書評ファイルから

小社発行の出版物のうち、各誌書評でお取り上げいただいたものを集めてみました。

書籍をお選びになる際の参考に御覧下さいませ。

また、おとりあげ下さいました評者の先生方、紙誌御担当者さまに深くお礼申しあげます。

2004年12月


鶴見俊輔、上野千鶴子、小熊英二著『戦争が遺したもの』

語り通じ事実に肉薄
「・・・・・・(本書が)聞き手が大学に籍を置く研究者だということだけで歴史学、思想史学の領域に分類されがちなのは全く もって惜しい。語りを通じて事実に肉薄したノンフィクション作品としても評価されるべきだろう。
そこで対談形式は、安易に分量を稼ぐ(ありがちな)方法としてではなく、語りでしか浮かび上がらない豊かな含蓄や、当事者の思想、 心情を物語る「細部」を、類型的解釈に回収される前に記録すべく積極的に採用されている。・・・・・・この二冊(注)は口述史調査(オーラル・ヒストリー) という、文学的想像力とは全く異なる方法で、戦後日本的な人間像を確かに浮かび上がらせた。こうした作品をも評価できる環境が整ってこそ ノンフィクションは豊かに育つのではないか」
(注)もう一冊の本は『抵抗者たち 証言 戦後史の現場から』米田綱路編、講談社、定価1890円
2004年12月26日岐阜新聞(共同通信)「ノンフィクション 今年の収穫」 武田 徹氏評

J.ニニオ 著 鈴木光太郎、向井智子 訳 『錯覚の世界』

今年の1冊
「人間の目とは不思議なもので、何の線も入っていないのに形が浮かび上がってきたり、本を回転させれば描かれた 絵そのものが回っているかのように見える。脳が指令を与えて形を作り上げたり、残像が重なり合って動きを与えてしまうのだ。
その意味では、見ている事実が真実は限らないことになる。そのような錯視を与えるさまざまな図形を、古代絵画からCG画像 まで網羅したのが本書である。・・・・・・私たちの知覚がこれほど間違いやすいことに驚くが、であればこそ人類が生き残ってきた といえないだろうか。では、錯視にどんな効用があるのだろうか。」
2004年12月26日 信濃毎日新聞 池内 了氏評

P.リクール 著 久米 博 訳 『記憶・歴史・忘却 上』

今年の3冊
2004年12月26日 日本経済新聞 小林康夫氏評
下巻は2005年4月頃にでます。

P.バーク著 井山弘幸、城戸 淳訳 『知識の社会史』

今年の3冊
「ただならぬ本である。人間が知識をどのように扱ってきたか、そのことを包括的に(といってもヨーロッパ主体はやむを得ない)に解き明かしたのはちょっと例がない。」
2004年12月19日 毎日新聞 村上陽一郎 氏評

甲野善紀、カルメンマキ、名越康文 著 『スプリット』

現代の肖像
名越康文氏、AERAに登場
2004年12月20日号 AERA「現代の肖像」

2004年10月


ハンス・ユルゲン・シュルツ編 山下公子ほか訳 『彼ら抜きでいられるか』

自らのユダヤ性と対峙した文化人
「・・・・・・本書はフロイトからハナ・アーレントにいたる二〇人のドイツ・ユダヤ文化人の評伝をあつめたものである。フロイトは一八五八年生まれ、ハナ・アーレントは一九〇六年生まれだから、カヴァーする年代はちょうど一九世紀後半に生を受けた人々ということになる。私たちに馴染み深い人々だけを取り上げても、作曲家のマーラーやシェーンベルク、革命家ローザ・ルクセンブルグ、演出家M・ラインハルト、作家カフカ、哲学者ブロッホ、ベンヤミン、E・フロム、神学者M・ブーバー、科学者アインシュタインやリーゼ・マイトナーなどが名を連ねる。
もちろんそれは単なる「評伝」ではない。編者のシュルツの強い問題意識の下で、彼らが近代ドイツ文化圏で活動しながら、どのように自らのユダヤ性と対峙し、自覚し、行動したか、という点に、記述の焦点が当てられている。
・・・・・・そこに生まれる、ほとんど耐え難いほどの内面的緊張が、一人一人の人生の軌跡を辿る本書の記述によって、見事に捉えられ、読者の心にも激しい追体験を迫る効果をもつ・・・・・・」
2004年10月10日 毎日新聞 村上陽一郎 氏評

N.C.アドリアセン著 本体6500円 『脳から心の地図を読む』

脳を考える本相次ぐ
「「脳」についての本は以前からあるが、人間の意識や個性を脳科学をベースに論じた養老孟司『バカの壁』(2003年、新潮社)の大ヒット以降、タイトルに「脳」の字を入れた著書が目立つようになった。いかにも二匹目のドジョウを狙ったと思われる本も少なくないが、一線の研究者らが描く脳の世界や脳研究の最前線は、やはり読者を強く引きつける。・・・・・・九月に出たN.C.アドリアセン『脳から心の地図を読む』(武田雅俊・岡崎祐士 監訳、新曜社)は、脳画像を用いた脳研究の第一人者が、精神疾患の治療という観点から脳科学を解説した本だ。茂木氏(注 茂木健一郎氏『脳と仮想』(新潮社))とは反対に「脳科学は飛躍的に進歩していく」と述べるこの著者も、こと人間の意識の問題に関しては「哲学的、宗教的な問い」と、やはり脳科学の限界を示唆している点は興味深い・・・・・・。」
2004年10月10日 日本経済新聞「活字の海で」文化部 田村広済氏評

2004年9月


バーク著『知識の社会史』

知的財産や産業スパイの話も
「著者はイギリスを代表する歴史家のひとり。その専門は、イタリア・ルネサンスからフランス革命の時代にいたる広義の文化史である。明晰で簡潔な文章を書くひとであるが、この本では〈知識〉なるものの歴史にまとを絞った。しかもただでさえつかみどころのないこのテーマを社会史的に考えてみようというのだ。彼ほどの博識をもってしなければ成功するはずのない試みである。その結果は大成功、とても面白い本となった・・・・・・。」2004年9月19日 日本経済新聞 富山太佳夫 氏評

バーク著『知識の社会史』

学問分野を越え「知」の組織化に迫る
「・・・・・・知をめぐるさまざまな関係性は、ルネサンスから近代にいたるまでのあいだにすでにその原型があった。権力と知識とが互いに支え合う関係も現代だけのものではない。情報や知識は権力あるいは権威によって収集され、利用され、また抑圧される状況は十六世紀にさかのぼる。むろん、現代との類似についての探求は、歴史文化の連続説を裏書きするためのものではない。ただ、近代初期から今日まで、ヨーロッパの知識の体系が変化しており、その非連続性に注目する必要がある、というフーコーの立場に対し、明確な違いを示したのは間違いない。
密度の濃い内容の割には、文章は読みやすい。スケールの大きい歴史的な眺望、斬新な視点から見たヨーロッパの事物、異文化への目配り魅力的だが、専門分野のあいだを自由に往来する手際さよさも見事なものだ・・・・・・」
2004年9月19日 毎日新聞 張 鏡 氏評

2004年7月


中根隆行著『〈朝鮮〉表象の文化誌』

日本人の〈自画像〉を大踏査
「戦後六〇年を経た現在でも、事あるごとに朝鮮半島と在日コリアンをめぐって日本社会の偏見が奔出する。その意識層の原型はどこにあって、どのような来歴を経て今日に至っているのか。この問いは、日本人の心理の深層に滞っている朝鮮観の歪みを修復するためには避けて通れない。本書はその古くて新しい難問に果敢に応えようとする。類書はあるが、征韓論以降に朝鮮をめぐって成された言説、テキスト、資料の踏査は本書が圧倒的である。・・・・・・」
2004年7月11日 東京・中日新聞 磯貝治良氏評

ミラー著『闇からの目覚め』

今を読み解く「子の虐待生む親の傷」
「・・・・・・子どもの虐待の原因と結果は一つ。暴力で傷ついていながら、傷つけられた経験に蓋をしたり、自分が悪いからぶたれたというように「しつけ」へと歪曲してしまったためだ。だから子どもに暴力をふるわずにいられないのだ、とミラーは言いきる。

だとすれば虐待の傷から癒える道と虐待の防止策は同じということになろう。私たち親がそのような思考停止状態を解除していくこと。私たち自身がかつて体験させられた苦しみを意識し、子どもの時にさからえずに受け容れてしまった考え方に向き合い、それを私たちが今日持っている知識――愛され甘やかされて育った子供は人を傷つけない――と対照させようと試みることだ」
2004年7月4日 日本経済新聞 芹沢俊介氏評

2004年6月


ミラー著『闇からの目覚め』

虐待の連鎖に警告
「・・・・・・作者は書く。「かつて自分自身傷つけられたことを否認するから、次の世代を同じように傷つけることになるのです。そのことを知ろうと自分で決心しない限り、それは続きます」

しかし、この厳しい言葉にこそ、救いも提示される。寄り添い共感してくれる人を得て、自分の子供時代の真実と対峙5するならば、本書に登場する一人の女性が証言するように、虐げられた経験のある人も「自分がそうであるものであり、そうであるように生きることを始める」ことはできるのだ。

本書は虐待のディテールを目玉にするものでも、被虐待者を救うノウハウ本でもない。

だが、自分自身にどこか居心地の悪さを感じている読者に、ひょっとしたらその原因は自らふたをしている過去にあるのかもしれないと素直に思わせる、良書である」
2004年6月20日 琉球新聞ほか 野口やよい氏評

中根隆行著『〈朝鮮〉表象の文化誌』

冬ソナ×君の名=紛争?
「・・・・・・日韓合同で恋愛ドラマを制作する場合、男性と女性のどちらを日本人、どちらを韓国人にするかがじつは問題だからである。『〈朝鮮〉表象の文化誌』という本で、著者の中根隆行氏が与謝野鉄幹の短編小説「観戦詩人」を引きつつ「植民地の力学」について述べている。「観戦詩人」は二人の日本男性が一人の朝鮮女性を争うという「冬ソナ」もビックリの内容だが、やはり日本男性×朝鮮女性のパターン。これが書かれたのは百年前。植民地を題材にした文学では、支配/被支配の関係が、男性/女性の隠喩で描かれることが多いのである・・・・・・」
2004年6月5日朝日新聞夕刊 斎藤美奈子氏評

2004年5月


小倉孝誠著『『パリの秘密』の社会史』

シュー生誕200周年、再評価を期待
「――当時のフランスにも、大衆文学と純文学の区別はあったのですか。」

「■歴然とした違いがありました。ただし、バルザックやゾラといった作家たちも生活のために大衆的な新聞小説を書いています。問題は、『パリの秘密』に「大衆的な新聞小説」というレッテルが張られてしまった結果、顧みられなくなったことです。フランスでもそうですから、まして純文学志向の強い日本の研究者が目を向けることはありませんでした」

「――文学史とは別に、社会思想の分野でも、しばしばシューの名前があがるようですね」

「■興味を引かれたのは、その点です。『パリの秘密』を書いたころ、シューは社会主義に近づき、名医の家系という上流社会の出でありながら、貧しい都市労働者の生活実態を描くことに自らの使命を見いだしました。フーリエ主義に基づきユートピアを描いた作家としても名前が残るのはそのためです。逆に、マルクスは『パリの秘密』を引き合いに出して、ユートピア的な空想性を批判しました。その時代の思想を色濃く反映しているために、作品としての評価以前にイデオロギー的なイメージが定着し、時代が変わると古びて見えやすいのも、読まれなくなってしまった理由の一つです。」

2004年6月1日号「エコノミスト」 著者インタビューより一部引用 聞き手 毎日新聞社 大井浩一氏

鶴見俊輔、上野千鶴子、小熊英二著『戦争が遺したもの』

戦後を生み出した戦争体験
「・・・・・・このときの閉塞感と、命令で人を殺してしまうかも知れないとの恐怖感が、戦後鶴見に「自分は人を殺した。人を殺すのは悪い」とだけ、一息で言えるような人間になろうと決意させる。戦争体験こそが戦後を生み出したのだ。」
2004年6月5日号「週刊現代」 本はともだち より 加藤陽子氏評

ジェーン・バートレット著 遠藤公美恵訳『「産まない」時代の女たち』

「選択の自由」があるから揺れ動く心
「・・・・・・本書は、産まない決心をした約50名のイギリス女性へのインタビューにもとづいている。女性の権利を声高に主張したり、母親の役割を過小評価したりする内容ではない。彼女たちは、職業も年齢も、子どもをもたない理由もさまざまだ。経済問題、仕事、健康。母親に虐待されたため、自分の子どもにくり返すことを恐れる女性もいる。いずれも揺れ動く心境を素朴に語っていて、その選択に必ずしも同意できない私も心打たれた・・・・・・」
2004年5月16日 朝日新聞 青柳いづみこ氏評

鶴見俊輔、上野千鶴子、小熊英二著『戦争が遺したもの』

好奇心そそる思想家裏話
「・・・・・・鶴見俊輔の語りは、そんな私の好奇心を大いみたしてくれた。たとえば、丸山真男、吉本隆明、高見順らの意外な一面が、ここにはしめされている。鶴見は、桑原武夫のことをゴシップの収蔵庫だという。しかし、なかなかどうして、ご当人じしんもそうとうなものだ。稗史の愛好家には、一読をすすめたい。・・・・・・」
2004年5月6日日本経済新聞 井上章一氏評

ひとりの経験を通して戦中戦後史を描き出す試み
「・・・・・・インタビューを通して見えてきたこの本のサブテーマは、人間の信頼関係、繋がりですね。ですからこの本は鶴見俊輔という人の体を通したひとつの戦後史ではありますが、同時に人間の繋がり、関係を演出したかった。この本は雑談で終わっているわけですが、その雑談の雰囲気から「やっぱり人が結びつくのはいいなあ」という形で終わりにしたわけです」(小熊氏談)

「この本はまさに今求められているものだ・・・・・・」(糸井重里氏評)
「まず、この表紙の絵に釘付け・・・・・・」(秋山具義氏評)

2004年6月号ダ・ヴィンチ「今月のこの本にひとめ惚れ」大賞受賞

J・ニニオ 著 鈴木光太郎、向井智子 訳『錯覚の世界』

古典からCG画像まで
「白黒の図が多く一見地味な印象の本だが、実際はかなりすごい錯視画像の連続。・・・・・・最新CGになるほど衝撃的」
2004年5月6日日本経済新聞 瀬名秀明氏評

2004年4月


オルコック著『社会生物学の勝利』

近視眼的な正義に警鐘
→ 讀賣新聞HP・ブックスタンドへ


2004年4月18日讀賣新聞 三浦俊彦評

森 明子編『ヨーロッパ人類学』

非西欧学者の鋭い分析
→ 讀賣新聞HP・ブックスタンドへ


2004年4月11日讀賣新聞 新谷尚紀氏評

鶴見俊輔、上野千鶴子、小熊英二著『戦争が遺したもの』

私の読書日記「様々な角度からの回顧」
「・・・・・・この本は六〇年代生まれの小熊英二と、団塊の世代の上野千鶴子と、戦中派の鶴見俊輔の鼎談集。厳密に言うと、鼎談というより、インタビューの記録に近い。小熊英二と上野千鶴子が聞き役で、鶴見俊輔はもっぱら二人の質問に答える。
書名の中の「戦争」とは当然、第2次世界大戦のことだが、同時にベトナム戦争をも指している。太平洋戦争の真っ只中にアメリカから帰国し、海軍ジャカルタ在勤武官府に軍属として勤務した鶴見俊輔にとって、軍隊での体験は「殺人をさける」という思想信条の出発点である。六〇年代から携わったべ平連の活動もその体験を踏まえている。本書では二つの戦争が思想家としての鶴見俊輔にどのような影響を与えたかが詳細に語られている。
それにしても二人の質問は容赦ない。所々、読むほうがはらはらするほど厳しいものがある。鶴見俊輔はさすがに年季が入っていて、苛烈な質問にも激することなく、一つ一つ丁寧に応対している。見事なチームプレーのおかげで、戦前戦後の重要な歴史的事件や人物像について、貴重な証言を得ることができた・・・・・・」
ちなみにほかの2冊は
四方田犬彦著『ハイスクール1968』(新潮社)
高島俊男著『百年のことば』(文藝春秋)
2004年4月8日号「週刊文春」張競氏評

2004年3月


ブルックス著『肉体作品』

西洋近代の表現を解読
「人間にとって本源的なテーマである肉体と欲望と視覚の問題が、西洋近代の語り、特に小説のそれを通して刺激的な形で提起された研究書である。具体的で説得性のあるテクスト分析を主軸に据えているので、枠組みとして精神分析を用いていても、決して晦渋な理論や教条主義には陥っていない・・・・・・」
2004年3月21日讀賣新聞 三浦 篤氏評

鶴見俊輔、上野千鶴子、小熊英二著『戦争が遺したもの』

戦争と学校秀才
「上野千鶴子と小熊英二が鶴見俊輔にその戦中体験を聞き出す『戦争が遺したもの』がすごく面白い。肩の力を抜いてスルスル読み進めるのに信じられないくらい密度の濃い内容なのだ。・・・・・・自由主義が流行れば自由主義の、軍国主義が流行れば軍国主義の模範答案を書くような人間が指導者になった。「そういう人間がどんなにくだらないかということが、私が戦争で学んだ大きなことだった」という鶴見の言葉は、そのまま今の日本に当てはまる」
2004年3月21日中日新聞 米原万里氏評

2004年2月


ブルックス著『肉体作品』

小説の歴史における肉体の成立
「小説を読むということにのっぴきならない関心をもつ読者にとって、ひとまず、これは必読の書物だといっておこう。この本がカバーする問題の広さと深さ、その多様な複雑さには、目がくらむ思いがする。以下に私が書くおおざっぱな要約のような文章にすこしでも興味を刺激された読者は、ただちに現物を買って、じっさいに読んでみて頂きたい。それぞれの読者の関心に応じて、万華鏡のような読書の悦楽がひろがることだろう。・・・・・・」
2004年3月号 「新潮」中条省平氏評

西洋文化の根本に迫る好著
「近代小説が、個人の肉体を主要な関心事とする語りとして誕生し、肉体が言語そのものを立ち上げる象徴的な基材となっていることを、記号論や精神分析の方法に拠りながら、きわめて明快に説いている。・・・・・・英仏の小説家たちの作品を新たな目で読み返してみたいと思わせる、西洋文化の根本に迫る好著である」
2004年2月15日朝日新聞 池上俊一氏評

近代小説が描く肉体論じる
「原題はボディ・ワーク。副題に「近代の語りにおける欲望の対象」とあるとおり、バルザックやゾラからヘンリー・ジェイムズさらにはデュラス二至るまで、近代小説に描かれる肉体を跡づけた労作である。近代は、ルソーの『告白』に始まる。告白とともに肉体はプライバシーの場におかれ、私の秘密の源泉と化したのだ。この「小部屋の秘密」(フロイト)を知りたいという好奇心、窃視のエネルギーから近代小説が生まれてゆく。秘めおかれた女の肉体は、「肉体の物語」を誕生させたのである。・・・・・・最後まで飽きさせない構成が見事である」
2004年2月8日日本経済新聞 山田登世子氏評

2004年1月


六車由実著『神、人を喰う』

人身御供は「生の実感」を伝承
「大ベストセラー、『バカの壁』のタイトルの衝撃度もなかなかだが、今年度のサントリー学芸賞を受けた著書『神、人を喰う』(新曜社)のそれも見劣りしない。副題に「人身御供の民俗学」とある。邪神に若い娘をイケニエとして差し出したという話がテーマだけに、決して、受けを狙ったタイトルではない。
民話はもとより、祭礼の起源に「人身御供譚」はたくさん残っていることから、少なからず先行研究はある。「でも、決して主要なテーマとなっていないのは、神が人を喰う光景が持つ暴力性とまがまがしさにあるのでは。実は、その『毒』にこそ、意味があると思うんです」・・・・・・」
2004年1月28日朝日新聞夕刊「ようこそ」、著者六車由実さんインタヴュー
ちなみに新聞では著者名「由美」となっていますが「由実」が正しい。

小熊英二著『〈民主〉と〈愛国〉』

「論壇」から考える
「・・・・・・しかし一方で、冒頭に述べたように、かつての論壇の「言葉」には、ある種の力というか、オーラとでもいうものが感じられることが少なくないのも事実である。
とはいえくりかえし述べたように、それらは必ずしも、「内容的」に優れた文章ではない。おそらくこれらの「言葉」が持つ力の源泉は、その論文に含まれている情報量や知識量の多寡、あるいは発想の新しさではない。書き手自身に、「社会の良心」としてこの論文を書いているのだという確信があること。それを掲載している雑誌の編集部が、「社会の公器」であるという意識を持ちえていること。そして読者が、そうした信念体系を共有しているということ。そうした関係の総体が、ある種の力となって顕現するのである。
いうまでもなく、これは書き手や編集部の個人的信念の問題ではなく、「社会」全体・の問題である。それが変容したことは、ある意味では不可逆的な変化である。・・・・・。」
大佛次郎論壇賞受賞記念論文 「論座」2004年月2月号

伝統 その創出と転生

伝統とは
「「栄ある伝統を受け継ぐ」「伝統ある日本文化」「日本美の伝統」などと、よく言う。「伝統」なる言葉をめぐるそうした言い回しは、いつごろから使われ始めたのだろうか。美術史家、陶芸家、造形作家らが対談、鼎談を重ね、この問題に迫った。本書はその集成・・・・・・。」
朝日新聞1月4日付書評、栗田亘氏評


     

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