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A5判上製304頁

定価:本体4200円+税

発売日 18年3月10日

ISBN 978-4-7885-1573-4




山本 馨 著

地域福祉実践の社会理論
──贈与論・認識論・規模論の統合的理解



社会福祉政策のブレークスルー

 介護保険制度の導入により、日本の高齢者福祉は世界に誇る水準を達成した反面、財政的に限界に達しつつあるといわれます。介護サービスを減少するのと引き換えに、政府が活用するようになったのが地域福祉政策。しかし一般にイメージされるボランティア活動などは一部にすぎず、地域福祉の現場では豊饒で多様な実践が共有されていることを本書は発見します。地域福祉実践の先進事例を、社会理論(モースの贈与論、シュッツの認識論、ダールの規模論)を大胆に援用して読み解き、類型化・抽象化した上で統合的理解を試みます。一人一人の生きがい、心の平安、霊的な幸福も、地域・社会福祉の対象となりうること、そうしたケアを包含するような質的転換をはかる地域福祉政策の未来像を構想します。著者は福祉社会学会奨励賞を受賞した気鋭の社会学者、装画は山本浩二画伯作品「黒松」。


地域福祉実践の社会理論 目次

地域福祉実践の社会理論 あとがき

ためし読み




地域福祉実践の社会理論 目次

序章 問題関心の所在──地域福祉実践の豊饒さと政策枠組みを超える実践の出現

第Ⅰ部 地域福祉実践の比較分析

第1章 社会福祉政策の動向
 1 〈国家福祉論からの離陸〉と〈社会関係の社会福祉〉
 2 社会福祉政策と地域福祉政策の歴史的な位置づけ
 3 地域福祉理論の潮流

第2章 地域福祉実践の多様化──地域福祉実践の現場で何が起こっているのか
 1 地域福祉理論に基づく分類
 2 ボランティア活動の先進事例
 3 小地域福祉活動の先進事例
 4 社会関係重視の活動の先進事例
 5 贈与からみる実践グループの比較

第3章 分析視角としての贈与論・認識論・規模論
 1 比較分析の手法
 2 分析概念の有効性
 3 贈与論・認識論・規模論の採用

第Ⅱ部 地域福祉実践の社会理論

第4章 贈与論からみる地域福祉実践
 1 モース贈与論の援用による分析
 2 三つの贈与類型
 3 三つの贈与類型からみる地域福祉実践の事例
 4 地域福祉実践と政策設計パラダイム
 5 地域福祉政策システムに内在する潜在的機能と限界

第5章 認識論からみる地域福祉実践と贈与論との結合
 1 シュッツ認識論の援用による分析
 2 地域介護・ケアプランの他者認識類型による理解
 3 対極的な他者理解に基づく地域福祉実践の理解

第6章 規模論からみる地域福祉実践と統合的理解
 1 ダール規模論の援用による分析
 2 理論的枠組み
 3 地域福祉実践の事例にみる適正規模
 4 地域福祉分野における規模論
 5 各贈与類型の実践が成立する適正規模──規模論を接続する意義

第Ⅲ部 まとめと結論

第7章 新たな地域福祉政策の萌芽
 1 贈与の三類型からみる地域福祉実践
 2 市場・地域福祉実践の各類型の比較と総合的理解

第8章 社会福祉政策の展望
       ──世界を一気に変えようとする政策と足下から変えようとする政策
1 「不快な隣人」への実践としての地域福祉
2 ミッシング・リンクの発見と重層的な地域福祉実践
3 政策の発想の陥穽と解決可能な政策のブレークスルーへ
4 二種類の政策の時間論と方法論的集合主義/個人主義との関係
5 オルテガの「成熟した公民」の分析視角による歴史的文脈の理解と今後の課題
6 本書の知見の応用

第Ⅳ部 補 論

第9章 福祉研究の三つの位相と方法論的集合主義
 1 問題関心の所在
 2 先行研究と分析枠組み
 3 各ソーシャル・キャピタル政策の特徴と課題
 4 個別的利益─側面援助型の類型への着目
 5 結びにかえて──ディズニー化により排除されるものへの着目

第10章 社会関係資本理論のパラダイムシフト
       ──方法論的集合主義と方法論的個人主義からの理解
 1 ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)への注目
 2 社会関係理論とソーシャル・キャピタル理論の系譜──デュルケムからパットナムまで
 3 社会関係の着眼点の相違
 4 政策との親和性と発展可能性

あとがき
参考文献

事項索引・人名索引
装画 山本浩二
装幀 鈴木敬子(pagnigh-magnigh)


地域福祉実践の社会理論 あとがき

 本書は、筆者が上智大学大学院総合人間科学研究科に提出し、社会学博士学位を授与された論文「地域福祉の比較社会学」(二〇一六年)に加筆修正を加えたものである。本書の議論の中心となる論文は、第二回福祉社会学会奨励賞を受賞した「地域福祉実践の規模論的理解―贈与類型との親和性に着目して」(『福祉社会学研究』vol.8 2011)であるが、この論文は、発表後に「比較福祉研究の新展開」について論じた(『福祉社会学研究』vol.14 2017)ものであるとの評価をいただいた。

 つまり本書は、地域福祉実践についての社会調査を比較分析することにより社会理論化することを目指した新しい比較社会学の具体的な方法についての研究書となっている。
 考えてみると、本書は結果的に、デンマーク出身の社会学者エスピン=アンデルセンへのオマージュとなっているのではないか、ということに思い当たった。おそらく私は、アンデルセンが試みているような比較社会学の研究書、すなわち現実の社会福祉実践と抽象的な社会理論を自由に往還するような書物を書きたかったのであろう。そのような発想と方法論を、さらには、知性はひろびろとしていてどこまでも伸びやかに広がっていくものであることを、私は、藤村正之上智大学副学長、中筋直哉法政大学教授の二人の指導教授から学んだのである。

 一般的な話だが、現在の日本の社会福祉の世界は、物事を抽象化して考えることがいささか不得手であるように思う。一方、理論社会学の世界は、物事を抽象化するあまり、現実社会に直接適用しにくいものになっているようにも思う。つまり、目には見えない大切なもの(こちらはアンデルセンではなく、サン=テグジュペリだが)は、抽象化あるいは制度化すると、残念なことにさらに見えにくくなる傾向があると思うのである。その目に見えないものが存在していることを前提に、それを大事にした上で具体的な事象を理論化することを試みたかったのである。そのような執筆意図をお伝えすることができただろうか。

 私が地域福祉実践を参与観察していくなかで、目に見えない大切なものと感じたのは、福祉実践がシステム化あるいは規模が拡大していくにつれて、個々の要援護者の幸福が失われていくとの反比例の傾向がどうしても生じてしまうことに関係者は無自覚であってはならないという、この一点であった。人間の幸福はなかなか可視化することも計量することも困難だが、そのような目に見えないものを存在するものと考え、それを大切にして設計を行っている実践に焦点を当てて研究したかったのである。

 そしてそれを説明するために、手の届く範囲の共同体が要援護者を支える機能が社会福祉政策上とても重要であることを論じたかったのである。社会理論としては、要援護者の社会関係の質、特に相互行為の重要性について贈与論の観点を援用した。また、当事者の社会関係の自覚について認識論の観点を参照した。さらに適切な社会関係の規模すなわち社会関係の量を考察するために規模論の観点を採用したのだが、それによって目に見えない大切なものを可視化することができたかどうかいささか心許ない。それでも、今回取り上げた五つの地域福祉実践に関わる人々が、いろいろな考え方で要援護者の幸福を真剣に考えて取り組み、要援護者とさまざまな方法で相互行為を構築しようとしていることをお伝えできたのではないかと思う。そして、地域福祉実践とは、たとえそれがどんなに優れた実践であっても一種類で完結するものではなく、同一地域内に質的に異なる多様な実践が重層的に存在していること(=重層的な地域福祉実践)が、その地域で暮らす要援護者の自由と幸福に直結していると私が考えていることもまた、お伝えできたのではないかと思う。

 本書では、五つの地域の実践しか取り上げなかったが、執筆にあたっては、日本全国のさまざまな地域福祉実践を調査させていただいた。とても全員のお名前を書ききれないが、快く社会調査の便宜を図ってくださった長野県駒ヶ根市社会福祉協議会の片桐美登氏、広島県福山市鞆の浦のさくらホームの羽田冨美江氏をはじめとする各地の方々に、心からの感謝を申し上げる。

 また、本書の基盤に流れる着想には、私淑している内田樹神戸女学院大学名誉教授、釈徹宗相愛大学教授のお考えに負うところも大きかった。釈先生には本書への推薦文も寄稿していただいた。また、山本幸代氏にはひとかたならぬお世話になった。ここに記して感謝申し上げる。みなさま、本当にありがとうございました。

 私の今後の研究は、日本国内に留まらず、エスピン=アンデルセンが示しているような福祉レジームの三類型、すなわち社会民主主義レジーム、保守主義レジーム、自由主義レジームに日本を追加した形で、各国の状況を比較研究する方向へと舵を切ることになるのではないかと思う。

 「人間、特に高齢者の自由と幸福は、手の届く範囲の共同体を中心とする社会関係がどのような条件であれば、あるいはどのようにしたら実現可能になるのか」。社会的動物である人間の根源に深く関係するこのテーマには、どこかに各国の福祉レジームや国民性に関係なく時代、地域を超えた普遍的な解答があると考えられるのである。一方、そのような普遍性にもかかわらず福祉レジームや国民性にある程度規定される部分も存在するのではないか。比較社会学の研究対象として、まことにふさわしい研究領域であると思うのだが、読者のみなさんは、この点をどのようにお考えだろうか。

 本書の装画は、抽象画家山本浩二画伯が描かれた「老松(黒松)」です。画伯には、「老松」作品の中から、この本にふさわしい「老松」をご自身で選定していただきました。

 倉敷市の大原美術館には、モネの「睡蓮」が飾られています。この「睡蓮」は、オークション等で落札されたものではなく、美術館の創始者大原孫三郎が、画家をパリのモネの工房に派遣し、大原美術館にふさわしい「睡蓮」をモネ自身に選定してもらい、それを購入して展示したものであると聞いています。本書装画の「老松(黒松)」は、そのひそみに倣ったものです。

 画伯の「老松(黒松)」は、よく能舞台などに描かれている具象画の〈老松〉とは異なり、絵の中にそれが飾られている場所と同規模の空間が存在していることを見る人に意識させます。画伯の代表作であり、内田樹さんのご自宅である「凱風館」の能舞台に描かれている「老松」の絵の中には、それが描かれている七〇畳の合気道道場と同規模の広大な空間があるように感じられます。

 また、「老松」は、生と死の暗示でもあります。画伯の絵では、黒く細い線で表現される幹部分が死を、煙のように表現される葉部分が生を暗示しているように私には感じられます。その生と死のモチーフは、この本のテーマである「良き生の過ごし方、良き死の迎え方」と重なっているのです。画伯、ありがとうございました。

 本書は、JSPS科研費 17HP5175の助成を受けたものです。
 This book was supported by JSPS KAKENHI Grant Number 17HP5175.
   二○一八年二月
著 者