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三ヶ尻 陽一 著

新しい自然主義心理学
――自然法則に従う人間モデルからの出発


四六判並製168頁

定価:本体1800円+税

発売日 17.11.20

ISBN 978-4-7885-1548-2



◆コンピュータになぞらえた理解から自然の論理へ
 生き物の中で、人は特別な存在でしょうか。圧倒的に繁栄し、大都市で生活していると自分自身が生き物であることさえ忘れてしまいそうです。しかし21世紀の科学は、人の営みも自然界と同じ法則に従っていることを次々と明らかにしています。心理学、特に認知心理学は、人の心の働きをコンピュータになぞらえて理解しようとしてきました。しかし心理学的な現象も自然の現象であり、コンピュータなどの人工物の論理とは異なるメカニズムやダイナミクスで活動しています。人は「知らない」ことを恐れるので、未知の物事をよく見知った人工物になぞらえることで理解しようとしますが、そのような思考は、人の本質に対する理解を誤った方向に誘導しているおそれがあります。本書は、頭の中で起こっている自然現象を根底に据えた1つのモデルを提示し、それがどのように多くの心理現象を説明するか、わかりやすく解説しました。心理学に新しいパラダイムをもたらす挑戦の書です。

新しい自然主義心理学 目次

新しい自然主義心理学 序章

ためし読み
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新しい自然主義心理学 目次
序 章

第Ⅰ部 エンジニアが作った心理学

第1章 サイエンティストとエンジニア
   第1節 サイエンティスト
   第2節 エンジニア

第2章 認知心理学の考え方と誤謬
   第1節 推論の方法と仮説演繹法
   第2節 コンピュータメタファーによる心の理解
   第3節 実験法とfMRI
   第4節 認知心理学の誤謬?

第Ⅱ部 新しい自然主義心理学の基礎―― 人間のモデル

第3章 神経活動が従う自然法則
   第1節 自己組織化臨界現象
   第2節 頭の中の自己組織化臨界現象
   第3節 砂山モデルQ&A

第4章 2 つの大脳半球とその関係
   第1節 分離脳
   第2節 仮説:左右大脳半球の役割分担のメカニズム

第Ⅲ部 新しい自然主義心理学に基づく現象の解釈

第5章 砂山モデルの振る舞いで説明できる現象
   第1節 神経活動と砂山モデル
   第2節 閾下知覚
   第3節 プライミング 78
   第4節 アンカー効果 79
   第5節 アインシュテルング効果
   第6節 符号化特殊性原理
   第7節 クロスモーダル
   第8節 虚偽記憶
   第9節 注意

第6章 2 つあることによって説明できる現象
   第1節 反応時間の分布
   第2節 二重過程理論
   第3節 注意の瞬きと見落としの回避
   第4節 選択盲
   第5節 トップダウンの注意とボトムアップの注意
   第6節 ソマティックマーカー仮説

第Ⅳ部 新しい自然主義心理学の発展

第7章 ゲシュタルト崩壊
   第1節 ゲシュタルト心理学
   第2節 二重砂山モデルによるゲシュタルト崩壊の説明

第8章 問題解決と創造性
   第1節 ワラスの問題解決
   第2節 ギルフォードの収束的思考と発散的思考
   第3節 知性の創発

第9章 個性
   第1節 認知特性
   第2節 うつ病気質と創造性
   第3節 左右のバランスとプレゼン資料作成

第10章 人の集団

第11章 意識

第12章 思い込みと振り込め詐欺

おわりに
付録 反応時間分布
装幀=新曜社デザイン室


新しい自然主義心理学 序章

  地球に住んでいる生き物の中で、人は特別な存在であろうか。確かに人は、最も繁栄している生き物の一種である。他の生物から脅かされることも少なく、自然を開拓して大規模な街を作ることもできる。神が作りし選ばれた種族と考えることもできよう。山や丘の上から街を見下ろすと、星空よりもはるかに明るい人工の光に目を奪われる。真っ暗な山や海との対比から、人は自然から逸脱してしまった存在であるかのように感じられる。

 大都市の中で生活をしていると、自分自身が生き物であることさえ忘れてしまうことがある。舗装された道路を歩き、高くそびえ立つビルの中で仕事をこなし、時間通りに運行する電車やバスによって移動する。機械の歯車がかみ合うように人々の営みは連携し、社会を成立させているようにも思えてくる。やはり人間は、自然から逸脱しているのだろうか。

 はるか昔より、自然とは不可解なもので、恐怖の対象ですらあった。自然は制御することができないし、気まぐれに振り下ろされる自然の猛威に、人間は対抗することができない。一度大地震が起きると平穏だった日常は瞬く間に破壊され、何千名という生命が奪われてしまう。人類が経験してきた戦いの大半は自然に対するものであり、残りは人同士のものであると言っても過言ではないだろう。われわれは長年の間、自然と対峙してきた。だからこそわれわれは、自然とは違うと考えてしまうのかもしれない。

 しかし、21世紀の科学は、人の営みも自然界と同じ法則に従っていることを次々と明らかにしている。たとえば、株価の変動や街の人口と順位の関係といった人の営みに関する現象は、地震の規模と頻度の関係や森林火災の規模と頻度の関係に現れる「ベキ乗則」に従っている。さらに言えば、人の頭の中で起こっている神経活動にも「ベキ乗則」が現れているのである(図1、図2参照)。心を発生させる脳内の現象が、自然界と同じルールによって起こっているならば、人間は自然の外にいるのではなく、一部に過ぎないのではないだろうか。そして、自然界から逸脱しているように見える人間の活動も、自然の一部に過ぎないことになる。

 自然の反対について考えてみよう。まず思い浮かぶのは「人工」だったり、「機械」であろう。それでは、自然と人工物や機械の決定的な違いは何であろうか。違いは1つや2つではなく、たくさんあるかもしれないが、その1つは既知であるかどうかであろう。人類は自然科学の発展によって自然界で起こっている物事を理解できるようになったし、場合によっては予測することもできるようになった。しかし、厳密に言えば、自然を完全に理解することはできない。われわれは重力という力が働いていることは身をもって知っているが、なぜ重力が発生するのかを知らないし、気にも留めない。一方、人工物や機械は既知である。人の手によって論理的に組み上げられ、人が計算したとおりに歯車がかみ合って仕事をこなす。われわれの生活に深く浸透し、もはやなくてはならないものになったパソコンやスマートフォン等のコンピュータも人工物であり、知識のある人たちが集まれば、あらゆる動作を正確に説明することができるであろう。

 人は、「知らない」ことを恐れる。そのため未知の物事に遭遇すると自らのよく見知ったものになぞらえることで理解しようとし(なぜなぞらえるのか、なぞらえるメカニズムは本書を読めばわかるだろう。)、わかった気になれれば、安心することができる。学問の中で最もメタファーやアナロジーを多用しているのは心理学であろう。特に認知心理学は人の心の働きを心的過程と呼び、コンピュータの性質や部品になぞらえて理解することを大きな特徴の1つとして持っている。

 人の心を理解することは難しい。しかし、人もコンピュータも計算をすることができる。だから人をコンピュータと見なして理解しよう。そう考えるのは、本書が示す人の性質上、とても自然なことである。しかし、このような思考は、人の本質に対する理解を阻害し、誤った方向に誘導しているおそれがあるのである。繰り返しにはなるが、自然は未知であり、コンピュータをはじめとする人工物は既知なのである。人工物は歯車がかみ合うような論理によって動作をするが、自然界は論理とは異なるメカニズムやダイナミクスで活動をしている。

 認知心理学は、人をコンピュータになぞらえることを出発点としているが、各現象に対して、前提も思想もまったく異なる数多くの仮説を積み重ねた理論やモデルが乱立している。しかし、もとをただせば、心理学的な現象の多くはたった1つの頭の中で起こっていることだと考えることができよう。そこで本書では、認知心理学による理論やモデルを説明した後で、人の頭の中で起こっている自然現象を根底に据えたモデルを1つだけ構築する。そして、このモデルを用いて、様々な現象に対して統一的な説明をしていくことにする。多くの現象を説明するために多くの理論を必要とする心理学と、多くの現象を説明するためにたった1つのモデルで済む心理学、どちらの心理学を信じるかは、今、読者の手に委ねられている。