戻る

サトウタツヤ 著

質的心理学の展望
――


A5判上製288頁

定価:本体3200円+税

発売日 13.5.30

978-4-7885-1343-3

◆amazon.co.jpへ
cover

◆紀伊國屋書店Books Web へ

◆7ネットショッピングへ



◆質的心理学をどう学ぶか、どう実践するか◆

質的心理学は、心理学ばかりでなく、社会学、教育学、医学、看護学など、広汎な分野で注目を集めています。なぜ今、質的心理学なのでしょうか? そこには歴史的な必然があり、また、研究者たちの地道な取り組みがあります。本書は、日本質的心理学会の母体となった研究誌、『質的心理学研究』立ち上げメンバーの一人である著者による、質的心理学を学び、実践するうえでの基本的問題を考察した論集です。常に社会とつながる学問を探求してきた著者ならではの、ユニークで、既成概念を打ち破るエネルギーに満ちた刺激的な一書です。著者が質的研究を学んだ過程についての報告もあり、初学者にとっては質的研究へのよい案内となっています。すでに質的研究を実践している研究者にとっても、自らの方法を振り返るよい機会となるでしょう。著者は、立命館大学教授。


質的心理学の展望 目次

質的心理学の展望 はじめに

ためし読み
Loading

質的心理学の展望─目次
はじめに

T部 質的研究の意義とプロセス
1章 フィールド研究のプロセス
1 フィールドワークの技法がないと……
2 フィールドワークのプロセス
3 Kさんの実際のプロセス
4 まとめ

2章 研究デザインと倫理的配慮
1 研究デザイン
2 研究プロセス
3 研究評価と省察リフレキシヴィティ
4 質的研究における対象抽出
5 研究倫理
6 研究倫理のためのシステム
7 まとめ

3章 心理学からみた質的研究
1 心理学の歴史から
2 質的研究とは何か
3 まとめ

U部 手法としてのフィールドワークとエスノグラフィ
4章 フィールドワーク・クラスのエスノグラフィ
1 フィールドの概要およびフィールドワークのスタイル
2 授業担当者のティーチング・スタイル
3 ゼミとその参加者―社会心理学的考察
4 エスノグラフィ作成過程を振り返って

5章 心理学で何ができるか―違和感分析への招待
1 心理学を専攻しているアナタの気持ち
2 心理学という学問の特徴
3 subject とは何か
4 違和感分析
5 感受主体という考え方
6 違和感分析の実例
7 まとめ

6章 現場に居ながらにして現場に入り込む方法としての違和感分析
1 資格と現場と実践と研究と
2 エスノメソドロジーに学ぶ
3 憤慨やとまどいを違和感分析へ
4 現場的定義と感受概念
5 まとめ

7章 文化心理学からみた現場を伝えるいくつかの工夫―セラピーの現場を考える
1 実践活動と研究の二項対立を超えて
2 対象選択の問題
3 歴史的構造化サンプリングと複線径路等至性モデル
4 まとめに代えて―事例の時間的変遷を描く方法論

8章 概念や尺度に惑わされない性格研究を
1 性格心理学の停滞
2 ミシェルの素朴実在論批判
3 状況主義がもたらしたこと、従来の性格理論が見落としていたこと
4 混乱の原因を解くのは人称的性格である
5 性格という概念
6 性格心理学徒こそ対人関係に興味をもとう。そして現場フィールドに出よう
7 性格心理学の新展開

V部 時間を重視する質的研究をめざして
9章 複線径路等至性モデル―人生径路の多様性を描く質的心理学の新しい方法論をめざして
1 事例研究とモデル生成
2 新しいモデルとしての複線径路等至性モデル
3 文化心理学とは何か―比較文化心理学との「比較」を通して
4 複線径路等至性モデルの典型と主要概念
5 複線径路等至性モデルによる事例記述のあり方
6 複線径路等至性モデルの成り立ち
7 まとめに代えて―水平的人間関係の構築へ向けて

10章 「社会と場所の経験」に向き合うためのサンプリング論再考―あるいはメゾジェネシスレベルの発生を描くということ
1 ランダムサンプリングは必要か?
2 変数を観測するということはどういうことか
3 変数と変数の関係を見る―あるいは因果モデルの適用のためのサンプリング法
4 大たい数すうの法則の呪じゅ縛ばくは質的アプローチにも有効か
5 経験ベーストサンプリングに向けて
6 歴史的に構造化されたサンプリング(HSS)
7 TEM―多様性の記述のための方法
8 発生のメカニズムを記述する
9 まとめ

付章 質的心理学の歴史
1 質的心理学小史
2 日本における質的心理学
3 質的研究の勢い

おわりに
文  献
人名索引
事項索引
初出一覧


装幀=虎尾 隆





質的心理学の展望―はじめに

 本書は、筆者がこれまで執筆してきた論考のうち、質的心理学に関するものをまとめたものである。『方法としての心理学史』(2011)、『学融とモード論の心理学』(2012)(いずれも新曜社刊)に続く第三弾である。今回もまた新曜社・塩浦ワ社長に格段のご尽力をいただき出版することができた。まず最初に深く感謝したい。

 発足10年を迎える日本質的心理学会。学会ができてしまえば有るのは当然という感じだが、私たちが大学院生のころは、質的研究という言葉も十分に浸透していなかったように思われる。社会問題、社会現象を扱おうと思った時、必ずしも実験や質問紙が有効なわけではない。そうした感覚をどうすれば良いのか、もてあましていた時期があった。

 幸いにも多くの人と出会うことで、質的研究の方法論についてたくさんのことを学び、多くのことを考え、多少なりとも成果を出すことができた。特に、複線径路等至性モデルという方法論を創案できたことは小さくない喜びである。そして本書の内容は、東京都立大学(現・首都大学東京)の助手時代の仲間や後輩たち、福島大学行政社会学部(現・行政政策学類)の学生・院生、立命館大学の学生・院生の皆さんと共に、社会現象を真剣に考えること、おもしろがること、をやってきた成果であるとも言える。

 個人的には、福島がフクシマになった今、かつての恩返しをどのようにしていくのか、考えているところである。読者のみなさんには、本書の通奏低音である「新しいことをしようとする熱意のようなもの」を感じ取ってもらえるなら、望外の喜びである。

      2013年4月16日

サトウタツヤ 

 付記

 本書に収録された諸論文には最近のものが含まれていないため、付記として最近の重要な出来事を述べておきたい。

 2012年、アメリカ心理学会が『心理学における研究方法(APA Handbook of Research Methods in Psychology)』というハンドブックを出版した。このハンドブックの構成を見ると、アメリカの心理学は完全に認識論的に転回した感じを受ける。全3巻、2074頁にわたる巨大なハンドブックなのだが、驚くべきことに、チーフエディター(Cooper, H.)による序章は、パース(Peirce, C. S.)を紹介する話から始まっている。彼は推論形式に帰納と演繹のほか、アブダクションを加えたことで著名な哲学者である。

 また、全3巻の全ての論文中最初に収録されている論文がウィリッグ(Willig, C.)による「質的研究における認識論的基礎の展望」という論文である。量的な研究方法論よりも前に質的研究のことが位置づけられているのである。ウィリッグは、質的研究とは意味もしくは意味づけ(meaning)に関心を持つものだ、と定義した。そして、質的研究志向を持つ研究者は主観性と経験に関心を持っている、としている。量的研究のように、人を「変数の乗り物」として見てサンプルとして扱うのではなく、研究対象者の一人ひとりの主観や経験を重視するのが質的研究の基本的なスタンスだと宣言しているのである。

 アメリカ心理学の後を追う必要も無いし、むしろ日本の方が進んでいるとさえも言えるかもしれないが、質的研究が心理学において大きな位置を占めているということが、このアメリカの『心理学における研究方法』というハンドブックを見るだけでわかるのではないだろうか。