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梶田正巳 著

日本人と雑草
――勤勉性を育む心理と文化


四六判並製208頁

定価:本体2100円+税

発売日 15.11.10

ISBN 978-4-7885-1451-5

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◆日本人はなぜ勤勉になったのか?
 今年のノーベル賞日本人受賞者のコメントでは勤勉な研究の大切さが述べられていました。また、ある調査によると、日本人の80%以上が、「勤勉さ」がもっとも大切な人間の特質であると考えているということです。では、日本人は、なぜ勤勉性をそれほど大切だと思うようになったのでしょうか? 本書は文化心理学の視点から検討し、ズバリ、それが日本人と「雑草、野草、草」との強いかかわりにあることを示しました。しかし雑草など、世界中のどこにでもあるのではないでしょうか? ほんとうに雑草が、勤勉性という資質を育むほどに、偉大な存在たりえるのでしょうか? そもそも心理学が、なんで雑草を取り上げるのでしょうか? 本書はそんなギモンに答えます。

日本人と雑草 目次

日本人と雑草 まえがき

ためし読み

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日本人と雑草 目次
まえがき

第1章 勤勉な人たち
1 携行時刻表
2 こだわり─時間感覚
3 ベストセラー
4 立身出世
5 江戸の学び舎
6 翻訳と百科事典─知的インフラ
7 アンドン方式
8 鉄砲と船
9 『プロジェクトX─挑戦者たち』
10 国民性調査─統計数理研究所
11 勤勉とは何か─言語分析
12 認知的特性
13 感性的特性
14 習慣傾性的特性

第2章 勤勉性の基盤
1 M・ウェーバー
2 『フランクリン自伝』
3 戦後歴史観
4 禁欲的勤勉性
5 問題─手の抜けないもの
6 勤勉性の形成─基盤モデル
7 知恵・ノウハウ
8 目標達成行動
9 習得の機制
10 現実主義
11 協働志向
12 土着思想

第3章 温帯日本の自然─勤勉性の土壌
1 和辻哲郎の驚き─昭和二年
2 ヨーロッパ─気候
3 ヨーロッパ─地理的位置・海流
4 カリフォルニア─気候と海流
5 日本の気象─温暖湿潤
6 撹乱要因─台風
7 椰子の実
8 海流─熱帯を運ぶもの
9 海峡の島々─サバイバル
10 豊饒な自然
11 生物多様性─官邸報告書
12 海底の豊かさ

第4章 新しい時代の勤勉性
1 時代はかわる
2 二つの世代─昭和三十年代(1963)
3 検証─二十一世紀(2013)
4 メタ認知の働き
5 勤勉性のメタ認知群
6 換骨奪胎
7 明示的勤勉文化─習得過程
8 暗黙の勤勉文化─影響の機制
9 内的帰属
10 発達課題としての勤勉性
11 新しい社会的条件
12 コンプライアンス
13 官僚主義
14 妥当性検証と支援

第5章 勤勉性を妨げるもの
1 無力感
2 目標喪失
3 サイクル破壊
4 戦い─中世
5 城壁─略奪の風土
6 時代精神
7 トラウマ
8 職人と専門家─新しい芽
9 待つ力
10 両義性─豊かさ
11 共通性と固有性─教育機関
12 ミッション

主な参考引用文献


装幀=末吉 亮(図工ファイブ)


日本人と雑草 まえがき

  この地球には70億人をこえる人たちが住んでいる。民族、人種、言語、宗教、文化、伝統、歴史、国柄などさまざまに異なっていて、一筋縄で捉えることはまったくできない。その中でユーラシア大陸東端を離れた列島に暮らしている日本人ほど、トータルにみて、まじめに過ごし、勤勉に働いてきた人たちはいないのではないだろうか。何しろ国民の80%近い人々が、勤勉がもっとも大切な備えるべき資質である、と確信を持っているのである。しかも、調査のはじまった前世紀中庸から今日まで、半世紀以上にもわたり、一貫してその信念はゆらぐことがない(独立行政法人・統計数理研究所資料)。

 なぜわれわれは勤勉に暮らすことをかくも大切だと思っているのか。過去十年以上もの間、この問いから離れることができなかったのである。そして、ついにいたった結論とは、誰の近辺にもある「雑草」とのかかわりであった。

 読者はすぐに疑念を抱くだろう。

「雑草、野草、草」は身近にある具象である。この具象が人間の生き方、働き方である「勤勉性」というパーソナリティー資質、抽象といったいどのように結びつくのか。一見、この二つの関係性はあまりに遠いのではないか。唐突な考え方だと感じても不思議はないであろう。とりわけ、都市化した現代の近代的マンションに暮らしている人々にとっては、まったく想像をこえた「空想」かもしれない。

 その昔、日本人の勤勉な働き方を農業と結びつけた人はあった。しかしながら、具体的にその関係性をさらに特定化し、雑草、野草、草との強いかかわりを具体的に示したのは、本書が最初ではなかろうか。

 本論に入る前に、筆者と雑草、野草、草とのかかわりに触れなければならない。それが出発点であろう。第二次大戦直後の小学生の頃、祖父母は自作農家として農業を営んでいた。田畑が決して多いわけではなかったが、戦中や戦後の食糧難であった昭和二十年代も、ひもじい思いをしたことはまったくなかったのである。農作業をよく手伝ったのは中高生の頃であろう。田植え、麦田おこしがその代表であったが、草を強く意識することはなかったであろう。

 当時、いつも田畑へ出て、雑草に立ち向かっていたのは祖父母であった。早春から晩秋にかけて、麦藁帽子、雨ガッパなどを身にまとい、畑では地面に腰を下ろして、一日中草に対峙していたのである。田植えの済んだ後の田の草取りでは、水稲の間を三?四回は草を取るために前かがみで這い回らなければならない。梅雨期から初夏にかけての非常にむし暑い季節、相当な苦労があったものと思われる。

 ときどき手伝うだけの若者に雑草、野草、草の意味が視野に入るわけはない。その後、国立大学に勤めた筆者は、半世紀あまりがたって六十代前半に停年退職し、私学へ移ったのであった。通勤時間が非常に短くなってゆとりもでき、庭に作った畑で、花や野菜を育てはじめた。そのときに悟ったのが、まさしく「雑草との戦い」であった。大きくはない畑でさえ、並大抵の努力、働き方で生育著しい野草に太刀打ちできるものではない。過去には、何回も草と対決して、いつも敗戦処理を余儀なくされてきたのである。

 こうして草、野草、雑草が頭から離れなくなった。嬉しいことに現代は、インターネットを介して巨大な図書館が手許にある。発想の芽を進化させるには実に好都合なのである。ちなみに、日本、アメリカ、ヨーロッパには、雑草学会があって、その活動を瞬時に調べることもできた。そして不確かな情報、核心の研究には、原典にあたることも決してむずかしいことではない。

 一大転機が訪れたのは、その昔読んだことがある和辻哲郎著『風土─人間学的考察』(初版1935、改版1979)に再会したときであった。和辻哲郎は、驚いたことにすでに昭和二年、ヨーロッパ留学中に自然を注意深く観察調査して、「ヨーロッパには雑草がない」という名言を吐いていたのである。和辻の至言が大きな励みになり、関心はさらに深化していった。そして「雑草は単なる一植物で終わらない、文化・文明を計るリトマス試験紙になる」という確信さえ生まれたのであった。

 学問的背景は心理学、教育心理学、文化心理学であった。数十年の研究活動の間には、実験的研究からフィールド・スタディーまで、実証的考察、リアリティー・テスティングを核に多様な研究方法を経験してきたのである。もう一つ幸いしたのは、80年代後半から文部省の海外子女教育専門官を8年間も併任したことであった。この間、職務の関係でアジア・オセアニア、ヨーロッパ、北アメリカなどをしばしば訪問し、そのフィールド調査体験がさまざまな裏づけを提供してくれたのであった。こうして雑草、勤勉性、日本人をキーワードに特定の研究領域にこだわらず、学際的に考察したのが本書であり、古希を過ぎたシニアのもう一つの学位論文(?)になるのかもしれない。

 本書を上梓するにあたって、いろいろな方々のご支援を受けた。

 実は昨年暮れの脱稿の間際に、突然に入院しなければならないという緊急事態にも見舞われたのである。脱稿から出版までの非常に大切な期間、親身になって手助けを頂いたのが、元大学院指導生で名古屋外国語大学教授・石田勢津子氏と至学館大学准教授・丸山真奈美氏であった。加えて、いろいろ知恵を授けて頂いたのが名古屋大学名誉教授で元同僚の速水敏彦氏である。こうした方々の心からなる力添えがなかったら、非常に大きな試練に出会っていたであろう。感謝の言葉をみつけることはできない。

 現代は書籍などの活字メディアには非常に厳しいインターネット時代である。一読してすぐわかるように努力したが、いささか専門的な内容の出版を快く受けとめて頂いたのが、心理学系出版社として伝統のある新曜社の編集長・塩浦ワ氏であった。上梓にいたる過程で、たくさんの大切な助言を頂戴し、そのおかげがあって、この結果が生まれたのである。親身なつながりに助けられて今日にいたった、ということである。人と人とのかかわり、絆(tie)の大切さを強く感じる日々であった。感謝の気持ちでいっぱいである。最後に、本書のアイディア、「仮説」が何かの手がかりになって、若い人たちによって将来さらに大きな発展が生まれるとしたら、著者にとっては望外の喜びである。

梶田正巳
平成27年9月1日