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村上宣寛 著

ハイキング・ハンドブック
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四六判並製320頁

定価:本体2600円+税

発売日 13.6.4

978-4-7885-1338-9

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◆めざせ! コンプリート・ウォーカー◆

国立大学の心理学の教授を務めるかたわら、国内有数の「野宿研究家」としても知られる著者による、前著『野宿大全』以来約6年ぶりとなる集大成。ハイキングに必要不可欠な備えや技術を一通り網羅し、ハイキング道具を実際の使用感に基づいて詳細にレビューしたほか、本書ではとりわけ科学的なバックグラウンドを意識して、「重い靴を履くと疲れる」などこれまでハイカーたちに常識とされていたことを覆す箇所もあり、コリン・フレッチャーよろしく、比較的まじめで落ち着いた内容となっています。ハイキングの初心者から、海外のトレイルに出かける熟練者まで、幅広い読者を対象としています。


ハイキング・ハンドブック 目次

ハイキング・ハンドブック はじめに

ためし読み
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ハイキング・ハンドブック─目次
第1章 準備
ハイキングとは何か
どこを歩くか
自然保護の思想
長大なトレイル
海外でのハイキング
ハイキング・スタイル
 ●スルー・ハイキング
 ●フリップ・フロッピング
 ●セクション・ハイキング
 ●スラック・パッキング
 ●スピード・ハイキング
JMTのハイカーたち
身体の準備
 ●ウォーキング
 ●ランニング
 ●トレーニングを楽しく

第2章 歩く装置

 ●ミニマム・シューズ
 ●ランニング・シューズ
 ●ハイキング・ブーツ
 ●バックパッキング(トレッキング)・ブーツ
 ●マウンテニアリング・ブーツ
歩くとはどういうことか
 ●動的歩行モデル
 ●モデルの意味を考えると
 ●必殺ふらふら歩き
 ●登りと下りでは
重い靴は疲れるか
 ●古い研究をよく読むと
 ●新しい研究では
 ●靴の重さ研究からわかったこと
ブーツとシューズはどう違うか
どういう靴を選ぶべきか
私の靴
 ●靴を足に合わせる
 ●靴のメンテナンス
 ●インソール
ソックス
 ●ソックスを二枚履くと
 ●特殊なソックス
マメを防ぐには
トレッキング・ポール
アイゼンとピッケル
スノーシュー

第3章 荷物を背負う
バックパック
 ●サイド・トリップ用パック
 ●フロントパック
 ●ウルトラライト・パック
 ●ライトウェイト・パック
 ●ウィークエンド・パック
 ●ロングトリップ・パック
私のバックパック
 ●ソリテュード
 ●ヴァリアント
 ●アルトラ
腰加重のためには
フィッティング
 ●事前準備
 ●背負い方
荷重に関する経験則
運搬・歩行実験
パッキング
バックパックは最後に選べ

第4章 着る
どうして熱が奪われるか
 ●伝導
 ●対流
 ●蒸発
 ●放射
衣服の基本
 ●レイヤード・システム
 ●ベース・レイヤー(下着)
 ●インシュレーション・レイヤー(中間着)
 ●シェル・レイヤー(上着)
レイヤリングの原則
私のレイヤード・システム
 ●ベース・レイヤー
 ●インシュレーション・レイヤー
 ●シェル・レイヤー
 ●先端の保護
どう寒さへ順応するか
 ●寒冷順応の方法
 ●凄まじい人体実験

第5章 夜を過ごす
シェルターとは
シェルターの種類
 ●単純なタープ
 ●ティピー型
 ●ビヴィ
 ●シングルウォール・テント
 ●トンネル型テント
 ●自立型ダブルウォール・テント
 ●一般的なシェルターの設置法
シェルターの選び方
私の判断基準
愛用中のシェルター
 ●アクト
 ●ナーロ3
 ●ストラトス
 ●ヒーロース
 ●ペグの種類
どんな場所を選ぶか
結露を避けるには
スリーピング・バッグ
 ●形
 ●ダウンと化繊
 ●シェルの材質
 ●構造
 ●使用温度
 ●取り扱い方
私のスリーピング・バッグ
ライナーとカバー
 ●ライナー
 ●カバー
ヴェイパー・バリアは有効か
どんなスリーピング・バッグを選ぶべきか
 ●名言
 ●個人差
 ●使用環境
マットレス
 ●フォームパッド
 ●エアマットレス
 ●R値に注目しよう
 ●保存法
どんなマットレスを選ぶべきか
私のマットレス
暖かさを追加するには
総重量を減らすには

第6章 何を食べるべきか
ストーブ
 ●ガス・ストーブ
 ●マルチ・フューエル型ストーブ
 ●アルコール・ストーブ
 ●ネイチャー・ストーブ
 ●ノー・ストーブ
基本クッキング・システム
 ●ストーブ・システム
 ●クッカー
 ●フライパン
一体型クッキング・システム
 ●エータ・シリーズ
たまにはオーブン料理も
 ●アウトバック・オーブン
 ●ウルトラライト・オーブン
 ●スプーン、フォーク、ナイフ
六つの基礎食品
 ●一群――肉、魚、卵、大豆
 ●二群――ミルク、昆布など
 ●三群――緑黄色野菜
 ●四群――その他の野菜、果物
 ●五群――米、小麦、いも
 ●六群――脂肪
 ●栄養補助剤
どれだけ食べるべきか
 ●2ポンド・ルールは正しいか
 ●エネルギー源としての炭水化物と脂肪
 ●どのような炭水化物を摂るべきか
長期間の食糧例
 ●一日分の食糧
 ●二〇日分の食糧
私の食事メニュー
 ●コーヒー・システム
 ●朝食
 ●JMTパン
 ●レシピ
 ●ミューズリとミルク
 ●昼食/行動食
 ●夕食
 ●調味料
 ●チャーハン
 ●肉と野菜の炒め煮
 ●スープご飯2種
 ●ポテトサラダ
 ●スープ/味噌汁

第7章 清潔に

 ●水の入手法
 ●水の汚染
 ●下痢のリスク
水の無毒化
 ●煮沸
 ●錠剤
 ●紫外線
 ●浄水器
どれくらい飲むべきか
飲まないとどうなるか
ウォーター・システム
洗面用具
トイレット用品
 ●ゴミ袋

第8章 危険に対処する
ケガを防ぐには
 ●経験が豊富だとケガが減るか
 ●荷物を軽くすると安全か
 ●実証的研究では
 ●山岳遭難の分析
自分の現在位置を知る
 ●コンパス
 ●多機能時計
 ●地図とマップケース
 ●地図の使い方の基本
 ●クロスベアリング
 ●GPS
 ●フリーのGPS地図
 ●地図やコンパスが狂っていると感じたら
情報収集と通信機器
 ●メモ帳
 ●ラジオ
 ●カメラ
 ●携帯電話
 ●衛星機器
灯りの確保
 ●ヘッドランプ
 ●ランタン
トラブルに備えて
 ●財布、カード、重要書類
 ●エマージェンシー・キット
 ●電源システム
どう歩けばよいか
 ●深追いをするな
 ●ストレッチよりトレーニングを
 ●疲れないように歩く
 ●危険地帯では
 ●徒渉法
重大な傷害
 ●低体温症
 ●高山病
 ●捻挫・打撲・肉離れ・筋肉痛
野生動物との遭遇
 ●クマ
 ●キツネ
 ●ヘビ
 ●ハチ
 ●ブユ
 ●蚊

第9章 なぜ歩くのか
日本とアメリカのハイキングの違い
 ●トレイル・ネーム
 ●マンガ
 ●痛烈なユーモア
 ●ハイカー・トラッシュ
ハイキングの効用
 ●なぜ老化するか
 ●神経系も変化する
なぜ自然が良いのか
 ●自然体験がもたらすもの
 ●走るために生まれたのか
 ●アクア説も面白い
 ●われわれのふるさとはどんな所か

カバー・目次装幀=吉名 昌(はんぺんデザイン)





ハイキング・ハンドブック―はじめに

 ハイキングや登山の世界では、経験の積み重ねがものをいう世界なので、どうしても個人的経験の重さが増す。また、著名なハイカーや登山家の著作の影響力が大きい。これは、日本でもアメリカでも同じである。
 私は、偶然にアメリカのPCTのメーリングリストに参加した。そこで、感じたことは、ほぼすべての事柄に「私の場合は上手くいった」という限定詞が付くことだった。一般性のある知識なのか、個人に限定される知識なのか、判断が難しい。
 ハイキングや登山の世界で、広く信じられている事柄をリストアップしておこう。

・靴1ポンドの重さは背中の荷物5ポンドに相当する。
・ブーツの足首のサポートは不十分で、ブーツを履いた人の方がシューズを履いた人よりケガが多い。
・マメは摩擦熱で生じる。
・マメを防ぐには、アルコールで足を毎日拭くとよい。
・荷物の重さを半分にすると、歩ける距離が飛躍的に伸びる。
・荷物が軽ければ軽いほど、安全である。
・ケガを防ぐには、ハイキングの前に入念なストレッチを行うとよい。

 靴の重さの影響はコリン・フレッチャーが『遊歩大全』に記述し、その後、軽量シューズやブーツを販売する時のキャッチフレーズに使われた。靴の重さと消費エネルギーの関係は、スポーツ科学の専門家による実験研究があるので、第二章や第三章で詳しく書いておいた。

 ブーツには足首のサポート力が不十分でケガが多いという主張は、ウルトラライト・ハイカーのレイ・ジャーディーンや世界的バックパッカーのクリス・タウンゼントにみられる。足首のサポート研究は、傷害防止の関係でスポーツ科学の分野に多く、エビデンス性の高いコクラン・ライブラリに大規模メタ分析の論文がある。また、シューズとブーツのケガに関しては、調査研究や前向きランダム化比較研究があり、第二章と第八章で解説しておいた。

 マメが摩擦熱で生じるという記述はコリン・フレッチャーにある。また、彼はアルコールで毎日足を拭くとマメが防止できると主張している。これは、多くの人が信じている内容である。マメについては、医学的・生理学的研究があり、そのメカニズムは解明されている。マメが生まれるメカニズムを理解すれば、絶対にマメを作らずにハイキングできるだろう。これは第二章で解説しておいた。

 荷物の重さを半分にすると、歩ける距離は飛躍的に伸びるし、それが安全に通じる方法であると考える人が多い。軽量化こそは最も重要な課題であろう。ではどの程度歩く距離が伸びるのだろうか。第二章で解説しておいたが、最新の動的歩行モデルに当てはめて、簡単な計算を行うと、荷物の重さと歩行距離の関係が明確にわかる。軽量化とケガの関係も、ランダム化比較研究による前向き研究がある。これは第八章で解説しておいた。

 ハイキングの前に入念なストレッチを行うとケガが防止できると考える人は多い。PCTのメーリングリストでも、こう考える人が多いし、日本のアウトドア雑誌でも時々ストレッチの特集を組むほどである。スポーツ科学分野ではストレッチに関する多くの研究があり、コクラン・ライブラリにも大規模メタ分析の論文がある。

 著名なハイカーや登山家の著作物は、確かに説得力がある。しかし、彼らは並外れた脚力や体力の持ち主で、彼らの見解が普通の人にどれだけ当てはまるのか、まったく予見できない。さらに、困ったことは、彼らはハイキングや登山のバックグラウンドの知識に関しては非専門家である点である。

 実は、箇条書きにした上の内容はすべて間違いである。PCTのメーリングリストで、いろいろな意見が出るたびに、可能な限りPubMedというデータベースを検索し、ジャーナルに当たって真偽を確かめた。そして、下手な英語で典拠と意見を書き込んだ。支持してくれる人もいたし、強固に反論する人もいた。PCTのメーリングリストは、時々炎上することがあっても、オープンな議論が歓迎される。これは見習うべきところである。

 ハイキングや登山に関する科学的研究は、十分とは言えないが、ある程度の蓄積があり、一定の結論に達している領域もある。したがって、それらの領域の信頼できる論文を読めば、何が正しく、何が間違っているか、判断することはできる。残念なことに、ハイカーや登山家は、科学的なジャーナルを読むように訓練されていない。それで、最近の研究の成果を知らないし、確証バイアスという判断のゆがみに囚われてしまう。

 PCTメーリングリストの管理人のブリックは、「個人的・宗教的意見とサイエンスが一致しないので、みんな腹を立ててしまう」と書いた。私の書き込みを少し意識したのかもしれない。ただ、サイエンスは、最終的に多くの人にとって利益となる。それに、勝利を収めるのは、常にサイエンスの側であって、個人的経験の側ではない。

 ハイキングや登山が特別に好きだったわけではない。頭を使う仕事なので、疲労回復のために身体を動かす必要があっただけである。サイクル・ツーリングを熱心にやった後、ハイキングや登山に転向した関係で、ピークハントよりも、水平移動のほうが性に合うようである。貧乏な時期は、近場の富山・岐阜県境の白木峰周辺から能登半島を何度も歩いた。少し豊かになってからは、夏は北海道、春は屋久島と季節移動をしながら、ハイキングを楽しんだ。近場の僧ヶ岳、白馬周辺、能登半島には、相変わらず通っている。交通の便が良く、費用もかからない。気分転換に最適の場所である。

 この本を書く契機になったのは、ジョン・ミューア・トレイルを四年連続して歩き、PCTのメーリングリストに参加し、ハイキングを考えるようになったからである。アメリカは好きな国ではなく、飛行機も嫌いで乗りたくはなかった。出不精の私の背中を押してくれたのは寺澤英明であり、氏に感謝せざるをえない。英会話はまったくできなかったが、アメリカでは、ヴァーミリオン・ヴァレー・リゾートのジム、トレイルではケヴィン、ジョエル、クレージー・ドックらが温かく迎えてくれた。

 PCTのメーリングリストで意見を戦わせたシュルーマーには、特にお世話になった。PCTハイカーは五カ月もハイキングを続けるクレージーな人たちである。そのクレージーなシュルーマーに、私が三〇キログラムを超える荷物でも平気な顔で持ち歩くので、クレージーだと言われてしまった。最高記録は体重の五〇パーセント(三八キログラム)程度である。ジョン・ミューア・トレイルでわが奥様を一〇日間ガイドしたからである。たいした消耗も疲労もなく歩き通せた。これは最新の歩行理論による予測通りであった。

 PCTのメーリングリストやフェイスブックでの見知らぬ友人にも感謝したい。英会話や英作文がある程度上達するとともに、アメリカは好きな国に、ちょっとした古里のような印象に変化した。アメリカの慣習に従えば、さらに一ダース以上の人名を挙げるべきであろうが、ここでは省略したい。

 最後に新曜社の森光佑有氏には、自分勝手な企画を通してもらい、好き放題に書かせてもらったことに感謝する。

 若い頃は、自分の人生は自分で設計するものと考えていた。本も然りである。ところが、現実は違うようだ。さまざまな偶然の重なりから人生が生まれ、本も生まれる。偶然の重なりは一種の必然である。この本がハイカーや登山家にとって有用であることを願っている。

  二〇一三年 四月

村上宣寛