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森口佑介 著

おさなごころを科学する
――進化する乳幼児観


四六判上製320頁

定価:本体2400円+税

発売日 14.3.10

ISBN 978-4-7885-1374-7

cover


◆心理学は乳幼児理解をどのように進化させてきたか?◆

乳幼児とは、どのような存在でしょうか。子どもの豊穣な世界や大人との違いについて、教育者だけでなく文学者から哲学者まで、さまざまに述べてきました。しかし、それらは、子どもの心の世界を客観的に検証したものというより、自分の経験や信条の上に立つ見方であったと言えるでしょう。本書は、人間の心を科学的に検討する発達心理学の視点から、乳幼児の心(おさなごころ)が大人の心とどう異なるのかを、研究の歴史的展開を追いながら、見てゆきます。乳幼児研究の基本をわかりやすく解説しながら、最先端の知見も紹介する、乳幼児心理学を学ぶ入門書としても最適です。しかし入門に止まりません。本書は、乳幼児への見方を一変する読書体験となるかもしれません。

おさなごころを科学する 目次

おさなごころを科学する はじめに

ためし読み

◆書評
2014年4月6日、朝日新聞、佐倉統氏評
2014年6月15日、新潟日報、鈴木光太郎氏評
2014年7月、日経サイエンス
2015年1月6日、朝日新聞、鈴木光太郎氏評

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おさなごころを科学する 目次

目  次

はじめに
発達心理学からみた乳幼児観/乳幼児研究の過去と現在、未来をつなぐ

第1部 無能な乳幼児
第1章 無能な乳幼児
遺伝と環境/デカルトの生得観念/白紙としての乳幼児/植物としての乳幼児/進化論と発達心理学/ダーウィンの乳幼児観/遺伝も環境も大事/わが国における乳幼児観/本章のまとめ

第2章 活動的な乳幼児
科学的に観察する/ピアジェ以前の発達心理学/偉大な心理学者ボールドウィン /ピアジェの乳幼児観/ピアジェ理論の肝/段階発達/身体で考える/対象の永続性/A.ノット.Bエラーをめぐる議論/幼児期の自己中心性/中心化/アニミズム、実念論、人工論/批判されるピアジェ/本章のまとめ

第3章 かわいい乳幼児
アタッチメント/乳幼児は積極的に親を求める/アタッチメントの個人差/ベビースキーマ/かわいい乳幼児と不思議な大人の行動/乳幼児は「なぜ」かわいいのか/本章のまとめ

第2部 有能な乳幼児
第4章 有能な乳幼児
乳幼児の視線に注目する/乳児の視線実験/乳児向け実験装置/有能な乳幼児の知覚能力/有能な乳幼児の物体認識/有能な乳幼児の数認識/領域固有性/コアノレッジ理論/素朴理論/論理的な乳幼児/統計する乳幼児/乳児と幼児の食い違い/本章のまとめ

第5章 社交的な乳幼児
ヴィゴツキーの乳幼児観/発達の最近接領域/精神間から精神内へ/心の理論/いかにして心の理論は獲得されるのか/日本人の誤信念理解/新生児期の他者認識/社会的随伴性/他者の目標理解/三項関係/9か月革命/他者から学ぶ乳幼児/1歳以降の他者認識の発達/鏡に映った自己/原初的な自己/乳児における誤信念理解/「有能な乳幼児」への疑念/本章のまとめ

第6章 コンピュータ乳幼児
ピアジェ理論の問題点/情報処理理論/ワーキングメモリと実行機能/新ピアジェ派/新ピアジェ派とピアジェ課題/問題解決方略の発達/幼児期のワーキングメモリと実行機能/乳児期のワーキングメモリと実行機能/長期記憶の発達/幼児健忘を科学する/コネクショニズム/ニューロンの性質/コネクショニズムの基本原理/情報処理理論とコネクショニズムの違い/A.ノット.Bエラーとコネクショニズム/コネクショニズムと生得性/本章のまとめ

第3部 異なる乳幼児
第7章 脳乳幼児
脳の基礎知識/脳研究の方法論/胎児期の脳発達/胎児の心の世界/出生後の脳発達/脳の構造発達/脳の機能的発達/前頭葉機能の発達/社会脳の発達/異なる乳幼児/知覚の刈り込み─言語/知覚の刈り込み─顔/共感覚/臨界期と敏感期/言語発達の敏感期/絶対音感/本章のまとめ

第8章 仮想する乳幼児
進化心理学/子どもは小さな大人ではない/空想の友達/空想の友達にまつわる誤解/ふり遊び/ふり遊びの発達過程/魔術的思考/空想の友達に見られるリアリティ/空想上の他者検出/宗教の認知科学/空想の友達を可視化する/スケールエラー/仮想的な乳幼児と認知発達/本章のまとめ

第9章 進化する乳幼児

おわりに

文  献

事項索引

人名索引
 
装幀=難波園子


おさなごころを科学する はじめに

ぼくの幼年時代は《時間》の意識(そしてそれが狂った駿馬のように早く過ぎることにたいする意識)とともに終わった。
詩人は言う。幼年時代でなければ、人がもはやないというようなものが他にあるだろうか、と。
(コンフィアン『朝まだきの谷間』p.225)

 クレオール文学の作家、ラファエル・コンフィアンの『朝まだきの谷間』の締めくくりの一節です。民族的にも言語的にも複雑な背景を抱える作家が自身の幼年時代に基づいて書いたこの作品は、幼年時代の世界を鮮やかに描ききるとともに、子どもの世界がいかに特別であるかを私たちに教えてくれます。フランスの外交官であり、ノーベル文学賞を受賞したサン=ジョン・ペルスの『頌エロージュ』から引用した最後の一文を読むと、私たちはかつての自分を思い出さずにはいられません。
 また、同じクレオール文学の作家であるパトリック・シャモワゾーは、その作品の中で子どもが大人になる過程について、以下のように述べています。

大人に向かう道は改善のプロセスではなく、自分の存在原理をいつも措定する感性的状態の周辺に、おもむろに皮膜を堆積するプロセスである。人は幼年時代を離れられないままに、現実を、人が現実だというところのものを信じるようになる。現実とは堅固で、安定し、しばしば直角定規で線が引かれ─座り心地のいいものだ。しかし本当にあるがままの現実は(幼年時代はそれをごく身近に知覚しているのだが)可能態と不可能態の複雑で、居心地の悪い一種の爆燃である。成長するということは、そうした爆燃の知覚を身に引き受ける力がなくなることだ。あるいは、そうした知覚と自己との間に一つの心的皮膜の楯を立てることだ。
(シャモワゾー『幼い頃のむかし』p.81)

 幼年時代を描写したみずみずしくテンポの良い詩的な文章の中に、子どもの発達に関する考えが述べられている点が興味を引きます。これらの本で述べられているように、子どもの頃、世界はもっと私たちに身近で、鮮明だったように思えます。太陽はまぶしく、草木の緑は濃く、水は本当に青い色をしていました。虫と会話をし、小人の足跡を見つけ、神様の存在を感じることができました。幼い頃の世界が大人になった今とは異なった質感を持つというのは、多くの人が同意することかもしれません。そうでなければ、なぜ、大人が、スタジオジブリの『となりのトトロ』の虜になり、笑い飯の漫才『鳥人』を見て笑いを堪えきれないのかの説明がつかないように思えます。私たちは、遠い昔には、そのような不思議を、そのような鮮烈さを、何の疑問もなく受け入れていたのでしょう。大人に向かう道の中で、その感覚を失ってしまったのです。詩人などの一部の人間だけが、その感覚を大人になっても保持し、表現できるのかもしれません。 二人の作家はおさなごころについての一つの捉え方を呈示しています。ですが、彼らの美しい文章は強い説得力を持つものの、特別な子どもの、特別な世界が描かれている可能性は否定しきれません。普通の子どもたちも、このような世界を生きているのでしょうか。筆者の研究テーマは、この問題を客観的に検討することです。
 似た議論は、教育学や社会学の分野でなされてきました。子どもの豊穣な世界や大人との違いを議論し、子どもに対する見方を「子ども観」という言葉で表現します。たとえば、ルソーに端を発した教育学における子ども観にはこのような見方が散見されますし、児童学者の本田氏は、『異文化としての子ども』で和歌や資料を解釈する中で、大人と子どもの世界の異質性を強調しています。このような子どもを解釈する試みには、子どもに対する新しい見方を提示するという重要な意義がありました。
発達心理学からみた乳幼児観

 本書は、子ども観についての本とは異なります。最大の違いは、筆者の専門が発達心理学である点です。発達心理学は、人間の心が生涯を通じていかに変化していくかを扱う学問です。特に、筆者は、乳幼児の認知機能を科学的に検討しています。ここでの科学的とは、再現性や反証可能性を持ち、哲学者伊勢田博士が言うように、研究対象を、最も信頼できる手段を用い、慎重に調べることと定義します。本書はこの定義に基づき、乳幼児の認知機能を扱う試みが、どのように変遷を遂げていったかを紹介します。
「子ども観」の研究は、比較的広い範囲の子どもを扱っている印象がありますが、本書で扱うのは、主に乳幼児です。乳幼児は十分に言葉が発達していないので、自分の考えや気持ちを直接的に表現することはできません。また、かつて私たちは乳幼児であったにもかかわらず、その頃のことを覚えていません。そのため、かつては、乳幼児は知ることも、考えることもできないとされていました。このような乳幼児が実際には何を考えているのかを調べることは、非常にエキサイティングな試みなのです。
 本書では、おさなごころについての見方を「乳幼児観」という言葉で表現し、乳幼児観の歴史的変遷と筆者の乳幼児観を述べます。その際に、本書では、理論、証拠、方法論の3点を考慮します。本書における理論とは、乳幼児観に通底する考え方のことです。証拠は、その理論を支持する根拠を指します。過去の学者たちが、いかなる根拠を基に乳幼児観を提唱していたかを検討します。方法論は、どのような方法論を用いて、乳幼児の心を記述してきたかというものです。

乳幼児研究の過去と現在、未来をつなぐ

 本書は、乳幼児研究の初学者の方が理解できるように、基本的な内容を含んでいます。一方で、後半では、執筆時点での最先端の知見も含んでいます。本書の目的の一つは、乳幼児研究を主導してきた先人たちの研究と、現在実施されている研究、そして将来の研究を結びつけるところにあります。ドイツの初代首相のプロイセンの言葉に「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というものがあります。偉大な先人たちがいかに研究を進め、どのように発展させてきたかを学ぶことは、学問の進展においてもきわめて重要なことだと考えます。
 本書は、3部構成です。第1部は、第1章から第3章までで、「無能な乳幼児」観についてです。これらは、古典的かつ素朴な乳幼児観です。第2部では、実験的な乳幼児研究に基づいた「有能な乳幼児」観について紹介していきます。これらが、現在の主流の乳幼児研究です。第3部は、「有能な乳幼児」観の先にある乳幼児観について考え、「異なる乳幼児」観を提案します。
 この本を読む前に、読者の皆さん自身の乳幼児観を考えてみてください。本書のどの部分と同じでしょうか。以下の一文を埋めた上で、乳幼児観の変遷を探る試みにお付き合いください。

 乳幼児は             な存在である。