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山本武利 監修/永井良和 編

占領期生活世相誌資料T 敗戦と暮らし
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A5判上製368頁

定価:本体4500円+税

発売日 14.8.15

ISBN 978-4-7885-1402-7

cover


◆かつて日本がアメリカに占領された時代があった!?
 日本がアメリカと戦争をして負けたことを知らない若い人たちが出てきたことが一時話題になりましたが、そういう人はもちろんアメリカに占領されていた時代があったことなどご存じないでしょう。「ギブ・ミー・チョコレート」を体験した人も少なくなっているのですから、それも仕方ないでしょうか。この『占領期生活世相誌』全三巻は、占領軍の検閲により日の目を見なかった膨大な雑誌記事がアメリカに送られたおかげで無傷で保存されていたアーカイブ(プランゲ文庫)から、生活と世相に関わる、当時を彷彿とさせるものを選んで、収録・解説したものです。第I巻のテーマは「世相と暮らし」で、「闇市」「浮浪児」「日雇い」「復員と引揚げ」「傷痍軍人」「進駐軍」「買出し」「配給」「タケノコ生活」「結婚難時代」「バス・コントロール」などの話題が取り上げられます。

敗戦と暮らし 目次

敗戦と暮らし T巻巻頭解説

ためし読み

◆占領期生活世相誌資料シリーズ

U巻 風俗と流行

V巻 メディア新生活

◆書評
2014年10月17日、週刊読書人、阿部安成氏評

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敗戦と暮らし 目次


『占領期生活世相誌資料』刊行のごあいさつ 山本武利

凡例

T巻巻頭解説  永井良和

第一章 記憶の抑圧 ― 爆弾が落とされた街
章解説  永井良和

 原爆下の警官達
 ぴかどんから三年
 結果より見た原子爆弾の人道性
 創作 空襲挿話 ― 屍体収支の話
 戦争に依る月経異常に就て(特に仙台空襲の影響)
 原子爆弾の広島訪問記
 原子爆弾の中にあった私信
 「ひろしま」の人気―「ぴかどん」人種への希望
 ヒロシマを見るの記
 B29搭乗記
 B29の大音

第二章 焼け跡ぐらし
章解説  渡辺拓也

 調査 大阪の自由労務者 ― 天六の日傭勤労署索描
 日雇の労働市場とは
 生麦、闇市場の生態を探ぐる
 焼跡の植物群落〔T〕
 焼跡の草花 ― 科学掌話
 まんが探訪 浮浪児の生態
 戦災孤児Kの場合
 地方のひとに読んで戴きたい よこはま「浮浪児」点描
 京都駅と乞食
 浮浪者
 松風園を訪れて ― 婦人部慰問随行記
 ある侠客伝 ― 職場演劇のために
 労組健全化への反省 ― 伊福部敬子氏に応う

第三章 復員と傷痍軍人/進駐軍
章解説  中嶋晋平・大橋庸子

 復員者の手記
 復員第一歩
 衂られた青春 ― 傷痍療記
 みんなの忘れている世界がある ―『光の子供』の主催で傷痍者と私たちの座談会
 朋遠方より来る ― 横浜進駐軍挿話
 進駐兵
 特集二篇 アメリカ進駐軍
 学童の見たアメリカ兵
 進駐兵に笑はれる
 進駐兵士の印象
 聯合国軍の兵隊さんは何がお好き
 進駐軍向土産店繁栄秘訣
 魚躬氏発明の進駐軍用立毛じゅうたん
 進駐軍を慰問する
 学ぶところの多い米人家庭の生活 ― 進駐軍メイドさん座談会
 進駐軍労働者の日記

第四章 食と住まいの変遷/住宅難
章解説  加藤敬子(永井良和補筆)

 竹の子生活の実態を衝く ― 数字からみた赤字の累増
 タケノコ生活の変遷
 たけのこ生活裏話 ― 質屋座談会
 これからの食糧問題 ― 経済九原則を繞って
 食糧危機打開!! ― 飢ゑさせてはならぬ
 食糧難と社会不安
 川柳フラッシュ
 大人子供一ケ月の配給食糧
 経済眼 配給食生活の実態
 配給所の態度を衝く!
 ララ物資の給与と栄養の向上
 ララ物資感謝状に就て
 可憐な使 ララ物資 アメリカより
 ケア物資
 ケア物資
 座談会 空腹を満たす食べ方あの手この手
 生かせ代用食を
 館山中文芸作品 代用食
 代用餅の作り方
 寒い時に喜ばれる代用食の作り方
 温い栄養主食の工夫と作り方
 家庭メモ 粉類を利用して代用食の作り方
 代用食料としての野草
 人工甘味料の花形 サッカリンとヅルチン
 メチルアルコール中毒
 調理科学講座 揚げる科学
 調理指導の実際
 学校給食の意義
 住宅難の話
 家 家 家! 住宅難の千二百万人
 都の住宅難深刻 ― 都住申込に表はれるこの数字
 住宅難の一つの問題
 余裕住宅税(市町村独立税)
 余裕住宅税
 理想的な和風洋風 十五坪小住宅の設計
 読者欄 ― 家庭からの声
 笑話 住宅難

第五章 新生活/生活改善
章解説  加藤敬子(永井良和補筆)

 新生活運動に対する所信
 新生活運動えの期待
 生産と生活とを結びつける工場地の新生活運動
 これからの生活改善
 生活改善運動について
 生活改善 各地で着々実践
 農家の生活の改善
 読者の声 生活改善運動の提唱
 生活科学化の必要
 買出し
 買出しあの手この手
 産児制限と與論
 産児制限と問題の考へ方
 婦人と職業・職業補導
 婦人内職増収の体験(東京 千葉 熊本)
 結婚難時代
 結婚難の実相
 結婚難と結婚相談所の実相をさぐる
 新しき女性のために
 女性は解放されたか
 戦後ふえた結核患者 効果の大きいBCG接種

雑誌索引
事項索引


敗戦と暮らし T巻巻頭解説  永井良和

  戦争も、いわゆる「戦後のどさくさ」も、遠い昔のことになった。遠い昔のことは、もっと遠い昔のことと区別することがむずかしくなり、あいまいな記憶となる。

 こうの史代のマンガ『夕凪の街・桜の国』(双葉社、二〇〇四年)は、戦争を知らない世代が、被爆という歴史的事実を受けとめていく可能性があるのかを考えさせる作品であった。また、今後も、事実の記録と伝承の方法に道すじがたつことを示した点でも意義深いものだった。多くの賞が授けられ、評価も高い。そして、二〇〇七年には映画化され、これまた好評を博した。

 二〇〇八年に発売されたこの映画のDVDには、出演者の記者会見、インタビューなどが収められている。記者会見には、第二部の主人公の父親役を好演した堺正章も出席しており、作品についてコメントした。そのなかで堺は、原子爆弾が落とされた年をまちがえて「昭和十九年」と言ってしまう。もちろん、すぐに訂正したし、堺が出演したのが「平成十九年」に設定された第二部であることを斟酌すれば、単純な言いまちがいとみなせなくもない。しかし、ベテランの、というより還暦を過ぎた堺正章が「終戦の年」をまちがう、ということに驚いた。だが、考えてみれば堺正章も一九四六(昭和二一)年の生まれで、戦争を知らないのであった。

 二〇〇五年に放映されたテレビドラマ『広島 昭和20年8月6日』(TBS)は、爆心に近い街の旅館に暮らす三人娘と末の弟の物語である。娘たちがすべて原爆で亡くなり、生き残った弟は語り部となって、平和公園や資料館を見学にきた生徒たちに昔話をする。これも放映後に評価が高かった作品で、翌年、再放送されている。しかし、この再放送のときには、エンディングロールが差し替えられていた。もともとの放映時には、夏川りみが歌う「涙そうそう」が流れるなか、広島の被爆者の遺体や、傷ついた体を撮影した白黒の写真や映画フィルムがテレビの画面に映し出された。しかし、どういう事情があったかは明らかにされていないが、再放送では、夏川りみの歌はそのままに、別の画像(本編のダイジェスト)に変更されたのである。悲惨な画像を用いることは差し控えられた、ということであろうか。ただし、二〇〇六年に発売されたDVDでは、オリジナルの画像のまま収録されている。

 いま二十歳くらいの若い人たちにとって、一九四五(昭和二〇)年は遠い昔である。日本が第二次世界大戦の敗戦国であることは頭で理解していても、都市空襲がくりかえされ、二発の原爆が落とされ、敗戦が決まったのはいつかと問うたとき、それが一九四五年だということをただちに答えられるとはかぎらない。

 この資料集の編集・執筆担当者たちとて、敗戦後の生まれで、戦争を知っているわけではない。だが、昭和四〇年代くらいまでに生まれた世代は、まだじぶんの親が戦争をくぐりぬけてきていた。その経験を聞く機会もあった。くわえて、戦争や敗戦後の生活のようすについては、メディアもよくとりあげていた。それが、娯楽番組であっても。たとえばNHKの朝の連続テレビ小説は、戦災と、戦後のどさくさを、くりかえしドラマ化して放映していた。戦後を生き抜いた女性の一代記は、高度経済成長を支えた主婦たちの自画像であり、高い視聴率をとることもできた。しかし、その世代が高齢化するとともに、そのようなドラマづくりはマンネリだといわれた。近年では、戦中・戦後の生活が描かれることもまれになっている。

 なるほど、年に何度か、大がかりなセットやCGを用いたテレビ番組や映画がつくられている。戦争や戦後の暮らしは、新しい技術で「再現」されるようになった。それはしかし、よりリアルな(リアルらしい)描写と、大きな予算をかけた特別なものでないと、見てもらえないという事情を示してもいるようだ。

 いま思うと、それがたとえパターン化された描写、ありきたりの映像であっても、上の世代が経験したことを想像する手がかりが与えられていたことには重い意味があったようだ。上の世代の経験についての想像力が保たれただけではなく、よその国に暮らす人たちにも同様の苦難があったであろうことを想定する構えも、なにほどかは培われていた。しかし、そういったフィクションの力に過度に期待することは、いまはできない。

 ここに集められた記事は、ほとんどがフィクションではなく、書き手のそれぞれの実体験にもとづくものだ。フィクションの体をとっていても、実体験によって裏づけられたものだといえる。こういった文章が、社会のなかで衰えつつある想像力を補うものであってほしい。

 このT巻では、まず、焼け跡暮らしの前提となる空襲の経験、肉親を失った子どもたちの生きざま、海外に送られていた兵士たちの帰還、占領軍としてやってきた米兵たちとの交流など、当時の世相に関する資料を多面的に採録した。さらに、食糧難や住宅難の実相を記録した資料、そして、日常生活の立て直しから、より豊かな暮らしの希求といった方向性が探られていく。

 収められた文章は、いずれも、戦争という悲劇を繰り返さないために、次の世代に実態を伝えておきたいという強い動機によって書かれたといってよい。そして、それぞれの文章にこめられた願いは、語り継ぐ主体となるべき世代が少なくなり、口頭で直接に語り継ぐことができなくなりつつある今、あるいは将来においてこそ、実をむすぶべきである。語り手がこの世を去っても、綴られた文字は残り、生きて会うことのない世代との架け橋になるからだ。

 なお、時代背景や執筆の経緯など個別の資料に関する説明は、各章の解説にゆずる。