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苧阪直行 編

報酬を期待する脳
――ニューロエコノミックスの新展開


四六判上製192頁+カラー口絵7頁

定価:本体2200円+税

発売日 14.3.15

ISBN 978-4-7885-1378-5

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◆ヒトの経済行動の背後にある神経メカニズムとは?◆

社会脳シリーズ第5巻の配本です。本巻では脳活動からヒトの経済行動を科学的に眺めます。経済行動の原動力の一つは報酬への期待です。グローバルな世界経済を動かしているのも、実体は人々の報酬期待をめぐる心と心の相互作用です。近年脳研究から、経済理論のモデルで予測される結果と、心理要因がからんだ実際の経済行動とのズレを調べ、一見不合理に見える経済的意思決定を合理的に説明することも可能になってきました。欲しいものを買いたいという心は、経済学に聞くよりヒトの無意識に潜む心のはたらきを扱う心理学、あるいは社会脳科学に聞く方が理にかなっている時代が到来しつつあることを、本書は示唆していると言えるでしょう。

報酬を期待する脳 目次

報酬を期待する脳への序

ためし読み
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報酬を期待する脳 目次

「社会脳シリーズ」刊行にあたって
社会脳シリーズ5『報酬を期待する脳』への序

1 神経経済学が社会脳科学に与えるインパクト―――春野雅彦
はじめに
脳の報酬系と強化学習
ゲインとロス
不確実性
分配行動
ニューロマーケティング
おわりに

2 神経経済学が明らかにする社会脳―長塚昌生・二本杉剛・品川英朗・西條辰義
はじめに
利他行動といじわる行動の認知過程の解明
寄付行動における脳内メカニズム
協力行動と前頭葉機能
おわりに

3 報酬と快─生理的報酬と内発的報酬―――渡邊正孝
はじめに
報酬は多様である
サルは見たいもののためには身を切って支払いをする
社会的文脈による報酬の価値の変容
競争に伴う報酬の価値の上昇
嫌悪刺激の除去は報酬となる
異なった種類の報酬とそれに応じる脳部位
残された問題

4 価値の生成とその神経機構―――坂上雅道
はじめに
意思決定とは
線条体─中脳ドーパミン回路と価値の生成
意思決定に関わる2つの神経回路
モデルフリーシステムとモデルベースシステム
推論と前頭前野
おわりに

5 報酬期待の神経科学―――筒井健一郎・小山 佳
はじめに
報酬期待の認知行動学的意義
脳の報酬系
刺激と報酬の連合(刺激の価値)のニューロン表現
行為と報酬の連合(行為の価値)のニューロン表現
価値表現を形成するための強化信号として働くドーパミン
報酬の期待に関係したニューロン活動
脳内における報酬期待の起源
報酬系における3つの情報表現とそれらの相互作用
今後の展望

文献   (7)
事項索引 (3)
人名索引 (1)
装幀=虎尾 隆


社会脳シリーズ5『報酬を期待する脳』への序
─報酬期待の脳内起源を求めて


 本書の中心的テーマは報酬(reward)とかかわる脳内表現である報酬期待(reward expectancy)である。報酬期待は、経済行動の内的原動力の一つとみなすことができる。脳からみた多様な社会の見方の一つとして、本巻ではニューロエコノミクス(neuroeconomics:神経経済)を取り上げ、報酬系から見た人間像を描きだしたい。

 私たちは他者との相互作用の中で生きており、社会脳はその橋渡しの役割を演じている。相互作用はことばを介せば自己と他者の間の会話などのコミュニケーションとなるが、金銭あるいは報酬を介せば自己と他者はある場合には利益を受けるものと与えるものの関係に変換される。グローバルな世界経済を動かしているのも、実体は人々の報酬期待をめぐる心と心の相互作用である。社会脳の研究の理論面で、最も進展している分野はニューロエコノミクスだといえる。というのも、ニューロエコノミクスによって、脳活動からヒトの経済行動を科学的に眺めることができるからである。

 現実の経済の世界は、理論が想定する完全な世界ではなく、心理要因などの影響によって左右されるといわれる。ニューロエコノミクスでは、たとえば経済理論のモデルで予測される結果と、心理要因がからんだ実際の経済行動とのズレを調べることができ、また一見不合理に見える経済的意思決定を合理的に説明することも可能である。つまり、経済活動を担う人々の意思決定がどのような社会的ルールや制度のもとで行われ、好き嫌いなどの感情とどうかかわるのかを、経済行動の動機となる脳の報酬系や報酬期待のはたらきを通して科学的に理解することができるのである。ヒトの場合は、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)などの脳イメージングの方法を用いて、動物の場合は微小電極を用いた方法で、外部からは見えない個人や個体や集団の価値づけを反映した、意思決定の脳内メカニズムを解明することができるのである。

 たとえば、利他行動は、自分の利得を減らして、相手の利得を増やす行動であり、いじわる行動は、自分の利得を減らしてまでも、相手の利得を減らす行動であるが、いずれも経済理論から見れば一見非合理に思われる現象である(関連した問題は本シリーズ第2巻『道徳の神経哲学』でも論じた)。この種の行動は、非合理的だと感じられるが、ニューロエコノミクスではこのような現象の背景にある社会性の心のはたらきも推定することができる。意識的で合理性を旨とする脳が、ときには辺縁系脳の作用で無意識な快・不快などの感情の影響のもとに一見非合理な意思決定をすることがあるが、それも含めて分析してみせるのがニューロエコノミクスである。

 ニューロエコノミクスは経済的な意思決定を社会脳科学から解明する最近生まれたばかりの学問であり、やっと市民権を得ようとしている。思考や感情などの心理を取り入れた経済学として行動経済学(behavioral economics)があるが、これを社会脳科学の切り口で展開したのがニューロエコノミクスといえよう。行動経済学の成果の一つとされている、不確実な状況での意思決定モデルであるプロスペクト理論の影響もその背景に認められる。fMRIなどを用いて、脳のはたらきが報酬系や意思決定を中心に徐々にわかってきたも、この学問の進展を加速させている。

 経済活動の起源を脳の報酬系を軸に考えるのが、ニューロエコノミクスであるといえよう。何かを欲しがる心の背後には報酬期待があり、それを得るには意思決定による選択が必要とされる。消費行動を促す購買のモチベーションを支えるのも報酬期待であり、実際の購買行動を予測するニューロマーケティングと呼ばれる新分野も急速に発展しつつある。ナットソンら(Knutson et al. 2007)によると、商品の写真を見せて価格を示したあとで、その商品を買うかどうかを判断させ、fMRIで脳の様子を観察すると、中脳の側坐核や前頭葉の腹内側領域など報酬系とかかわる領域がポジティブな活動をみせる一方、側頭葉の内側の島皮質などはネガティブな活動を見せたという。また、トゥシェら(Tusche et al. 2010)は商品を無意識に見ている場合でも同様な活動が見られると報告している。。。







。。。事実は、脳が報酬系以外の広汎な領域でも、常に現在をモニターしつつ近未来の報酬をさまざまに前向きに予測していることを示している。さらに、これが前頭前野背外側領域を中心にはたらく、未来への準備行動としてのワーキングメモリのはたらきとつながるものと考えれば、脳内の報酬期待の起源は壮大な人類進化の原動力となって作用してきたといえるだろう。本巻のタイトルでもある「報酬を期待する脳」はまさに人類が、現在を通して未来を志向している存在であることを示している。報酬期待は自閉症、統合失調症、うつや認知症など現代に生きる人々を苦しめる社会適応障害を改善するためにも大きなヒントとなると思われる。今後、報酬系の研究が社会脳研究の広汎な領域に発展してゆくことを期待したい。

 引用した諸文献については、各章の文献リストを参照していただきたい。本巻についても編集上でお世話になった新曜社の塩浦ワ氏に感謝を表したい。

苧阪直行


[1]本書ではニューロエコノミクス(neuroeconomics)と神経経済学は同じ意味で使っている。最近は、ニューロエコノミクスという表現が神経経済学より一般的になってきた上、ニューロエコノミクスという用語は行動経済学(behavioral economics)と神経経済学を分けて考える上で都合がよいので、とくに序論ではもっぱらこの用語を用いた。
[2]前頭前野背外側領域は前頭葉の外側面に対応しDLPFC (dorsolateral prefrontal cortex)と表記され、一方前頭前野内側領域は内側面に対応しMPFC (medial prefrontal cortex)と表記される。DLPFCはワーキングメモリの実行系機能とかかわり、MPFCは他者の心の推定などのはたらきとかかわると考えられている(詳しくは第3巻『注意をコントロールする脳』参照)。