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田中雅史 著

幻滅からの創造
――現代文学と〈母親〉からの分離


四六判上製314頁

定価:本体3400円+税

発売日 13.10.25

ISBN 978-4-7885-1360-0

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◆退行と喪失から心の成長へ◆

現代の日本文学には、主人公の心の闇は影の部分を描いたファンタジーが多く、人気もあります。宮部みゆき、村上春樹、梨木香歩など、心の深い部分を掘り下げるタイプの作家たちです。本書は、宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー』、村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、梨木香歩『裏庭』、松本大洋『鉄コン筋クリート』、長野まゆみ『少年アリス』などの作品を取り上げて、クライン、ウィニコット、クリステヴァなどの前エディプス期の精神分析理論によって、かれらの作品の真の意味に迫ろうとします。主人公が〈母親〉からの分離による「幻滅」を経て、いかに世界のもつ意味を新たに創造していくかを描いているというのですが、フロイト、ユングなどとはまた違った分析で、現代文学に「新しい読み」を拓く気鋭の意欲作といえましょう。

幻滅からの創造 目次

幻滅からの創造 あとがき

ためし読み
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幻滅からの創造 目次

まえがき

序 章 前エディプス期の心の世界と文学研究
1 精神分析的文学研究と前エディプス期の理論
2 母親から分離する不安を「抱える」プロセス
3 分離をもたらす前エディプス期の第三項

第一章 精神内界的「幻界」の旅
――宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー』
1 ワタルとミツルの投影同一化と迫害的な分身
2 「悪」の統合と第三項

第二章 失われたものと取り戻せるもの
――村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
1 分裂した世界と包容的・迫害的対象
2 登場人物の対話と第三項

第三章 傷ついた心と影の統合
1 少年たちの心の絆と分離――『龍は眠る』『鉄コン筋クリート』『少年アリス』
2 心の「傷」と向き合う少女――梨木香歩『裏庭』


用語解説
あとがき
参考文献表
索引
装幀――虎尾隆


幻滅からの創造 あとがき

この本はこれまで何年にもわたって私が考えてきた、前エディプス期の精神分析理論を使った文学作品の分析についてまとめたものである。

私はもともとイギリス・ロマン派の自然観の影響を、明治以降の日本文学のなかにたどるという研究から出発した。そこから、独自の無意識観をもとに幻想的な作品を書く萩原朔太郎、夢野久作、安部公房などの作家を研究するようになった。この本で素描したような方法を使うきっかけになったのは、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』を読んだことである。グイグイ引きこまれながらもなかなか進展しないストーリーにとまどったが、描かれている内容がウィニコット、対象関係論、自己心理学などを強く連想させるものだったので、そうした理論を使えばこの暗示的な作品の解釈が相当に進むのではないかと考えた。

だが、実際に村上春樹や他の作家の作品で分析を試みてみると、対象関係論などの前エディプス期の理論はそのままでは使いにくいことがわかった。理論のヴァリエーションが多い上に、治療のなかで出てきた材料の解釈が、クライアントと分析家を両方含む臨床場面のコンテクストに大きく依存しているからである。

そこで本書では、前エディプス期の精神分析理論を文学作品に応用するための方法論的な足場を組むところから始め、その後多くの作品にそれを適用して、その有効性を示そうと考えた。心の深い部分を掘り下げるタイプの作家の愛読者の方々が、本書で示したような読み方によって作品の新たな魅力を発見していただけるならば、私としても満足である(なお、文献を引用する際に、ルビなどは適宜省略した)。

  *

本書の原型は、私が二〇〇九年度に国内研究で、京都大学こころの未来研究センターに研修員としてお世話になっている時にできあがった。センターの鎌田東二氏に深く感謝申し上げる。また、心理臨床やカウンセリングの実際というものがなかなか実感としてつかめなかった私に、国内研究中にそれに触れる機会を与えていただいた甲南大学大学院の心理臨床分野の方々にも感謝したい。

人文系の学術出版の情勢が厳しいなか、本書を出版していただいた新曜社の渦岡謙一氏に心より感謝したい。また、出版に関する多くのアドバイスをいただいた同僚の田中貴子氏にも深く感謝申し上げる。

なお、本書は甲南大学から伊藤忠兵衛基金出版助成(二〇一三年度)の交付をいただいたことにより、出版することができた。ここに記して謝意を表したい。また、出版助成の申請などについてアドバイスをいただいた、同僚の塚本章子氏にも深く感謝したい。校正作業では石丸志織氏にお世話になった。たいへんありがたく思っている。本書を出版することができたのは、こうした多くの方々のおかげである。

  *

本書を書くうちに芸術作品における象徴化の問題の奥深さに心を揺さぶられた。タイトルの『幻滅からの創造』の「幻滅」とは、本文中でも触れたウィニコットの「脱錯覚」のことである。幻滅=脱錯覚で喪われる〈母親〉の代わり(象徴)を求めて、芸術が創造される。また、本書で取り上げた『ブレイブ・ストーリー』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『裏庭』などの作品は、主人公が幻滅=脱錯覚を経て、世界のもつ意味を新たに創造するプロセスを描いている。『幻滅からの創造』というタイトルは、このような意味を込めてつけられた。今後は絵画作品なども含めて、前エディプス的な内面の波動と芸術的表現の結びつきについて研究を進めていきたい。

 二〇一三年九月二日 雨の神戸にて

田中雅史