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紅野謙介・高榮蘭ほか編

検閲の帝国
――文化の統制と再生産


A5判上製488頁

定価:本体5100円+税

発売日 14.8.8

ISBN 978-4-7885-1401-0

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◆「検閲」は転移する
 権力はつねに、自分に都合のいいように情報を統制し、言論を統制しようとします。これを「検閲」といいますが、実際どのように行なわれたのでしょう。日本はいまから百年前に朝鮮半島を植民地にしました。その前には台湾を植民地にしています。大日本「帝国」の誕生です。本書は、韓国併合百周年を機に日韓の研究者が、戦前の帝国期の内地と植民地で、検閲がどのように行なわれ、どう違っていたかをつぶさに検証したものです。文学だけでなく、映画・演劇・写真などの芸術から新聞・雑誌などのメディアまで、さらには、戦前・戦中だけでなく、戦後のアメリカ占領期にまでわたって、「検閲」をキーワードに権力というものの多様な在り方──露骨・強圧的な検閲から見えない検閲まで──を追跡・解読します。

検閲の帝国 目次

検閲の帝国 あとがき(日本語版刊行に寄せて)

ためし読み
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検閲の帝国 目次


はじめに 紅野謙介
第T部 検閲の拡張、揺れ、転移
植民地検閲と「検閲標準」 鄭根埴
文学を検閲する、権力を監視する――中西伊之助と布施辰治の共闘 紅野謙介
「法域」と「文域」――帝国内部における表現力の差異と植民地テクスト 韓基亨
植民地を描いた小説と日本における二つの検閲
――横光利一『上海』をめぐる言論統制と創作の葛藤 十重田裕一
検閲の変容と拡張、「親日文学」というプロセス 李鍾護
占領・民族・検閲という遠近法
――「朝鮮/韓国戦争」あるいは「分裂/分断」、記憶の承認をめぐって 高榮蘭

第U部 検閲されるテクストと身体
「風俗壊乱」へのまなざし――日露戦後期の〈筆禍〉をめぐって 金子明雄
植民地のセクシュアリティと検閲李惠鈴
目に見えない懲罰のように――一九三六年、佐藤俊子と移動する女たち 内藤千珠子
植民地朝鮮における興行市場の病理学と検閲体制――「アリラン」症候群をめぐって 李承姫
誰が演劇の敵なのか――警視庁保安部保安課興行係・寺沢高信を軸として 小平麻衣子
植民地朝鮮における民間新聞の写真検閲に関する研究
――『朝鮮出版警察月報』と新聞紙面の対照分析を中心に 李旻柱

第V部 アイデンティティの政治――検閲と宣伝の間
ペンと兵隊――日中戦争期戦記テクストと情報戦 五味渕典嗣
ペテロの夜明け――植民地転向小説と「感想録」の転向語り 鄭鍾賢
移動と翻訳――占領期小説の諸相 榊原理智
新たな禁忌の形成と階層化された検閲機構としての文壇 林京順
「原爆詩人」像の形成と検閲/編集
――峠三吉のテクストが置かれてきた政治的環境 鳥羽耕史
ある『政治学概論』の運命――ポスト植民地国家と冷戦 藤井たけし
あとがき(日本語版刊行に寄せて) 鄭根埴・韓基亨・李惠鈴
日韓検閲年表(尾崎名津子・孫成俊作成)
装幀――難波園子


検閲の帝国 あとがき(日本語版刊行に寄せて)

   二〇一四年は甲午(きのえうま・こうご)の年である。以前の二度の甲午年は東アジアの地域秩序を決定付けた重要な年であった。一二〇年前の一八九四年、日清戦争あるいは甲午戦争と呼び習わされる東北アジア戦争が勃発した。この戦争を経て中華帝国は解体され、日本という近代帝国が姿をあらわした。

 興味深いことに、韓国近代小説の嚆矢である李人稙の『血の涙』(一九〇六年)は、この戦争の惨状から物語を始めている。しかし、その年に犠牲になった朝鮮の東学農民軍や中国旅順の農民たちの声は、いまだ私たちには聞こえてこない。これらの人々には自分たちの声を伝えるいかなる媒体も、その人たちを代弁するいかなる公的な議論の場も与えられなかった。

 六〇年前である一九五四年は、停戦会談によって終結した朝鮮戦争の始末を付けるためにジェノヴァ会談が開かれた年であった。朝鮮戦争は朝鮮半島の分断を強固なものとし、東アジアの冷戦を構造化した。ジェノヴァ会談は朝鮮半島と東北アジアに真の平和をもたらすことはできなかった。東アジアの冷戦体制は新しい方式の思想統制と検閲制度を定着させ、その権威に挑むあらゆる人々の声を沈黙させた。

 二度の甲午年のあいだに日本帝国の検閲制度と実践が横たわっている。この期間に日本では大衆メディアと近代文学の形成・発展があり、近代的検閲が具体化された。メディア-文学-検閲のこうした相関関係は時間差を伴いつつ植民地朝鮮で再演された。だが朝鮮で施行された検閲制度は日本のそれとは顕著に異なっていた。差別を前提とする別途の法律と体系が作動したせいである。

 帝国の検閲は「内地」と「外地」の偏差と差別の問題に限定されるものではなかった。それは帝国の境界の内外で醸成されていた東アジア文化圏の活性化にたいする圧力と統制という意味も同時に帯びていた。日本と中国、植民地朝鮮のあいだで合法と非合法とを横断しながら活発に情報や知識が飛び交っており、そうした情報や知識の交流に網をかけなければならないという憂慮と危機感が急増したからである。それゆえ帝国の版図全体を統御する出版警察システムが出現した。「出版警察」の活動の様相という観点から帝国の文化支配の性格を分析する作業は、私たちの前に置かれている差し迫った学術的課題である。

 日本の敗戦は韓国において植民地検閲による抑圧を終息させた。しかし、すぐさま米軍政の検閲が発動した。占領と軍政、それに続く分断国家の形成過程には常に検閲という国家統制の手段が伴った。冷戦検閲の時期が到来したのだ。帝国/植民地検閲と冷戦検閲は断絶的であると同時に連続的である。その継続と変化の様相を追跡することは韓日の学界に共通の関心事である。この間に韓国では冷戦期の文化構造を対象とした研究が進んでいる。それらの研究で検閲の問題が重要な焦点となっていることを大いに励みに感じている。

    検閲に関する韓国学界の努力は『植民地検閲――制度・テクスト・実践』(検閲研究会編、二〇一一年)に集約されている。折よく、同書が刊行される直前の二〇一〇年から、検閲を主題として韓日の学者たちのあいだに研究会が組織された。それまで相互に連結されてはいなかったが同様の問題に頭を悩ませていた人たちが、自然と意気投合したのである。この集まりはソウルと東京を行き来しながら数度にわたって続けられた。活動を続けるなかで共同の研究目標が生じ、参加した人たちの友誼は厚いものとなった。『検閲の帝国――文化の統制と再生産』は、こうした過程を経て成し遂げられた本である。

 この場をお借りして、長い旅程を先導してきた紅野謙介、高榮蘭のお二方に心を込めて感謝の言葉を申し上げる。五味渕典嗣、小平麻衣子、金子明雄のお三方の厚意と協力も、長く忘れがたきものとなるだろう。

    過去一〇年間に達成された韓国の検閲研究は民主化と脱冷戦の波が学界にもたらした産物であった。しかし近頃の新冷戦と保守化の兆しは私たちを不安にさせる。二〇一四年、東アジアの社会は思いがけない激動の状況に直面している。中国とアメリカの葛藤、日本と中国による領土紛争の流れは容易ならないことだ。憲法を再解釈し、戦争の遂行が可能な「普通の国家」へと進んでいこうとする日本の動きも予測不可能の状態である。朝鮮半島南北は先の政権から続く極限の対立の陥穽から抜け出せないでいる。

 しかしながら、国家間の関係が悪化するほどに学界と市民社会の交流はなおのこと重要となる。本書が学術的関心の領域を越えて、韓国と日本、ひいては東アジアの現在と未来を思い悩む方たちにとり小さな助けとなりうることを願うばかりである。

   二〇一四年五月一八日 三四年前の光州を思い返しながら
鄭根埴・韓基亨・李惠鈴
(翻訳:和田圭弘)

   *一九五四年四月から六月の間に、朝鮮戦争の参戦国をはじめとする一九ヶ国の外相が朝鮮半島の平和的統一を模索するために開催した国際会談。米国・韓国、中国・北朝鮮の立場の差異によって決裂し、朝鮮半島は長期の分断状態に陥る契機となった。
(編者注)