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日本発達心理学会 編/尾崎康子・森口佑介 責任編集

社会的認知の発達科学
――発達科学ハンドブック9


A5判上製310頁

定価:本体3200円+税

発売日 18.03.28

978-4-7885-1575-8




◆関係性から認知の発達を探る

 ヒトの赤ちゃんは、どのようなプロセスを経て自己と他者を認識し、他者の心を理解する能力を獲得していくのでしょうか? 近年、ヒトは関係性の中で発達するという観点から、社会的認知、つまり「他者の行動や心的状態を予測し、観察し、解釈する能力」に関する発達研究が、一気に加速しています。主要なテーマである「心の理論」「共同注意」などの研究成果は、社会的認知の障害といわれる自閉スペクトラムの特性理解のためにも欠かせません。本巻では、発達心理学を中心に、神経科学や比較認知科学など各分野における第一線の研究者が国内外の最先端の研究を紹介し、今後の課題を明らかにしていきます。


社会的認知の発達科学 目次

社会的認知の発達科学 序章

ためし読み

◆発達科学ハンドブックシリーズ


社会的認知の発達科学─目次
目 次
『発達科学ハンドブック』発刊にあたって

序 章 社会的認知の発達科学 ― 尾崎康子
 第1節 社会的認知の発達科学に関する研究動向
 第2節 社会的認知発達の研究課題
 第3節 本巻の目的
 第4節 本巻の構成
 第5節 社会的認知発達と自閉スペクトラム症

第Ⅰ部 社会的認知とは

第1章 社会的認知と心の発達――――― 森口佑介
 第1節 心の理論
 第2節 心の理論の発達機構 
 第3節 心の理論と実行機能,言語機能
 第4節 社会的認知の連続性 
 第5節 視線計測を用いた誤信念理解 
 第6節 社会的認知の脳内機構 
 第7節 社会的認知の脳内機構の発達 

第2章 社会的認知発達の連続性――――― 板倉昭二
 第1節 発達における連続性 
 第2節 乳幼児期における社会性の発達 
 第3節 社会性の発達における領域固有性 
 第4節 社会的認知の連続性 
 第5節 今後の展望 

第Ⅱ部 社会的認知の生物学的基盤

第3章 生物知覚の脳内機構―― 平井真洋
 第1節 生物学的知覚 
 第2節 生物学的知覚を支える脳内機構と発達変化 

第4章 顔認知の神経基盤――――――― 大塚由美子
 第1節 成人の顔認知の神経基盤
 第2節 乳児の顔認知の神経基盤 

第5章 心の理論に関する脳内機構―――― 守口善也
 第1節 心の理論とその背景 
 第2節 脳機能画像 
 第3節 心の理論に関するニューロイメージング研究 
 第4節 ニューロイメージングからみた心の理論の諸相 
 第5節 結論に代えて――脳機能局在論とその限界 

第6章 共感と向社会的行動の生物学的基盤―― 大西賢治
 第1節 共感の発達 
 第2節 向社会的行動の発達 
 第3節 神経伝達物質と遺伝子 
 第4節 共感,向社会的行動の理解に発達科学が果たした役割と今後の展望 

第7章 霊長類の社会的認知― 服部裕子
 第1節 霊長類における他者理解の基盤 
 第2節 霊長類における利他行動 

第8章 イヌの社会的認知――― 黒島妃香・藤田和生
 第1節 イヌとヒトとの関係性と共進化 
 第2節 イヌの社会的知性 
 第3節 今後の課題 

第Ⅲ部 社会的認知発達の諸側面

第9章 発達初期の社会的認知スキル――― 鹿子木康弘
 第1節 顔,表情,視線,動きなどの認知 
 第2節 行為者の認知 
 第3節 乳児の道徳的判断 
 第4節 他者への情緒的信号の発信 

第10章 模倣――――――― 明和政子
 第1節 模倣の起源と発達 
 第2節 模倣の認知理論――「生得説」と「経験説」 
 第3節 模倣とミラーニューロン 
 第4節 模倣の社会的認知機能 

第11章 自己と他者―― 佐藤
 第1節 身体に感じる自己の感覚
 第2節 意図する主体としての自己の感覚 
 第3節 他者とのかかわりの中での自己の感覚 

第12章 共同注意―― 岸本 健
 第1節 共同注意とは何か 
 第2節 乳幼児による養育者との共同注意の形成を促進する要因 
 第3節 共同注意が乳幼児と養育者にもたらすもの
 第4節 まとめと今後の課題 

第13章 心の理論―――――――― 郷式 徹
 第1節 誤信念課題への反応 
 第2節 他者の志向的行動への注意 
 第3節 他者の行動の直感的予測 
 第4節 誤信念の理解 
 第5節 児童期の心の理論の発達 
 第6節 心の理論の発達段階説 

第14章 感情認知― 溝川 藍
 第1節 幼児期・児童期の感情理解の発達 
 第2節 感情理解と社会的認知の発達,社会的アウトカムとの関連 
 第3節 今後の展望 

第15章 児童期以降の社会的認知― 林 創
 第1節 児童期以降の心の理論 
 第2節 児童期以降の社会性の発達 
 第3節 今後の検討 

第16章 語用論的コミュニケーション―― 松井智子
 第1節 語用論的コミュニケーションとは 
 第2節 伝達意図の理解と推論的発話解釈 
 第3節 語用論的コミュニケーションの発達と障害 

第Ⅳ部 社会的相互作用

第17章 社会的相互作用とは:共有表象を生み出す基盤―――――― 大藪 泰
 第1節 乳児の有能性の発見 
 第2節 親子の社会的相互作用の構成要因
 第3節 社会的認知発達の基盤としての社会的相互作用 
 第4節 四項関係としての社会的相互作用 

第18章 養育者による発達初期の社会的やりとりの支え―― 篠原郁子
 第1節 発達早期の子ども・親・親子の特徴 
 第2節 相互作用における子どもと親の調和 

第19章 二項関係と三項関係  中野 茂
 第1節 「見られる」ことと自己意識の情動喚起 
 第2節 自他関係とインターサブジェクティビティ 
 第3節 「自-他」関係から「自-他-プラス」関係への発達 
 第4節 二項関係と三項関係の境目 

第20章 社会的関係と心の理論発達 東山 薫
 第1節 親子関係と心の理論発達 
 第2節 きょうだい関係と心の理論発達 
 第3節 ピア関係と心の理論発達 

人名索引
事項索引
編者・執筆者紹介
装丁 桂川 潤







序章 社会的認知の発達科学

尾崎康子

第1節 社会的認知の発達科学に関する研究動向

 「ヒトは,他者をどのように認識し理解するのか?」そして「ヒトは,自己をどのように認識し洞察するのか?」という最も基本的な質問に答えるヒントは「社会的認知」にある。社会科学では,これまで「社会的認知」に大きな関心と興味が注がれてきた。一方,発達科学では,近年,研究方法と計測技術が進展することにより,赤ちゃんの社会的認知を調べることが可能となった。発達科学における社会的認知とは,社会的および対人的場面における認知を示しており,自己と他者の認知だけでなく,視線認知,共同注意,行動の予測,意図の気づきと推測,心の理論などの領域が含まれる。そこで,ヒトの赤ちゃんは,どのようなプロセスを経て,自己と他者を認識し,さらに他者の心を理解する能力を獲得していくか,すなわち社会的認知の発達が,発達科学の大きなテーマとなった。赤ちゃんは,なぜ他者を物体ではなくヒトであると認識できるのか,なぜ自分と他者が違うことがわかるのかなど,興味はつきない。発達科学者は,現在,このような社会的認知発達の疑問に,次々と取り組んでいるが,社会的認知発達の研究が進んだのは,ここ20~30年である。まだまだ解明されていないことが山積している。

 発達科学では,認知発達は重要な課題であり,20世紀半ばからピアジェ(Piaget, J.), ブルーナー(Bruner, J. S.), ヴィゴツキー(Vygotsky, L. S.)など著名な心理学者が理論的基盤を構築している。発達心理学ではピアジェの認知発達論がよく知られている。ピアジェは,子どもの成長過程をつぶさに観察し,その観察記録から乳児から大人に至るまでの認知発達過程を段階づけた。しかし,近年,一人の子どもの成長を追うことによって調べられた認知発達過程について,問題提起がなされている。発達科学や臨床心理にかかわる分野では,20世紀後半からヒトを単独に探求するのではなく,二者間の相互交流の中で把握することが重視されている。心理療法では,間主観性,相互主観性といった用語を使い,相手とかかわりあって対人関係を作り上げる中でこそ相手の心を理解できると主張されている。その潮流は,さまざまな分野で起こっており,発達科学においても,ピアジェの認知発達論のように一人の子どもだけの成長を追うのではなく,他者とのかかわりにおいてどのように発達推移するかについて探求されるようになった。これは社会的認知発達の基本的な問いでもある。

第2節 社会的認知発達の研究課題

 このような研究や実践の経過において,多くの研究者が社会的認知発達の解明に取り組んできた結果,それぞれの領域の発達特性が明らかになってきた。そして,研究は次のステージに入っている。現在,取り組まれている研究課題をみていこう。

 重要な課題として社会的認知の発達連続性がある。社会的認知発達の研究における主要な観点に,意図の気づき,共同注意,心の理論がある。それぞれの研究は進み,子どもがどの順序でどのような状態を獲得するかはある程度判明してきた。すなわち,意図の気づきが起こってから,共同注意が獲得され,共同注意によって気持ちや意図の共有ができたあとに,心の理論を獲得する。しかし,これらの意図の気づきから心の理論獲得に至るには,どのような要因がかかわっているかについて,研究者間で意見が異なっている。バロン=コーエン(Baron‐Cohen, S.)はモジュール理論,トマセロ(Tomasello, M.)は社会認知的理論によって説明し,そして社会的相互作用論者といわれるブルーナー(Bruner, J. S.),フォーゲル(Fogel, A.),レゲァスティ(Legerstee, M.),トレヴァーセン(Trevarthen, C.),トロニック(Tronick, E. Z.)らは,社会的相互作用によって社会的認知が連続的に発達すると主張している。このように,現在,社会的認知の発達連続性については,統一した見解が出されていない。

 また,社会的認知発達の神経メカニズムの解明が行われている。視線認知,共同注意,心の理論のように,社会的認知の行動的側面はすでに多くの研究によって報告されているため,現在は,脳内の神経システムを調べて,社会的認知にかかわるメカニズムを検討する研究が進められている。

 今後さらなる研究が期待されるのは,種を超えた社会的認知発達の比較研究である。異なる種でも社会的認知の様相が共通しているか,あるいはどのような様相が人間独自のものであるかの問いが基本にある。現在,ある個体を見分けるだけでなく,自分の所属集団のメンバーを識別し,個体間の関係を理解する能力には,人間と動物との間に連続性があることがわかっている。とくに,基本的目標,意図,社会的動機づけを認識する能力は,人間と霊長類では共通していることが指摘されている。このような他の種との比較研究によって,人間の社会的認知の系統発生的起源や個体発生的起源について明らかになることが期待される。

第3節 本巻の目的

 先に述べたように,近年,社会的認知発達に大きな関心が向けられている。これまで,認知発達の研究は,一人称の観点から,また事物との関係から発達をとらえることが主流であったが,ヒトが関係性の中で発達するという観点の重要性が指摘されると,社会的認知の発達研究が一気に加速することとなった。それは,発達心理学にとどまらず,神経科学や比較認知科学などでも積極的に行われ,学際的な範囲で広まっている。そこで,本巻では,発達心理学の研究を中心に,神経科学と比較認知科学の研究にも言及し,国内外の先進的な研究を紹介していく。

 しかし,社会的認知発達の研究の歴史は浅く,発達側面ごとの研究は活発に発信されているものの,それらの諸側面を発達連続的にとらえる統一見解にはまだ時間が必要である。また,発達心理学とその関連領域の研究は相互に影響を与えているが,それらの知見を精緻に対応させるのもこれからの課題となろう。しかし,社会的認知の発達研究がさかんに行われている現在,この時点での研究の全体像を提示することが求められる。そこで,本巻では,各分野において第一線で活躍されている研究者に最先端の研究を紹介してもらうことによって,社会的認知発達の諸側面とその連続性,また種を超えた共通の能力や行動について,研究の現況と今後の課題を明らかにしていくことが,主な目的である。

第4節 本巻の構成

 本巻は,4部構成になっている。第Ⅰ部は,社会的認知とは何かを明示し,社会的認知の総論を述べるとともに,社会的認知の発達連続性について論じる。第Ⅱ部では,社会的認知についての神経科学や比較認知科学の研究知見を述べ,ヒトの社会的認知における生物学的基盤を述べる。第Ⅲ部では,社会的認知発達の諸側面をとりあげる。各章では,それぞれの発達的側面について詳述する。それらの章立ては,おおむね発達変遷にそって配置されている。第Ⅳ部は,社会的認知発達を促進する要因として社会的相互作用をとりあげ,社会的認知発達と社会的相互作用の関連を述べる。

第5節 社会的認知発達と自閉スペクトラム症

 本巻は,発達心理学とその関連領域における社会的認知の発達研究について,現時点の知見をまとめて提示するものである。今回は,第10巻『自閉スペクトラムの発達科学』を本巻と同時に刊行する。自閉スペクトラム症において社会的認知発達に障害や偏りがあることが報告されているが,自閉スペクトラム症の特性を理解するうえで社会的認知発達の基礎研究は大変重要であると同時に,社会的認知発達の基礎研究に対しても自閉スペクトラム症の社会的認知障害の研究成果は寄与するものである。そのため,今回,第9巻と第10巻を同時に刊行することに大きな意義があるが,2つの巻の内容が重複しないように,本巻は定型発達に焦点を当てている。自閉スペクトラム症の社会的認知発達に関しては,第10巻をご覧いただきたい。