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苧阪直行 編

成長し衰退する脳
――神経発達学と神経加齢学


四六判392ページ
カラー口絵15頁

定価:本体4500円+税

発売日 15.3.30

ISBN 978-4-7885-1427-0




◆社会脳シリーズ8 発達する社会脳
 社会脳は人の生から死へといたる発達に深く関わっています。乳児と大人、高齢者では、脳にどのような機能の違いがあり、また脳は発達にどのような影響をおよぼしているのでしょうか。本書は、「心の理論」の発達、新生児の脳の特徴、顔の認識の発達、コミュニケーション行動の発達と障害、母子の絆、認知的に抑制する機能の発達、児童虐待する脳、加齢とワーキングメモリ、認知症といった多様な側面から、成長し衰退する社会脳のメカニズムにスポットを当てます。発達にかかわる最新の脳科学を展望する本書は、心理学、教育に関心のある読者にとって待望の一冊です。

成長し衰退する脳 目次

成長し衰退する脳─神経発達学と神経加齢学 への序(抜粋)

社会脳シリーズ

ためし読み
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成長し衰退する脳 目次

「社会脳シリーズ」刊行にあたって
社会脳シリーズ8『成長し衰退する脳─神経発達学と神経加齢学』への序

1 メンタライジング(心の理論)の発達とその神経基盤
                  ウタ・フリス/クリストファー・D・フリス
                  金田みずき/苧阪直行(訳)

  はじめに
  メンタライジングはどう発達するか
  結  論
  メンタライジングのニューロイメージング研究
  メンタライジングの神経メカニズム
  結  論

2 乳児における脳の機能的活動とネットワークの発達 多賀厳太郎
  はじめに
  乳児における脳の機能的発達
  脳機能イメージングの基盤
  脳機能イメージング手法としてのNIRS
  乳児におけるNIRSイメージング
  多様な時間スケールでの脳活動
  機能的ネットワークの発達
  おわりに

3 乳児の顔認知の発達 大塚由美子
  はじめに
  新生児の顔図形への選好
  生後3ヶ月以降の乳児の顔選好
  乳児の顔同士を見分ける能力
  顔認知の神経メカニズムの発達
  おわりに

4 コミュニケーション行動の発達と障害 北 洋輔・軍司敦子
  はじめに
  コミュニケーションの種類
  自閉症スペクトラム障害と非言語的コミュニケーション
  非言語的コミュニケーションとしての顔認知とその異常
  コミュニケーションにおける非定型発達
  今後の方
  おわりに

5 母子の絆と社会脳 利島 保・堀 由里・
  はじめに
  母子の絆研究の新しいパラダイム
  「社会脳」の初期発達
  新生児の脳機能を探る
  母親の感性情報と新生児の脳機能
  母子の絆と社会脳の発達
  おわりに

6 子どもの認知的抑制機能と前頭葉 森口佑介
  はじめに認知的抑制機能
  認知的抑制機能の発達
  抑制機能の神経基盤
  幼児における抑制機能の神経基盤
  自閉症スペクトラム児を対象にした研究
  おわりに

7 社会脳からみた児童虐待 友田明美
  はじめに─こころの成長発達と社会脳の発達と衰退
  児童虐待と成人後の精神的トラブル、生涯の精神保健への大きな影響
  性的虐待による脳への影響
  暴言虐待による脳への影響
  厳格体罰による脳への影響
  両親間のDV目撃による脳への影響
  被虐待と脳発達の感受性期との関係
  被虐待児のこころのケアの重要性
  おわりに─次世代の子どもたちのために私たちができること

8 加齢とワーキングメモリ 苧阪満里子
  はじめに
  ワーキングメモリ課題の遂行
  高齢者のエラーの特徴
  高齢者のワーキングメモリの脳内機構
  注意制御を強化する
  強化前後の脳活動の変化
  おわりに

9 認知症者と社会脳 池田 学
  はじめに
  後方型認知症と前方型認知5
  アルツハイマー病の社会適応
  アルツハイマー病において保たれる社会性
  記憶と情動
  前頭側頭型認知症と心の理論
  前頭側頭型認知症と共感
  前頭側頭型認知症における記憶と情動
  おわりに

引用文献 
事項索引
人名索引

装幀=虎尾 隆


成長し衰退する脳─神経発達学と神経加齢学 への序(抜粋)

  社会脳シリーズ第8巻『成長し衰退する脳─神経発達学と神経加齢学』は社会脳からみた認識と行動の発生・発達を扱う神経発達学(neurodevelopments)と加齢による衰退を扱う神経加齢学(neuroaging)をともに取り上げる。発達と加齢は異なる領域として別に扱われる場合が多いが、本巻ではヒトの一生を俯瞰するパースペクティブから社会脳を通して、両者を連続した時間軸の中でとらえる試みをおこなった。国連の統計によると2020年までに世界の65歳以上の高齢者人口は5歳以下の幼児人口を上回るという。そして、世界保健機構は2050年には世界の認知症患者は1億3千5百万人に達すると予測している。ひるがえってわが国をみると、すでに少子高齢化は急速に進展中であり、30年後には認知症は1千万人近くに達すると予測されている(苧阪 2014)。成長する脳と衰退する脳のバランスが失われると社会がどう変わるのかを予測する必要がある。

 xiページの図1に示すように、発達の区分としては生誕後28日以内を新生児(neonate)、29日から12ヶ月未満を乳児(infant)、1~6歳を幼児(preschool children)、6~12歳を児童(school children)、さらに12歳以降を青年(adolescent)と呼んでいる。このうち、新生児の区分としては在胎37~42週の新生児を正期産児、それ未満を早期産児、以上を適期産児と呼び、さらに生誕時の体重による区分では、2・5㎏を境としてそれ以上を正期出生体重児、未満を低出生体重児、1・5㎏未満を未熟児と呼んでいる。われわれが一般に赤ちゃんと言っているのは、慣例的に胎児から3年未満までの乳幼児である。一方、高齢者については統一された区分はないが、行政的な枠組みから65~75歳未満を前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と呼んでいるが、高齢期を3期に分ける場合は前期高齢者に加えて、75~84歳を中期高齢者、85歳以上を後期高齢者とすることもある(世界保健機構では65歳以上を高齢者としている)。また、青年期以降高齢期までは、おおまかに区分して24歳までを青年期、25~44歳までを壮年期、45~64歳までを中年期などと呼んでいる。

 さて、時間軸からみれば、発達は加齢の積み重ねともいえる。ヒトの身体的な発達を、たとえば年齢と体重をそれぞれ横と縦の軸で示した曲線を成長曲線というが、この曲線は生誕から成年期までは急激に上昇し、その後安定し、さらに老年期に向けて徐々に下降してゆく。体重の代わりに脳の重さをとってみると、新生児でおよそ400gであった脳は1年でその倍に、そして4~5歳で1200gとおよそ3倍にも増加する。さらに20歳で1300g前後に達し、その後は中年期から高齢期にかけて徐々に減少傾向をたどる。さらに、脳の中でも心のはたらきの中核を担う前頭葉の体積をとってみると別の興味深いデータが現れてくる。大脳皮質の中で前頭葉が占める体積の比率[前頭葉比率─大脳皮質の外套全体と前頭葉の体積比(frontopallium volume ratio:FPVR)]を、新生児から高齢者まで457例の健常者について脳画像で調べたところ、誕生後10歳までは増加が著しく、この時期に比率は成人とさして変わらなくなるという。しかし、30歳代から体積比は漸減傾向を示し、60歳代から緩やかな減少に転じ、80歳以降で急激な減少に至るという(大?ら 1997)。前頭葉でもとくに前頭前野(Prefrontal cortex:PFC)はヒトの一生を通して社会脳を育む重要な諸領域を含む。たとえば、PFCの背外側前頭前野皮質(DLPFC)、腹内側前頭前野皮質(VMPFC)、眼窩前頭葉皮質(OFC)や前部帯状皮質(ACC)などのネットワークは、社会適応に必要な認知と行動を制御する実行系機能(executive function)を担っている。実行系機能にはたとえば、ゴールに向けて計画をたて、結果を予測する能力(本シリーズ第1、3巻)、現在の行動を認知し評価する能力(第4、5、7巻)、自己を知り他者を理解する能力(第6巻)や状況によって社会的な抑制をかける能力(第2、8巻)などが含まれる。実行系機能の障害はさまざまな社会的不適応症状をもたらすことは、これまでの社会脳シリーズの各巻でみてきた通りである。他者の心を読む心の理論(theory of mind)の基盤形成には臨界期ともいえる4、5歳までの社会脳の成熟が必要であり、これはPFCの成熟に伴う実行系機能の発現ともかかわると考えられる。一方、物忘れなど自覚を伴う記憶障害も、60歳以降の加齢に伴う緩やかなPFCの機能低下がもたらす実行系機能の衰退とかかわっていると推定される。このように、PFCの成長と衰退はヒトの一生における社会適応において重要な役割を果たしている。新生児では実行系機能が不全であるために自己は準備状態であるが、青年期におけるPFCの成熟と実行系機能の開花でピークに達した自己認識のはたらきは、やがて高齢期に向かいそのはたらきを徐々に低下させてゆく。また、興味深いことに、幼児期と高齢期には認知処理に必須である選択的な抑制がききにくいという共通した特徴も認められることから、高齢期はある面で新生児期と似た状態に回帰するとも考えられる。もし、そうだとするとヒトの一生の認知機能は直線的というより円環的なものとも考えられる。

 内外側のPFCに加えて、頭頂葉・側頭葉・後頭葉の社会脳関連領域の発達は生誕後、5~6歳まで驚くべき進展を見せるとともにその後も加速し、20歳前後でピークに達し、その後中年期で活動を維持しつつ、高齢期に向かい徐々に構造的・機能的な衰退がはじまる(模式図参照)。しかし、PFCがかかわる5つのワーキングメモリ関連課題の成績をみると、課題が異なると年齢の影響が違うことがわかる(図2)。

 興味深いのは、第6巻『自己を知る脳・他者を理解する脳』ですでにみたように、他者からなる社会のなかでの「自己への気づき」が脳のPFCの成熟途上にある幼児期にはじまり、一方、「自己の喪失への気づき」の予兆がPFCの機能低下として高齢期にはじまることである。高齢者の物忘れは自己意識の喪失への潜在的おびえとして自覚されるようになる。不幸にもそれが軽度認知障害(MCI)から、さらにPFCや海馬萎縮に進行すると自己の崩壊が訪れることになる。ただし、若年者も高齢者もともに社会脳とかかわる認知機能の発達と衰退の個人差は大変大きいため、若者と違わない社会脳を維持する高齢者も多いこと、さらに高齢者も若年者も訓練による改善や他の脳領域の再構造化や補償作用によってリハビリが可能であることも知っておく必要があるだろう(8章参照)。高齢者については、認知機能の衰退を防ぐ手立ても、福祉ロボットやワーキングメモリロボット、さらに癒しロボットの開発と、PFC障害を選択的に回復させる先端医療(たとえば分子標的治療など)の進展などで可能になろうとしている。本シリーズの最終巻である第9巻『ロボットと共生する社会脳─神経社会ロボット学』ではこのテーマを扱う予定である。ヒトのようなロボット、身体機能(やできればPFCのはたらき)を拡張しエンハンスするエンハンシングロボット、さらに高齢者・障害者向けの福祉ロボットなどブレインマシンインターフェース(BMI)の最新テクノロジーを盛り込んだロボットと共生する社会システムが出現しつつあるし、社会脳の衰えを未然に防ぐさまざまな手立てが開発されることになるだろう。
・・・・・・・(一部抜粋)