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徃住(とこすみ)彰文 監修・村井源 編

量から質に迫る
――人間の複雑な感性をいかに「計る」か


A5判上製240頁

定価:本体2600円+税

発売日 14.7.28

ISBN 978-4-7885-1396-9




◆「量か質か」を超えた心の科学
 学問の世界における量的研究と質的研究の間の溝は非常に深く、「量か質か」の不毛な対立が繰り返されてきました。本書は、これまで質的研究の対象と考えられてきた人間の複雑な心的活動に量的側面からアプローチする方法を、個別の研究に基づいてわかりやすく解説します。一見すると科学になじまないように見える文学や音楽、思想など、複雑でとらえがたいものや直感的な心のはたらきを数量化し、緻密に分析することで、いったい何が見えてくるのでしょうか? 量か質かを超えた「第三の道」に挑む、心の科学の最先端への招待!

量から質に迫る 目次

量から質に迫る あとがき

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量から質に迫る 目次

序 章 高次感性と量的研究 村井 源
  第1節 高次感性とは
  第2節 量的研究と質的研究
  第3節 高次感性は科学の対象となるか

第1部 文学における高次感性
第1部を読む前に――テキストと高次感性
  第1節 言語データと高次感性
  第2節 テキスト中の単語が示す意味
  第3節 テキストの意味を補完する要素
  第4節 文学理解に必要な解釈技法
  第5節 定量的なテキスト分析

第1章 虚構理解の認知過程 良峯徳和
  第1節 虚構理解の高次感性
  第2節 虚構概念の理論的検討
  第3節 虚構テキスト理解過程のシミュレーションシステム構築の試み
  第4節 虚構理解の高次感性解明に向けた課題

第2章 汎文芸テキスト解析論 工藤 彰
  第1節 文芸作品のテキスト分析
  第2節 小説家の文体をとらえる
  第3節 小説の物語をとらえる
  第4節 展望

第2部 思想・芸術における高次感性
第2部を読む前に――思想・芸術と高次感性
  第1節 価値観の体系としての思想・芸術
  第2節 思想・芸術的感性と評価軸の特定
  第3節 思想・芸術的感性の定量的分析のための2つの戦略

第3章 聖書解釈の計量分析 村井 源
  第1節 宗教思想と現代社会
  第2節 宗教思想を扱ううえでの難しさ
  第3節 宗教思想と科学
  第4節 宗教思想テキストの成立
  第5節 神学者による解釈の計量分析
  第6節 翻訳分析
  第7節 聖書の科学的解釈に向けて

第4章 日本民謡の計量分析 河瀬彰宏
  第1節 音楽の計量分析へのいざない
  第2節 なぜ日本民謡を分析するのか
  第3節 日本民謡の楽曲コーパスの構築
  第4節 日本民謡の音楽的特徴をどのようにとらえるか
  第5節 旋律から記号列を作成する手順
  第6節 青森県の子守唄を使った抽出例
  第7節 日本民謡の音楽的特徴
  第8節 日本民謡の地域性
  第9節 日本列島の地域区分
  第10節 階層的クラスタリングによる分類結果
  第11節 従来の学説との比較
  第12節 総括

第5章 批評の計量分析 川島隆徳
  第1節 批評の計量分析とは
  第2節 計量分析の手順
  第3節 ケーススタディ:ゲーム批評の計量分析
  第4節 批評の計量分析の展望

第3部 社会における高次感性
第3部を読む前に――社会と高次感性
  第1節 感情と社会的な高次感性
  第2節 社会的な高次感性のための定性的分析と定量的分析
  第3節 さまざまな分野での社会的な高次感性の定量分析

第6章 感情機構のシミュレーション 野田浩平
  第1節 感情機構研究の歴史的背景
  第2節 人工脳方法論による抑うつ感情モデル
  第3節 社会エージェントシミュレーターによる抑うつ・不安感情モデル
  第4節 まとめ

第7章 笑顔の進化と発達 川上文人
  第1節 研究の背景
  第2節 研究1:自発的微笑の系統発生と個体発生
  第3節 研究2:幼児期の笑顔の初期発達
  第4節 研究3:笑顔の日米比較
  第5節 結論
  第6節 徃住先生とのこと

第8章 人工物に対する認知構造 松本斉子
  第1節 はじめに:日常に近い場における心の様子
  第2節 人工物に対する高次感性
  第3節 愛着感情の機能
  第4節 手紙文の分析
  第5節 日常的に喚起される高次感性に関わるデータの収集
  第6節 プロトコル分析の応用と限界
  第7節 おわりに

終 章 高次感性の科学に向けて 村井 源
  第1節 現在までの高次感性研究
  第2節 今後の課題
  第3節 将来的な展望

  あとがき
  人名索引
  事項索引

装幀 臼井新太郎
装画 町山耕太郎


量から質に迫る あとがき

 本書のタイトルである「量から質に迫る」というフレーズは,新曜社にて本書のコンセプトをお話ししていたときに出てきたものです。近年心理学などの領域では,量的研究と質的研究の比較や,質的研究の意義を客観的に見直す機運が高まっているように思います。ただ,質的研究の必要性への無理解から生じる一方的な人文学批判や,質的研究側からの半ば居直りのような科学主義批判は私の回りにもいまだに数多くあります。私自身は,科学的方法論を踏襲しながら人文学領域に踏み込むという第三の道を模索していますが,人文学者からは数字で人の微細な心がわかるわけがないと言われ,科学者からはそんなものは分析する意味がないと言われ,話も聞かずに否定されることが少なくありません。学問の世界における量的研究と質的研究の対立の溝は非常に深く,その結果として発展が妨げられている領域もあちこちに見られます。本書のタイトルにはそのような不毛な争いが解消される一助になれば,という願いも込めています。

 序章でも触れましたが,人間の微細で複雑な感性をどのように量的に科学的に扱っていけばよいかという方法論は,いまだに確立されたといえる状態ではありません。そのため本書では,体系的に対象と方法を整理するという形ではなく,いくつかの領域における試みを各執筆者がケーススタディ的に紹介するというスタイルをとらせていただきました。ただ,体系的とは言えないまでも有用な方向性やボトムアップ的に得られた研究のコツのようなものはありますので,各部の初めに私が概説を書いて全体像を紹介する形式にいたしました。

 本書は,もともとは闘病生活を送っておられた徃住彰文教授を励ますための本として企画されたものです。当初の構想は,徃住研究室で博士号を取得した修了生が分担して執筆し,高次感性の解明に向けた取り組みをまとめて一冊の本にし,徃住先生に序文を書いていただく,というものでした。しかし,徃住先生の病状は急激に悪化して入院となり,原稿の完成を待たずに60歳の若さで逝去されました。したがって,残念ながら本書の完成原稿を徃住先生に読んでいただくことはかないませんでしたが,本書の内容は徃住先生にご指導いただいた修士論文・博士論文がもとになっており,徃住先生は本書の監修者といえると著者一同は考えております。著者一同の追悼の意向を汲んでくださった新曜社の田中由美子様,塩浦暲社長にこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。

 本書をご一読いただければおわかりのとおり,徃住研究室で行われてきた研究の特色はその領域の幅広さとテーマの自由さにあります。ページの都合上,博士論文になった(現在執筆中のものも含めて)研究のみに絞ってご紹介しておりますが,修士論文の研究対象と方法論も多岐にわたり,とても一研究室で扱うテーマとは思えないようなバラエティがあります。人間の高次感性が多種多様な形で表れているということももちろん理由の一つではありますが,そのようなさまざまな研究が実現できたのは,学生が自由に自分で興味関心を探求することを認めてくださる,徃住先生の教育方針のおかげです。

 私の博士論文の研究テーマは宗教思想の科学的分析ですが,正直なところ,このような研究テーマで博士号を取得させていただけそうな研究室は,私の知る限り徃住研究室を除けば他には一つもありません。徃住先生が亡くなられた実感は未だにわかないのですが,この本をまとめる作業をしながら,従来の発想を覆す新しいパラダイムを切り開く貴重な研究の場が失われたことを改めて残念に思っております。

 徃住彰文先生のご冥福を著者一同心よりお祈り申し上げます。

 2014年6月12日 
 村井 源