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阿部純一郎 著

<移動>と<比較>の日本帝国史
――統治技術としての観光・博覧会・フィールドワーク


A5判上製388頁

定価:本体4200円+税

発売日 14.4.14

ISBN 978-4-7885-1359-4




◆国民国家と学知の共犯関係◆

19世紀後半、グローバリゼーションの波が日本にも訪れ、国際旅行や異文化のモノやヒトを眼前に集めることが容易になり、それらを一望のもとに「比較」する視点が誕生しました。異郷を訪ねる「観光」、異文化を集合させる「博覧会」、他社会を調べる 「フィールドワーク」 。今日ではその差異が強調され、別個に論じられる3つの「比較」の場ですが、筆者は帝国期日本の学知や政策的思考の下で、これら3つの「比較」が実質的に互換可能なものとして重なり合いつつ実践されていたことを指摘します。植民地帝国体制を揺るがす契機となりうる「比較」がいかに管理され、逆に日本のナショナリズムを支える統治技術になりえたか。帝国期に生きた人々の想像力と社会的経験に迫り、ナショナリズム研究・知識社会学に新たな理論視角を拓く一冊です。

<移動>と<比較>の日本帝国史 目次

<移動>と<比較>の日本帝国史 謝辞

ためし読み

◆書評
2014年7月19日、図書新聞、坂野徹氏評

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<移動>と<比較>の日本帝国史 目次

序章  はじまりの拉致

第一章 理論視角――移動・比較・ナショナリズム
 第一節 初期グローバリゼーションと帝国期日本のナショナリズム
 第二節 ナショナリズム研究における「移動性」という視角
   第一項 移動論的転回
   第二項 旅と比較――B・アンダーソンのナショナリズム論
   第三項 帝国の緊張
 第三節 比較の帝国

第二章 「人類」から「東洋」へ――坪井正五郎の旅と比較
 はじめに――旅する人類学者
 第一節 身近なものを収集する――日本人類学における「比較」の縮小
 第二節 「人類の理学」という構想――坪井正五郎による比較の手法と「人種」言説
   第一項 「陳列」論――科学的な陳列とは何か
   第二項 「分類」論――何のための分類か
   第三項 「人種」論――黄禍論と進化論の争い
 第三節 「東洋」の領土化――鳥居龍蔵の「東洋人種学」構想
   第一項 人類学と人種学を分離する
   第二項 人類から東洋へ――フィールドの限定と占有
 第四節 「人類」学から「東洋人種」学へ

第三章 フィールドワークにおける「リスク」と「真正性」――鳥居龍蔵の台湾・西南中国調査
 はじめに
 第一節 リスクと真正性
 第二節 一九世紀後半の海外フィールドワークの社会的基盤
 第三節 孤独な観察者――学術探検と民族誌の創造
 第四節 フィールドにおける「民族接触」と「異種混交性」――西南中国調査を中心に
   第一項 危険な真実
   第二項 風景と民族性
   第三項 民族接触としての観察
 第五節 「探検」という遺産

第四章 フィールドとしての博覧会――明治・大正期日本の原住民展示と人類学者
 第一節 移動する村
 第二節 明治・大正期日本の原住民展示――人類館を中心に
 第三節 原住民展示の「学術性」――視覚・比較・一望監視装置
 第四節 「見世物」化する展示、問い直される「真正性」
 第五節 原住民展示の「真正性」――〈博覧会〉と〈フィールド〉の裂け目へ
 小括

第五章 「台湾」表象をめぐる帝国の緊張129――第五回内国勧業博覧会における台湾館事業と内地観光事業
 第一節 誤解の構造――植民地パビリオンの「文明/未開」図式を再考する
 第二節 児玉・後藤統治時代の植民地経営の課題
   第一項 台湾総督府の問題認識
   第二項 台湾協会の問題認識
 第三節 視覚教育としての博覧会――台湾館事業と内地観光事業の狙い
 第四節 台湾館の成立過程
   第一項 計画中止と代替計画
   第二項 なぜ単独のパビリオンにこだわったのか――〈異域〉としての台湾
 第五節 「帝国の緊張」の忘却

第六章 「比較」という統治技術――明治・大正期の先住民観光事業
 はじめに
 第一節 観光と先住民統治
 第二節 明治・大正期の内地観光事業
   第一項 権力を飼い馴らす――政策意図・参加者・目的地
   第二項 観光と農耕民化政策
 第三節 内地観光の衝撃
   第一項 脅威としての日本
   第二項 観光団という見世物
   第三項 不平等の知覚

第七章 「比較」を管理する――霧社事件以後の先住民観光事業
 第一節 観光と比較
 第二節 観光地の選別――都市観光から農村観光へ
   第一項 比較への無関心
   第二項 行き過ぎた文明化
 第三節 観光者の選別――老蕃から青年団へ
 第四節 恥辱の埋め込み
 第五節 「日本化」と「未開化」のダブルバインド――台湾博覧会の展示に注目して

第八章 フィールドワークとしての観光、メディアとしての民族――小山栄三の観光宣伝論と日本帝国の国際観光政策
 はじめに
 第一節 帝国と移動する人々――移民・観光・フィールドワーク
 第二節 フィールドワークとしての観光
 第三節 メディアとしての民族――外国人招請事業を手がかりに
 第四節 民族接触と帝国秩序
   第一項 接触領域の管理とナショナルな自己呈示
   第二項 征服者の征服――境界侵犯への不安
   第三項 帝国を循環させる
 小括

第九章 「日本化」と「観光化」の狭間で――『民俗台湾』と日本民藝協会の台湾民藝保存運動
 はじめに
 第一節 ポスト・コロニアル時代の『民俗台湾』論争
 第二節 戦時下台湾の自然・文化保存政策と『民俗台湾』
 第三節 台湾民藝の骨董品化――「民藝解説」を中心に
 第四節 『民俗台湾』と日本民藝協会の連帯
 第五節 台湾民藝の「芸術性」と「歴史性」の相克
 第六節 三つの「地方文化」構想
 第七節 日本帝国史の脱中心化に向けて

結語  比較と植民地的想像力
年表 本書で扱った主な出来事

謝辞
参考文献一覧
索引
     装幀――難波園子


<移動>と<比較>の日本帝国史 謝辞

 本書は、二〇一〇年度に名古屋大学大学院環境学研究科に提出し学位を授与された博士論文『帝国期日本のネイション形成と人種・民族研究の学知形成に関する移動論的研究――日本と台湾の博覧会事業および観光政策に注目して』をベースに、大幅な加筆・修正を加えた論考である。

 本書の公刊に至るまでには多くの方々のお世話になった。ここに記して感謝の言葉に代えたい。

 私が学部二年生のときに名古屋大学文学部社会学研究室に赴任された西原和久先生には、以後一〇年間の長期にわたり指導教官として多くのことを教えていただいた。私が社会学、特に学説史や社会理論の面白さを知ったのは西原先生を通してであり、あのとき先生に出会わなければ、研究者としての今の自分はなかったといってよい。本書の元になる博士論文の執筆過程においても、史料分析に埋没し、ともすれば自宅や図書館に閉じこもりがちであった私に、現代的な(actual)課題に取り組むことの重要性をくりかえし説き、国内外のさまざまな場で発表する機会を与えていただいた。さらに博士論文提出後は出版社のご紹介までしていただき、本当に何から何までお世話になった。

 歴代の名古屋大学の先生方からも、さまざまな場面で懇切丁寧なご指導をいただいた。博士論文の副査である川田稔先生、河村則行先生、上村泰裕先生には、けっして読みやすい論文構成ではなかったにもかかわらず、細部に至るまで綿密な検討を加えていただき、自分自身でさえ気づいていなかった今後の研究の可能性についてもご助言をいただいた。本書のために論文全体を見直し、各章を新たに配列しなおすうえで、先生方のお言葉は大きな指針になった。また戦前の人類学調査について初めて発表した際、田中重好先生からいただいた建設的なコメントの数々は、当時博士論文のテーマ設定に思い悩んでいた私にとって、論文執筆に向けた強い後押しになった。さらに丹邉宣彦先生は、議論の新規性を追い求めるあまり強引な論理展開に向かいがちであった私に、先行研究・史料解釈の丹念なレビューという堅実かつ基礎的な作業を踏むことの大切さを教えてくださった。最後に、故・板倉達文先生からは「古典」と向き合うことの大切さを学んだ。私が本書において、B・アンダーソンというナショナリズム研究の「古典」に無謀にもチャレンジしたのは、先生の教えを私なりに解釈して出した答えであった。

 大学院生時代にすばらしい先輩方や同期の研究仲間に恵まれたことも幸運だった。私が修士課程に進学した当時の西原研究室は、理論研究の可能性を確信し、グローバリゼーション、国家、移民、市民権、差別問題などに果敢に取り組んでいる研究者が集う場であった。李晟台、保坂稔、杉本学、郭基煥、徳久美生子、渡辺克典、佐藤直樹の各氏からはゼミや西原先生が主催する研究会「グローバル社会理論フォーラム」での発表・対話を通して、現代の複雑な諸問題を解くうえで社会理論がもつポテンシャルの深さを教えていただいた。なかでも渡辺克典氏は、歴史社会学的なアプローチを志向する私にとって、ゼミ内でもっとも頼りになる先輩であり、博士論文の執筆段階から本書の公刊に至るまでの各段階において、つねに的確かつ本質的なアドバイスをしていただいた。また氏が司会を務めた二〇一二年度の日本社会学会大会・若手企画テーマ部会「歴史/国家/社会」では、本書の核となる日本帝国史における〈移動〉と〈比較〉の問題系について発表する機会を与えていただき、コメンテーターの荒川敏彦、石原俊両氏から、本書の射程と、詰めるべき論点について再点検をうながす有益なコメントをいただいた。

 新曜社の髙橋直樹氏には、近年の学術書をとりまく厳しい出版事情にもかかわらず、本書の出版を快く引き受けてくださったことを心から感謝している。本書の記述が少しでも読みやすいものになっているとすれば、それはひとえに私の文章のクセや論理の飛躍を事細かに指摘し、終始一貫して丁寧にサポートしてくださった氏のおかげである。

 最後に、大学入学以来つねに最大の理解者として経済面・精神面で支えてくれた両親と、いつ終わるとも知れない私の話に辛抱強く付き合ってくれた妻に、この場を借りてお詫びと感謝を述べさせていただきたい。

  二〇一四年二月 星が丘にて阿部純一郎