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熊谷高幸 著

自閉症と感覚過敏
――特有な世界はなぜ生まれ、どう支援すべきか?


四六判並製208頁

定価:本体1800円+税

発売日 17.1.27

ISBN 978-4-7885-1507-9

cover


◆自閉症の新たな理解のために
 ドナ・ウィリアムズ、東田直樹……自らの困難を内面から詳しく語れる自閉症者が増え、「感覚過敏」という症状がよく知られるようになりました。これら当事者の語りから学び、かつ語ることのできない多くの自閉症者の症状を集めて分析した著者は、感覚過敏はたんなる症状のひとつではなく、それこそが自閉症の発生源ではないのか、という仮説に至ります。男性脳や現代の生育環境といった要因との関係にもふれながら、その思考と検証の過程を紹介、当事者の感じ方に配慮した支援のあり方を探ります。自閉症理解に一石を投じる書!

自閉症と感覚過敏 目次

自閉症と感覚過敏 はじめに

ためし読み

◆熊谷先生の本
『日本語は映像的である』
『タテ書きはことばの景色をつくる』
『天才を生んだ孤独な少年期』

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自閉症と感覚過敏 目次
はじめに

第1部 感覚過敏がつくる世界

1章 長いあいだ見逃されてきた特性
 うるさい場所が嫌い
 五〇年以上見落とされてきた症状
 当事者たちの自伝によって明らかに
 敏感と鈍感の同居
 いちどきに大量の刺激を取り入れてしまう
 感覚過敏が生み出す世界
 自閉症スペクトラムのADHDとLDへのつながり

2章 自閉症者はどのような感覚過敏をもっているのか?
 自閉症児の親へのアンケートから
 聴覚過敏はどのように表れているか?
 視覚の過敏と変化への恐れ
 触覚・味覚・嗅覚の世界
 複数の感覚の統合がむずかしい
 こだわり行動について
 同調行動とミラーニューロン
 感覚と運動のあいだで起きる問題

3章 なぜ、人とのかかわりがむずかしくなるのか
 環境をかき乱す大人たち
 通常の子どもにとって大人とは?
 言語の獲得に必要な大人の存在
 共同行為と「心の理論」
 人の顔のわかりにくさ
 なぜ見分けにくいのか?

4章 つながりにくい記憶と時間
 部分と全体が結びつかない
 感覚過敏と時間と空間
 「順不同の静止画像の集積」
 名詞とくらべて動詞が学びにくい子どもたち
 記憶を作る点と線
 トラウマとフラッシュバック
 通常と異なる記憶システム
 出来事でなくカレンダーで時間を意識する
 ワーキングメモリーが働きにくい
 過去イメージと未来イメージ
 感覚過敏と創造性

5章 心と体のかみ合いにくさ
 バラバラな身体各部
 なぜ身体各部は統合しにくいのか?
 「自閉症の僕が跳びはねる理由」
 外部刺激から解放されたい
 行動コントロールのむずかしさ
 「あいまい処理」がむずかしくなる

第2部 自閉症の発生過程

6章 自閉症の大もとになる特性としての感覚過敏
 感覚過敏は「もうひとつの症状」にすぎないのか?
 自閉症の症状はどのように捉えられてきたか?
 言語・認知障害が先か、感覚過敏が先か?
 「障害の三つ組」説
 DSM‐5になって付け加えられた感覚過敏
 感覚過敏からこだわりを経てコミュニケーション障害へ
 症状と障害発生過程の見直しの必要

7章 もうひとつの要因としての男性脳
 自閉症はなぜ男性に多いのか?
 共感指数とシステム化指数
 感覚過敏をどう位置づけるべきか?
 男女大学生を対象にしたアンケート結果より
 感覚を共有する女性、ひとりとまどう男性
 自閉症生成の過程
 男性型の脳と女性型の脳の作用
 脳の特性から見た自閉症の位置
 自閉症の中の個人差と男女差
 男性脳のもうひとつの影響

8章 感覚過敏と初期発達
 三項関係が崩れやすい
 自閉症の言語消失現象
 一歳半を過ぎて強まる自閉症状
 歩けるようになってことばを失った子たち
 3タイプでの自閉症の現れ

第3部 支援の考え方

9章 自閉症の人と共存・協働していくために
共有の場所と自分の場所
 刺激の少ない生育環境の保障
 集団の場での刺激の制限
 集団の場のルールの見分け
 自分の時間の使い方

10章 構造化という方法
 人の行動はどのようにできているのか?
 選びながら先に進む構造
 頭の中に選択肢を作るのがむずかしい
 「構造化」という方法
 TEACCHプログラムの構造化
 感覚過敏と構造化
 場面に枠をつける効果
 様々な構造化

11章 言語による構造化
 ことばによる行動コントロール
 視覚メッセージと音声メッセージの違い
 動き出せない体
 言語の三つの機能
 ことばと「選びながら先に進む」構造
 文法の中にある構造化

12章 自閉症の中の特殊と普遍
 人だからこそ自閉症になる
 個別・特殊・普遍
 特化した支援と普遍的な支援
 三項関係とその発展型
 共同から協働へ
 体を使った活動の中での協働性
 関係の文字化・視覚化・イメージ化

あとがき
引用文献
索引


自閉症と感覚過敏 はじめに

    自閉症は不思議な障害である。この障害が初めて報告(Kanner 1943)されてから七〇年以上たつのに、障害の定義や、原因や、該当する人々の範囲についての考えが次々に変わってきている。

 私自身も、二五年前より自閉症の本を三冊著してきたが(熊谷 一九九一、一九九三、二〇〇六)、毎回、出版の後には解釈を修正しなければならなくなった。特に、この十年ほどのあいだは、大きく考えを変えることになった。その理由は、この本の中心テーマである、自閉症者の感覚過敏という問題に突き当たったからである。また、このような私の変化は、次のような、社会全体の自閉症の捉え方の変化にも連動している。

 第一に、自閉症と見なされる人々の数が年々ふえている。四〇年ほど前には二〇〇〇人に一人ほどといわれていたのが、いまでは一〇〇人に一人とまでいわれるようになった。

 第二に、自閉症という概念が変化してきている。以前には、人とのかかわりがむずかしいことに加え、言語機能や認知機能にも障害がある者だけが自閉症と見なされてきた。しかし、いまでは、それらの機能に遅れがない、アスペルガー症候群(言語に遅れが現れなかったタイプの自閉症)や高機能自閉症(IQ七〇以上の自閉症。狭義には、そのうち、アスペルガー症候群でない者)も含め、全体を自閉症スペクトラムと呼ぶようになった。

 第三に、自閉症はADHD(注意欠陥・多動性障害)やLD(学習障害)と重なるところがあることが認められるようになり、全体が発達障害と呼ばれることが多くなった。また、これらの人々の中には、サヴァン症候群といって、特定の能力に限り、天才的能力を示す人々がいるばかりでなく、歴史上の天才の中にも自閉症の症状を示していたと考えられる人々がいることがわかってきた。

 つまり、自閉症は、それに当てはまる人々の数についても、それが含む症状の範囲についても、さらには関連する障害についても、大きな広がりを見せるようになっているといえるだろう。では、これらの多様な障害をつなぐものは何だろうか?

 自閉症は、その原因と結果を一対一に対応させることができない障害である。脳の特性によって生じるところまではわかっているが、より深いところでは原因をひとつにしぼることができない。だから、症状の集まりとして診断されている障害である。つまり、社会性が乏しい、こだわりがある、ことばが遅れる場合がある、パニックになりやすい、記憶力がよい場合が多い、感覚過敏が現れやすい、などの症状の集まりとして理解されている。だが、これらの症状のあいだにどのような関係があるのか、また、それらはどのような経路をたどって現れるのか、についてはほとんど答えが出されていない。

 この疑問に答えを出すのが感覚過敏にもとづく捉え方である、とするのがこの本の内容である。感覚過敏とは、最近になって自閉症に一般に認められるものとなった症状である。感覚が非常に敏感になっている状態で、刺激を恐れる場合と求める場合がある。たとえば、嫌な音を恐れて耳をふさいだり、音のする部屋に入らなかったりする。また、水路を見つめ小石を落とす行為をいつまでも続けたり、ビデオの同じ箇所を何度も見続けたりする。感覚過敏は視覚や聴覚など、あらゆる感覚に現れ、また、敏感性としてだけでなく鈍感性としても現れる、非常に多様な側面をもつ症状である。

 感覚過敏は、あとで述べていくように、自閉症の人々が示す多くの症状の発生源になっていると考えられるものである。また、ADHDやLDの人々にも現れることがあり、それらの障害の発生にも関係している可能性がある。これに、後の章で述べる男性脳の特性や現代の生育環境などの要因が絡んで、自閉症という症状が生まれると考えられる。だから、この大もとになるもののメカニズムを知っておかないと自閉症を理解することも支援の方向を見出すこともむずかしくなる。

 感覚とは人々の内にあって外からは捉えにくいものである。だから感覚過敏の問題が人々によく知られるようになったのは一九九〇年代になって、自閉症の当事者が自伝を著し、内に抱えている困難について詳しく語るようになってからである(ウィリアムズ 一九九三、グランディン 一九九四など)。そこで、この本では感覚過敏の問題について、これら当事者が語る経験から学び、同時に、そのようには語ることができない多くの自閉症者の症状を集め分析していくことで、それがどのようにして自閉症の症状に結びついていくのか、を探っていきたい。

 感覚過敏があると、先に述べたように、刺激に対する反応が大きくなり、好きな物は非常に好んで求め、嫌いな物は恐れて避けるようになる。また、強い感覚を伴う経験の記憶が強まる一方で、感知しなかった刺激に対しては鈍感になる。感覚過敏とひと言でいっても、それは実に多くの問題を含んでいる。

 だから、感覚過敏があると、外界の捉え方が通常と異なり、行動の仕方も通常と異なってくる可能性がある。すると、人々と共に生活することや学ぶことがむずかしくなってくるのである。だが、人間は他の人々とかかわることなしで発達することはできない。ことばを学び、人々とコミュニケーションができないと、社会に参加することができなくなる。だから、感覚過敏は発達全体に影響を及ぼす可能性をもつものであり、それだけを単独に取り出して対処法を検討するだけではすまないものになっているのである。

 では、感覚過敏と、そこから生まれるこだわりをもつ自閉症の人々は、社会生活の場や学習の場に参加するときに、どのような困難に直面することになるのか? また、どのように支援すればそれを改善していくことができるのか? それを考えていくのがこの本のもうひとつのテーマである。

 いま自閉症は、最初に述べたように、「自閉症スペクトラム」という名のもとで、内に多様な症状の人々を含む大きなカテゴリーとして理解されるようになっている。スペクトラムとは、分光器によって分けられた様々な波長の色の連続体を示すことばで、共通性の中に多様性を示す自閉症という障害を表すために用いられたものである。この本では、感覚過敏という視点から、なぜこのような多様性が生まれるのか、についても説明してゆきたい。また、「自閉症スペクトラム」という捉え方では、自閉症の人と通常の人の境目も以前のように明確なものではなくなっている。自閉症の人々の感覚や行動の特性は通常とはかなり異なるように見えるけれど、通常の人々に全く現れないものではない。同じ人間としての特性の中に自閉症を生み出すものが含まれているのである。また、同時に、自閉症の人の中にも通常の人と変わらない部分が多く含まれている。だから、それを引き出し育てるのも支援の仕事である。この本では、このような観点のもとで、自閉症の成り立ちと支援のあり方を探っていきたい。

 この本は、3部で構成されている。第1部では、感覚過敏が自閉症の人たちにいかに多くの問題を引き起こしているか、その実情を述べ、第2部では、それがどのような過程を経て自閉症という障害を生み出しているか、について述べる。そして第3部では、そこまでの説明を踏まえ、自閉症者への支援はどのようなものであるべきか、について述べてゆきたい。