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S・D・ハロウェイ 著/高橋 登・清水民子 ・瓜生淑子 訳

少子化時代の「良妻賢母」
――変容する現代日本の女性と家族


四六判並製400頁

定価:本体3700円+税

発売日 14.7.24

ISBN 978-4-7885-1394-5




◆なぜ結婚・子育てに前向きになれないのか?
 日本の女性は家庭生活や子育てへの満足度が国際的に低いといわれ、少子化の傾向は続いています。その原因はどこにあるのでしょうか? 本書では、国際比較研究に携わる著者が政府の家族政策を歴史的に概観しつつ、日本女性の結婚や子育てに対する考え方・行動パターンをインタビューを通して分析します。母親の責任とは? 夫のどんな対応が支えになるのか? 結婚退職、再就職の現実は? 自身の親との関係が子育てにもたらす影響とは? 母親たちの人生の物語から、子育てしながら幸せに生きられる社会への手がかりを探ります。

少子化時代の「良妻賢母」 目次

少子化時代の「良妻賢母」 訳者あとがき

ためし読み

◆書評
2014年8月10日、日本経済新聞
2014年10月12日、朝日新聞、水無田気流氏評

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少子化時代の「良妻賢母」 目次

    緒 言

 第一部

1章「良妻賢母」― 文化的な文脈のもとでの子育てと家庭生活
日本の母親は主観的には何を経験しているのか?
良妻賢母とは何か?

2章 研究の時間的・空間的な位置づけ
女性の声を聴く
本研究の行われた地域の状況
大阪の家族の現状

 第二部

3章「賢母」とは
19世紀日本の家族と子育て
近代の子育ての営みの変化
「良母」はわが子を遠くから見守る
「良母」は子どもとのかかわり方を知っている
「良母」は感情的にならずに子どもを導く
母親がかかわれるのはどこまでか
結 論

4章 反省 ― 自己省察のプロセス
反省がもつ複数の意味
不安からのあがきか冷静な省察か
母親として自信のある分野とない分野
よいコミュニケーションを確立し肯定的な感情で結びつくことの難しさ
感情をコントロールし続けることの難しさ
子どもの学業をサポートすることの難しさ
学業のサポートに対する母親の自己評価に起きる変化
結 論

 第三部

5章 子ども時代の記憶
恐れられる父親と沈黙する父親
温かい、気遣いのある父親とともに育つ
母親との初期の関係 ―支持と保護
成人して幼児期と折り合いをつける
結 論

6章 夫たち ― 重要なパートナーか、周辺の他人か?
現代の父親の家庭内活動への関与
結婚生活への視点 ―怒りと幻滅
なぜ不幸せな結婚生活にとどまるのか?
満足できる結婚生活の要件
夫からのサポートと妻の子育て効力感
結 論

 第四部

7章 しつけ ― 子育ての秘訣
しつけの歴史的な意味
よい子とは? 社会的感受性への変わらぬ関心
自立をうながしながら依存の欲求を受け入れること
母親はどのようなしつけの方法を用いているのか?
適切な行動の必要性を理解させること
誰が助けてくれるのか? 夫、親、姑、友人の役割
結 論

8章 子どもの学校教育への母親の関与
近代日本における学校教育
学校教育をサポートする母親の役割
学校教育への親の関与と社会階層
調査結果からわかる学校教育に対する親の願い
親の自信は子どもの学校教育への関与と関係があるか?
なぜ日本の母親は子どもに高い願望をもたないのか?
学業について否定的な経験をし、子育ての自己効力感が低い順子の場合
学業について肯定的な経験をもち、子育ての自己効力感も高い美由紀の場合
例外的なパターン ―浅子と千尋
結 論

9章 仕事と家庭生活のバランスをとる
戦前日本の女性労働者 ―家庭生活よりも生産性
戦後期における女性と職業 ―家事志向への移行
女性から見た働くことの利点
M字型曲線の人生
夢をあきらめる ―美由紀の学校と職場の物語
職と刺激を求めて ―千尋の場合
若いときの夢と両親からのさまざまなサポート
仕事上の人間関係を良好に維持することの難しさ
退職すべき時を「決意させる」家族と雇用者からの圧力
職場に戻って
仕事をもつ母親の方がよい母親か?
結 論

10章 女性と家庭生活 ― イデオロギー、経験、行為主性
子育ての文化モデル ―母親に求められる高い基準
社会からの支援と批判の役割
家族に影響する制度的要因 ― 学校と職場からの要求
母親支援を模索する実践家たちへの示唆
文化心理学への理論的示唆
自己効力感理論への示唆
日本の出生率低下に関する政策への示唆

訳者あとがき
付録B
付録A
引用文献
事項索引
人名索引

 訳者あとがき


少子化時代の「良妻賢母」 訳者あとがき

  本書は Susan D. Holloway.(2010)Women and Family in Contemporary Japan. Cambridge University Press. の全訳である。

 著者のスーザン・ハロウェイ氏は、1983年にスタンフォード大学で発達心理学と幼児教育の博士学位を取得後、メリーランド大学、ハーバード大学等を経て、現在はカリフォルニア大学バークレー校の教授を務めている。大学院時代の指導教員は日米の子育てに関する比較研究で知られる故ロバート・ヘス教授であり、彼女もアメリカ側メンバーとしてプロジェクトに関わってきた。ヘス教授らの研究は、『母親の態度・行動と子どもの知的発達:日米比較研究』(東洋・柏木恵子・R. D. Hess. 東京大学出版会、1981)としてまとめられているが、同書は今なお発達心理学、とりわけ子どもの文化的発達に関する基本文献として読み続けられている。

 その後も彼女は日本の幼児教育や子育てに関心をもち、研究を進めてきた。1994年にはフルブライト財団の助成を受け、半年間、大阪教育大学に滞在し、日本の幼稚園についてフィールドワークを行っている。その際に調査協力をしたことから、私の彼女との付き合いが始まった。その成果は Contested Childhood: Diversity and Change in Japanese Preschools.(邦訳『ヨウチエン:日本の幼児教育、その多様性と変化』北大路書房)としてまとめられており、私も翻訳者として関わっている。こうした経緯から、今回も翻訳を手伝うことになった。

 本書の概要について説明しておこう。現在の日本は、晩婚化と少子化が進んでいるだけでなく、国際比較によれば、日本の母親は家庭生活に満足しておらず、子育てにも自信がもてないでいる。当事者である母親の内在的な視点から、その理由を明らかにすることが本書の目的であった。

 2000年6月に本書のもとになる研究が開始された。調査では、大阪と札幌の、幼稚園年長児をもつ母親116名を対象として、インタビューと質問紙調査が行われた。質問紙調査は子どもが小学校1年生と2年生になったときに、再度実施されている。また、最初の質問紙調査の結果(子育てに関する自己効力感の高低)と学歴(高卒と大学・短大卒)に基づいて、116名の中から大阪に住む16名を選び、それぞれ4回ずつのインタビューも行っている。本書はこれらのデータに基づいて執筆された。1章・2章で本書の概要と理論的枠組みが示されたあとに、3章から9章まで、家族や夫との関係、子どものしつけと教育、女性の就労、賢母の条件、自己省察のそれぞれについて、歴史的変遷を簡潔にまとめたうえで、母親たちのデータをもとに、現在の母親にとっての意味が分析されている。

 分析は、個人・文化・制度という、3つのレベルから行われる。母親は自らの役割をどう認識し、評価しているのか。また、子育てに関する伝統的で支配的な言説に対して、彼女たちはどのような態度をとるのか。さらに、政策や制度によって求められる母親役割はどのようなものであり、また、母親たちはそれに対してどのように向き合っているのか。「良妻賢母」という言葉には保守的な響きがあるが、今の日本の母親たちも、自らが思い描くような意味で良い妻、賢い母親であろうとしている。けれどもその実現はたやすいことではないことが明らかになる。

 本書では、随所にインタビューの直接的な引用が行われており、それが本書の記述を生き生きとしたものにしている。そこで、翻訳にあたっては、ハロウェイ氏から日本語オリジナルの逐語録の提供を受けて、インタビュー時の実際のやりとりに近づけ、関西弁のニュアンスもできるだけ残すようにした。インタビューでは、母親たちは率直に、ときには露悪的とも思えるほどあけすけに自らを語っている。けれども関西弁の饒舌でユーモラスな雰囲気にもかかわらず、彼女たちの語りのトーンは明るいものばかりではない。きまじめに自らをふり返るほど、子育てについて周囲から課されるハードルの高さ、夫の非協力、仕事を続けることの難しさなど、行き詰まりが明らかになる。個人レベルで見れば、夫からの協力もあり、自らの子育てに自信をもてている母親もいるが、孤立し、子育てに自信がもてず、もがき苦しんでいる母親もいるのである。

 ハロウェイ氏の記述からは、彼女自身も母親として、協力してくれた母親たちに深い共感と尊敬の念をもっていることが伝わってくる。けれどもその一方で、日本の文化歴史的な環境からは距離を置くアメリカ人研究者として、母親たちの努力の限界も指摘する。母親たちは現状をつねに反省的にふり返る。それ自体は日本人の美質として賞賛すべきことであるにもかかわらず、結果的にそれが彼女たちの直面している問題を、個々人の努力の問題に解消させてしまう。良い妻であり、賢い母であろうとする不断の努力が、かえって母親たちを追い込んでいるのである。本書最終10章では、こうした見立てに基づいて、解決のための処方箋が提案される。処方箋の有効性については、読者の判断に委ねるべきであろう。

 翻訳にあたっては、子育てと女性問題に詳しい清水民子氏(平安女学院大学名誉教授)と瓜生淑子氏(奈良教育大学教授)に協力を仰いだ。緒言・1章・2章・7章・8章・付録を高橋が、5章・6章・9章を清水が、3章・4章・10章は瓜生が担当した。ただし、訳語の調整や、インタビューでどこまで関西弁のニュアンスを残すのかなどについては、訳稿を持ち寄り、細部にわたって全員で検討した。もちろん、最終的な責任は高橋にある。また、下訳の作成にあたっては北村文子氏と浅田麻梨乃氏にお手伝いいただいた。深く感謝する。

 新曜社の田中由美子氏には、訳稿と原文を一文ずつつき合わせ、丁寧に検討していただきました。本当にきめ細やかで丁寧な仕事をしていただき、訳者一同深く感謝します。

高橋 登