戻る

香川秀太・青山征彦 編

越境する対話と学び
――異質な人・組織・コミュニティをつなぐ


A5判並製400頁

定価:本体3600円+税

発売日 15.5.15

ISBN 978-4-7885-1426-3





◆集団の違いをどう乗り超えるか?!
異なる集団やコミュニティの間には、ときに乗り越え難い境界があります。学者と実践家、新人とベテラン、現場と上層部、ユーザーとデザイナー、さらには派閥、領土や国境……。目的を達成するためには自分の集団に独自の文化を養い結束を高める必要がありますが、それは他集団とのギャップをますます強めてしまいかねません。どうしたら、「コミュニティ間の相互発達」が起こるような越境が可能なのでしょうか。本書は、異質なコミュニティをまたぐ越境の学びについて理論的に吟味し、企業、医療、アート、学習コミュニティ、社会運動等の様々なフィールドで試みられたユニークな実践事例を紹介します。本書は心理学、教育学、経営学、哲学、社会学、看護学、医学等多様な学問領域の越境的対話から生まれた、越境へといざなうメッセージです。

越境する対話と学び 目次

越境する対話と学び 序(一部抜粋)

ためし読み
Loading

越境する対話と学び 目次
序 異質なコミュニティをまたぐ,つなぐ

第T部 理論・導入編

第1章 越境と活動理論のことはじめ 青山征彦

第2章 「越境的な対話と学び」とは何か 香川秀太
─プロセス,実践方法,理論

第3章 経営組織における水平的学習への越境論アプローチ 長岡 健

第U部 医療・看護に見る越境

第4章 医療と芸術が混淆する新しい創造的活動 山口(中上)悦子
─病院の集団や組織が変わる,変える,その仕組み

第5章 業務電子化が引き起こす疑似越境とその修復
                 原田悦子・日根恭子・南部美砂子・須藤智
─電子カルテ障害カンファレンスの縦断分析

第6章 看護教育と臨床実践をつなぐ知識創造コミュニティ
                    香川秀太・澁谷幸・鈴木ひとみ
─看護エデュケア研究会の取り組み

第V部 企業にみる越境

第7章 越境を促進・調停する媒介者とツール 臼井 東
─日立製作所の製品開発の事例

第8章 アルバイトから社員まで:全員参加のベストプラクティス創出
                               内橋洋美
─A社における越境改革

第9章 コミュニティメンバーと共に変容を続ける人材育成マネジメント研究会
                                 堤 宇一


第W部 アートとデザインに見る越境

第10章 デザインにおける越境をめぐって 小池星多・青山征彦
─ロボットをデザインしたのは誰か

第11章 学校のミシン実習と学校外のヨット実習の分析
                         會津律治・有元典文・尾出由佳
─越境する眼差し

第12章 密猟されるオープンソースとしての「共通言語」 石田喜美
─「Tokyo Art Research Lab」における実践のデザイン

第13章 越境する現代音楽 諏訪晃一
─「1000人で音楽をする日。」の事例から

第X部 ゆるやかなネットワークに見る越境

第14章 墨東大学の実践 岡部大介・加藤文俊・木村健世
─「学習の常識」に揺さぶりをかける

第15章 矛盾がダンスする反原発デモ(前篇) 香川秀太
─マルチチュードと野火的活動

第16章 矛盾がダンスする反原発デモ(後篇) 香川秀太
─アルチュセールの重層的決定論によせて

 文献
 索引


越境する対話と学び 序(一部抜粋)

1.文脈間,コミュニティ間のギャップ
 以下は,いずれも実話に基づく事例である。

【事例1】
 とあるセミナーの最後に,講師が次のように話し,その場を締めた。
 「ここでの内容を職場でぜひご活用ください。」
 「何か持ち帰っていただけますと幸いです。」
 だが,実際は,セミナーが終わると多くの人が実践に移すことはなく,セミナーがあったことさえ,次第に忘れていった。

【事例2】
 新入社員たちの仕事ぶりに対して,先輩や上司が口をそろえて次のように言う。
 「最近の新人は危機感や忍耐力がない。」
 「指示待ちで困る。言われたことしかやらない。」
 他方,新入社員は思う。
 「放任状態で何をやっていいのかわからない。」
 「以前,自分で工夫してやってみたが,やり方が違う,勝手なことやるなと怒られた。それ以来,下手に自分から動くのはやめた。」

【事例3】
 ある企業で幹部が決めた新しい方針が下りてきた。そして現場の人たちは次のように思った。
 「また,現場の実情にそぐわない方針がきた。でも下手に意見して目立つのはよそう。どうせ意見してもほとんど採用されないし。」
 「結局,何か問題が起きて泥をかぶるのは現場。」
 「まあ,上の言うことを聞いときゃいいか。」
 他方,幹部は,反発する現場の人間に対してこう思う。
 「現場は変化を嫌っているだけ。変革が必要だ。」
 「下は自分たちのせまい目線や都合で文句ばかり言っている。全体も見えていない。」

【事例4】
 大学と地域とが連携して行うある地域活性化プロジェクトが試みられた。しかし,次第にお互い,次のように思うようになった。
 「最初はやってみましょうと友好的なムードだった。こちらは頑張ってきたつもりだが,いまや相手の表情が硬い。」

 これらは,各々違うフィールドで生じている事例であり,問題の種類も別物だが,次の点で共通している。いずれも, 異なる場面や集合体の間で生じる乖離やギャップ,つまり,異質な文脈ないしコミュニティ間の乗り越え難い境界 に関する事柄である。こうした類の諸問題を,さしあたり境界問題と呼ぼう。

 事例1は,研修やセミナー状況から現場状況へ移る過程で生じる,教育と実践の間の境界である。こうした乖離は,セミナーや研修だけでなく,学校や大学等の教育現場と,実社会や職場との間の「知識(学習)転移」の困難として,心理学で言及されてきた現象である。事例2は,新人と古参集団の間の境界であり,能力観や互いのコミュニケーションパターンに関係する。事例3は,現場と上層部との間の立場や視点や権力差から生まれる境界であり,組織の意思決定方法がこの背景にある。事例4は,組織間,集団間の連携に伴って生じる境界であり,当初,越境しようとはしていたわけだが,いざ作業を始めると逆に互いの境界が可視化され関係が悪化したという事例である。これに限らず,異なる専門家間,企業間,大学と地域や企業との間で,連携やコラボという建前で始めたはいいが,いざやってみると生じる困難に関係する。  これらの事例以外にも,人間社会においてさまざまな境界問題が生じている。たとえば,ユーザーが求めるものとデザイナーがつくるものとのズレ,部署や職能部門間のすれ違い,派閥間の闘争,領土や国境をめぐる争い等,さまざまな種類の境界問題があちこちで発生している。悩ましいのは,私たちは自集団に独自の文化を培ったり,集団内の結束を高めたりする必要がある一方で,気づけばそれが他集団との境界を顕在的,潜在的に強化してしまうという矛盾を抱えてしまっている点である。また,集団間で設けたコミュニケーションの機会が,逆にますます境界を強めていく場合さえあるのも,境界問題をいっそう難問にする。

 これに対し,昨今,越境的な対話や学習(以下,越境的対話)がますます求められるようになっている。越境的対話とは,異なるコミュニティの人びとが出会い,交流し,互いの重なりや共有部分を創出する一方で,文化的,歴史的に生じた互いの差異を単純に解消すべき悪者とするのではなく,むしろ変化の重要な原動力として生かす実践である。越境的対話は,相互に揺さぶり,既存のコミュニティ間の関係を崩し新しい人と人,人とモノのつながり方を模索し,各コミュニティが独自に育ててきたさまざまな文化的資源を交換しあい,それらの新たな活用方法を探り,新しい知識,価値,経験,コンセプト,システム,イベント等を創造していく試みである。

 越境過程では,新たな諸資源やコミュニティ間関係の創造だけでなく,主体の変容も同時に起こる。互いにとっての異文化に触れあうことで,個々人のそれまでの振る舞いや「これが当たり前」という思い込みを自覚化・相対化し,互いに揺さぶりあい,崩し,硬直した集団文化に変化の余地を生み出す。また,人びとは,単に機械的,合理的に何かを生産するのではなく,新しい情動も経験する。たとえば,興奮,没入,創造の喜びといった情動を相互に生産し交換し変容させる。越境的対話を通して,自集団や他集団への関わり方,考え方,視点,思いや感情が,つまり主体の振る舞い方が,(時に驚くほど根本的な)変化を遂げる。

 このように越境的対話は,人と人,人とモノ,コミュニティとコミュニティとの間の新しい関係性やコミュニケーションの方法,そして新しい主体性や情動性を創造する過程である。ただ一人の個人の,ある側面のみが,あるいはただ一つのコミュニティが変化するのではなく,「コミュニティ間の全人的な発達」の過程である。

 それでは,具体的にどういった越境の方法がありうるのか,どのようにそれを創造していけばよいのか,越境の過程や内部では実際に何が起こっているのか,そこにどういった理論的,実践的な価値や意味を見出すことが可能か,課題は何か。これらに応えていく必要がある。本書で問いかけ議論したいのは,こうした点である。

 さて,冒頭の事例1で言えば,セミナーないし研修での学習が現場にまで活用されないのは,受講者が十分に知識を習得できていなかったことや意識の低さによるものだろうか。あるいは,教育する側の問題,つまり研修の教授設計のあり方や教授技術,受講者に提供する満足度の問題だろうか。これらにアプローチするのが従来の教授論的な発想とすれば,本書2章や6章で論じるように,越境的対話論では違った方法をとる。実際,研修の教授や評価方法を改善しても,現場への知の転移に容易には結びつかないこと,あるいは転移を実現することの難しさは,従来の研究からも繰り返し指摘されてきた(たとえば,Osterlund, 1996; 堤, 2012)。転移の壁という境界問題を乗り越えるには別のアプローチが求められている。