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G・アラン 著/天木志保美 訳

家族生活の社会学
――家庭内役割の不平等はなぜ続くのか


四六判上製304頁

定価:本体4500円+税

発売日 15.9.10

ISBN 978-4-7885-1443-0

cover


◆家族理論のスタンダード
 「家族生活」こそ現代家族をとらえる切り札といえます。家族生活に分け入ることで家族問題や家族解体を総体的に知ることができるからです。本書の醍醐味は結婚、仕事と家事、離婚と子ども、ひとり親家族、高齢者ケア、失業などを幅広く踏まえて、女性の家庭内役割は、家庭外の職業や余暇などの男女差と固く結びついて構造化され、不平等をもたらすと看破したことです。日本で本当に「女性が輝く社会」が実現するのか、深く学ぶことができます。著者はイギリスの社会学者、訳書に『友情の社会学』(世界思想社)。

家族生活の社会学 目次

家族生活の社会学 訳者まえがき

ためし読み
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家族生活の社会学 目次

訳者まえがき
謝 辞
  
第1章 序 論

第2章 社会のなかの家族
 タルコット・パーソンズ――構造的に孤立する夫婦家族
 ユージン・リトウォク――修正された拡大家族
 修正された基礎家族?
 家族か女性か? 家庭内役割の創出
 家族の形成
  
第3章 女性、結婚、家事労働
 結婚と家族形成
 労働としての家事労働
 自立性
 無 給
 私化
 母親であること
 雇用への復帰
  
第4章 家庭と余暇
 家庭中心性
 物質的変化
 関係性の変化
 余暇と社会統合
 参加する自由
 社交的関係
 階級の差異
 ジェンダーの差異
 「コミュニティの喪失」
  
第5章 結婚――不平等な関係
 意思決定アプローチ
 家庭内の労働分業
 依存の構造
 結 論
  
第6章 離婚とひとり親家族
 離 婚
 離婚原因
 ひとり親家族
 ひとり親家族の物質的境遇
 こどもと離婚
 離婚、社会的孤立、再婚
 再編家族
  
第7章 高齢者、家族、コミュニティ・ケア
 コミュニティ・ケア
 コミュニティ・ケアとインフォーマルな関係性
 公共政策、高齢者、家族ケア

第8章 失業と家族生活
 失業――その実態
 男性の失業
 女性と失業
 失業と家庭内の労働分業
  
第9章 結婚、家族、国家
  
参考文献
訳者あとがき
  
事項索引・人名索引
装幀 鈴木敬子(pagnigh-magnigh)


家族生活の社会学 訳者まえがき

 研究者として振り返るとき、職業柄、講義や学生からのニーズもあって、たくさんの本を手にしました。自分の糧となりテーマとなり、あるいは未だに解けぬ問題を含んでいるので何十年も離れられないような書は、私に限らず意外に少ないものだと思います。私にとってグラハム・アランはそのたぐいの著者で、『ファミリーライフ』(原題)の日本語版が刊行されるのは、ほんとうにうれしいことです。

 日本語の書名には、「家族生活」の語が入ることが好ましく、『家族生活の社会学』としました。なぜならば、「生活」という視点こそ、現代家族を統一的にとらえることのできる切り札だと思われるからです。トータルに「生活」をとらえようとすることで、ともすればバラバラに論じられている家族をめぐる諸問題を統一的に把握することが可能になります。例として適切かどうかわかりませんが、こどもを医者に連れて行って、患部についてだけ話を聞かされるのと、こどもの生活すべてを考慮して説明されることの違いと言ったらよいでしょうか。

 そして、現代の結婚も、女性の職業の話も、トータルに生活の局面で把握することに力点が置かれることにより、通説に含まれる欺瞞、さらには構造的な矛盾が明らかになります。女性の職業生活や女性に限らず家庭生活の記述は、イデオロギーも加担して、ともすれば一面的、自己欺瞞的な言説になりがちであるなか、私などは何度か救われる思いがしたものです。

 『ファミリーライフ』は、じっくりと丁寧に読み込む価値のある書と思います。人によって気づく局面は違うでしょうが、一般的、表面的な家族理解を超える卓見がそこここに見いだせると思います。

 研究時間が確保できずに、だらだらと二十年以上も抱えてしまいましたが、校正にあたって改めて一文一文を読んでいると、読み込むほどいい本だなあと思います。アランはきわめて端的な表現の中にとんでもないことを、私などは何年も疑問を抱えていてようやく到達した観念を、考え抜かれた一文でさらりと言ってのける名人です。

 たとえば、「デュアル・キャリア・ファミリー」(これは、夫と妻がともに良い職に就き高額の給与を得ている家族を指す語で、キャリアウーマンの語が輝きを放っていた頃、ともすれば理想の夫婦家族であるかのように考えられていたものです)について論じている部分。デュアル・キャリア・ファミリーは、職業と家庭生活の運営と責任で手いっぱいで、組合なども含めて社会参加、余暇参加が最も少ない。豊かな給与によって子育て等に多くのサービスを得ることができるにもかかわらず、もっとも余裕のないライフスタイルを余儀なくされている、ゆとりのない「問題家族」のごとくに紹介されているのです。

 たとえば、離婚後に社会関係が変容する一つの例として、友人たちと疎遠になるという記述ですが、その例証として調査回答者の「私は、これらの人々〔友人たち〕をみんな、ビジティング・リストから消してしまった。問題は、彼らがそれに気づいたように見えないことなの!」の陳述。職業や離婚で社会の中の位置づけが変わると、いつの間にか友人が目の前から消えている。現代の社会関係がきわめて端的に捉えられていないでしょうか。

    フェミニズム以来、ジェンダー、高齢者、福祉、ケア等々と、家族をめぐる諸課題が次々と社会問題化し、家族社会学もそれにこたえてきました。けれどもそこには、家族社会学ならではの大きな壁が存在するように思われます。というのは、家族について論ずる場合、そこかしこに個人か家族かの陥穽が存在するからです。その好例が本書でも繰り返し取り上げられていますが、家族の生活を支え、またその(有給)労働は家族によって支えられているにもかかわらず「あくまでも個人単位に支払われる賃金」や、個人と家族の姿が二重写しにならざるを得ない「年金」(たとえば第3号被保険者制度、いわゆる主婦の年金)といった矛盾で、混乱を生むだけでなく、不平等を固着させる元凶でもあります。あるいは福祉の諸手当やケアの配分においても、ケアを受け取る側の家族的背景が勘案されないことはなく、家族でケアを担う側からすると、苦労してケアをすればするほど支援を得にくくなるという矛盾が生じたりもするのです。等々。

 問題は、家族社会学自身も、ともすればその罠にはまってしまっていることです。特に、社会学のみならず社会科学・社会論全般において、理論的に通りの良い「選択、自由、個人主義」(個人主義パラダイム)に抗するのは簡単なことではありません。近代家族の成立、夫婦家族の成立についての議論まではまあまあ何とかなった個人主義パラダイムですが、もはや家族の解体を論じ、家族がメンバーごとに取り上げられる昨今のテーマにおいては、ジェンダー、高齢者、離婚等、一つ一つの問題を個別に――個人主義パラダイムに抵触することなく――論ずることはできても、家族を全体として論ずることが非常に困難となります。その局面を打開するのは容易ではありません。

 アランの家族論の特徴は、それぞれ個別に論じられてきた、ジェンダー、高齢者、さらには解体し多様化する家族(離婚、再婚、ひとり親家族、ステップ・ファミリーなど)の諸問題を十分に踏まえながら、それらを統合する、体系的、統一的な家族論を展開していることです。  離婚、ひとり親家族、さらには失業を論ずるにあたっても、アランはこどもに焦点を当てることを忘れていません。ステップ・ファミリー(再婚でつくられる家族。したがって生みの、義理の、と複雑な家族関係が現出する)のこどもに焦点を当てた人間関係の「綾」の分析は、アランならではと思われます。個人主義的な家族論ではめったに触れられないし、論じようとしても論理に支障をきたすことになりそうです。現在頻出している家族ならぬ家族を、こどもに焦点を当てて論ずる。この点だけでも、特筆に値するでしょう。

 現代家族については、論点が出尽くしたとは言わないまでも、論点、問題点の蓄積はすでに相当長年にわたり、広範囲にわたっています。そろそろ諸問題相互の関連等を、家族の全体像あるいは家族と社会の見通しの良い構図の中に把握したいところではないでしょうか。

 『家族生活の社会学』は、現代家族の全体像をバランスよく把握する書としてきわめてすぐれていると思います。大学で家族社会学の講義をしていたとき、家族の全体像を統一的に講義する上で、依拠する書物がないと感じていました。大学のみならず、家族について論ずる、あるいは学ぶ機会はいまや格段に増えています。家族と無関係ではいられない諸々の職種、資格も数多く存在するからです。本書は、現代の家族を論ずる人々、家族について学びたい人々、探究したい人々にとっての参考書として最適と思います。

 そして何よりも、現代の家族に問題を感じながらも家族と格闘している人々が抱えているわだかまりが一部なりともすっきりと溶解する感覚を本書がお届けできますように祈っております。

  二〇一五年八月 訳者