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ジム・ケメニー 著/祐成保志 訳

ハウジングと福祉国家
――居住空間の社会的構築


四六判上製336頁

定価:本体3400円+税

発売日 14.12.8

ISBN 978-4-7885-1411-9

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◆「ハウジング」の社会学の幕開け!
 「住まい」について何ひとつ問題のない社会は存在しないでしょう。しかし、住宅問題の語られ方、そして問題の解決の仕方は、社会によって大きく異なります。本来、都市、家族、福祉など多分野にかかわる住宅の研究は、日本においてはもっぱら建築学が主導してきましたが、欧州を中心により広い社会科学の諸分野から新しい成果が生まれています。その一つの画期をなしたのが、住宅研究の認識論から説き起こし、構築主義の視点を導入しつつ、比較福祉国家論との接続を果たしたケメニーの研究です。イデオロギーと住宅供給システムの関係を読み解き、「福祉レジーム」と住宅保有形態の密接な関係を喝破した本書は、ハウジングの社会学の未来を拓く古典と言えましょう。訳者は東京大学准教授の祐成保志氏。

ハウジングと福祉国家 目次

ハウジングと福祉国家 はじめに

ためし読み

◆訳者の本
〈住宅〉の歴史社会学

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ハウジングと福祉国家 目次

序文および謝辞
はじめに

第1部 ハウジングとメタ理論
第1章 ハウジング研究の学問分野としての基盤
 1 はじめに
 2 学問分野の性質について
 3 都市研究の場合
 4 社会行政論の場合
 5 実体的な焦点―ハウジング、ホーム、居住
 6 学際主義、ハウジング、社会理論
 7 経験主義と認識の漂流という問題
 8 結論

第2章 ハウジング研究の認識論的基礎
 1 はじめに
 2 基礎的な諸概念
 3 方法論的諸課題
 4 概念形成のレトリック
 5 住宅問題とは何か?
 6 結論

第2部 理論の奪還
第3章 ハウジング研究における国家への回帰
 1 はじめに
 2 政治学における国家への回帰論争
 3 ハウジング研究における国家
 4 ハウジング研究における国家論の構築
 5 結論

第4章 比較ハウジング研究における単線論の批判的検討
 1 はじめに
 2 社会理論における単線論と収斂論
 3 比較ハウジング研究における収斂論
 4 結論

第5章 ハウジングと比較福祉研究
 1 はじめに
 2 福祉研究における三つの変動論
 3 理論にもとづいた「福祉」概念に向けて
 4 比較論的視点から見たハウジングと福祉
 5 結論

第3部 比較ハウジング研究における分岐論に向けて
第6章 イデオロギーと分岐する社会構造
 1 はじめに
 2 マクロ社会的側面
 3 ミクロ社会的側面
 4 結論

第7章 社会構造の分岐と居住
 1 はじめに
 2 『持ち家の神話』における分岐論の再構成
 3 福祉国家と社会構造
 4 インダストリアリズムの二つの様式―協同志向と私事志向
 5 結論

第8章 コレクティブな居住の政治的構築―スウェーデンの場合
 1 はじめに
 2 ヘゲモニーの社会的構築
 3 政治的支配の社会的構築―「居住政策」
 4 国民の家と社会計画
 5 結論

第4部 理論にもとづいたハウジングの社会学に向けて
第9章 居住と社会構造
 1 はじめに
 2 社会構造におけるハウジングの顕現性―埋め込みの概念
 3 社会―空間的焦点としての居住
 4 社会変動の力学と居住
 5 居住の社会学に向けて
 6 結論

第10章 終章

訳者解説―ハウジングの社会学・小史
文献
索引

  装幀―加藤賢一


ハウジングと福祉国家 はじめに

 ハウジング研究は伝統的に、住宅難がどのていど深刻で、どのくらいの規模で生じているかを把握することに関心をよせてきた。たとえば、過密、不衛生、そして世帯に対する住宅の不足などである。戦後はとくに住宅不足に注目が集まり、過密と衛生の問題は後景にしりぞいた。世帯人数と住宅数の推定は、住宅不足に対応するための世帯形成の先送りから生じる「潜在的」世帯数の推定とともに、不足数の総量と、その解決に必要な新規建設戸数を決定する際に不可欠の評価基準をなしている。それらは、ながらくハウジング研究の出発点となってきた(Cullingworth, 1960: ch. 1; Donnison, 1967: 33-5)。このようなハウジングへの実践的で政策志向のアプローチは、事実上、ハウジングを住宅単体、あるいはときに「シェルター」と呼ばれる建造物として定義している(Abrams, 1964)。

 しかし、「住宅階級(housing classes)」という、ハウジングについてのはじめての理論的な概念が導入されたレックスとムーア『人種・コミュニティ・紛争(Race, Community, and Conflict)』(Rex and Moore, 1967)の刊行を契機に、概念や理論に対する関心が研究に浸透しはじめた。それにともない、ハウジング研究は徐々に、しかし確実に変容を遂げてきた。このような動向は、一九七〇年代におけるマルクス主義理論、とりわけアルチュセール派の構造主義から、そして引きつづき一九八〇年代に起こったウェーバー主義者たちによる反応から、すくなからぬ刺激をうけている。四半世紀近くにわたる緩やかながら確固とした発展を経て、一九九〇年代に入ると、変化のペースは着実に加速しつつある。

 とはいえ、ハウジング研究の理論的発展は初歩的な段階にとどまっており、依然として不十分な点が目立つ。多くのハウジング研究が抱える課題の核心は、それらが住宅政策と住宅市場に対する視野の狭い関心しかもっておらず、より広範な争点群を無視していることである。ハウジング研究は、いまだ他の社会科学における議論や理論から著しく孤立している。いま必要なのは、社会科学への統合を進めることである。

 しかし、のちに別の文脈で述べるように、認識における変化を、社会構造における変化と切りはなして理解することはできない。一九八〇年代中盤から、多くの欧州諸国で、ハウジングに関する教育・研究の制度的インフラが驚異的なスピードで整備されてきた。研究教育センターが設置され、ポストが新設され、ハウジングについての国際的な査読つき学術雑誌が創刊され、定期的な国際ハウジング会議が組織され、つい最近には、欧州ハウジング研究ネットワーク(European Network for Housing Research)が設立された。われわれが目の当たりにしているのは、きわめて短期間のうちに、課題を設定し、研究を選別しうる独自の権限体系を備えた、新しい学術領域としてのハウジング研究が確立されつつあるという事実である。つまり、ハウジング研究の内部で、教育研究ポストへの指名、学習課程内容の設計、競争的研究資金における研究計画書の採択可否の決定、学術雑誌における論文の掲載可否の決定、書評欄にとりあげる本や書評担当者の決定、等々がなされるようになった。

 こうした発展は危険をともなっている。制度は研究を硬直化させる効果をもつ。視野を「学派」の内側に固定し、変革や回避はもちろんのこと、疑問をもつことすら容易でない伝統を継承してしまう。さらに恐ろしいのは、すでに慢性化している、幅広い社会的関心からのハウジングの孤立を、このような制度化がさらに助長してしまう可能性があることだ。ハウジング研究の制度化は、狭量な専門主義にもとづく研究領域の形成を容易に正当化する。そうなると、社会全体の文脈の外側で、幅広い社会科学の議論および論争から切りはなされた状態でハウジングを扱うことが可能になってしまう。あまりに速いスピードでハウジング研究における権限体系の制度化が生じていること、そして、抽象化された経験主義と政策べったりの研究の蔓延が、批判的で再帰的なハウジング研究の出現を抑圧すること、すくなくとも遅らせてしまうことを、私は懸念している。

 この課題の緊急性と重要性ははかりしれない。ハウジング研究は、対象先行型の領域の一つである。こうした領域では、社会全体から切りはなされた非再帰的な経験的研究におちいりやすい。それは、多くの他の「領域」、たとえば教育、交通、そして保健とも共通する特徴である。なかには、とりわけ教育〔についての〕研究がそうであるように、概念化の水準が低い状態のままで制度化が進み、社会科学のなかでも停滞した分野にとどまっているものもある。他方で保健のように、いまや伝統的な制約から自身を解き放ちつつあり、社会科学において占める位置とみずからの焦点について、より広範で理論化された理解をもつようになった領域もある。みずからの研究主題の基盤についての深く徹底した評価を欠いたまま、高度に制度化された局面に移行するとすれば、ハウジング研究は悲惨な結末を迎えることになるだろう。

したがって本書は、まさにこの時期でなければ生まれなかった書物である。その目的はハウジング研究の理論面での発展をうながすことにある。この点に関してもっとも急を要する課題は、他の社会科学と関連づけながら、一つの領域としてのハウジング研究の現状を明らかにすることである。

 そして、もし本書に核となるテーマがあるとすれば、ハウジングを社会構造に関するより広範な論点と自覚的に再統合し、ハウジングを社会科学における議論に明示的に関連づけることの必要性である。この課題は多くの構成要素からなる。最初に必要なのは、この領域と他の領域や学問分野との関係について議論すること、そして、この領域の定義に着手することだ。われわれ〔ハウジング研究者〕が何を、なぜ研究しているのか自体を問いなおすことには、これまでのところ、ほとんど、あるいはまったく関心が払われてこなかった。第1章が扱うのはこの問いである。

 つぎに必要なのは、われわれがおこなっていることの認識論的な基盤について、より詳細に検証することによって、鋭敏な再帰性の感覚をみがくことである。ハウジング研究の実体的な焦点、われわれが用いている方法、われわれが当然視しているデータ源泉、われわれが立てる問い、そして、しばしば政策立案者に由来する、何が「住宅問題」を構成し、構成しないかについての常識化した知識。これらは第2章の主題となる。

 つまり、本書の最初の二つの章は、ハウジング研究の本質にかかわる幅広い論点についての多岐にわたる議論を含んでいる。本書の第2部では、なぜハウジングを他の学問分野に統合することが必要なのかを論じる。このために、いくつかの学問分野における議論が、ハウジングにかかわる争点群についての理解をゆたかにし、深めることにどのように貢献しうるのかを検証する。そして、他の社会科学における議論を軽視することが、ハウジング研究をいかに理論的に貧しい状態におちいらせているかを示したい。ここでは、ハウジング研究に密接に関連する三つのテーマを選んだ。政治学的国家論(第3章)、社会変動論(第4章)、福祉国家論(第5章)である。第3章および第4章では鍵となる議論を示し、それらの議論を軽んじてきたことが、いかにハウジング研究の進展をさまたげてきたかを明らかにするために、既存のハウジング研究を批判的に検討する。第三の論点は、やや異なった仕方で扱われる。すなわち、批判をくり返すのではなく、社会行政論を、あらためて「居住」の概念に関連づけることを試みる。

 第3部はハウジングの理論構築にむけた事例研究であり、それまでに展開させられた考え方の応用として読まれるべきである。私自身が以前試みた比較研究にもとづき、分岐論を発展させることを目ざす。その際、さまざまな理論を援用する。ここでの私のねらいは二つある。まず、私がかつておこなった比較研究が適切な理論を欠いていた点をあらためることである。もっとも、完璧な分岐論を提示するとまで言うつもりはない。

 第二の、そしてある意味でより重要なねらいは、理論にもとづいたハウジング研究の実際について、私自身がどのような見通しをもっているかを示すことである。第8章の主題となる事例や、事例に適用するために私が選んだ理論が、絶対的に「正しい」とか他よりすぐれているなどと主張しようとは思わない。私は、理論にもとづいたハウジング研究についての私の見方を示すために、〔分岐論と〕まったく同様に、収斂論のような正反対の仮説を立てることも十分にできたはずである。その場合には、収斂について理解し、説明するために、ロストウ(Rostow)、クラーク・カー(Clark Kerr)、ベル(Bell)といった有力な社会科学者の理論を援用したであろう。

 しかしながら、社会構造の他の次元とハウジングのあいだの関係についての、ある重要な原則が存在していること、そしてそれが、すべてのハウジング研究者が取り組まなければならない根本的な緊張を含んでいることを、私は声を大にして強調したい。それらは、第2章でとりあげる認識論的問題とかかわる。そこで本書の最終章では、これらの問いに立ちもどる。私が設定した課題は、社会学の伝統をふまえながら、ハウジングへの理論的アプローチの概略を描くことである。これはとくに、ハウジングが社会構造に埋め込まれていることと、社会構造がハウジングに与える広範囲におよぶ影響にかかわる。私の主張は、ハウジングが社会構造の基礎的で重要な次元を構成しており、ハウジング研究は、居住の研究を通じて社会の理解に大きく貢献することができるし、また、そうしなければならないのではないか、というものである。つまり、最終章での課題は、居住の社会学の中心的な要素のうちのいくつかを集約することである。居住の社会学は、瀕死の状態にあるハウジングの社会学の後継者といえるだろう。そこで、私は本書の副題を「居住の社会学・序説」としたいと思う。

 以上の主要課題のほかにも、本書をつらぬく重要な原則がある。それは再帰性の原則であり、ハウジング研究への批判的アプローチの必要である。これは居住の社会学を発展させるための重要な前提条件なので、本書の結論として、くり返し述べておく必要がある。理論構築とは、単に、ある分野から他の分野にアイデアを機械的に適用することではない。それは本質的に、C・ライト・ミルズ(C. Wright Mills)のいう「社会学的想像力」を働かせることにほかならない。すなわち、あたりまえと思われがちな社会構造の諸側面について疑問を投げかけ、問題をあらたな方法で定式化しなおし、その解決のために空想と水平思考を駆使して社会学を組み立てること。それはまた、感情移入という不可欠な構成要素も含んでいる。科学は中立ではないし、ただの頭の体操でもない。むしろ社会のなかに埋め込まれた行為として理解されねばならない。そこでは、対象に関与することと距離をおくことが、複雑にからまりあっているのである。

 ハウジング研究は、真の再帰性や自己批判を発展させてこなかった。それは、この領域が戦後社会科学における主要な知的発展とほとんど無関係のままでいたからである。ハウジング研究は、一九四〇―五〇年代に社会科学を席巻した構造機能主義の影響を受けなかった。同様に、一九六〇年代という知的激動の時期に生じた構造機能主義への反発とも無縁だった。構造機能主義批判は、ライト・ミルズにはじまる批判的社会科学の登場、そして、シンボリック相互作用論やエスノメソドロジーの発展に如実にあらわれている。これらは、行き過ぎた決定論的傾向や道徳的保守主義に対する非マルクス主義からの根底的な批判であったが、ハウジング研究からは何の反響もなかった。つまり、この分野は、社会学や他の社会科学で生じたような真剣な自己批判や根本的な方向性に対する疑問に取り組む機会をもたなかったのである。私は、〔学問の〕発展におけるそうした局面は、ハウジング研究の理論を展開するうえで、欠かすことのできない条件であると訴えたい。そして変化のきざしはあるとはいえ、いまだにきざしにとどまっている以上、ハウジング研究者はその軌跡をたどりなおし、多くの社会科学においては時代遅れになった、いくつかの論点への取り組みに着手しなければならない。

 私がみずからに与えた課題はあまりに大きい。このため本書では、理論にもとづいたハウジング研究についての初歩的な考察以上のものを示すことができない。さらなる前進は、有望な路線を発展させ、そうでない部分を捨て去ることで可能になるが、その作業は他者の手にゆだねなければならない。しかし、ハウジング研究の中心問題についての議論を活性化できるならば、本書の目的は達成されたことになる。