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香川めい・児玉英靖・相澤真一 著

〈高卒当然社会〉の戦後史
――誰でも高校に通える社会は維持できるのか


四六判上製240頁

定価:本体2300円+税

発売日 14.7.22

ISBN 978-4-7885-1395-2

cover

◆あなたの母校が無くなる!?
 「誰でも高校に通える社会」がゆらいでいます。高校は、準義務教育的学校であり、事情がなければ皆進学します。しかし近年、経済的理由や学校再編により、遠方の高校や望まない中退率の高い高校への通学を強いられる生徒が増加するなど、制度のほころびが見え始めてきています。同世代の子どもの半数以下しか進学しなかった時代から、わずか20年で高卒が当たり前の社会となった日本。この大改革は、どのように実行され、何をもたらしてきたのでしょうか。都道府県ごとに異なる高校教育拡大の歴史を跡付け、少子化時代を迎えた「誰でも高校に通える社会」の未来を見通す実証分析の労作です。

〈高卒当然社会〉の戦後史 目次

〈高卒当然社会〉の戦後史 はじめに

ためし読み

◆書評
2014年9月21日、日本経済新聞
2014年12月、ダ・ヴィンチ
2015年5月18日、日本教育新聞

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〈高卒当然社会〉の戦後史 目次

はじめに 「高校に通えることが当たり前の社会」の成り立ち
 ―高校教育機会の提供構造とは

序 章 今、なぜ「誰でも通える社会」について考えるのか
〈高卒当然社会〉の成立
本書の学術研究上の意義について

第1章 新制高等学校黎明期から見る高校教育機会の提供構造
1 全国一律の「高校」という制度
2 高校教育提供構造の地域性
3 高校教育における教育機会の平等とは―学区制の議論から
第1章のまとめ

第2章 一九六〇年代の高校教育拡大は何をもたらしたのか
1 第一次ベビーブーマーの高校進学が与えたインパクト
2 高校進学率の上昇は、高卒学歴の持つ意味をどう変えたのか?
 ―高卒学歴に人々が期待していたものとその裏切り
3 「誰でも高校に通える社会」はなぜ可能となったのか?
 ―私立高校が引き起こした高校教育拡大のスパイラル
第2章のまとめと地域性への問いの展開

第3章 高校教育機会の提供構造の地域的布置と類型化
1 地域によって異なる私立高校依存度
2 都道府県の類型化
3 各類型の特徴と高校の威信構造における地域性
第3章のまとめ

第4章 各都道府県のケーススタディ(1)中庸型
 ―静岡県・香川県・兵庫県
はじめに―第4章から第7章のケーススタディについて
中庸型の三県(静岡県・香川県・兵庫県)の検討
1 静岡県―日本の社会経済システムの「縮図」における教育拡大
2 香川県―大規模化した公立高校とバッファーとしての私立高校で数年を乗り切る
3 兵庫県―大都市圏と広大な中山間地域の併存がもたらした県内の多様性
中庸型クラスターのケーススタディのまとめ
コラム 大学附属高校と高校教育拡大

第5章 各都道府県のケーススタディ(2)公立拡張型
 ―徳島県・愛知県
1 徳島県―山地の多い地域で「平均並み」を求める取り組みと私立高校への低い信頼感
2 愛知県―比率による高校教育機会の提供構造によって拡大した進学率
公立拡張型クラスターのケーススタディのまとめ

第6章 各都道府県のケーススタディ(3)私立拡張型
 ―宮崎県・山形県・群馬県
1 宮崎県―全国最低の進学率から「平均」への取り組み
2 山形県―新設された私立高校による公立高校不足の補完
3 群馬県―男女別学を前提とした高校教育機会の拡大
私立拡張型クラスターのケーススタディのまとめ
コラム 甲子園(一)

第7章 各都道府県のケーススタディ(4)大都市型
 ―大阪府・神奈川県
1 大阪府―マンモス私立高校による高校進学希望者の収容とその結末
2 神奈川県―急激な人口増に対応した公立高校の増設と二極化した私立高校の対応
ケーススタディによる四つのクラスターの検討のまとめ
コラム 東京(一)
コラム 東京(二)

第8章 拡大した高校教育のその後
 ―生徒減少期における高校教育機会の近未来像
はじめに―生徒減少期における高校教育機会提供構造の変容
1 生徒減少期における私学率の規定要因の変化
2 特徴的な県の検討?―神奈川県の事例から
3 特徴的な県の検討?―徳島県の事例から
第8章のまとめ
コラム 甲子園(二)

終 章 人口減少期における〈高卒当然社会〉のゆくえ
高校教育機会の提供構造の将来像
あとがき
初出一覧
索 引
装幀 * 難波園子


〈高卒当然社会〉の戦後史 はじめに

「高校に通えることが当たり前の社会」の成り立ち
 ――高校教育機会の提供構造とは

「なぜ今さら、高校のことを語る必要があるの?」
「昔ならいざ知らず、高校なんて今じゃ誰でも通えるじゃないか」

 この本を手にされたあなたは、こう疑問に思われたかもしれない。
 たしかに、高校は全国いたるところに存在し、中学を卒業したら特に事情がない限り進学するとされているところである。たいていの場合、何校かの選択肢の中から自分の将来や家計の事情などと照らし合わせて、中学校や学習塾の先生と相談し、進学先を選ぶ。高校とは今や、細かな問題はあっても、すでに日本社会に定着している成熟した制度である。

 しかし、私たちは、本書において次のことを繰り返し指摘する。今だからこそ、高校のことを語らなければならないのだと。そして、高校に通えることは、決して当たり前のことではないということも。つまり、高校教育機会をどのようにして維持していくかを語ることが、いかに重要かということを、である。

 高校に通うことがあたかも当たり前であるように思われるのは、高校教育が長年にわたり、安定的に私たちに提供され続けてきたからであり、それを可能とするしくみが成り立っているからである。このしくみのことを本書では「高校教育機会の提供構造」と呼ぶことにする。そして、戦後日本社会を下支えしてきたこのしくみが今揺らぎ始めているのではないかというのが、私たちが本書を執筆するにいたった問題意識であり、出発点である。

 「十五の春は泣かせない」という言葉が一九六〇年代に全国に広まった。高校進学を希望しながら、その狭き門のために泣く泣く進学を断念する子どもたちに対して、「何としても高校に進学する機会を与えてやりたい」という大人たちの思いが込められたこのスローガンとともに、一九六〇年代前半には「高校全入運動」がピークを迎えた。そしてこのような時代を経て、高校教育機会の提供構造が定着し、今では、高校に通えないことが、社会問題として広く認識されることはなくなった。戦後日本社会において、高校とは、「行くと得するところ」から始まり、「行かないと損するところ」となった。そして「誰でも行くところ」となり、近年では授業料無償化政策によってとうとう「タダで行かせてもらえるところ」となった。

 もっとも、この構造が揺らぎ始めているといって、それは昔のように高校の門戸が狭まり、一部の人しか高校に通えなくなるような状況に逆戻りするということではない。私たちが懸念しているのは、少子化が進むなかで高校の再編が進行する過程で、進学を希望する生徒とその引き受け先となる高校との間に大きなミスマッチが生じてしまうことである。

 現に、東京・神奈川・愛知・大阪という大都市部では、二〇〇〇年代後半からミスマッチが拡大していくようすが観察されている。公立高校の再編が進む中で、希望しない高校に進学せざるを得なくなったり、遠くの高校に通わざるを得なくなるなどして、その結果、望まない高校生活を余儀なくされる生徒が増えている。そのうちの少なくない生徒が高校生活をあきらめ、社会の底辺にすべり落ちていくということも報告されている。

 また、過疎化の進む地方では、高校の生徒数が学校を維持できる人数を下回り、統廃合を余儀なくされている。このことは、近くの高校に通うことができなくなり、時間と費用の追加負担を求めるのみならず、若い世代が地域からいなくなり、コミュニティの不活性化という点からも問題視されている。

 さらに、都市部では、公立高校の学区の撤廃や特色ある学校づくりが進み、公立高校と私立高校が同じ土俵で熾烈な生徒の獲得競争に巻き込まれているところもある。この競争が行き過ぎると、目先の業績主義に追われ、ただでさえ多忙化の進む現場にあって、教師がますます疲弊していくことになりかねない。その結果、入学してきた生徒一人ひとりと向き合い、三年間の成長を見守るという、後期中等教育機関としての使命がおろそかになってしまわないだろうか。そうなってしまっては、いったい何のための改革なのだろう。

 このように、生徒が増加する過程で成立した現在の高校教育機会の提供構造が、生徒減少時代の中で揺らぎ始め、その揺らぎはこれからさらに大きくなることであろう。そこで本書では、一九六〇年代の生徒急増期に焦点を当てて高校教育機会の提供構造について検証し、そこから現在を照射することによって、この問題について考察する手法をとっている。

 本書では以下、序章で問題の所在を明らかにした後、第1章と第2章において、高校教育機会の提供構造がどのように定着してきたかを過去にさかのぼって検証する。そして第3章において都道府県の類型化を試み、その分類にもとづいて第4章から第7章までで一〇府県のケーススタディを行なっている。これにより、気づかれることの少ない地域ごとに多様な高校教育の姿、いわば「ご当地の高校教育」像が形成されていく過程が浮かび上がってくるだろう。その上で、今後の高校教育の姿について見通すために、第8章以下で現在の事例をもとに考察している。

 なお、本書は全編にわたって三人による共同執筆と考えてもらって差し支えない。児玉が吐き出す大風呂敷とも思えるアイディアを、相澤が理論武装させて実証する方法を紡ぎ出し、香川がそれをばっさりと整理するという、それぞれの個性を最大限に持ち寄った作業を繰り返し、何度も何度も検討を重ねた結果、アイディアと執筆分担箇所が複雑に入り交じり、それぞれの分担を取り出すことがもはやできなくなってしまったためである。また、執筆者の掲載順も、便宜的にこの順番で並べているに過ぎない。

 著者を代表して   児玉英靖