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西村ユミ 著

看護実践の語り
――言葉にならない営みを言葉にする


四六判上製244頁

定価:本体2600円+税

発売日 16.3.20

ISBN 978-4-7885-1468-3




◆看護とはどういう経験なのか?
 看護師たちは、勤務交代をしながら、患者の状態を確認し、同僚や医師と意見を交わし、ナースコールが響くや、足早に病室に向かいます。看護師の関心は、つねに患者の状態にあるので、自分たちがどのように実践しているのかについて言葉にする機会があまりありません。「言葉にならない技術」と言われる所以です。しかし看護師たちの語り合いの場には、実践の知恵を知る手がかりがたくさんあります。本書は、看護師にグループインタビューして率直な会話を 作り出すことによって、看護実践についての見方や枠組みを再発見し、捉え直していった創造的な試みの記録です。看護師や医療関係者にとってだけでなく、病者として看護に関わる私たちにとっても、看護とはどういう営みなのか、その実践が何に支えられているのかを深く考え、知る機会となる本です。

看護実践の語り 目次

看護実践の語り あとがき

ためし読み

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看護実践の語り 目次
はじめに

序 章 語りを始める
1 事例に垣間見える苦しみへの応答
2 ただ一緒に立っている
3 いつもと変わらないケア
4 その一言、その動作ひとつ
5 インタビュー導入部で何が語られたのか?

第1部 駒に追いつくように動く

第1章 〈見えてくる〉という実践
1 大丈夫を感じる
2 雰囲気を察する
3 行為の中で浮かび上がってくる
4 映像に追いつくように動く
5 患者のところに行ったほうが早い
6 普通の感覚

第2章 「うまくできない」実践の語りが示すもの
1 うまくできない経験
2 その病棟の固有の見方
3 志向性を引き継ぎ全体を見る
4 昔のように統合して見えるようになる
5 判断の流れに組み込まれる

第3章 「困った」けど困ってない
1 「困った」に触発されて
2 困ったと思うけど何とかなる
3 新卒の反省的実践─こういうときはこう
4 見通しが実践を決める

第2部 行為を踏みとどまらせるもの

第4章 応答としての苦しみ─「引っかかり」はいかに問われるか
1 苦しみに応じること
2 「引っかかり」の捉え直し
3 自分の実践のもとから

第5章 自分の実践のもと
1 患者さんらしさへ(Dさんの経験)
2 苦痛に向かう志向/取り残された家族(BさんとFさんの経験)
3 ようやく看護になる(Eさんの経験)
4 ポツンと残る一件(Aさんの経験)

第6章 引っかかりから多様性へ
1 現在の実践においても気になる(BさんとFさんの経験)
2 引っかかりのもとを紐解いていく

終 章 語りが生み出す普遍
1 看護師のまなざし─〈見えてくる〉が生まれる
2 協働を支える素地が生まれる
3 引っかかりに教えられる
4 語り継ぎが生み出すもの
5 語りに内包される開かれた普遍性

あとがき
初出一覧
索  引

装幀=新曜社デザイン室


看護実践の語り あとがき

 驚いたことに、本書のもとになった研究に着手してから、既に十二年余りが経ってしまった。あの頃より、私は、具体的な実践から・看護の実践知・を導き出すことを目論んできた。言語化が難しい実践、それを僅かながらでも言葉するにはどうしたらいいのか、と考えあぐねて選び取った方法の一つが、グループインタビューだった。本書で紹介したとおり、参加者の・みな・で自分自身の、そして自分たちの看護を語り合う中で、新たな言葉が生まれてくる可能性がある。これを頼みに試みた。その試みから、多様な看護実践の記述が生み出された。

 私にとって本書に登場してくれた看護師さん方との出会いは、ほんとうに大きいものだった。何よりも、臨床経験がたったの二年しかない私は、看護実践の特徴の多くを、この研究で生まれた言葉から学ぶことができた。自身の臨床経験や教員となってからの実習指導の経験は、確かに私の・看護のもと・となっているが、本書で記述した言葉は、その看護実践のもとに輪郭を与えてくれた。看護について話すいろいろな機会に、「見えてくる」、「大丈夫を感じる」、「映像に追いつくように動いていく」、「普通の感覚」などの表現を使うが、いずれも本書で登場した看護師さん方の使った言葉を参照している。本書を著してみて、改めてこのことに気づかされた。彼らの言葉のユニークさと奥深さにも。

 さらにグループインタビューは、複数人での語らいが看護実践のあり方を浮かび上がらせるのだということを実感する機会となった。毎回のグループインタビューはとても・充実・しており、ともに楽しむことができ、多くの発見もした。六名の参加の仕方にも・すごい・と思わされた。彼らはグループインタビューで見出した言葉を、実践で練り上げ、またインタビューで語り直し、実践に組み込んでいく。言葉が生まれ、実践とともに言葉が洗練されていく、その現場に立ち会うことの幸せと驚きを経験させてもらった。

 分析をとおして、あるいは、分析を終えての驚きも経験させてもらった。グループインタビューと一言で言っても、語られた内容は、あるいは語りのスタイルは様々だった。新人だった頃、あるいは既に五~七年以上も前のことを思い出して語る、その語り方、数年前の未だ消化しきれていない経験の語り、数日前あるいは昨日のことを、現在進行形で語るその語り方。出来事が昔であるというだけではなく、消化できていない、今も考え続けている、一緒に経験した人がいる、何度も振り返って来た経験であること等々 ・・・ こうした経験の成り立ち方の違いは、自ずと分析の視点や記述のスタイルを変えることになった。本書を導いているのは、現象学という哲学(思想運動)であるが、現象学が自らを・現象学的実証主義・と言って強調するのは、徹底して事実に即してその成り立ち方や構造を問うこと、その問い方までをも事実に即して定めていくためである。この徹底した・実証主義・の態度に徹しようとして進めたグループインタビューの分析が、語り方によって分析と記述のスタイルを大きく変えるという結果を導いた。最後の章の分析をしつつ、このことに改めて気がついたのだが、一つの研究であっても、分析の仕方が違ってくることは、これまであまり想定していなかったかもしれない。また一つ、事象に学んだことが増えた。

 既に記したとおり、最初に研究に着手してから一冊の本に結実するまでに多くの時間を要した。当初、まとめるまでを五年ぐらいと予定していた。参加者の皆さんにもそう伝えていた。倍以上の年月を要したのは、私のプランの問題である。他方で、長きにわたる時間は、多くの方や多くの機会から、多様な視点で看護の語りを問い直すことを教えて頂く機会となった。

 特に、首都大学東京大学院人間健康科学研究科において、二〇一三年度から開講している博士後期課程の科目「看護哲学・・・」での議論からは、多くのヒントを頂いた。非常勤講師として、毎回の授業にお越し下さる東京大学大学院教授の榊原哲也先生、たくさんの予習を必要とする授業に、果敢に取り組んでいる大学院生の皆さん、そして、多くの聴講生の皆さんに感謝いたします。

 また、二〇〇九年に始めた「臨床実践の現象学研究会」では、毎月、現象学的研究の発表と議論を繰り返してきた。ここでの議論からも多くの示唆を頂いた。なお、本研究会は、二〇一五年八月に「臨床実践の現象学会」として再出発しているが、月に一度の研究会は、変わらず続けている。

 本書の完成に合わせるように、ゼミ生が博士論文を書き上げた。新たな研究が産声をあげる場に居合わせることができたことに、その営みに、本書の執筆も含めていろいろな意味で伴走できたことを嬉しく思う。実際には、ゼミ生たちの勢いに押されて、本書を書きあげたのだが。

 最後に改めまして、グループインタビューに始まり、十数年にわたり拙文をご確認頂くなどのご協力を頂きました六名の看護師の皆さまに、心より御礼申しあげます。皆様の豊かな看護実践と熱い語らいがなければ、本書は生まれませんでした。また、六名の看護師の皆さまが所属する病院の看護部長様はじめ、看護部の皆様には多くのお力をお借りしました。本当にありがとうございました。

 新曜社の魚住さんが丁寧なお手紙を下さり、塩浦さんとともに研究室を訪れて下さったのは、二〇〇八年でした。年に数回、幾つかの会議や学会の大会等でお目にかかったそのたびに、さりげなく声をかけて頂きました。お二人の見守りがなければ、一冊の本としてまとめることはできなかったと思います。特に、塩浦さんには、言葉が生まれるのを待つことを教えて頂き、また丁寧な編集もして頂きました。心から感謝いたします。

 二〇一六年二月
西村ユミ