヒトの進化の中だけでなく、手を用いた活動の中で始まったことを示したものです。また私は、進化的観点から見れば、「心の理論」を含めた社会的洞察が、他個体の計画された動作を理解するためのシステムに対しては二次的なものであることを議論しています。その結果、その次の動きが予想されます。つまり、それは他個体の意図を認識し、他個体の技術から直接学習する能力です。

 証拠をもとにひとつひとつ積み上げた論拠として、「実際に起こったと私が考えていること」を発表するにあたっては、私が間違っている可能性のリスクも背負いました。私のこの議論がかなりの論争を起こし、この分野が活性化することは、多くの研究者が反証するための証拠を熱心に探すことにつながります。さらに、科学の歴史を見れば、概ねすべての理論は、何らかの方法で最後には間違っていることがわかります。それでも理論は必要です。今までのところ行動に基づいた洞察、それもちょっと後で社会性への理解力にも当てはめられますが、その証拠は熱心に見る価値が十分にあります。それゆえ、たとえ私の理論的概念の詳細な部分にやがて修正が必要になるとしても、本書がこの種の新しい研究を刺激し、このわくわくする話題の理解を前進させる力をもつようになることを願っています。おそらくは修正されつつ、となるでしょう!

   二〇一七年十一月十八日
リチャード・バーン