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中河伸俊・渡辺克典 編

触発するゴフマン
――やりとりの秩序の社会学


四六判並製296頁

定価:本体2800円+税

発売日 15.5.22

ISBN 978-4-7885-1431-7




◆活かす! ゴフマネスク・メソッド
 人びとの相互行為秩序をめぐり刺激あふれる研究を量産したゴフマン。社会学に留まらず人類学・言語学など広範な影響を及ぼしましたが、その後、日本においてその知的遺産はあまり活用されず、研究も下火です。しかし、にわかにビジネス・看護など新たな現場での質的調査が増加し、ともすれば確たる指針のない研究が濫造されかねない今、医療・ジェンダーなど多分野でのやりとりの秩序を活写した先人の視点と経験が活きてきます。ゴフマン理論の全容解明ではなく、これからの経験的な研究にとっての実用性を究明する。この方針のもと人類学者や言語学者も参加したゴフマンを「使う」ための力作論文集です。

触発するゴフマン 目次

触発するゴフマン はじめに(一部抜粋)

ためし読み

◆書評
2015年10月17日、図書新聞、木村雅史氏評

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触発するゴフマン 目次
はじめに
――触発し続けるゴフマン 渡辺克典・中河伸俊
1 本書のねらいと特色
2 本書の構成
3 訳語について

第1章 アーヴィング・ゴフマンの社会学
――理論内在的分析と現代的展開 速水奈名子
1 はじめに ゴフマン社会学の成立
2 古典社会学とゴフマン理論
3 「捉えがたい」ゴフマン理論の全体像
4 ゴフマン理論研究の動向
  ――内在的・総合的分析をめざして
5 ゴフマン理論を巡る新たな展開
  ――「身体の社会学」と「アーカイブス調査」を中心に
6 おわりに

第2章 ゴフマネスク・エスノグラフィー 渡辺克典
1 相互行為という研究課題とアプローチ
2 ゴフマンの記述スタイル
3 シカゴ学派と社会調査
4 実験室との対比としての日常生活
5 反事実的な分析
6 「科学的営為」としてのゴフマネスク

第3章 自己に生まれてくる隙間
――ゴフマン理論から読み解く自己の構成 芦川 晋
1 自己はどこにいる?
2 自己が棲みつく隙間――2つの自己をめぐって
3 人物(人格)であるということ――パーソナル・アイデンティティ
4 生活誌の書き換えと社会的アイデンティティ
5 施設や組織への順応と役割距離
6 個人が人格(人物)であることと役割距離

第4章 「他者の性別がわかる」という,もうひとつの相互行為秩序
――FtXの生きづらさに焦点を当てて 鶴田幸恵
1 はじめに
2 PassingからDoing Genderへ
  ――相互行為における性別に関する研究
3 情報伝達と秩序に関するゴフマンの議論
4 女/男に分かれているという外見の秩序からはみ出た存在であるFtXの生きがたさ
5 おわりに 性別判断の記述におけるゴフマン概念の使い勝手
  ――「性別を見る」という相互行為秩序の特性をとらえる

第5章 会話分析の「トピック」としてのゴフマン社会学 平本 毅
1 はじめに
2 ゴフマン社会学と会話分析
3 ゴフマン社会学と会話分析の近年の展開
4 おわりに

第6章 フレーム分析はどこまで実用的か 中河伸俊
1 フレーム分析の基本的な論点再訪
2 フレーム分析の使われ方と使い方――難点と可能性

第7章 引用発話・再演・リハーサル
――フレームの複合性と経験の自在性 南 保輔
1 はじめに
2 引用発話――M.グッドウィンの少女の口論研究
3 再演――トークショウにおける引用発話
4 事前演技――プレスカンファランスフレーム
5 むすび

第8章 「ふつうの外見」と監視社会 永井良和
1 「儀礼的無関心」と「ふつうの外見」
2 「ふつうの外見」の更新と普及
3 つくられる「ふつうの外見」と操作の可能性
4 盗み見る技術
5 機械化と,都市的文明の衰退

第9章 修理屋モデル=医学モデルへのハマらなさこそが極限状況を招く
――アイデンティティの機能的差異をも論じたゴフマン 天田城介
1 「世界の様々な亀裂」をもたらす機能的差異
  ――『アサイラム』最終論文の問い
2 『アサイラム』の三論文
  ――極限状況で耐え難きを耐え,忍び難きを忍ぶ
3 危うく脆くとも社会秩序を可能にする魔術的機能
4 ゴフマンの方法論の使い方

第10章 ゴフマンと言語研究
――ポライトネスをめぐって 滝浦真人
1 メジャーでないゴフマン
2 B&Lのポライトネス理論
3 自己-他者-自己……
4 ネガティブ-ポジティブ
5 上-下――関係の非対称
6 これからのゴフマン

第11章 ゴフマンのクラフトワーク
――その言語人類学における遺産 高田 明
1 はじめに
2 社会的状況(social situation)
3 関わり(engagement)
4 参与枠組み(participation framework)
5 まとめ

文献表
あとがき
索引
装幀――加藤賢一


触発するゴフマン はじめに(一部抜粋)

1 本書のねらいと特色

 アーヴィング・ゴフマンという社会学者は,この国では,その業績の大きさに比して不遇な扱いを受けているといっていいだろう。国外に目を向けるなら,彼の知的遺産への関心と評価は,没後の追悼の時期はもちろんのこと,今に至るまで衰えをみせていない。たとえば英語圏では,2000年代以降,80年代・90年代に書かれたゴフマンについての諸論考を集成した4巻の論文集[Fine & Smith 2000]が刊行され,彼の社会学についての入門書[Smith 2006]や研究書[Scheff 2006],論集[Trevino 2003; Jacobsen 2009; Winkin & Leeds-Hurwitz 2013]が,“続々と”といいたくなるペースで刊行されている[1]。2014年2月刊行の『Symbolic Interaction』誌上ではゴフマンのバイオグラフィー等を掲載した特集が組まれ(37巻1号),ウェブ上でもゴフマン・アーカイブズ(EGA)が公開されている(第1章参照)。もちろん,英語では彼の著作のほぼ全点が現在も入手可能であり(主要著作の再刊には新たに解題者による序が付けられている),また,フランス語,ドイツ語[2],イタリア語,スペイン語といった欧米圏だけでなく,中国のようなアジア圏でも翻訳がすすんでいる[3]。

 ひるがえって,日本では,1980年代から90年代にかけてのちょっとしたブームのあと,今世紀に入って,ゴフマンの社会学への関心は収縮してきたようにみえる。90年代初頭の『ゴフマン世界の再構成』[安川 1991]の刊行は画期的なものだったし,ヴァンカンによる行き届いた評伝[Winkin 1988]の邦訳のおかげで(1999年),ゴフマンの学的な歩みとその個人史的背景を手軽に知ることができるようになった。しかし,彼の著作の邦訳は全11冊のうち半ばの前期の6冊で足踏みしており[4],『儀礼としての相互行為』は改訳され,『行為と演技』『スティグマの社会学』『出会い』『集まりの構造』は再版されて入手可能だが,ゴフマン初期の重要な論文集である『アサイラム』は本稿執筆時点ではまだ再版されていない。さらに,ゴフマンの社会学についての理解が今ほど進んでいない時点での訳業であるためやむを得ない面もあるが,訳書のうちあるものは,手放しで推奨できる水準にあるとはいいにくい。また,ゴフマンの業績の理論的検討や,彼の概念装置を経験的研究に生かす試みも,ひところに比べて少なくなってきているという印象を受ける。

 本書の一番のねらいは,そうした現況に一石を投じ,彼の社会学的業績への関心を呼び覚ますための呼び水の役目を果たすことである。この間の日本の社会学の大きな流れのひとつに理論(誇大な?)から調査への軸足の移行があり,それに見合う形で,いわゆる質的調査やエスノグラフィックな探究がクローズアップされるようになってきている。しかし,質的調査の方法論が未成熟な中でそうした動きがすすむとすれば,下手をすれば,海図のない航海(もっと悪くいえば,自儘な知的漂流)の多発をもたらしかねない。このような局面で,都市人類学的なフィールドワークを通じての自然主義的観察(naturalistic observation)という方法に準拠しつつ,人びとの相互行為秩序をテーマに,説得力に富む分析や洞察を数多く提示してきたゴフマンから,私たちが学べることは少なくないだろう。そう考えるとき,この国での現在のゴフマンのネグレクトは,とてももったいないと思われる。

 以上のようなねらいにもとづいて編まれた本書の特色として,ここでは取りあえず4つの点を挙げておきたい。(A)ゴフマンの遺産が経験的研究にどのように使えるのか(および使われているのか)という関心に重きを置いて編まれたこと。先行の『ゴフマン世界の再構成』では,ゴフマンの「理論」の解明が重視され,そのエンピリカルな含みについてはあまり論じられなかった。本書では,量的調査に比して「粗野な」質的な調査によってこそ可能になったゴフマンのエスノグラフィーの方法論の特徴とその成果を,具体的なデータ分析を用いて明らかにしようと試みる。(B)ゴフマンとエスノメソドロジー/会話分析(EM/CA)との学的なつながりや違いに目を向けていること。『ゴフマン世界の再構成』にも,また英米の“主流の”社会学者によるゴフマン論の大方[たとえばScheff 2006]にも,彼の社会学と同時代的に発展してきたEM/CAへの目配りが少ない。しかし,日常的な相互行為とコミュニケーションの社会学的研究において,ゴフマンがEM/CAの先達であり,また両者の間に入り組んだ相互影響やライバル関係があったことは,いまではよく知られている。本書では,方法論の整備が進んでいる[Francis & Hester 2004; 前田ほか 2007; 酒井ほか 2009]EM/CAをいわば補助線にして,それとの対比から,ゴフマンの方法論上の特徴を明らかにしようと試みる。(C)『フレーム分析』をゴフマンに立ち戻って取り上げていること。このゴフマンの大著は,先行のゴフマン論ではともすれば敬して遠ざけられ,その意義や実用性の十分な検討はまだ行われていない。本書では,フレーム分析の発想の基本的な構図を再確認するとともに,社会運動論やメディア研究などで一定の成功を収めてきたフレーミングの概念を,ゴフマンの本来の企図に沿って,相互行為論の文脈の中に戻す道筋を探る。(D)ゴフマンの遺産の意義を学際的に眺望すること。彼の影響は,社会学だけでなく人類学,言語学,コミュニケーション研究,社会心理学,人間行動学などにも及んでいる。本書では,人類学者と言語学者から寄稿を受け,他の学問分野でゴフマンがどのように受容されてきたかを垣間見る。

2 本書の構成

 本書は,相互に多方向的につながりあう長短11の論考によって構成されている。そのうち初めの3つの章は,これまでのゴフマン研究の蓄積を咀嚼して書かれた導入部(もしくは入門的なパート)であり,建造物に喩えれば本書全体の基礎に当たる。

 第1章の速水奈名子「アーヴィング・ゴフマンの社会学――理論内在的分析と現代的展開」では,ゴフマンの学的なバイオグラフィーと,ゴフマンと古典社会学理論やエスノメソドロジーとの関係が概観されたあと,ゴフマンの理論の5つの特徴(デュルケム的な社会的事実を前提にする,自然主義的観察法をとる,「集まり」を研究対象にする,社会秩序と相互行為秩序を区分する,状況を参照枠にした「逸脱論的」発想)を明らかにする。さらに,彼の記述が修辞的でキイ概念がメタファー的に使われることが指摘され,さらに,彼をめぐる近年の研究動向が明らかにされる。第2章の渡辺克典「ゴフマネスク・エスノグラフィー」は,前の章でも触れられたゴフマンの記述スタイルの特徴をさらに掘り下げて,ケネス・バークの「不調和によって得られるパースペクティヴ」モデルの意図的な利用として位置づける。それは,相互行為秩序の研究という新しい領域の立ち上げの中で当時の科学主義に移行し始めていた社会調査の間隙を縫っておこなうための戦略であり,フィクショナルなものを含む多様な資料を利用する「粗野な経験主義」は,実験室外でおこなわれる実験であったととらえられる。第3章の芦川晋「自己に生まれてくる隙間――ゴフマン理論から読み解く自己の構成」では,ひと頃はとくに自己論の文脈で論じられたゴフマンが,結局「自己(self)」をどのように捉えていたのかが,「イメージとしての自己」と「プレーヤーとしての自己」という二種類の自己の隙間,およびその隙間を担保する「より広い社会」,といったキイワード群が導く構図に沿って綿密に読み解かれる。

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