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川野健治・八ッ塚一郎・本山方子 編

物語りと共約幻想
――


四六判並製192頁

定価:本体1700円+税

発売日 14.7.15

ISBN 978-4-7885-1385-3




◆語るとは? 語りを受けとめるとは?
 「人は理解しあえるはずだ、理解をめざすべきだ」という願望は、質的心理学研究の動機のひとつです。その一方で、「理解には困難がつきまとう」という現実の経験は、互いが共通の枠組みに基づいて理解することの不可能性を痛感させます。では、研究者はどう挑むのか? 本書は「物語」られたことの内容だけでなく、語るプロセスそのものを対象にとらえます。相手の語りに巻き込まれ、自分の考えや思い込みが根底から揺るがされる「理解」のダイナミズムを、質的研究の共有する「方法」的な基準へと高めることはできないものでしょうか。シリーズ前巻、『インタビューという実践』と併せてお読みいただくことで、質的研究の現場が見えてきます。

物語りと共約幻想 目次

物語りと共約幻想 はじめに

ためし読み
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物語りと共約幻想 目次
「質的心理学フォーラム選書」シリーズへの序文   斎藤清二
はじめに――物語りと共約幻想           八ッ塚一郎

1章 秘密、もしくは立ち上がる主体のために    川野健治
 はじめに――自己紹介?
 1 秘密と対人関係
 2 共約幻想の二つの源流
 3 やぎさんゆうびんと秘密のふるまい
 4 物語りの主体として

2章 理論を帯びた研究、理論という名の方法    八ッ塚一郎
 はじめに――質的心理学における理論の位置
 1 理論と物語りの逆接
 2 方法への展望――了解不能点と物語り
 3 むすび

3章 看護実践はいかに語られるのか?
      ――グループ・インタビューの語りに注目して 西村ユミ

 はじめに
 1 なぜ看護を語る場に参加したのか?
 2 経験した事例を語り継ぐ
 3 看護実践はいかに語られるのか?

4章 語りによる体験の共約可能性      森 直久
 はじめに
 1 記憶の実験室実験研究
 2 社会文化的アプローチ
 3 心理学者、裁判と出会う
 4 環境との接触から体験の意味へ
 5 最後に

5章 ナラティヴの交錯としての紛争           和田仁孝
 はじめに
 1 紛争と物語の構築
 2 紛争過程と第三者の位置

6章 共約と共在――アフリカ牧畜民でのフィールドワークから   作道信介
 はじめに――問題
 1 フィールドワーク
 2 エトットの助言
 3 いつまでも踊っていろ!
 4 イクワイタンの賛美歌
 5 共約と共在
 6 インタビューのなかのダイナミズム

7章 連鎖するプロセス        八ッ塚一郎・川野健治
 1 「共約」と「幻想」の背景
 2 「物語り」とフィールドの両義性
 3 幻想と科学――質的心理学の再発見

8章 問題の再提起とリプライ
  共約可能性の共約不可能性         山本登志哉

  1 本書テーマの素朴な読み取り
  2 各章の実践的な位置
  3 小結

質的研究という営み、論文という物語り    東村知子
  はじめに
  1 理解と語りの限界
  2 研究という営み
  3 論文という物語り

質的研究における「秘密」   荘島幸子
  はじめに
  1 秘密と理解
  2 秘密をめぐるコミュニケーション
  3 おわりに 

質的心理学における共約不可能性の意義     綾城初穂
  はじめに
  1 共約不可能性による主体の現出
  2 共約不可能性による新たな対話の現出
  3 質的心理学の科学性における共約不可能性の意義
編者から                川野健治・八ッ塚一郎

あとがき
文  献 (1)

             装釘=臼井新太郎
             装画=やまもとゆか


物語りと共約幻想 はじめに

 「人は理解しあえるはずだ、理解をめざすべきだ」という願望、あるいは倫理的命題が、質的心理学を駆動する。その一方、質的心理学を支える理論や、具体的な調査の経験は、「理解には根本的な困難がつきまとう」という共約不可能性の問題を痛感させる。

 質的心理学は、こうした矛盾や対立を、むしろ必須のダイナミズムとしている。これをさらに、質的研究の共有する「方法」的な規準へと高めることはできないだろうか。

 物語りに耳を傾けることは、語りに巻き込まれ、当初の研究目的や方針を根底から揺るがされることでもある。研究者としての物語りを揺るがされ、異なる地平に連れ出される経験。そのうえで、記述の仕方や解釈の方法を次々と考えなおし、二度三度と語りの場に立ち戻る経験。重なり合う謎と困難と揺らぎを抱え、絶え間なく模索を続けるプロセスこそが、質的心理学の「正しい」方法のはずだ。

 その意味では、揺らぎのない平板な物語りをつくらないための、方法的な歯止めのほうが必要なのかもしれない。小ぎれいにまとまった物語りは、大切なディテールや本質を、意図せず排除しているかもしれない。研究者という看板とその権威が、共約という幻想を生み出し、こざっぱりした物語りを語り手に強要しているかもしれない。そうした事態を常に警戒し、語りの場で付託される共約への願いに感応しつつ物語りを書きとめるための方法を、質的心理学の共有知見、共有財産にできないだろうか。

 もちろん、質的心理学のフィールドは多彩で、方法の多様さこそがその財産ともいえる。しかし、物語りを、さらには研究者であること自体を問い直し、絶え間ない模索を通して強靱な理解を生み出していく営みには、どこか共通する構えがあるようにも思える。その痕跡を読者とともに読み取り、さらなる対話を深めていきたい。

                                    編者を代表して
                                     八ッ塚一郎