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松本憲郎 著

「日本人」の心の深みへ
――「縄文的なもの」と「弥生的なもの」を巡る旅


四六判上製240頁

定価:本体2400円+税

発売日 16.9.20

ISBN 978-4-7885-1490-4

cover


◆日本人の心の2つのルーツ
 学校や職場で「空気」を読み、和を乱さないように振る舞いながら、そのことに悲鳴をあげている私たちがいます。この葛藤は、どこに由来するのでしょうか。多くの心理学者が昔話の分析から日本人の心の深層に切り込んできましたが、それは比較的新しい、弥生時代以降の昔話を素材としたものでした。しかし、アイヌ民族や南西諸島の昔話にはさらに古態の「縄文的なもの」があり、日本人の心には、この二つが葛藤しながら今も奥底で響いています。自分を縛る「世間」の正体を知り、それとむきあって自分らしく生きたいと思ったユング心理学者が、日本人の心性の二重性の根源を探った旅の記録です。

「日本人」の心の深みへ 目次

「日本人」の心の深みへ はしがき

ためし読み

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「日本人」の心の深みへ 目次
はしがき─「空気」を読みながら生きている君に、
         そして「世間」の中で生活しているあなたへ

序 章 なぜ「日本人」の心の深みをめざすのか、そしてその旅はどこへとむかうのか

第1章 「日本人」とアイヌ民族の起源
1 人類の歴史と日本人成立の背景
2 人類学者埴原和郎による「二重構造モデル」
3 分子人類学の成果と「二重構造モデル」

第2章 「縄文人の心」と「アイヌ民族の心」
1 アイヌ史をふりかえる
2 アイヌ語地名からみえてくるもの
3 貝塚と“送り”の関係
4 “送り”にあらわれた「アイヌ民族の心」
5 土偶・石棒破砕の意味するもの
6 「縄文ランドスケープ」と「アイヌ・ランドスケープ」

第3章 「ハイヌヴェレ型神話」と「プロメテウス型神話」
1 「プロメテウス型神話」
2 「ハイヌヴェレ型神話」
3 「日本の」神話における「プロメテウス神話素」

第4章 「縄文人の心」と「『日本人』の心」
1 縄文人は弥生文化をいかに受け入れたのか
2 灌漑稲作がもつ意味
3 「縄文ランドスケープ」と「弥生ランドスケープ」

第5章 アイヌ民族の物語世界
1 「神謡」と「散文説話」
2 「第一人称説述体」のもつ意味
3 『アイヌの昔話』において稲田浩二が論じたこと
4 アイヌ民族の異類婚姻譚

第6章 「日本の」異類婚姻譚がもつ意味
1 小澤俊夫による異類婚姻譚の分析
2 「日本の」異類婚姻譚のモティフェーム分析
3 「回帰構造」と「個性化のプロセス」
4 異類婚姻譚にみる「日本人」と「自然」

第7章 アイヌ民族の異類婚姻譚における「縄文的なもの」
1 アイヌ民族の異類婚姻譚のモティフェーム分析
2 アイヌ民族の異類婚姻譚における第三の結婚と「死」

第8章 「異類婿譚」にみる「弥生的なもの」と「縄文的なもの」
1 異類婿譚のモティフェーム分析
2 「日本人」の「個性化」と「縄文的なもの」
3 「日本人」にとっての「個人」と「縄文的なもの」

第9章 「縄文的なもの」における「厳しさ」について

あとがき
文献

装幀=新曜社デザイン室


「日本人」の心の深みへ はしがき

─「空気」を読みながら生きている君に、そして「世間」の中で生活しているあなたへ

 私は精神科医として、またユング派分析家として、私のもとを訪れた方との対話を日々の仕事にしています。そのほとんどは日本人で、そこで語られる悩みも様々です。しかし、その語りの背後には、通奏低音のように響いている“旋律”があります。その音は、学校であっても、会社であっても、あるいは家庭であっても、およそ人が集まるところには、日本中のどこにでも響いています。その音は、時には「『空気』読めよな」というクラスメートの声として響き、別のおりには、マイクを突きつけられた人が「『世間』の皆さまにご迷惑をかけて申しわけありません」と謝罪するシーンの中にこだましています。

 ある日のこと、私は一人の青年が語る教室での出来事に耳を傾けていました。

 「クラスにちょっと『空気』の読めないやつがいたんです。たしかに自分勝手なところもあって、気に入らないことはやらないし……。それで、クラスの中心になっているメンバーがあいつのこと外そうぜってことになって……。自分はそんなことはいやだったんですが、もしそれにのらなかったら、あいつ生意気じゃんって外されるのが怖くて、そいつを無視することになってしまって……。」

 また、別の日には、中年の男性が語る職場での仕事ぶりをうかがっていました。

 「朝7時に家を出て、自宅に戻るのはだいたい日づけが変わる頃ですね。うちの職場ではみんなそうやってますし、世間的に見てもこの業界では皆こんなもんですよ。それで、自分が休むと職場のみんなに迷惑がかかるので休めないし、みんなも遅くまでやってるんだからって自分に言い聞かせていました。自分がこんなになるまでは、『うつ』で職場を離れる人の話を聞くと、まわりの仕事が増えるのに自分勝手だなって思ってました……。」

 私がこの本を書いてる時、私の頭を去らなかったのは、この青年や中年男性のような方々です。彼らは、日々「空気」を読みながら生き、「世間」の人間関係から外れないように生活しています。それこそ、「空気」を吸うように自然なこととして……。しかし、一方で、私が聞く彼らの苦悩は、彼らをしばる「空気」や「世間」によって窒息させられそうになっている、彼らの魂があげる悲鳴のようにも感じられるのです。

 この本は、日本人として、日々まわりの「空気」を読みながら、「世間」の中で生きている私自身が、自分の中にあって自らをしばっているものと正面からむきあい、その正体を見きわめ、そして新たな可能性を見いだすために行った探索の記録です。それは、私が専門としているユング心理学の作法にしたがって、ものごとの深みへと向かう旅になりました。そこには、私たちをしばっているものの由来を、その根源にさかのぼって知りたいという思いはありますが、すぐに役立つノウハウは見当たらないかもしれません。それでも私はこの本を、日本人がその中で生きている「空気」と「世間」の正体を知り、それと正面からむきあって、自分らしく生きたいと思っているすべての人のために書きました。その意味でこの本は、私が日々お会いしてきた過去の、これからお会いするであろう未来の、「君」や「あなた」のための本でもあるのです。