『アフォーダンスの心理学』

小社営業部待望の翻訳。近年この本ほど問い合わせの多い書籍はなかったものですから。「(E・リードは)亡くなったと聞いているのですが、日本版への序があるのですね」と書店さんに聞かれました。読み直してみますと確かに、この日本版の序を書いてから1年経たずに亡くなられています。「アフォーダンス」というこの概念、『プチ哲学』にも発見、少々驚きました。「彼にとっては知識といえども意味や価値と切り離されたものではけっしてなかった。彼の書いたものを読みたまえ。あなた自身の眼で」。W・メイス氏が追悼文で書かれているように、本書をじっくり読んでみようと思っています(N)。

(2000.12.4.)


『新版・才能あるこのドラマ』

『新版・才能あるこのドラマ』(アリス・ミラー著)がニューズウィークやニューヨークタイムスの記事、ゴア氏の著作にも紹介されています。
両親に絶対服従する「才能ある子」だったゴアは、本書に出会って初めて真の自己を発見しました。抑圧された子ども時代の情動のドラマを生きなおすこと、そこから真の人生ははじまるということを発見したのです。彼が環境問題を「現代文明の機能障害」という視点から語るとき、そこにはミラーの「家族の機能障害」という考え方が確実に浸透しています。

(2000.10.25.)


『歴史的環境の社会学』

「シリーズ環境社会学」(全6冊)の1冊。近年、世界遺産やナショナルトラスト運動への関心が高まるなか、各論者が各々のフィールドから「保存されるもの」についての考察を試みたのが本書。鈴木博之氏の仕事など(『日本の「地霊(ゲニウス・ロキ)」』(講談社)、『東京の[地霊(ゲニウス・ロキ)]』(文藝春秋))、建築の分野では扱われることのあった領域を社会学的に考察したのが本書です。パブリック・メモリーをめぐる議論とも通じ、時機を得た1冊です。

(2000.10.25.)


好評発売中! 『インド日記』

海外に行くと、どうしても他国の文化との違いから、自分や自分の国を「発見」してしまう。「日本では芸者がコンピュータをしてる」ぐらいの認識しかもたない外国の人に、日本の経済・政治・宗教を説明することがいかに困難か。本書を一読して、これは海外に行くビジネスマン、旅行者必携の書籍と思いました。
本書を英語にして、「ハウ・トゥー・エクスプレイン・ジャパン」とかいう題名で出版したら、結構需要があるかもしれない。語学教材の副読本に最適になることうけあいでしょう。
(くわしい内容紹介は表紙画像をクリックして下さい)

(2000.8.2.)


生の道・『子ども時代の扉をひらく』

小社『魂の殺人』『禁じられた知』『沈黙の壁を打ち砕く』『新版 才能ある子のドラマ』に続く、アリス・ミラーの新刊です。
アリス・ミラーの考えは、NHK衛星放送にドキュメント番組で取材された、アメリカの受刑者支援組織「アミティ」のプログラムに生かされています。このドキュメント番組の影響があったのでしょうか、本書には前著作にない「明るさ」が満ちている気がします。

(内容紹介は表紙画像をクリックして下さい)

(2000.7.10.)


医療という哲学〜『病いと人』

先日、お世話になっている古書店主のお母さんが亡くなられました。原因は癌でした。自覚が出てからも本人が病院に行きたがらず、発見が遅くなったために、転移が進んでしまったようです。

小渕首相の病状も気になります。

現在、医療システムは我々の身体の一部であり拡張となっています。普通の人ではもはや自分の身体でありながら自分の身体に起こった病気を発見することも出来ないし、もちろん自然治癒に頼ってもいられません。

「病と人」とをつなぐ臨床哲学を導き出したヴァイツゼッカー博士の名著の著作が小社より刊行されました。関係者必携です。

ヴァイツゼッカー博士の著作『ゲシュタルト・クライシス』(みすず書房・品切)は小社刊『オートポイエーシス2000』のブックリストでも紹介されていました。

(2000.4.12.)


パラサイトシングル増殖中!

2000年2月24日付の朝日新聞に「パラサイトシングル増殖中!」の記事が掲載されていました。山田昌弘助教授もコメントを寄せていました。中でもイラストレーターの渡辺和博さんが「最後の反体制運動、といえると思います。」とおっしゃっていましたが、面白い指摘だと思います。事態はただ若者だけの問題ではないようです。 「家族のリストラクチュアリング」では広い視野から家族の新しい状況を捉えています。一読を。

(2000.2.28.)

 


◆直接民主政の挑戦◆

住民投票は民主主義における投票行動の誤作動か?
「電子ネットワークが市民を相互に結びつける能力や、市民をインタラクティヴな議論に巻き込む能力によって、直接民主政の射程は大いに広げられてきたのであり、そうした民主政の可能性を革命的に変えたとさえいえるほどである。・・・・・・普通の市民が、彼らにかくも大きな影響を及ぼす公共政策について、どうして議論したり決定したりしてはいけないのか、という問いである」(日本語版への序より)

(2000.1.26.)


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