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小熊英二 著

論壇日記 2011.4〜2013.4
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四六判上製328頁

定価:本体2400円+税

発売日 15.9.24

ISBN 978-4-7885-1442-3

cover


◆来るべき知を読む
 2011年、日本は大震災・原発事故という未曽有の災厄に見舞われ、 このときをもって?新たな戦後の始まり?や、その逆に?戦後日本の終わり?という歴史の画期と評する議論が論壇を賑わせました。しかし、難題解決には「画期」だと興奮した声を上げるよりも、何が変わり何が変わらないのか、本質的な持続と変化の見極めこそが重要でしょう。近─現代日本を深層まで読み解いてきた著者は、現代の時評においても読み手としての力を存分にふるい、混迷する思想界から、原発、復興、ポピュリズム、経済低迷等の難題に向き合う力のある論考を丹念に拾い上げます。安易な賛否を語らず、真に解くべき課題の所在を示し、新たな知に光をあてる、王道の時評集です。「『朝日新聞』論壇メモ」と「『週刊エコノミスト』連載・「読書日記」」(2011年〜2013年春)をもとに加筆修正。続編も近刊予定です。

論壇日記 2011.4〜2013.4 目次

論壇日記 2011.4〜2013.4 まえがき

ためし読み

◆著者より
私たちは「戦後」を知らない

◆著者関連書
単一民族神話の起源
<日本人>の境界
インド日記
〈民主〉と〈愛国〉
戦争が遺したもの
対話の回路
1968 上
1968 下

◆書評
2015年10月6日、朝日新聞、塩倉裕氏評

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論壇日記 2011.4〜2013.4 目次
まえがき

『朝日新聞』論壇メモ

二〇一一年四月
1 「歴史の画期」/2 「公共性」への関心/3 「がんばれニッポン」

■ 東北と東京の分断くっきり

二〇一一年五月
1 被災の「歴史」と思想/2 原発の歴史と思想/3 その他
二〇一一年六月
1 原発の歴史/2 原発をめぐる思想的配置/3 復興の思想と展望/4 国家の思想/5 震災後の社会

二〇一一年七月
1 原発の歴史/2 原発の思想/3 原発擁護の思想/4 復興の思想

二〇一一年八月
1 震災復興/2 原発/3 ポスト菅の思想/4 その他

二〇一一年九月
1 震災復興/2 震災と若者文化、インターネット/3 「九・一一」一〇周年/4 ナショナリズム

二〇一一年一〇月
1 脱原発の思想/2 中央政治、地方政治

■ 公共事業と原発、日本の縮図

二〇一一年一一月
1 原発の歴史/2 原発をめぐる思想/3 大阪選挙/4 「戦後」とは何か/5 その他

二〇一一年一二月
1 原発の歴史/2 米軍基地問題/3 世界からみた日本/4 TPP/5 橋下現象と「庶民感 情」/6 その他

二〇一二年一月
1 「若者」の社会運動/2 復興と雇用/3 世界経済情勢と日本政治/4 女性の現状/5 その他

二〇一二年二月
1 債務危機の思想/2 税と社会保障

二〇一二年三月
1 パターナリズムと専門家/2 世界のなかの「アジア」と日本/3 震災復興と雇用/4 その他

二〇一二年四月
1 「橋下現象」をどう位置づけるか/2 教育の現状

■ 原発コスト 国民意識に比例

二〇一二年五月
1 原発問題/2 「橋下現象」/3 沖縄

二〇一二年六月
1 「逃げ切り」の思想/2 ポピュリズムの思想/3 「新しい」社会運動

二〇一二年七月
1 住居政策の歴史と思想/2 その他

二〇一二年八月
1 政治家と政党政治/2 諸問題

二〇一二年九月
1 「尖閣・竹島」問題/2 「保守の劣化」/3 生活保護

二〇一二年一〇月
1 尖閣・竹島問題/2 生活保護/3 ブラック企業/4 協同組合/5 社会運動/6 その他

■ ネズミの群れと滅びる恐竜

二〇一二年一一月
1 領土問題/2 歴史認識/3 デフレ/4 雇用/5 その他

二〇一二年一二月
1 「それでも民主主義」/2 その他

二〇一三年一月
1 言葉の重さ/2 石原慎太郎批判/3 グローバル都市/4 言葉の重さ・再び

二〇一三年二月
1 憲法論議の低調/2 政経問題V?S社会問題/3 ルール政策/4 防衛と沖縄/5 ジェンダー

二〇一三年三月
1 安倍政権と憲法改正論/2 アメリカ側の姿勢/3 現状分析/4 オルタナティブ/5 原発と復興

「読書日記」(『週刊 エコノミスト』連載)

二〇一一年一〇月 報道写真と芸術写真の間

二〇一一年一一月 洪水前の不安な繁栄

二〇一一年一二月 安全保障の新たな構想

二〇一二年二月 「若者」というカテゴリーの不毛

二〇一二年三月 限界集落と地方再生

二〇一二年四月 巨大プロジェクトの時代錯誤

二〇一二年五月 ベンチャー精神と協同組合

二〇一二年七月 社会構造としての「五五年体制」

二〇一二年八月 リスク社会の自殺と若者

二〇一二年九月 連帯と格差是正が初志を失うとき

二〇一二年一〇月 「ヒーロー」の反対語は「調整」か?

二〇一二年一一月 生活保護をめぐる両論

二〇一三年一月 香港とクールジャパン

二〇一三年二月 復興論議が見落としているもの

二〇一三年三月 財政は「社会の鏡」

二〇一三年四月 罰当たりの生まれ変りが見た「アベノミクス」

索引(人名・事項)

装幀―難波園子


論壇日記 2011.4〜2013.4 まえがき

本書は、二〇一一年四月から二〇一三年三月までに朝日新聞論壇委員として作成したメモを、書籍化したものである。あわせて、論壇委員として寄稿したコラムと、同時期に並行して書いていた『週刊エコノミスト』の書評連載「読書日記」を収録した。

 論壇委員とは、論壇時評執筆者の補佐役である。論壇時評とは、おもに論壇雑誌と称される雑誌に掲載された論考類を、月単位で評論するものだ。

 二〇一一年四月以降、『朝日新聞』の論壇時評執筆者は、作家の高橋源一郎氏が務めている。二〇一五年三月までに高橋氏が書いた論壇時評は、『ぼくらの民主主義なんだぜ』(朝日新書)としてまとめられ、二〇一五年五月に刊行されている。

 朝日新聞社は、論壇時評執筆者を補佐するため、論壇委員として六名を集めていた。二〇一一年四月から二〇一五年三月までの四年間のメンバーは、「思想・歴史」担当が私、「政治」担当が菅原琢氏、「外交」担当が酒井啓子氏、「メディア」担当が濱野智史氏、「社会」担当が森達也氏。二〇一一年五月からは、「科学」担当として平川秀幸氏が加わった。

 これらの論壇委員と論壇時評執筆者は、月に一回、集まって議論をする。そのさい、各論壇委員は、自分の担当分野を中心に、その月に発刊された雑誌を総攬し、注目論文をピックアップした会議用のメモを作成する。それらのメモをもとに議論を行ない、論壇時評執筆者がとりあげる論考を決め、論壇時評を執筆する。

 私はこの作業のため、二〇一一年四月から毎月、雑誌を総攬してメモを作っていた。二〇一五年三月には論壇委員が交代したが、高橋氏と私は留任した。そのため、現在も毎月、メモの作成は続けている。メモはかなりの分量にのぼるため、今回は二〇一三年三月までの二年分をまとめた。それ以降の分は、追って続刊を出す予定である。

 論壇委員を依頼されたのは、二〇一一年一月だったと記憶している。そのような仕事は、研究の妨げになるため、従来は受けたことがなかった。

 しかし当時の私は、二〇〇九年に大著を完成させたあと、意識不明になって入院し、一年ちかい療養生活を送ったあとだった。心身は動くようになり、大学の講義は再開していたものの、まだ回復途上で、今後の研究活動についても模索中だった。

 そういう状況であったから、勉強にもなることだと思い、一種のリハビリのようなつもりで引き受けた。また私は、一九八〇年代末に月刊誌の編集部にいたことがあり、論壇雑誌の編集部が、この種の論壇時評をけっこう意識していることを知っていた。それを考えれば、影響力のある仕事だとも思った。

 偶然にも、依頼を承諾した直後に、東日本大震災と福島原発事故がおきた。論壇委員会は毎月第三火曜の夜に開かれており、初回は四月一九日だった。

 私は、四月上旬から中旬に送られてきた雑誌に目を通し、メモを作成した。依頼の時点では、詳細なメモは必要はなく、注目すべき論考のタイトルをリスト化した簡単なもので十分ということだった。しかし時期が時期だったこともあり、仕事に気合が入って、文章形式にまとめたメモを作った。この時期における、一種の記録を作るような意識もあったと思う。

 初回の論壇委員会に集まった各人は、さすがに緊張した面持ちだった。自己紹介もそこそこに、各自の作ったメモをもとに、議論が始まった。各分野の専門家が、選んだ論考をもとに、論評や関連情報を話してくれる。それを聞くのは、非常に勉強になった。また当時の雰囲気が、真剣に仕事をせねばならぬという意識を、各人に喚起していたとも思う。

 その後、私は毎月、文章形式のメモを書いていった。震災と原発事故を経て、さまざまな事象がおきていた。これまではあまり読む機会がなかった、経済雑誌や保守系雑誌にも目を通し、多くを学んだ。それらを通じて、日本社会の底流でおきている大きな構造的変化が、政治や経済のデータをまじえて理解できるようになった。

 毎回長文のメモを書いたのは、自分なりの備忘録というつもりでもあった。せっかく勉強になる論考を読んでも、読んだだけでは内容を忘れる。雑誌に線をひき、自分なりに消化し、さらに文章にしていってこそ、学んだことが身についていく。そのことは、多くの資料を読み、研究書に仕上げていった自分の体験からわかっていた。

 自分がメモを手厚く作ると、他の論壇委員にも真剣さが伝わり、相乗効果で毎回の議論はきわめて充実したものになった。私だけでなく、参加している全員が、そうした充実感を感じていたと思う。それは、異分野の研究者と議論ができる、一種の知的サロンのようだった。

 私は論壇委員会向けのメモを作る作業のかたわら、東京の脱原発運動の現場に通い、地元の再開発計画に関連して地域をまわり、三陸の被災地を訪ね、被災者たちをまじえて勉強会を行なっていった。また論壇委員会で知りあった研究者もくわえて、一九九〇年代以降の日本の社会変化についての研究会も行なった。

 それらの成果は、『平成史』(河出書房新社)や『「辺境」から始まる』(明石書店)、『ゴーストタウンから死者は出ない』(人文書院)といった共著に結実した。とくに復興政策研究の必要は何度もメモで言及しているが、その関心は『ゴーストタウンから死者は出ない』の巻頭論文として結実した。これらは震災と原発事故という事態に対応していたが、論壇委員として勉強した政治や経済の基礎知識にも支えられていた。もし論壇委員を引き受けていなかったら、その後の私の研究活動は、かなり違ったものになっていたと思う。

 現在、ほとんどの新聞の論壇時評は、一人の執筆者や記者が書いている。複数の論壇委員が、公表されないメモを書き、議論を交わすという形態は、数少なくなっている。新聞の発行部数が減少している現在では、論壇委員会というやり方がむずかしくなっているのだ。

 日本の新聞には批判も多い。私自身も、批判の一部は共有する。しかし、インターネット上の政治・経済・外交などの情報は、じつは新聞や通信社、出版社が収集して記事や論考の形にしたものを、転載して流通させたものであるのが大部分だ。新聞や出版社がなくなれば、情報源そのものがなくなってしまうか、娯楽関係以外は専門家むけの情報しか流通しない状況になりやすい。アメリカなどでは、実際にそうした現象がおきている。

 また日本では、民間のシンクタンクなどがあまり充実しておらず、新聞や出版社がその代替機能を果たしている。これほど多くのジャーナリストや編集者を集団的に養成し、世論調査や文化事業を主催し、濃密かつ正確な情報を安く広範囲に提供している機関は、あまり他国には存在しない。マイナス面はあるとしても、日本社会を支えている重要な存在であることは否定できない。

 そうした意味で、この本に収録された成果は、日本の新聞・出版文化の恩恵で可能になったものだ。ほんらい非公表のメモだが、私なりに同時代の諸論考をダイジェストしたものである。そこから、何かを学べる人もあろうことを考え、広く共有してもらえる形で出版することとした。それはまた、自分が恩恵をうけた日本の出版文化に、ある種の還元をする作業であるとも考えている。

 なお本書収録のメモや書評には、論考や本に対する、私なりの論評が含まれている。しかし当然のことだが、それらはあくまで、私の視点からの論評にすぎない。私の書いたものを参考にするにしても、最終的な評価は、読者が実際に論考や本を読んで判断すべきものである。

 また私が行なったのは、それぞれの論考や本に対する論評であって、著者に対する論評ではない。いうまでもないことだが、一本の論考の評価は、その著者の仕事すべての評価、いわんや人格に対する評価とは別である。

 また論壇委員会においては、原発をはじめ科学関係の論考は、平川氏の担当だった。そのため私は、それらの論考はあまりメモにとりあげなかった。そうした点をカバーするため、論壇時評執筆者や論壇委員が選んだ毎月の注目論考を、あわせて収録させていただいた。私がとりあげた論考だけでなく、多くの優れた論考がこの時期に書かれていたことを、あらためて確認していただきたい。

 執筆の時点において、また本にする過程において、多くの方の助力をうけた。感謝したい。

二〇一五年七月
小熊英二