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金菱 清 著

震災メメントモリ
――第二の津波に抗して


四六判上製240頁

定価:本体2400円+税

発売日 14.6.20

ISBN 978-4-7885-1389-1

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◆震災関連死を防ぐ心の防潮堤

昨年、小社刊『3・11 慟哭の記録』 は「震災の膨大な関連書の中でも傑出している」(東京新聞文化部長・加古氏評)と出版梓会新聞社学芸文化賞を受賞しました。その編者が被災地を歩いてまとめ上げた渾身の震災エスノグラフィをお届けします。メメントモリとは「死を想え」という古の教え。震災のために生を中断せざるをえなかった人々の無念を想い鎮魂の祈りをこめてつけた書名です。震災遺族の心を解き明かした「痛みを温存する記録筆記法」、父親を津波で亡くした女性の手記「震災おぼえがき」をはじめ、いまなおどん底の被災地に寄り添い、復興の真の問題を訴えます。震災3年を機に災害知の集積する先進地東北に学ぶよう、真摯に問いかける著者にメディアも注目!(「被災地 心の防潮堤」東京新聞3月10日夕刊、「もうひとつの防潮堤」『潮』3月号など)。

震災メメントモリ 目次

震災メメントモリ あとがき

ためし読み

関連書
3・11 慟哭の記録

◆書評
2014年8月10日、河北新報、若松英俊輔氏評
2014年9月20日、図書新聞、好井裕明氏評

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震災メメントモリ 目次

写真集 3・11以後を生きる震災誌

はじめに

第1章 彷徨える魂のゆくえをめぐって
1 不条理な肉親の死――仙台市と女川町を襲った津波
2 災害死の社会・文化的位置づけ
3 過剰な<Rミュニティの誕生――名取市閖上の仮設自治会
4 ifの未死と彷徨える魂のゆくえ
5 過剰な<Rミュニティの意味
  
第2章 「生きなおす」ための祭礼
――拠って立つ居場所を具現化する祭礼の意義
1 巨大地震でも落ちなかった受験の神様と担がれないお神輿
――石巻市北上町追波・釣石神社
2 人びとの心まで流されなかった獅子振り――女川町竹浦
3 浄土を再現する舞――宮古市浄土ヶ浜「鎮魂の祈り」プロジェクト
4 「生きなおす」ための統合機能としての祭礼
  
第3章 内なるショック・ドクトリン――第二の津波に抗する生活戦略
1 ショック・ドクトリンとは何か
2 再生するコミュニティ――石巻市桃浦・気仙沼市唐桑町・南三陸町戸倉・宮古市重茂
3 創造的破壊としての構造改革
4 在地リスクを回避するコミュニティ
5 非日常を飼い慣らす
  
第4章 千年災禍のコントロール――原発と津波をめぐる漁山村の論理
1 なぜ人は災害リスクのある故郷にとどまるのか
2 「計画的避難区域」に住み続ける論理――福島県飯舘村
3 「水産業復興特区」に対抗する漁村の論理――石巻市北上町十三浜
4 災害リスクをコントロールする
5 災禍を吸収するコミュニティの潜在力
  
第5章 「海との交渉権」を断ち切る防潮堤
――千年災禍と日常を両属させるウミの思想
1 海と仲良く≠キる
2 巨大な防潮堤建設の思想
3 防潮堤のない港町――気仙沼市魚町
4 海と陸がつながっている第二の故郷
5 「海との交渉権」を断ち切る危機

第6章 震災メメントモリ
――痛みを温存する「記録筆記法」と死者をむすぶ回路
1 『3・11慟哭の記録』と予想外の反響
2 御遺族に送った依頼メール
3 「記録筆記法」の効果
4 死者が生き続ける「痛み温存」の意味
5 震災メメントモリ――死者をむすぶ回路
  
震災覚え書き
灯りの見えない未来――ねじれていった心
  
おわりに――震災メメントモリを伴った復興論
あとがき
参考文献
初出一覧
装幀 大橋一毅(DK)/地図制作 谷崎文子*断りのない写真は著者撮影・提供による


震災メメントモリ あとがき

 この三年間ピンと張りつめた空気のなかにいたと言っていい。あるいは拭い去ることのできない緊張感と言っていいかもしれない。そのような緊張感のなかで震災に関わる多くの人の力が筆を執らせてくれたと言っても過言ではない。それは今も継続している。震災前から交誼のあった方々のなかにも亡くなった方が多くいて、その中から考えざるをえなかったし、導いてくれたと思っている。同時にまだまだ震災のもつ裾野の広さと深さに届いていないところがたくさんあることが、研究の上でも、また実践の上でも重くのしかかっていることは確かである。

 三年が経ち、当初一丸となって震災に立ち向かうはずの「日本丸」という船は、沈没しかかっている。「まだ震災のことなのか」という外の空気と「まだまだスタートにもつけていない」という現場の空気がまるで寒気流と暖気流のようにぶつかりあい、不協和音を起こしつつある。本書は、後者の被災者の嘆きを通して、前者の忘却しようとする人びとに対して、災害列島に生きる人間のわがこととして震災を考えられるような考察を心掛けてきた。

 二〇一三年九月にブータン王国を訪れた。ブータンではよく知られているように、GNHと呼ばれる国民総幸福量として、人びとの幸福(ハピネス)が国家目標の中心におかれている。二万人にものぼる死者・行方不明者を生んだ大震災で「復興」が目標として掲げられているが、手段であるはずの目標がいつのまにか目的化される現実を目の当たりにしてきた。何のための復興か明記されていないために、建物や道路の復旧が最優先されて、そこで暮らす人びとの幸せが結果として置き去りにされる。なかでも死に関しては、いくら復興が進んだところで元には戻らないという悲しみだけが、年月がたつほどに繰り返し遺族に襲いかかる。これが「第二の津波」と呼ぶものの正体である。

 日本の場合、独特の先祖観のもと祖霊の棲む場所に自分も加わることを祈念し、死者を彼岸の世界へ押しやる文化的な死の対処法がある。しかし通常時とは異なり、震災の際にはかならずしもこれが有効に働いていないように思われる。すなわち、死者が死者にもなれず、魂が彷徨う現実が被災地を広く深く覆っている。

 他方、ブータンでは、仏教の「輪廻転生」が生活の各場面で徹底されていて、四九日の間にバルド(中間領域)を通ってすべての人が次の人生を歩むことになる。これは祝福すべきことであるので、この四九日の間に悲しむことが祝うことに一八〇度転換する場面を必ず迎える。悲しんでいると、亡くなった人が現世に未練を残すことになり、次のステージに転生できなくなる最悪の事態が発生する。したがって、悲しみを残さないしくみが幾重にも社会・文化的装置として組み込まれている。

 たとえば、お墓もなければ先祖という概念もない。なぜなら生きとし生けるものはすべてが生まれ変わるからである。小さい頃からツェチュという大衆の祭りのなかでバルドチャム(地獄の再演)を通じて、老若男女が死後の世界を五感で体感する。そのなかで、現世で悪行を重ねれば地獄などの六道の下位に落ち、善行を積めば上位に生まれ変わると体得し、わがこととして真剣な眼差しのもとで、見る者と見られる者の関係性を昇華させる。「死を想え」というメメントモリが生活のなかでつねに想起されている。死に直面して、ジタバタしないことに慣れていて、いざという時に残された遺族を狼狽させないしくみが生活の中に埋め込まれている。

 死を文化的なバリエーションからとらえた場合、日本では近代化に伴ってあらゆる場面で死を遠ざけてきた。その結果、災害死に直面した時にはきわめて社会的に脆弱であるように思われる。ただし、それでもなお本書の事例を通して、コミュニティの崩壊や近親者の死に対して人びとはどのように向きあってきたのかという創意工夫の痕跡を窺い知ることができるのではないだろうか。

 閖上の仮設団地の自治会の試みは、自治会長さんが述べるように、死に対して悲しむ気持ちを十二分に理解できる一方で、それを忘れることも大事だという。また「痛み温存」としての記録筆記法もまた、死者の追悼を通して生者が前に進むための方法である。災害死における悲しみからの回復方法は、何も確立された宗教的儀礼のみではなく、擬似的な社会・文化的装置によって補完されることが現場から見えてきた。すなわち、文化的バリエーションとして死の受け止め方が、よりよく変形されたことになる。ここに千年災禍という未曾有の災害におけるコントロールの思想を、私たちは垣間見ることができるだろう。

 本書の執筆に当たって数え切れないほど多くの方々の協力を得た。また、多くの写真を提供いただいた。すべてお名前をあげることはできないが、ここで深く御礼申し上げたい。資料の整理に当たっては、東北学院大学大学院生の相澤卓郎君に手伝っていただいた。赤井志帆さんには、心身のストレスが増すなか、勇気を振り絞り書いて下さったことに感謝申し上げるとともに、敬意を表したいと思います。新曜社編集部の小田亜佐子さんには、『3・11慟哭の記録』の取り組み以来、今回の刊行にむけて細やかな助言をいただき、出版への道を拓いていただきました。