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山岸明子 著

心理学で文学を読む
――困難を乗り越える力を育む


四六判上製208頁

定価:本体2200円+税

発売日 15.5.15

ISBN 978-4-7885-1435-5

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◆文学も心理学も楽しもう!
 小説はフィクションで作家は心理学者ではありませんが、優れた文学作品は人間性や人間の心理についての深い洞察に満ちています。人間性理解のエキスパートによる小説は、心理学の理論に適っているのでしょうか。本書は、心理学のテーマと関連する「文学作品」を取り上げて、恵まれない環境でつらい経験をしてきた人が、なんとか適応的に生きていく精神的な回復力──レジリエンス──に注目し、「何が人を立ち直らせるか」、何が人を道徳的にするのか、経験の中での人々との関係のもち方がどう変化していくかを、発達心理学の用語や理論を使って読み解いていきます。文学作品をより深く理解しながら発達心理学の理解にも役立つ一冊です。

心理学で文学を読む 目次

心理学で文学を読む まえがき

ためし読み
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心理学で文学を読む 目次
まえがき
T 何が人を立ち直らせるのか

1 主人公カフカはなぜ立ち直ったのか─村上春樹『海辺のカフカ』
 1 はじめに
 2 思春期危機と適応を規定する要因
 3 カフカ少年の育ち
 4 カフカ少年が現在置かれている状況
 5 カフカ少年がもった他者との交流
 6 なぜカフカ少年は立ち直れたのか

2 二人の少年はなぜ立ち直ったのか─山田洋次『学校U』
 1 はじめに
 2 二人が変わった劇的な事件
 3 タカシが口をきいた理由
 4 ユウヤがタカシの言葉に従った理由
 5 その後のタカシとユウヤ
 6 何が人を変えるのか

3 老人と少年の交流─小川洋子『博士の愛した数式』と湯本香樹実『夏の庭』
 1 はじめに
 2 『博士の愛した数式』における「博士」と「ルート」の交流
 3 博士とルートの気持ちをつないだ要因
 4 『夏の庭』における老人と3人の少年の交流
 5 老人と3人の少年の気持ちをつないだ要因
 6 少年期の発達と老年期の発達の交差

4 被虐待児の立ち直り─デイヴ・ペルザー『“It”(それ)と呼ばれた子』
 1 はじめに
 2 デイヴ・ペルザーの著作を分析することの妥当性と意義
 3 デイヴ・ペルザーの立ち直りについて─獲得された安全感か?
 4 デイヴの生育の過程
 5 なぜデイヴは虐待に耐え,生き延びることができたのか
 6 なぜデイヴは立ち直れたのか
 7 何がそれらを培ったのか

U 心の発達─道徳性をめぐって

5 少年の連帯─ゴールディング『蝿の王』と大江健三郎『芽むしり仔撃ち』
 1 はじめに
 2 児童期の連帯感とその認知的・社会的基盤
 3 少年たちはなぜ連帯できなかったのか─『蝿の王』の場合
 4 少年たちはなぜ連帯できたのか─『芽むしり仔撃ち』の場合
 5 連帯を規定する条件
 6 大人の役割

6 罪悪感再考:4つの罪悪感をめぐって─遠藤周作『沈黙』『死海のほとり』と
  ユン・チアン『ワイルド・スワン』
 1 はじめに
 2 罪悪感についての主要理論
 3 4つの罪悪感
 4 第一と第二の罪悪感
 5 第三の罪悪感
 6 第四の罪悪感

7 罪悪感と日本の国語教科書─夏目漱石『こころ』、森鴎外『舞姫』、
  芥川龍之介『羅生門』、新美南吉『ごんぎつね』
 1 はじめに
 2 日本の国語教科書の特徴
 3 日本の国語教科書の定番と罪悪感
 4 4つの罪悪感と日本人の罪悪感
 5 4つの罪悪感と日本の国語教科書における罪悪感

V 心の発達─対人関係の変化をめぐって

8 『悪童日記』の主人公の育ちと対人関係─アゴタ・クリストフ『悪童日記』三部作
 1 はじめに
 2 リュカの人生─幼少期から児童期
 3 リュカの人生─思春期以降
 4 クラウスの人生─幼少期から成人期

9 アンの成長の妥当性─ルーシー・モンゴメリ『赤毛のアン』
 1 はじめに
 2 アンの育ち
 3 グリーン・ゲーブルスに来た頃のアン
 4 その後のアンの成長
 5 アンの変化に寄与したもの
 6 アンの変化とアンがもたらした変化─発達の相互性

あとがき
初出一覧
文  献


心理学で文学を読む まえがき

 優れた文学作品は人間性や人間の心理についての深い洞察に満ちており、そのことが読者を惹きつけ、読みつがれる大きな要因になっていると考えられる。小説はフィクションであるし、作家は心理学者ではないが、心理学とは異なった形での人間性理解のエキスパートによって書かれていると思われる。エキスパートによる小説の記述や展開は、心理学理論に即しているのだろうか。異なっていることもあるだろうし、あるいは心理学理論に先んじている場合もあるかもしれない。

 本書は心理学の本ではあるが、一般的な心理学書とはかなり異なっている。心理学のテーマと関連する「文学作品」を取り上げて、心理学の知見を参考にして読んでいく。文学作品では登場人物の言動や心理がその周囲の状況と共に描かれ、時間の経過と共にそれらがどうなっていくかが語られることが多い。一方心理学は、その中のある側面を取り上げて、条件を統制しながら客観的なデータに基づいて分析する。私は心理学者として心の発達を研究してきたが、この本では、実証的な検討ではなく、発達と関連する「文学作品」を取り上げて、発達心理学の用語や理論を使って読み解いてみようと思う。

 本書で取り上げた作品は、私が今まで読んできた中で研究と関連させて分析してみたいと思ったものであり、心に残った作品と心理学研究がクロスした時に、書きたいという思いがおこったのだと思う。一人の読者としての私と、心理学という学問の研究者としての私の合作といえるかもしれない。

 はじめて論文に文学作品を取り上げたのは、1983年の『心理学評論』の論文だった。といっても、心理学、教育学に大きな影響を与えたコールバーグの道徳性の発達理論を論じる上で、例として文学作品(大江健三郎と庄司薫)の一部を取り上げただけだったが、青年期に愛読していた作品を自分の研究とつなげて論じることができ、それを学術論文として認めていただけてとても嬉しかった。しかしさすがにその路線を続けるのはむずかしいと思い、その後は実証的な研究を行なって、オーソドックスな論文を書いていった。でもいつか、「文学作品を心理学を通して読む」というような論文を書きたいという思いを密かに持ち続けた。

 大学院時代からずっと道徳性の発達に関する研究を行なってきたが、1990年に看護短大に定職を得てからは徐々に対人的枠組みと対人的経験の問題へと研究テーマが移っていった。その研究は看護学生に書いてもらった生育史を分析することから始まったが、研究の中心的テーマは、養育者やまわりの人々との関係の中で形成される対人的枠組み(内的作業モデル)と対人的経験との関連、そして経験の中で内的作業モデルがどう変化するかを、研究対象者を長期にわたって追跡したデータによって検討することであった。対人的経験と内的作業モデルは関連していて、恵まれない環境でつらい経験をしてきた者の内的作業モデルは不安定な場合が多いという結果が徐々に得られていったが、一方、恵まれない環境でも問題を顕在化させずにそれなりに適応的に生きている者もいることが示され、精神的回復力─レジリエンス─の問題にも注目するようになった。

 レジリエンスは最近盛んに研究されるようになっている研究領域であるが、文学作品では恵まれない環境でつらい経験をしてきた者の回復を描く作品は数多い。生育史を分析するうちに、語られた文学作品の分析をできないだろうかという思いをもつようになった。そしてそのような文学作品の分析を、1983年の論文から20年以上を経た2005年頃から始めた。第T部はその頃から書きだした「何が人を立ち直らせるか」に関する四編の論文を元にしている。

 第U部は道徳性の発達に関する考察で、コールバーグの発達理論と関連する研究に取り組む中で考えてきたことの一部を、文学作品を使いながら論じたものだが、「文学作品を心理学を通して読む」ということにもつながっていると考え収録した。

 第V部も第T部で述べた「対人的経験と内的作業モデルの関連、そして経験の中で変化する内的作業モデルの問題を縦断的データによって検討する」という私の研究テーマと関連があり、またレジリエンスの問題とも関連しているが、立ち直りというより、経験の中での対人関係のもち方の変化に重点を置いて論じたものである。

 発達心理学の理論そのものをしっかり学ぶことは重要だが、それと合致した事例にあたる文学作品を理論を意識しながら読むことは楽しいし、発達心理学の理解にも文学作品の理解にも役立つのではないかと思う。さらに、文学作品の分析を通して、新しく見えてくるものもあるかもしれない。