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馬場公彦 著

現代日本人の中国像
――日中国交正常化から天安門事件・天皇訪中まで


A5判上製402頁

定価:本体4200円+税

発売日 14.5.9

ISBN 978-4-7885-1386-0

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◆日中関係の真の姿が見えてくる!

さいわい高評をいただきました『戦後日本人の中国像』 (二〇一〇年)は、日本の敗戦から文化大革命・日中復交までの、日本の論壇誌における中国論を取り上げて、当時の日本人がどのような中国像を描いていたかを綿密にたどったものです。本書はその続編として、同じ手法により、一九七二年の日中国交正常化から天安門事件、そして一九九二年の天皇訪中までの、日本人の中国像をたどります。日中復交の熱気がさめ、現在は靖国問題、歴史認識問題、尖閣列島問題など、日中間には暗雲がたれこめていますが、いずれの問題もこの時代に胚胎しており、解決の糸口もこの時代の日中関係史をたどることで見えてくるのではないでしょうか。また証言編では、船橋洋一氏、毛利和子氏などの興味深い証言がおさめられています。さらに今回は、台湾との関係、モンゴルとの関係にも一章をさいて、より立体的に中国像を描こうとしています。

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ためし読み

◆著者の本

戦後日本人の中国像

◆書評
2014年5月24日、週刊ダイヤモンド、佐藤優氏評
2014年6月8日、日本経済新聞
2014年6月8日、毎日新聞、張 競氏評
2014年9月27日、図書新聞、楊海英氏評
2014年12月22日、毎日新聞、張 競氏評

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現代日本人の中国像 目次

本書を読まれる方へ

言説分析編
序 章 日本人の中国像の変遷――戦前、戦後、そして現代へ
一 日本人の中国像の解明――「市民外交」「国民世論」という視点から
二 「旧中国」から「新中国」へ
三 本書のねらいと時期区分

第一章 戦後日本人は文革の終わりをどう迎えたか 一九七三―七八年
    ――日中復交から平和条約締結まで
一 混迷する中国政治、足踏みする日中関係
二 脱文革・ポスト毛沢東の行方――批林批孔運動から第一次天安門事件へ
三 中米平和共存・中ソ対立・第三世界外交――「覇権条項」をめぐる国際情勢
四 台湾という視座
五 復縁から蜜月への兆し

第二章 友好と離反のはざまできしむ日中関係 一九七九―八七年
    ――中越戦争から民主化運動へ
一 高まる友好ムード、冷え込む論壇
二 視界不良の中ソ・中米関係
三 改革開放で露わになった中国の異質性
四 関心をひかなくなった中南海の政治動向
五 中国批判の根拠(一)――民主化を求める体制内外の声
六 中国批判の根拠(二)――香港からの情報と台湾からの世論工作
七 きしむ日中関係――対日「媚態外交」と対中「弱腰外交」
八 見失われてゆく紐帯の論理

第三章 天安門事件にいたる道 一九八八―九〇年
    ――日本から見た背景・経過・結末
一 日本からの天安門事件の眺め――当時と今と
二 事件の背景――五四運動の残響のなかで
三 事件の経過――愛国・民主から動乱・鎮圧へ
四 事件の結末――「国際的大気候」と「国内的小気候」
五 国家崩壊論と経済破綻論

第四章 天安門事件以後 反転する中国像 一九九一―九二年
一 経済制裁の継続か解除か
二 ケ小平最後の闘い――いかにV字回復はなされたか
三 浮足立つ香港、冷静保つ台湾
四 復交二〇年の日中関係修復から天皇訪中へ
五 天安門事件を背負って――中国の大国化と亡命者たち
六 反転する日中関係

第五章 戦後日本人の台湾像 一九四五年―現在
    ――対日情報・宣伝・世論工作との関連性をてがかりに
一 視界から消えた台湾
二 「以徳報怨」による道義外交の耐性
三 二度の台湾海峡危機――視界に入り始めた台湾および台湾人
四 日華断交――本格化する対日世論工作
五 日華関係から日台関係へ――対日世論工作の転換
六 形成されつつある対台湾認識経路

終 章 日本人の対中国認識経路を通して見た中国像
一 戦後―現代日本人の中国像 一九四五―九二年
二 同時代日本人の中国像 一九九〇年代―現在
三 対中認識経路をめぐる一〇のアスペクト
四 多彩な論者による豊かな中国像のために

補 章 戦後日本人のモンゴル像
    ――地政学的関心から文学的表象へ
一 戦前のモンゴル研究
二 敗戦によりフィールドを失ったモンゴル研究
三 異民族による中国征服王朝への関心
四 草原の非農耕騎馬遊牧民への郷愁
五 モンゴル独立への心情的加担
六 見失われたままの歴史的リアリティ


証言編
総解説 中国という巨大な客体を見すえて
1 若林正丈 歴史研究から同時代政治へ――台湾社会を見る目
2 西村成雄 変わりゆく中国に埋め込まれた歴史の地層を見据えて
3 濱下武志 地方・民間社会・南から見た中国の動態
4 船橋洋一 改革の陣痛に立ちあって――『内部』の頃
5 毛里和子 同時代中国を見つめる眼――突き放しつつ、文化に逃げず

あとがき
関連年表
事項索引
人名索引
  
  
  装幀――難波園子


現代日本人の中国像 本書を読まれる方へ

 本書は前著『戦後日本人の中国像――日本敗戦から文化大革命・日中復交まで』(二〇一〇年、新曜社)の続編である。前著が一九四五年の敗戦から日中復交がなされた一九七二年までの二七年間を扱ったのに対し、本書は翌一九七三年より天皇訪中の九二年末までの二〇年を扱う。より現在に近い時期を扱うので、タイトルを「戦後日本人」から「現代日本人」に改めた。取り上げる素材、分析方法、叙述の仕方などは前著をおおむね踏襲している。

 とはいえ、本書で抽出した「中国像」は、前著のそれとはかなり様相を異にしている。この差異は、何よりも前著の二七年間が日中断交時期であった(いっぽう台湾の中華民国政府とは国交があった)のに対して、本書は国交がなされた(いっぽう台湾の中華民国政府とは断交した)後の時期であるという違いによるものである。人・物資・情報が直接往来可能な二国間関係と、それが不可能であるか極めて制限されている二国間関係とでは、交流のあり方が根本的に異なり、他者認識のありようも大きく異なってくる。

 ようやく両国間に直接交流の道が開け、書物や想像のなかでしか知らなかった相手の顔を見つめあうようになってから、今までわずかに四〇年を閲したに過ぎない。両国には悠久の交流の歴史があり、長年にわたり培ってきた文化的紐帯が両国の友好の基礎にあると言い慣わされてきた。だが、瞳に映った相手の姿は同質性よりは異質性の方が目につき、最近では誤解が理解を、嫌悪感が親近感を上回りつつある。毒ギョーザ一つで交流が滞り、両国関係が凍りつくほどである。二〇一〇年からの尖閣諸島(釣魚島)問題以降は、両国関係は悪化の一途をたどり、軍事的エスカレーションを招いて、沈静化の兆しがなかなか見えない。両国の紐帯は意外にも脆弱であり、復元力はさほど強くない。両国はまだ稚気に満ちた子ども同士のつきあいさながらだ。良識ある大人のマナーを身につけるには、交流の量的拡大と時間の蓄積と質的深化が足りないのだろう。

 もし国交正常化以降の百年の日中関係史が将来書かれるとしたら、本書で扱った二〇年は、「旧約聖書・創世記」のような神話時代に相当するのかもしれない。以後の二〇年のうちに中国はとてつもなく強大化し、その巨像の成長過程を建国以後の六〇年の歴史へと遡及してみても、把捉することは不可能である。今になってみると、筆者には胡耀邦という人物がとても愛おしい。中国人に敬愛された彼を、日本人はなぜもっと理解しようとしなかったのか、彼の命運がそうであったように、か弱く傷つきやすい日中関係の雛を、巣立ちの日までなぜもっと大事に育くんでこなかったのか。彼のことを想起するとき、胸は切なく痛む。

 さらに前著で果たせなかったこととして、本書では戦後日本人の台湾に対する認識、モンゴルに対する認識についても専論した。これは日本人の中国像を、比較のなかで相対化させることで際立たせてみたいという意図によるものである。

 草創期の日中関係には、今からは想像を絶するような蜜月時代があり、大平正芳・中曾根康弘、かたやケ小平・胡耀邦と、良好な両国関係の樹立に尽力したトップリーダーがいた。その間に継起した出来事を日本人はどう認識し、歴史に刻んできたのか。新しい日中関係の嚆矢となる創世の歴史を、記録としてとどめておきたいという意図が、本書にはある。