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井上信子 著

対話の調
――ゆきめぐる「かかわり」の響き


A5判上製320頁

定価:本体2800円+税

発売日 14.5.29

978-4-7885-1387-7




◆人文系の大学教育の真価をあらわす

編者の心理臨床実践の師匠である神田橋條治先生からの「離」を記録した本書は、刊行以来好調に版を重ね続けるシリーズ既刊書の『対話の技』(8刷)、『対話の世界』(4刷)の完結編となりました。編者の資質が開花する場となった大学の教育現場で繰り広げられた、感受性豊かな学生さんたちとのかかわりの様相は、大学教育における高校までの教育との質的な違いを存分に伝えるとともに、大学教員のありようについて、人文系の教育の真価についても深く考えさせられる内容です。既刊書との併売をよろしくお願いいたします。

対話の調 目次

対話の調 まえがき――「守破離」再考

ためし読み

◆関連書

対話の技

対話の世界

◆書評
2014年10月13日、日本教育新聞

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対話の調─目次
目 次
神田橋條治 まえがき――「守破離」再考
井上信子  著者による「まえがき」

第一部 「守」以前
第一章 不登校女子中学生の成長過程

第二部 「離」、そして新たなる「守」
第二章 「『紫の上』との同一化による自己探求 娘から女性へ」

第三章 「儚く、強く 悠久のときのなかで、わたしを生きる」
   塩谷さんとのかかわり

第四章 「生きた証を残す 師と共に」
   高橋さんとのかかわり

第五章 「リーダーシップの実践 私が掴んだ、確かなもの」
   大﨑さんとのかかわり

第六章 「共鳴する力としての学び」(ラーニング・ポートフォリオ)
   岩楯さんとのかかわり

第七章 「資質を活かした自己実現 『学び』がもたらす自己治癒力」
   山田さんとのかかわり

第八章 「一つづきのいのち」
   眞子さん(仮名)とのかかわり

第三部 道き環る「守破離」
終 章 旅路、そして「離」の世界

梶田叡一 井上信子さんの『対話の調』に寄せて
響き合った仲間たち 288
あとがき 297

装画 奈路 道程
装幀 上野かおる



対話の調― まえがき――「守破離」再考

 月一回ほどの頻度でスーパーヴィジョンに来ていた井上信子さんは、サバティカルの一年を使って、二〇〇〇年四月から二〇〇一年三月まで伊敷病院に国内留学した。彼女の決心が定まったときボクたちは話し合って、井上さんの修学の成果を三分冊に纏め仕上げることを決めた。「守破離」のプロセスを想定していた。一冊目は「守」すなわち井上さんがボクの技を身につけることが眼目でありその成果として『対話の技』(二〇〇一)を上梓した。次は「破」、型を破って個性が伸びてゆく段階である。『対話の世界』(二〇〇四)がその纏めである。そして「離」としての本書が日の目を見る。プランは順調に進んだかに見える。だが、内実は無茶苦茶であった。

 まず、二人の活動野の違いがあった。ボクの世界は「病の治療」であり、技は治療の技である。井上さんは教育機関それも教育者を育成する職場の人である。治療の技は心身のマイナスの現象を探り出し、その原因を同定してしばしば攻撃的に修正する志向を持っている。教育は心身総合体としての個体の特質を見定め、その可能性に賭けるプラス志向の性質がある。もっとも、ボクの治療の技はプラス部分を想定して可能性に賭ける志向をも持っており、井上さんがボクを師に選んだ理由なのだろうが、技の出自の違いは決定的であった。すでに教育者として実績を積んでいる井上さんの経験量が、ボクの技を丸呑みすることに逆らった。「守」を不可能にした。二人の文化背景の違いや人生体験の差異も同様に「守」を妨げた。そうした差異に由来する困難は井上さんを苦しめただろうが、ボクの困惑はさほどでもなかった。指導者としての歴史のなかで似たような状況を体験していたからである。

 深刻なのは井上さんが備えている特殊能力であった。「感染・感応」の資質である。困っている人に直面すると、井上さんの体のあちこちが苦しくなったり、気持ちが萎えたりする。それが必ず目の前の人の体の苦しい箇所や辛い気持ちを言い当ててしまう。「共感」以前の「共振」が生じているのである。それだけに留まらず、相手の歴史や背景までも「意図しないのに」感じとってしまうようなのである。これらは、ボクが長年の工夫と修練の末に確立した技と同じものなので、驚嘆と羨望とが生じた。ただしその能力は技ではなく資質なので常時活動しており、当然健康に悪い。ボクは治療者の作業もせねばならない。自ら羨望している能力にブレーキをかける作業は、ボクのなかに複雑な葛藤を引き起こした。錯綜である。

 そうした事情で、「守」の共同作業のはずが「破」が混入したり、「離」に飛躍したり、師匠のほうが振り回される事態が常となった。困ることが楽しいことだとの修練を積んでいなかったら、とうてい師匠が務まらなかったなあと振り返る。

 そこで本書である。「離」すなわち井上さんが師匠として一本立ちをした活動の記録である。弟子たちの文章を内容の肉の部分にしていることに「離」の叡智を感じる。そして本書の骨格は「守破離」からの「離」であり、同時に「守破離」の常在である。資質の宝庫のような職場にいるせいで、井上さんは様々の優れた資質を弟子にした。彼女たちは「守破離」など意識することなく、ひたすら師匠を敬愛し、教えられたと思い込んでいる道を歩いて行く。「優れた弟子は、師のなかに自分の未来像をみる」という。良き親子関係と同じである。その幻想が破れるまでを「守」とみなす新たなパラダイムを描くことにしよう。「守」のなかにすでに「離」の「種」があるのだろう。発芽の機が熟すまで「守」が破れないように務めるのは師匠の・親の役目である。本書の中で井上さんが弟子の資質を扱いかねて困惑している様子が窺えるので、ボクは昔を振り返ってニコニコしています。

  二〇一四年 四月一四日

神田橋 條治