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日本認知科学会 監修
川合伸幸 著/内村直之 ファシリテータ

コワイの認知科学
――「認知科学のススメ」シリーズ2


四六判並製130頁

定価:本体1600円+税

発売日 16.2.26

ISBN 978-4-7885-1459-1

cover


◆コワさを知ることの意味
  コワいということを縦糸に,進化,発達,脳内メカニズム,遺伝子多型性,子どものおかれた社会状況などについてみてきました。コワいという気持ちはやっかいです。できれば,こういう気持ちを持たずに暮らしたいと誰しもが考えるでしょう。しかし,わたしたちは,コワいという気持ちから逃げることはできません。うまくつきあっていくためには,それがどのようなものであるのかよく知ることです。
 ここまで書いていてふと思い出しました。わたしの指導教授の研究室にはさまざまなカエルの置物がありました。さぞかしカエル好きなのかとお思いでしょうが,そうではありません。先生はカエルがコワいのです。なんとかして,カエルの恐怖に慣れようとしていました。そのことを代々の研究室の学生たちは知っているので,旅行に行っては珍しいカエルの置物を見つけて買って来るので,やがて先生の部屋はカエルだらけになったのです。落語のオチのような話です。
――(エピローグより)

 第2巻では、できれば無くしたい「コワさ」の謎を探求します。あの生き物はなぜコワいのか、コワいという気持ちはどのように生まれるのか。コワさを和らげるヒントも分かるかも?

コワイの認知科学 目次

コワイの認知科学 まえがき

ためし読み

◆「認知科学のススメ」シリーズ

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コワイの認知科学 目次
まえがき
1 章 コワいってなんだろう?
 子どもにとって「コワい」は一大事
 「コワい」と似て非なる「不安」
 楽しさとしての「コワさ」
 「コワい」を題材にした文学
 ホラー映画の文化的違い
 「コワい」は「悪く」ない
  Box 情動と感情
  Column 病気としての「恐怖症」

2 章 コワいのは生まれつきか,経験か?
 コワいことは「経験」によるものか?
  Box 経験によって好き嫌いを形成する学習――古典的条件づけ
 進化の過程で脳に保存されたコワがるメカニズム
  Box 味覚嫌悪学習と準備性
 こころに刻まれた恐怖とは……
  消し去りがたい恐怖
  実際に生じた以上に見積もるコワいできごと
 コワい対象を検出するシステム
 ヘビは早く見つけられる
  Box 仲間はずれを見つける実験――視覚探索実験
  ヘビの姿は眼に飛び込む
  Column ヒトとヘビ
 ヒトは生まれつきヘビをコワがるか?
 ヘビに敏感な幼児たち
  幼児もヘビに敏感に反応
 赤ちゃんもヘビをコワがるか?
 ヘビとコワがっている声を結びつける赤ちゃん

3 章 サルはヘビのなにがコワいのか?
 これまでに見たことがないヘビに対するサルの反応
 ヘビのコワさはウロコがポイント?
 ヒトはウロコのないヘビをコワがらない
 サルもウロコのないヘビをコワがらない
  Column ヒトのこころ,動物のこころ――比較認知科学の世界
 恐怖反応の強さは「それぞれ」
 遺伝子の個人的違いが生むこころの多様性
 サルと遺伝子多型性

4 章 ヘビに対する敏感反応
――脳波やノイズテストによる検証

 ヘビを見ると大きな脳波が出現する
 ノイズからヘビを探す
  Box 脳の情報処理とマーの3 つのレベル
 ヘビを見つけるシステムにおける3 つのレベル

5 章 クモはヘビのようにコワいのか?
 クモは危険ではない
 ヘビとクモのコワさを比べる
  仲間はずれを探す実験でのヘビとクモ
  ヘビとクモはどのくらい注意を「拘束」するか
 クモはヘビほど注意を惹きつけない
  Column ゴキブリはコワいのか,気持ち悪いのか
 脳波の測定やノイズテストからみるクモ恐怖
  脳波で調べる
  ノイズの中から見つける
 サルはクモをコワがらない
 ヘビ恐怖とクモ恐怖の起源は違う!?
  Box 昆虫学者はクモを「コワがる」?

6 章 コワさを抑える
 コワさを克服する秘訣
 恐怖抑制のメカニズムとは?
 コワがらない人とは?
  Box ジェットコースターとお化け屋敷

7 章 他人をコワがるとき
 経験して知るコワさ
 怒り顔も注意を惹く
 サルも怒り顔を早く見つける
 怒り顔に恐怖を感じやすい人たち
 幼少期の虐待は恐怖の抑制機能を弱める
 仲間はずれにされるコワさ
  Column ケータイが使えないことの恐怖

エピローグ――コワさを知ることの意味

あとがき
文献一覧
索引

                          装幀=荒川伸生
                          イラスト=大橋慶子


コワイの認知科学 まえがき

  うれしい、おどろいた、悲しい、コワい、腹が立つ……ヒトのこころはこのような情動によって彩られます。楽しいことやうれしいことによって幸福を感じますが、辛いこと、嫌なこと、腹立たしいことがあると、ときには生きていくことさえ辛く感じることもあります。思うようにならないこころの働きは、わたしたちをさまざまな気分にさせます。

 わたしたちのこころはどうしてこのような働きを持っているのでしょうか。本書では、感情や情動と呼ばれるこころの働きのうち、「恐怖」や「コワい」について焦点をあてて、こころの働きに迫ります。

 ある夏の日、家族で宿泊した高原の湖畔のホテルのそばに、本物の蒸気機関車が鎮座していました。2 歳になったばかりの息子は、家ではいつもミニカーや蒸気機関車のおもちゃで遊んでいます。さっそく子どもを連れて機関車に乗り込もうとしました。そうすると、「コワいー」と言って、蒸気機関車から力のかぎり逃げようとしました。はしごで操縦室にあがり、運転席にむりやり座らせても、泣くばかりです。近づいてみたときの、機関車のあまりの大きさと、黒々と鈍く光る鋼鉄の固まりに圧倒されたようです。

 別の日、小学生になる娘と、家の前の公園の池にザリガニを釣りに行きました。釣ったザリガニを娘が飼育したいと言うので、小さな水槽に入れて持って帰りました。すこし前に、同級生がザリガニを学校に持ってきて見せていたのがうらやましかったようです。娘にとって、念願のザリガニ飼育。それなのに、水の替えかたを教えようとすると、ザリガニがコワくてできないというのです!

 蒸気機関車とザリガニ。どちらも子どもたちが大好きだと言っていたはずなのに、いざ本物を目の前にすると、コワくて近づけない。コワいという気持ちは、わたしたちの気持ちや行動にブレーキをかけてしまいます。

 高いところ、暗い場所、大きな物や音。わたしたちは、さまざまなものを怖れます。どうしてわたしたちは何かをコワいと感じるのでしょうか? じつは、コワいという気持ちは、生存するために必要なもっとも基本的な情動の1つなのです。まれに、脳のある場所に損傷があるため恐怖をまったく感じないという人がいます。しかし、そういう人は多くの場合、早世されています。恐怖はわたしたちを危険から遠ざけ、安全な場所に身をおかせようとする大事な働きを担っています。

 生命を維持するために必要な情動だということがわかっていても、この嫌な気持ちをなんとかしたい。コワいという気持ちとうまくつきあうにはどうすればよいのでしょうか。

 ものごとを考えるときに大事なことは、まず対象をよく知ることです。対象がどのようなものがかわかれば、おのずと対処方法も見えてきます。本書では、コワいとはどういうもので、わたしたちが恐怖を感じるのはどういうこころの仕組みによるのかについて考えていきます。  コワいという経験は人によってさまざまですが、逆に言えば、じつは経験によってほとんどのものを恐怖の対象とすることができるのです。特殊な恐怖に対する例をあげても納得できないかもしれません。そこで本書では、誰もが恐怖を感じる対象に話をしぼって話を進めます。コワいという気持ちは、ほかの動物も持っていて、ヒトでも幼少期から現れます。脳内のメカニズムもかなり詳細に解明されつつあります。それらの知見を取り込みつつ、コワいという気持ちのメカニズムに迫ってみたいと思います。