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横田正夫 著

大ヒットアニメで語る心理学
――「感情の谷」から解き明かす日本アニメの特質


四六判並製192頁

定価:本体1800円+税

発売日 17.9.25

ISBN 978-4-7885-1542-0




◆何が観客の心をとらえているのか
 長編アニメーションの人気が近年ますます沸騰し、幅広い支持を得ています。二〇一六年には『君の名は。』が記録的な興収をあげ、『この世界の片隅に』はアニメーション映画として史上初めて日本映画監督賞を受賞しました。『アナと雪の女王』や『進撃の巨人』の大ヒットも記憶に新しいところです。これらの作品の何が観客の心をとらえたのでしょうか。そのストーリーの組み立て方や作画の仕方に共通して見られる心理描写の特徴を読み解き、作品のヒットを通じて見える現代社会の心模様を考察します。帯に『この世界の片隅に』片渕須直監督と、『君の名は。』安藤雅司作画監督からの推薦のことばを掲載。

大ヒットアニメで語る心理学 目次

大ヒットアニメで語る心理学 はじめに

ためし読み

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大ヒットアニメで語る心理学 目次
はじめに

第一章 アニメーション世界のリアリティ
 『パーフェクトブルー』
 キャラクターのリアリティ
 ストーカーのリアリティ
 情念の受け皿

第二章 主人公の回心
 『太陽の王子ホルスの大冒険』
 ヒルダ
 ヒルダの回心のきっかけ
 現代のアニメーションへの流れ

第三章 「感情の谷」理論
 感情の谷
 ヒルダと未麻の場合
 統合失調症の発病過程
 『ブレイブ ストーリー』─異界での出会い
 『バケモノの子』─異界での成長
 『千と千尋の神隠し』─異界への誘い
 臨死体験と回心
 まとめ

第四章 アニメーションの動きの軸・仲間関係
 『進撃の巨人』
 アニメーションの動き─二つの軸
 鈍重?軽快
 自然?不自然
 激情から無意識へ
 エレンの巨人化
 ミカサ
 まとめ

第五章 『君の名は。』
 大ヒット
 映画的空間での飛越
 キャラクターの飛越
 映画的時間の短縮
 並行空間での飛越
 感情の谷の造形
 感情の谷のその後
 まとめ

第六章 『この世界の片隅に』
 オープニング場面
 頭と手足が大きいということ
 日常の表現
 すずさん
 北條家
 まとめ

第七章 『アナと雪の女王』
 はじめに
 エルサ
 愛情は表現するもの
 ア ナ
 レット・イット・ゴー?ありのままで?
 まとめ

第八章 『レッドタートル ある島の物語』
 はじめに
 物 語
 感情の谷の欠如
 レッドタートル
 まとめ

終 章 アニメーションの力

おわりに

■装幀=吉名 昌(はんぺんデザイン)


大ヒットアニメで語る心理学 はじめに

 『君の名は。』と『この世界の片隅に』が大ヒットしたことは記憶に新しい。日本のアニメーションは、これらの作品以外にも毎年たくさん劇場公開されており、話題に上ることも多い。子どもから大人まで巻き込んでしまうことも珍しくない。日本のアニメーションが、ここまで日本の観客に食い込むのかとただ驚くのみである。

 しかしただ驚くだけでよいのだろうか。こうした作品を詳しく分析できれば、これらの作品を受け入れてきた観客の心理に近づくことができるのではなかろうか。なぜならば、作品を見て共感して、リピーターになっている人が多いということであろうから、そこには観客を引き付けるものがあり、観客はそこにのめり込み、魅せられている。魅せられるという状態にならなければ、二度三度観たいとは思わないだろう。もし魅せられる理由がわかれば、今の人々の心理がいくばくか理解できたことになるのではないか。

 これまでアニメーションの研究を続けてきて、キャラクターの特徴や作り手のライフサイクルと作品との関係について本にすることができ。そこでは心理学的な方法論や心理学的な知見をもとにしてアニメーションを語っていた。心理学の応用としてのアニメーション理解であった。アニメーションも心理学を使うとこのように読めるよ、といった紹介でもあった。しかしそうした紹介では取りこぼすものがあまりに多い。というのも、例えばヒットしている作品について、なぜヒットしているのかについてのヒントがそこからは得られないからである。それではあまりに学問の立場が弱い。そこでここでは向きを変えてみたいと思う。これまでの私の行ってきたのは「心理学→アニメーション」(心理学をもとにアニメーションを語る)であったが、それを逆にして、「アニメーション→心理学」(アニメーションをもとに心理学を語る)にしてみたいのである。要はアニメーションというエンターテイメントを通してどのような現代の心理が見えるのかを問うてみたい。日本の作品では『進撃の巨人』、『君の名は。』、『この世界の片隅に』、外国の作品では『アナと雪の女王』を主な題材に考察する。また、ジブリ作品として宣伝され、良作でありながら日本で興業的な成功を収めることができなかった『レッドタートル ある島の物語』も、対比のために取り上げた。

 『君の名は。』は、夢の中で女の子が男の子の身体に入り、男の子は女の子の身体に入るという現象が描かれる。こうした現象は普通生じない。試しに大学院の授業の時に院生に「異性になった夢はある?」ときいてみた。あると答えた院生は一人もいなかった。もっとも院生の数は少ないので一般化できるわけではない。マンガでは性転換する主人公の話は繰り返し描かれてきている。たとえば高橋留美子の『らんま1/2』では、主人公の高校生格闘家早乙女乱馬が水を被ると女になってしまい、お湯をかぶると元に戻るという性転換を起こすことで生じるドタバタを描いて大ヒットし、一九八九年にテレビアニメ化され、これもヒットした。しかしそれは同じ個人が両性を体験するのであり、同じ自我でありながら状況によって性が変化する。その意味では心と体の関係に乖離があるわけではない。体験としての連続性は維持されている。しかし『君の名は。』では全く別人の、しかも異性の体の中に心が入り込むのである。異性の体の中に入り込むことは大林宣彦監督の『転校生』(一九八二年)においても描かれていた。大林宣彦は同作を二〇〇七年に『転校生─さよならあなた』としてリメイクした。

 ある病院の症例検討会の時に、女性看護師の心が体の中に入ってきて、身体を操作すると訴える男性が紹介された。ここでの男性は、女性の心が自分の身体を操作すると意識しているので、『君の名は。』の事態とは異なってはいるが、しかし異性の心が体の中に入るという事態は同じである。日本のアニメーションの中で、異性の「心」の中に入り込むといった表現がなかったわけではない。平井和正原作で、石ノ森章太郎のマンガの『幻魔大戦』をアニメーション化したりんたろう監督作品では、ヒロインのプリンセス・ルナの超能力で、宇宙から飛来した宇宙の破壊者幻魔のイメージを投射され、それと戦って敗れたと思い込んで精神を破壊されてしまった主人公の東丈がいた。横たわる東丈を前にしてルナは、彼を失うわけにはいかないと、彼の心の中に入り込んでゆく。東丈は心の奥底で、幼児に退行し、姉の膝に抱かれて居すくまっていた。そこにルナのイメージが入り込んで、東丈の心を現実に引き戻す。心の奥底に逃げ込んでいた東丈は、ルナの導きによって意識を回復する。ここで示された異性の心の中に入り込む、ということは、精神を病んだ心を現実に導くという治療者の役割を果たしていることになる。今敏監督の『パプリカ』においても夢治療を行う女性が異性の夢の中に入り込んで、心の治療を行う様子が描かれていた。ここにおいても心が入り込むのは異性の心の中であり、異性の体をコントロールすることはない。

 異性の体ではなく、単に体に入ってそれをコントロールするという状況は巨大ロボットアニメに馴染みの事態である。例えば、『機動戦士ガンダム』では、ロボットの体の中に入り込んで、ロボットの体をコントロールする。それは『新世紀エヴァンゲリオン』でも同様である。人造人間の体に入って神経組織を連結することで、人間の心が、人造人間の体を動かすのである。

 こうしてみると日本のアニメーションの中には心の中に入り込むというテーマと、体の中に入り込むというテーマが連綿と続いていることが理解される。そしてそこには心と体が分離しやすいという特徴があり、「分身」が生じやすく、その一方で心が異界に行ってしまうという事態が生ずる。そこでまず、日本のアニメーションで好んで描かれる分身の心理について、今から約二〇年前に制作されたある作品を例にして、現実世界の観客を魅了する、アニメーション世界におけるリアリティをひもといてみたい。

 本書は先に述べたように「アニメーションをもとに心理学を語る」ことを意図しているが、このことはアニメーションの作り手にアニメーションがどのように人間の心に関連しているかを知ってもらいたいと思うからである。その意味では本書をアニメーションの作り手に読んでもらいたいと思っている。動きをもとに物語ることが、感情の飛越を体験させ主人公の回心を促し(第二章)、また「感情の谷」に落ち込む(第三章)ことを描くことに繋がっている。回心や「感情の谷」が日本のアニメーションで描かれる特質であり、それは作品を分析することで明らかにされる。