戻る

アラン・プラウト 著/元森絵里子 訳

これからの子ども社会学
――生物・技術・社会のネットワークとしての「子ども」


四六判上製304頁

定価:本体3400円+税

発売日 17.2.20

ISBN 978-4-7885-1512-3




◆今の時代に生きる子どもたちの場所とは?
 子ども観は時代と共に大きく変化してきました。近年は、子どもの権利思潮などにも後押しされて、子どもの能動性に注目する視点や、子どもの社会的構成に着目する視点が広く支持されています。しかしこれらの見方は、「子ども」というカテゴリーを過度に本質化しており、社会的要素だけでなく身体的でもあり技術の影響も深く受ける子どもの複雑なあり方を捉えていません。著者プラウトは、現在の子ども社会学のさまざまな視点を批判的に吟味しつつ、自然科学と社会科学の知を縦横無尽に行き来しながら、子ども研究のあるべき形を描き出していきます。これからの子ども研究の新たな知の枠組みを提示した、子ども学研究者、学生が読み、参照すべき重要文献の完訳です。

これからの子ども社会学 目次

これからの子ども社会学 日本語版への序文

ためし読み

Loading

これからの子ども社会学 目次
日本語版への序文
謝辞
はじめに

第1章 グローバル化する世界における「子ども」の変容
 はじめに
 「子ども」とモダニティ
 「子ども」の表象
 グローバリゼーションと「子ども」
 「子ども」と文化的グローバリゼーション
 結 論

第2章 子ども研究とモダンの心性
 はじめに
 モダンの心性
 文化と自然
 子ども研究の歴史
 社会的なものの上昇
 結 論

第3章 社会的なものにまつわる二元性
 はじめに
 子ども社会学
 近代主義的社会学
 子ども社会学の二分法
 包摂された中間部に向けての戦略
 包摂された中間部のための資源
 世代関係
 ライフコースと異種混淆の生成変化
 移動性
 結 論

第4章 「子ども」・自然・文化
 はじめに
 科学と社会
 社会生物学エピソードの遺産
 現代社会生物学
 動物における幼若性の進化
 霊長類と人間
 霊長類の幼若性
 身体・「子ども」・社会
 生物―技術―社会の翻訳
 結 論

第5章 「子ども」の未来
 はじめに
 子どもとありふれた人工物
 情報コミュニケーション技術
 生殖技術
 子どもと向精神薬
 結 論

あとがき
訳注
訳者あとがき
文献
事項索引
人名索引


これからの子ども社会学 日本語版への序文

 『これからの子ども社会学(The Future of Childhood)』の初版を出版してから、10年以上経つ。本書は、子ども研究者たちに歓迎された。しかし、子ども社会研究にとって革新的で新しい方向性を示すものだったにもかかわらず、そのインパクトは、どちらかといえば控えめなものであったように思う。実際、一部には困惑や懐疑のムードすら感じられた。そういった人々は、「子ども社会研究」は疑いの余地なく成功しているのに、なぜこのような批判や明らかな方向転換によって台無しにされねばならないのか、と問うているようなのである。私の応答は常に、私が提案しているのは、新しい子ども社会研究の単純な意味での転倒ではなく、むしろその拡張や補強だというものである。もちろん、その意味するところも帰結もラディカルなものであるが。「子ども」は構築物であるとか、子どもは潜在的な行為者能力を持つ社会的行為者であるといった新しい子ども社会研究の鍵概念は、もちろん捨てていない。「子ども」を構築物として見る際に、言説的なものにのみ排他的に注目するという点を差し引こうとしたのであり、逆から言えば、「子ども」の物質的性質にもっとはるかに注目せねばならないという点を加えたのである。身体、その生物学的な相関物、そして、物質的なものや装置・技術・環境の密なネットワークが、「子ども」において決定的な役割を果たしているのである。このように物質的なものを分析に含めるにあたって、大人同様に子どもも絡めとられている(あらゆる人間や非人間の)相互依存のネットワークを認識するよう、新たに強調してもいる。これは、子ども社会学を含む多くの社会理論を特徴づけてきた二項対立(大人/子ども、自然/文化のような)に対してより批判的な態度をとり、子どもと大人を結びつける(ときに引き離す)ネットワークや媒介や傾斜に、新たに焦点をあてることを要請する。

 もちろん、こういったテーマは、社会科学においてより広く取り組まれてきたものである。まず感謝したいのは、ラトゥールやドゥルーズなどの先駆的業績が、今や「ニューマテリアリズム」としばしば呼ばれるものを練り上げてきたこと、そこから社会研究全体に及ぶ刺激的な洞察が芽を出し、分野共同的で学際融合的な取り組みが、人文科学と社会科学と自然科学を融合していく風潮を促進していったことである。『これからの子ども社会学[原題:「子ども」の未来]』の中心に据えるのは、まさに、「子ども」を研究するにあたって、このように開かれた探究精神を持つことが必要だというテーマである。「子ども」とは、自然で文化的、生物学的で社会的、物質的で言説的なものとして、解きほぐしようがないほど絡まり合ったネットワーク――私が(完璧に満足のいく形でとは言えないかもしれないが)「ハイブリッド」として言及したもの――において、そのようなものとして構築されているのである。文化と自然の近代主義的対立をときほぐすことが有益で価値があると考えられるのは、こういった学際融合的な作業に方法を提供するからである。

 この序文を書いている2016年7月現在、私はシェフィールド大学で行われた子ども・若者研究センターの第6回国際学会から戻ってきたところである。学会のテーマは、「社会的・生物学的・物質的子ども(The Social, the Biological and the Material Child)」であった。ありがたいことに、企画者側は、このテーマを選んだのには本書が影響しているとの謝辞をくださり、私は光栄にも基調講演に招待していただいた。

 これは、私にとって、子ども研究において、この10年間議論してきた新しい方向性を確固たるものにし、そこに焦点をあててくれるイベントであった。いや、こういったアイディアを『身体・子ども・社会(The Body, Childhood and Society)』(2000)に最初に発表したときを考慮すれば、10年以上かもしれない。同書には、本書でなされた議論の多くの萌芽がある。同学会において、多くの子ども研究者――特に若い世代の研究者たち――の多様なトピックを扱った議論を聞けたことは、大きな刺激となった。彼/彼女らを刺激したのが私の研究であったとしても、私の研究をもたらしたより広い研究の潮流であったとしても。

 こういった点を鑑みても、元森絵里子氏によって今このように日本語訳がなされることは、時宜にかなった喜ばしいことである。『これからの子ども社会学』を日本の読者が手にとれるように、この困難で行き届いた作業を行ってくれた氏に、心より感謝している。語学面の能力を持つのみならず、子ども分野について深く理解している翻訳者と仕事をするのは喜びであった。本書が、子ども研究を志す日本の方々にとって、興味を掻き立てる、生産的なものであってほしいと、心より願っている。

                           アラン・プラウト
                           2016年7月、英国ヨークシャーにて