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楠見 孝・道田泰司 編

ワードマップ 批判的思考
――21世紀を生きぬくリテラシーの基盤


四六判304頁並製

定価:本体2600円+税

発売日 15.1.21

ISBN 978-4-7885-1414-0

cover


◆自ら考え、情報を読み解くために
 近年「批判的思考」という言葉が注目され、関連書籍も出版されています。批判的思考は相手を非難することとしばしば誤解されますが、証拠に基づき論理的に考えること、自分の考えに誤りや偏りがないか内省することなどを意味しており、膨大な情報を適切に読み解き活用できるリテラシーの基盤となる、現代社会の鍵概念です。本書はキーワード仕立てという特色を最大限活かし、哲学・科学論など学問的な基礎から、学校教育での教授法、批判的思考を活かせる社会的場面まで、類書にない射程の広さでこの批判的思考を解説しています。

ワードマップ 批判的思考 目次

ワードマップ 批判的思考 はじめに

ためし読み

◆書評
2015年5月、大学教育学会誌第37巻、西垣順子氏評
2015年7月、教職研修
2015年12月13日、毎日新聞

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ワードマップ 批判的思考 目次
はじめに

第1部 批判的思考とはなにか
1-1 近代知としての批判的思考定義の変遷をたどる
1-2 哲学と批判的思考共通点はなにか
1-3 科学論と批判的思考どのようにかかわっているか
1-4 心理学と批判的思考構成概念とプロセスの全体像
1-5 批判的思考の神経基盤脳のメカニズム
1-6 批判的思考力の評価どのように測定するか
1-7 批判的思考力の認知的要素正しい判断を支える力
1-8 批判的思考の態度どのような人が発揮しやすいか
1-9 文化と批判的思考西洋と東洋ではどう違うのか
1-10 問題解決と意思決定より良く行うために
1-11 ヒューリスティックとバイアス迅速な意思決定に生じるゆがみ
1-12 ステレオタイプと偏見/信念集団に対する認知のゆがみ
1-13 批判的思考と情動価値判断のために
1-14 批判的思考と知的徳価値観の対立を乗り越えるには
1-15 叡 智社会的成功をもたらす知性

第2部 批判的思考の教育
2-1 批判的思考教育運動の系譜デューイから21世紀型スキルまで
2-2 批判的思考の発達幼児期/児童期/大学生
2-3 論理的思考筋道を立てて考える
2-4 創造的思考アイデアを生み出して評価する
2-5 批判的思考教育の技法さまざまな教授法とその特徴
2-6 教育のためのTOC(制約理論)三つのツールで実践する
2-7 初等・中等教育高次な思考を学ぶ土台として
2-8 国語教育情報を吟味する力を育む
2-9 外国語教育(第二言語習得)英語教育で批判的思考力を高める方法
2-10 算数・数学教育批判的思考方略を取り入れた授業
2-11 理科教育データと原理に基づく論証を組み立てる
2-12 社会科教育/市民性教育/平和教育多面的に考え、公正に判断する
2-13 道徳教育モラルジレンマ授業
2-14 総合的な学習の時間課題への主体的な取り組みを促す
2-15 大学初年次教育ジェネリックスキルを育む
2-16 大学教養教育市民リテラシーを育む
2-17 大学専門教育専門教育で求められる思考
2-18 看護教育ケアの質を自ら高める
2-19 諸外国の批判的思考教育オーストラリア/シンガポール/タイ

第3部 社会に生きる批判的思考
3-1 批判的思考とリテラシーリテラシーの四つの区分
3-2 学問リテラシーと研究リテラシージェネリックスキルと研究倫理
3-3 科学・技術リテラシー民主主義と国際競争力の基盤となる能力
3-4 科学コミュニケーション一方向型から対話型へ
3-5 数学・統計リテラシー数字を正しく読み解き、判断する
3-6 メディアリテラシー受信者/発信者として自覚すべきこと
3-7 リスクリテラシー的確なリスク認知のために
3-8 リスクコミュニケーション適切にリスクを伝達・共有する
3-9 消費者市民の経済リテラシー消費行動に伴う社会形成を考える
3-10 リーガルリテラシー自らの法的権利を自覚する
3-11 セキュリティリテラシー個人情報漏えいに対応する
3-12 ヘルスリテラシー健康・医療情報の真偽を見極める
3-13 神経科学リテラシーポストノーマルサイエンスとして
3-14 トランスサイエンス科学によって答えることができない問い
3-15 疑似科学その構造と周辺概念
3-16 流言と風評被害東日本大震災の事例から
3-17 情報の信頼性評価評価のための三つの視点
3-18 批判的思考を支援する情報システム自動的に評価・組織化する試み
3-19 批判的思考と集合知その価値を高めていくために
  
おわりに
人名索引(1)
事項索引(3)
  
  
■装幀=加藤光太郎


ワードマップ 批判的思考 はじめに

  本書は、批判的思考(クリティカルシンキング)とリテラシーに関する53個の基本ワードの解説を通して、21世紀を生きる市民のためのマップを描いたものです。
 まず、本書のタイトルにある二つのワード「批判的思考」と「リテラシー」をマップの定点とするために説明します。
 「批判的思考」は、「相手を非難すること」と誤解されることがあります。しかし、その本質は、証拠に基づいて論理的に考えたり、自分の考えが正しいかどうかを振り返り、立ち止まって考えたりすることにあります。ここでは、相手の意見に耳を傾けることが出発点であり、協同してより良い決定や問題解決をすることを目的としています。したがって、相手を攻撃するためだけの批判は、批判的思考とはまったく逆のものです。
 「リテラシー」は批判的思考を用いて情報を読み解く能力です。私たちは、マスメディアやインターネットなどから膨大な情報を受け取っており、その中には、信頼性が低い情報も含まれています。そうした情報の中から、私たちには、生きていくために必要な健康、法律、科学などの情報を取捨選択し、自ら考え、判断することが要求されます。そのために欠かせないものが、市民リテラシーです。
 本書は、これらの二つの定点となるワードから、以下の三点を目的地としてマップを描きます。

 @ 21世紀の市民にとって、情報を読み解くリテラシーの重要性を伝え、それを支える批判的思考のしくみ・理論について、哲学、心理学、神経科学、教育学などと、実践に関わる関連分野の諸研究に基づいて解説する。批判的思考やリテラシーについて、疑問をもっている人たちに、理論そして教育運動の歴史的な系譜や関連事項を踏まえて理解ができる本をめざす。
 A 批判的思考力を育成するための教育について、小学校から大学における各教科および、教科を越えた実践と理論について、学習指導要領の改訂や21世紀型学力など最新の教育界の動向を踏まえて解説する。教育の改善・改革をめざす教育関係者や関心のある人に役立つものをめざす。
 B 21世紀の社会における批判的思考の応用について、放射線リスク、情報セキュリティ、代替医療などの具体的な社会的問題を取り上げて、それらの情報を読み解き解決するためのリテラシーと批判的思考について説明する。これから社会に出る若者、社会を支えている人たちが、自分と社会、さらに両者の関わりを熟考し、問題解決に向かうための手がかりを提供する本をめざす。

 そこで、本書は図1に示すように、三つのマップが重なり合う3部構成をとっています。  第1部は「批判的思考とはなにか」を描くマップで、本書全体をカバーする大きなマップです。出発点として、第一に、批判的思考に関する哲学、科学論に基づく歴史的な解説と、情動や知的徳に関して述べます。第二は、心理学的な視点に基づくマップで、研究の理論的基盤と、基本的概念について解説します。とくに、批判的思考を支える認知、スキル、知識、態度、神経科学的基盤とそれらの測定、問題解決、叡智について述べます。ヒューリスティックやステレオタイプなどは、コミュニケーションにおいてバイアスを引き起こすこともあるため、第3部にも関わります。
 第2部は「批判的思考の教育」を描くマップで、図1の左中央に大きく描かれています。第1部の「心理学」のマップを拡張する形で、批判的思考教育を支える思考の発達、論理的思考、創造的思考が入っています。つぎに、批判的思考の教育運動の系譜と主な教育技法、さらに経営改革手法に基づくTOCについて述べます。そして、初等・中等教育の各教科における批判的思考の実践について、教育改革動向を踏まえて解説します。つづいて、大学教育における批判的思考について、初年次、教養教育から、専門教育、さらに看護教育、そして他の国における教育の特徴について述べます。
 第3部は「社会に生きる批判的思考」を描くマップで、21世紀に生きる市民を育成するための教育において育成される能力として、第2部の教育のマップと重なる形で図1の中心に描かれています。そこでは、科学・技術リテラシー、ヘルスリテラシーなどの市民のリテラシーについて述べています。市民リテラシーは、教育において育成されるリテラシーであるとともに、社会に発信し、また、社会から受信するためのメディアリテラシーなどのコミュニケーション能力でもあり、右側に「コミュニケーション」のマップを描いています。ここでは、科学コミュニケーションに関わるトランスサイエンスや疑似科学、リスクコミュニケーションに関わる流言や風評被害について述べています。最後のマップは、インターネットにおける集合知を活用した、批判的思考を支援するシステムについてであり、図1の右下のコミュニケーションのマップに重なります。

 ここで本書の訳語の方針について述べます。これは、本書の著者の多くが執筆している『批判的思考力を育む:学士力と社会人基礎力の基盤形成』(有斐閣、二〇一一)にしたがっています。タイトルである「批判的思考」は、西欧流の「クリティカルシンキング」ではなく、日本の文化に根ざした「批判的思考」ということばを定着させたいという意図で「批判的思考」に統一して使っています。また、批判的思考に含まれる自己の考えを振り返る「リフレクション」は、「内省」「反省」「省察」などとさまざまな訳語があります。本書では、自己内における思考の反復や対話の意味を重視して「内省」または「反省」を使うことにしました。しかし、文脈によって適切な訳語があると考え、無理に統一をとっていません。ただし、初出時には括弧で併記をして、相互に同じ意味であることがわかるようにしています。そのほかジェネリック(汎用)スキル、研究(リサーチ)リテラシーも同様の扱いをしています。読者の皆さんには、同じことばに、複数の訳語が当てられていることを明確化したうえで、キーワードについての理解を深めることを願っています。

 本書は、文部科学省科学研究費補助金基盤研究A18330138(代表:楠見孝)の「21世紀市民のための高次リテラシーと批判的思考力」の成果として出版するものです。研究分担者・協力者として、心理学分野から、共編者の道田、そして子安、マナロ、林、沖林、平山、坂上、三浦、田中の各氏、哲学分野からは信原、原、小口、情報学分野からは乾、小倉の各氏が参加しました。さらに、これらの方々に加えて、すぐれた研究・実践を進めている幅広い研究分野の多くの方々に執筆に参加していただきました。皆様に感謝申し上げます。
 ワードマップに描かれた批判的思考とそれが支えるリテラシーについて、その意味と意義が読者の皆さんに伝わり、それらを身につけた学習者・市民・社会人が育つことによって、より良い21世紀の社会を形成する契機になることを願っています。

     二〇一四年 一二月
編者を代表して  楠見 孝