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岡田美智男・松本光太郎 編著

ロボットの悲しみ
――コミュニケーションをめぐる人とロボットの生態学


四六判並製224頁

定価:本体1900円+税

発売日 14.8.20

ISBN 978-4-7885-1404-1




◆ロボットもつらいのだ!
 介護の現場にいよいよロボットが登場しつつあります。人手不足と腰痛などの職業病を回避する決め手としてニュースでも取り上げられるようになりましたが、ロボットの腕がおばあさんの口元にスプーンで食事を運ぶ姿に、どこか痛々しさを感じないでしょうか? ペットロボットに話しかけるおじいさんは、孤独ではないのでしょうか? 人助けのためにこの世に生まれながら、本当に人の代わりにはなれないロボット。日常生活の中に繰り出し始めたロボットと人はどうコミュニケーションできるのかをめぐって、ロボット開発者の常識破りの発想と心理学者のするどい観察のコラボレーションから生まれた本です。

ロボットの悲しみ 目次

ロボットの悲しみ プロローグ(一部抜粋)

ためし読み

◆書評
2014年11月、ロボコンマガジンno.96

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ロボットの悲しみ 目次

プロローグ

1章 「ともに」あるロボットを求めて  岡田美智男
1 ロボットの多面性─モノから「もう一人の他者」へ
 (1)素朴な道具から高度なキカイへ
 (2)ロボットと人との関わりのなかで
 (3)ロボットで代替えできるの?
2 人とロボットとの関わりにおける生態学的転回
 (1)周囲を味方につけながら
 (2)その街が私たちを歩かせている
 (3)他者となるとは?
3 「弱いロボット」の目指すもの
 (1)弱いロボット「む~」の誕生
 (2)表情やことばの「弱さ」から生まれるもの
 (3)ちょっと手のかかる「ゴミ箱ロボット」
4 関係論的なロボットとその展開
 (1)相手の目線を気にしながら言い淀む「トーキング・アリー」
 (2)離合集散を繰り返すパネル型ロボット「INAMO」
 (3)フラフラと動きまわるだけの「ペラット」
 (4)一緒に手をつないで歩く「マコのて」
 (5)シンボルの意味の獲得・共有にむけて
5 おわりに

2章 ロボットの居場所探し  松本光太郎・塚田彌生
1 高齢者の暮らしとロボット
2 研究概要の紹介
 (1)ロボットの紹介
 (2)研究実施の紹介
 (3)研究協力者の紹介
3 二人の共通点
 (1)ことばの音が声に聞こえる
 (2)時間の経験を得る
 (3)模造品に気持ちが揺さぶられる
4 二人の相違点
 (1)既知のものとして自分に引き寄せたYさん
 (2)未知のものとして身を委ねたKさん
5 ロボットの位置づけ

3章 生き物との交流とロボットの未来  麻生 武
1 コンパニオン型ロボットと私たちの未来
 (1)ロボットとの交流、生き物との交流
 (2)ある恐るべき未来社会
2 「生き物」という存在への共感
 (1)ゴキブリへの憎しみと愛の可能性
 (2)アリやカタツムリへの共感
3 「生き物」との交流様式
 (1)家の中で飼われている犬や猫とのファーストコンタクト
 (2)家族の一員としての犬や猫
 (3)主人に同調し猫を叱る犬
4 「心とことば」をもつこと
 (1)犬の「心のなか」を思う
 (2)生き物の「ことば」と「心」
5 おわりに

4章 ロボットとのやりとりに意味が生まれるとき  小嶋秀樹
1 「らしさ」のつくり込み
2 「あいだ」や「まわり」に立ち現れる意味
3 意味の「かたさ」「しなやかさ」
 (1)不確かで柔軟なコミュニケーションの成り立ち
 (2)自閉症児のもつ「かたさ」
4 自他の重ね合わせと自閉症
 (1)アイコンタクトと共同注意
 (2)ヒト・モノ・ロボットと自閉症
5 ロボットを使った自閉症療育支援
 (1)コミュニケーションケアロボット「キーポン」
 (2)キーポン、療育教室へ
6 ロボットとのやりとりに意味が生まれるとき
 (1)エピソード1─向き合いに意味が生まれるとき
 (2)エピソード2─意味が「まわり」に生まれるとき
 (3)意味のグラウンディング
7 ロボットのもつ限界と可能性

5章 ロボットは人間「のようなもの」を超えられるか  浜田寿美男
1 人類はおしゃべりである
2 人がロボットと出会うということ
   ─相手のなかに「主体のようなもの」を見る
 (1)他者の志向性
 (2)モノに「志向性のようなもの」を感じるとき
 (3)動くモノとのあいだに
   「相互志向性のようなもの」を感じるとき
 (4)おしゃべりするロボットに
   「相互主体性のようなもの」を感じるとき
 (5)逆行的に構成された「のようなもの」
 (6)「のようなもの」を超える契機
3 出会うのは偶然、出会ってしまえば必然
   ─人どうしの対称性と時間の非対称性
 (1)時間の非可逆性
 (2)時間の非対称性
 (3)おばあちゃんはロボットと出会ったのか
4 最後に、過去の語りを共有するということ

座談 「ロボットをめぐる問い」をあらためて問う
本書の出発点
ロボットと人の関係
支えて支えられる関係
二項関係と三項関係
言  葉
時間と歴史
痛々しさ
子どもと高齢者の違い
キーポン
遠隔操作
プリモ
「のようなもの」と「らしさ」
こんなことが叶ったら
本書のタイトル

エピローグ「ロボットの独白」
文 献


装幀=荒川伸生


ロボットの悲しみ プロローグ(一部抜粋)

  それはある朝の公園での出来事だった。桜のシーズンということもあって、「花見でもしようか…」と朝早くに出かけたのだけれど、生憎、小雨模様でまだ少し肌寒い。ただその公園の桜はちょうど満開であり、人出もまばらなこともあってか、静かに花見をするにはいい雰囲気であった。
 公園の中をしばらく歩いていると、そこにポツンと立っている一人のおばあちゃんの姿が目に留まった。「花見をしているのかな…」と思いつつ、もう少し近づいてみると、その胸の中には小さなぬいぐるみ型のロボット。おばあちゃんはその小さなロボットを抱っこしながら、一緒に花見をしていたのだ。「きれいだねぇ…」「ねぇ、きれい、きれい」とそのロボットに優しく語りかけながら…。

 高齢者が小さな犬や猫を抱きかかえて、一緒に公園などを散歩する姿はよく目にすることだろう。それがここでは小さなロボットに置き換わっただけなのだ。その意味で、「あぁ、そういう時代なのかなぁ」とそこを通り過ぎることもできたのかもしれない。ただ、この光景を目にして、なにか一言では表現しきれないような、少し複雑な気持ちを抱いたのだった。
 それは「えっ?これでいいのだろうか…」という漠然としたもの。それにくわえて、なにか痛々しさのようなもの、後ろめたさのようなもの、そして居たたまれなさのようなものをそこに感じたのである。

◆◆◆◆

 こうした気持ちを抱かせた要因は、幾重にも織り込まれたものなのだろうと思う。
 どうして、こんな小雨の公園の中でおばあちゃんが一人でポツンとしているのか。なぜ他の家族と一緒ではないのか。ひとり暮らしなのか、それとも家庭の中に身の置き所がないのか。失礼を顧みずに、そうした余計なことを少しだけ思う。

 そして、おばあちゃんの話し相手を務めていた小さなロボット。この取り合わせは、なかなかポップな雰囲気もあるのだけれど、いよいよ近づきつつある「無縁社会」を象徴する姿のようにも思える。自分たちの子育ての頃を懐かしむかのように、おばあちゃんはその小さなロボットを大切に抱きかかえる。それがなぜ子犬や猫ではなく、小さなロボットなのか。それに話しかけることで、本当に気持ちが満たされるものなのか、どこか無理をしてはいないのか。

・・・

 なお、これらの分析や議論、そして本書の出版は、科学研究費補助金基盤研究 (C)「『ロボットのエシックス』の学際的検討─行為の水準におけるモノ性・主体性・他者性」 (研究代表者:松本光太郎)の支援によって可能になったものである。
 最後に、本書の企画に積極的に対応してくださり、出版までこぎつけてくださった新曜社の塩浦あきらさんに心よりお礼を申し上げたい。

2014年4月 編著者を代表して
岡田美智男・松本光太郎