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やまだようこ・麻生 武ほか 編

質的心理学ハンドブック
――


A5判上製600

定価:本体4800円+税

発売日 13.9.5

ISBN 978-4-7885-1354-9

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◆質的心理学会10周年記念出版!◆

質的心理学は、従来の量的な研究とは異なる発想に立って、人々の行動をその文脈や意味に即してとらえる学問です。心理学だけではなく、社会学、人類学、哲学、医学、看護学、教育学、保育学、文学、歴史学、経済学など他の多くの人間科学と連動しつつ、学問横断的に急速に発展しています。近年の質的研究に関する本の増加が端的に示しているように、研究者ばかりでなく、学生たちの関心もますます高まってきました。本書は、日本質的心理学会が総力を挙げて編纂した、日本初のハンドブックです。この新しい学問である質的研究や質的心理学の「ものの見方」「方法論」の特徴を明確にするとともに、「実践性」を重んじて、それによって実際に何ができるのかを具体的に示しました。初学者から専門家まで、座右において常時参照するにふさわしい一冊です。

質的心理学ハンドブック 目次

質的心理学ハンドブック はじめに

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質的心理学ハンドブック 目次
はじめに

T部 質的心理学の理論と歴史

1章 質的心理学とは何か
1節 質的心理学の核心  やまだようこ
1-1 変革としての質的研究
1-2 質的心理学の基礎にある「ものの見方」
1-3 意味づける行為とナラティヴ
【参考書】

2節 質的心理学の歴史  やまだようこ
2-1 古くて新しい質的研究
2-2 質的研究の源流と流域 ― 実体概念から関係概念へ、個体概念
   から文脈概念へ
2-3 質的心理学の古典と現在
2-4 日本質的心理学会創設にいたる志
【参考書】

3節 質的研究の認識論  渡辺恒夫
3-1 認識論的解読格子
3-2 認識論的対立の原型と質的認識論の源流
3-3 認識論的転回と質的心理学の展開
3-4 まとめ
【参考書】

4節 質的研究の倫理  能智正博
4-1 研究倫理とは何か
4-2 データ収集に先立つ倫理的配慮
4-3 研究の場の設定に関わる倫理
4-4 研究実施段階における関係の倫理
4-5 個人情報の扱いに関する倫理
4-6 まとめ ― 重層的なナラティヴとの対話に向けて
【参考書】

2章 質的心理学の理論
1節 心理と行動に関わる理論  サトウタツヤ
1-1 理論とは何か
1-2 存在論・認識論・メタ理論・方法論
1-3 自己論と社会構成・自己変容と臨床心理
1-4 社会構成主義とナラティヴ・ターン
1-5 時を扱う心理学理論と場を扱う心理学理論
1-6 記号の理論と質的心理学
1-7 まとめ ― 時代と理論
【参考書】

2節 現象学的な理論とその展開  西村ユミ
2-1 事象の内側からの探究
2-2 理性にまつわる問題系
2-3 現象学が生まれた必然性と現象学を求める必然性
2-4 フッサールの現象学、その発展
2-5 現象学の継承の方向性と質的研究
2-6 フッサール現象学の継承と発展
2-7 現象学を手がかりにすること
【参考書】

3節 言語とテクストをめぐる理論  小島康次
3-1 「記号」から「記号機能」へ
3-2 古典的記号論を超えて ― テクストと解釈の世界へ
3-3 質的研究におけるポリフォニーとしての対話
3-4 ポストモダンとしての言語 ― ナラティヴ・アプローチ
3-5 ポスト構造主義者ラカンの記号論
【参考書】

4節 社会と文脈を重視する理論  樫田美雄
4-1 「社会」と「文脈」を重視する理論としての社会
4-2 社会構築主義的諸研究の現在
4-3 フェミニズム ―「社会的に構築された女性差別」批判から
  「性体制」批判へ
4-4 障害学 ―「医学モデル」批判から周辺的諸カテゴリー批判へ
4-5 思考実験 ― 「フェミニズム」と「障害学」の交錯場面の検討
4-6 まとめ ― 社会構築主義論争史を検討すると質的研究がしやすくなる

【参考書】

U部 質的心理学の方法論

3章 フィールド研究と参与観察
1節 フィールドへの参入と参与観察  柴山真琴
1-1 エスノグラフィーとは
1-2 エスノグラフィーの来歴
1-3 エスノグラフィーの方法論的特徴
1-4 良質な観察のあり方
1-5 良質な厚い記述とは何か
1-6 エスノグラフィー研究の真価
【参考書】

2節 相互行為分析と談話分析  山田富秋
2-1 相互行為分析と会話分析
2-2 道具的知識としての方法の知識
2-3 フィールド研究としてのエスノメソドロジー
2-4 まと
【参考書】

3節 フィールドにおける発達的研究  麻生 武
3-1 質的な研究法と量的な研究法との関係
3-2 歴史的な時間軸と質的な研究
3-3 目の前で生成している現象の観察と記述
【参考書】

4節 実践志向の質的研究の成り立ち  無藤 隆
4-1 質的研究の倫理性とは
4-2 日本の質的研究の前史としての思想の流れ
4-3 1960年代におけるミクロな心理的対人相互作用的基礎を求める
   転回点
4-4 保育・教育現場への関わりにおける実践研究
4-5 質的方法論の蓄積
4-6 方法的ブリコラージュとしての実践志向の質的研究者とは
4-7 混合法の成立へ
4-8 学界のポリティクスと質的研究の今後
4-9 暫定的結論とは
【参考書】

5節 フィールドにおける学習・教育研究  藤江康彦 
5-1 学習・教育の現場における質的研究とは何か
5-2 学習・教育の現場に調査者はどのような目を向けてきたか
5-3 学習・教育の現場への参与と倫理
【参考書】

4章 ナラティヴ研究とインタビュー
1節 ナラティヴとは  森岡正芳
1-1 ナラティヴの基本的視点
1-2 ナラティヴ視点を活かす
1-3 ナラティヴを基本とする研究の導入
1-4 まとめ
【参考書】

2節 インタビューの概念  川島大輔
2-1 インタビューの歴史
2-2 インタビューが迫るもの ― インタビューの概念とメタファー
2-3 インタビューの類型 ― 構造、形式、人数による区別
2-4 インタビューの具体的研究法
2-5 インタビューの概念再考 ― むすびに代えて
【参考書】

3節 インタビューの方法  徳田治子
3-1 質的研究におけるインタビュー法の展開
3-2 インタビューのデザイン
3-3 インタビューの実施
3-4 インタビュー場面での問い方と聴き方
3-5 まとめ
【参考書】

4節 ナラティヴ・テクストの分析  能智正博
4-1 ナラティヴ・テクストの分析の位置づけ
4-2 ナラティヴの内容から意味の構造へ
4-3 ナラティヴ・テクストの形式への注目
4-4 ナラティヴの生成過程を捉える
4-5 ナラティヴ・テクストの分析のこれから
【参考書】

V部 社会実践としての質的心理学

5章 実践とともにあるアクションリサーチ
1節 アクションリサーチの哲学と方法  八ッ塚一郎
1-1 レヴィン再考
1-2 「リサーチ」の哲学 ― 科学哲学者としてのレヴィン
1-3 「アクション」の構造 ― 亡命者と研究のサイクル
1-4 問いとしてのレヴィン
【参考書】

2節 コミュニティと産業・組織におけるアクションリサーチ
   永田素彦

2-1 アクションリサーチのミニマムな特性
2-2 アフター・レヴィン
2-3 合意形成のアプローチ ― ナラティヴの力を活かす
2-4 当事者による理論の活用を促すアプローチ
2-5 ベターメントの主体を作るアプローチ ― 解放としての民主化
2-6 センスメーキングを促すアプローチ
【参考書】

3節 質的研究者の実践としての倫理  好井裕明
3-1 研究という実践をめぐる倫理の基本とは
3-2 質的研究が調べる対象とは
3-3 当事者性という問題へ
3-4 否定形の倫理から肯定形の倫理へ
【参考書】

4節 障害や福祉の場におけるアクションリサーチ  田垣正晋
4-1 社会福祉分野と実践現場との関係
4-2 社会福祉におけるアクションリサーチ
4-3 アクションリサーチの過程における研究者とメンバーの関係性
4-4 研究者による介入としてのセンスメーキング
4-5 障害者施策の住民会議に関するアクションリサーチ
4-6 アクションリサーチの成果をどう検討するか
4-7 まとめ
【参考書】

5節 保育・教育の場におけるアクションリサーチと実践的知識
    秋田喜代美

5-1 教室におけるアクションリサーチの展開
5-2 専門家としての実践者の知と理論
5-3 実践の場と知を支える道具としてのビデオ
5-4 専門家の成長と共同的探求としての実践研究
【参考書】

6章 変革とともにある質的心理学
1節 生活と暮らしの変革  伊藤哲司
1-1 日常の生活世界に寄り添う
1-2 地域コミュニティに働きかける
1-3 対話による異文化への気づきを促す
1-4 現実を語りなおす
1-5 まとめ ―「渦中」の質的心理学へ
【参考書】

2節 共同知を創出するものづくりワークショップ  塩瀬隆之
2-1 社会と生活で求められる変革
2-2 共同知創出の技法としてのデザインワークショップ
2-3 個人の生活への注目から始まるイノベーション
2-4 小さな声を拾うための精緻な不完全さ
2-5 共同知創出の場が欠かせない企業内教育
2-6 「ために」から「ともに」へ
【参考書】

3節 質的アプローチの教育と学習  安田裕子
3-1 質的アプローチの学びによる世界観の変革
3-2 質的研究の教育カリキュラム・教育実践の方法
3-3 学びの環境づくり
3-4 質的研究を進めるための知恵・ヒント ― 複線・複眼的思考の習得
【参考書】

4節 社会実践のパラダイム  矢守克也
4-1 社会実践、そして研究という社会実践
4-2 社会実践を「見る」こと
4-3 質的なデータと量的なデータ
4-4 「見る」ことを見ること
4-5 協同当事者として「見る」こと
4-6 永続するプロセスとしての協同実践
【参考書】

文  献
人名索引
事項索引


質的心理学ハンドブック はじめに

 日本質的心理学会では、創立10周年を記念して、『質的心理学ハンドブック』を刊行することになりました。

 「質的研究」は、21世紀になって新しいものの見方と価値観、方法論のパラダイム変革をともなって現れてきました。質的研究は、心理学だけではなく、社会学、人類学、哲学、医学、看護学、教育学、保育学、文学、歴史学、経済学など他の多くの人間科学と連動して、学問横断的に発展しています。

 もちろん、これらの動きは21世紀になって急にはじまったわけではありません。野外科学、フィールド科学、実践科学と呼ばれて発展してきた動き、現象学や記号論やポストモダン哲学を背景に発展してきた動きなど、それぞれの領域で独自の発展があり、方法論も長く熟成されてきました。

 質的研究は、その源流も、その後の展開も一筋縄ではなく、いくつもの多様な流れが、今日の発展にむすびついているといえましょう。多様性とローカリティと変化可能性は、質的研究の重要な特徴です。

 「質的心理学」は、上記のような新しい国際的・学際的「質的研究」の一環として、理論的にも方法論的にも斬新な領域を開拓しめざましい発展をしてきました。

 質的心理学は、古くて新しい学問でもあります。かつて心理学の理論を作り出し、今なお大きな影響力をもちつづける研究者たちは、いずれも質的研究者でもあったといえるでしょう。彼らは質的な行動観察をもとに、大胆な洞察と緻密な論理で新しい見方を提示し、新しい研究領域を開拓してきました。たとえば、フロイト、ピアジェ、ヴィゴツキー、ケーラー、レヴィン、ダーウィン、ジェームズ、ミードなど、多くの心理学やその関連領域の研究者の名前をあげることができます。

 1940年代以降の心理学は、大きく変わりました。「科学」としての要件を整えることに熱心になり、数量化の時代を歩むことになりました。知能検査やパーソナリティ検査がつくられ、知能や性格とは何かと論じられるより前に、測定され数値化されるものになりました。実験方法も洗練され、精緻な統計的分析がなされるようになりました。確かに、統計的な見方や数量化は科学的な方法の基礎を担うと考えられます。しかし、測定や尺度構成が優先され、数量化イコール科学的であるかのような幻想を生む傾向をもたらしました。

 「質的心理学」は、古典の精神を引き継ぎ復活させるだけではなく、21世紀の新しいものの見方や方法論のパラダイム変換を伴いながら、新しい心理学の創造を求めています。古くて新しい学問、ということばの意味はそこにあります。

 私たちは、過去の遺産を引き継いで、それを生成的に生かすことによって未来にむすびつけていかねばなりません。質的心理学は、従来の研究方法を批判しながら生まれてきましたが、学問であるからには、知を継承しながら新たなものを蓄積していく地道な姿勢が必要です。  また、海外に目を向けて国際的な視野をもつことも大事ですが、日本においてオリジナルな研究が長年行われてきたこと、それを歴史的に見据える視点を忘れてはなりません。

 「日本質的心理学会」は、2004年に日本で初めて質的研究の専門学会としてつくられました。この学会は、2002年から刊行開始した『質的心理学研究』(新曜社)を母胎にしています。それ以前に遡れば、30年以上にわたる個別の研究活動や方法論の探究がなされ、「日本心理学会」において「定性的研究の実際」と題する発表企画も10年つづけられました。このような長い苦闘と実績の積み重ねの上に学会ができたわけです。2009年からは、対話をめざす学会機関誌『質的心理学フォーラム』も刊行されています。

 質的心理学会が誕生して10年、多くの方々の支持を得て、飛躍的に発展してきた質的研究ですが、その来し方と行方を考えるために、ハンドブックをつくることにしました。

 『質的心理学ハンドブック』は、新しい質的研究や質的心理学の「ものの見方」「方法論」の特徴を明確にするとともに、それによって実際に何ができるのか、「実践性」も重んじています。

 質的研究や質的心理学は、学横断的で、発展途上で、それ自体が変容しつつありますから、これからも大きく変わるでしょう。したがって、このハンドブックがめざすものは、用語解説の教科書や最新の技法解説書ではなく、もっとも基礎的な部分をていねいに論じることです。なぜならば、もっとも基礎的なものこそ、もっとも実践性が高いからです。そして、具体的な文脈に根づいたローカルな知を大事にすればするほど、そこを貫いて深く透徹するインターローカルにひらかれた知に達すると信じるからです。

 このハンドブックは、質的研究や質的心理学に関心のある学際的な領域や実践に携わる方々、これから学問をはじめようとする方々、そしてすでに質的研究の道を歩んで来られた方々にも、折に触れて指針となり立ち止まり振り返ることができる原典として、活用していただきたいと思います。過去の歴史を整理しながら、その基礎を深く考えるために役立ち、さらに未来への見通しを指し示すことができればと願っています。

   2013年8月

編集委員一同