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藤田結子・北村文 編

ワードマップ 現代エスノグラフィー
――新しいフィールドワークの理論と実践


四六判並製256頁

定価:本体2300円+税

発売日 13.3.7

978-4-7885-1328-0

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◆街へ出る前に、フィールドへ行く前に◆

フィールドワーク、エスノグラフィー(民族誌)について、手紙の書き方、ノートの取り方から機器の扱い方まで、手取り足取り解説した本は多くあります。J・クリフォードらの『文化を書く』以来、文化を誰が、どこから、どう書くのか、という政治性が指摘されていますが、本書はそのような問題意識を組み入れながら、ポジショナリティ、自己再帰性、表象の政治、当事者研究などの基本概念を詳述し、介護、障害、ボランティアなどの新しい対象分野を取り上げ、さらにはフィールドに出たときに調査者が出会う初歩的な問題についても、体験をとおした適切なアドバイスをしています。これからのフィールドワークに必携の「思想的」ガイドブックといえましょう。


ワードマップ 現代エスノグラフィー 目次

ワードマップ 現代エスノグラフィー はじめに

ためし読み
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ワードマップ 現代エスノグラフィー─目次

はじめに
「新しい」アプローチ一覧

第一部 現代エスノグラフィーの展開
エスノグラフィー現場を内側から経験し記述する 
『文化を書く』エスノグラフィー批判の衝撃 
自己再帰性他者へのまなざし、自己へのまなざし 
ポジショナリティ誰が、どこから、どう見るのか 
■コラム 厚い記述
表象の政治語る、語られる、語りなおす 
ポスト構造主義とポストモダニズム「知識」の断片性・不完全性・文脈依存性 

第二部 エスノグラフィーの「新しい」アプローチ
アクティヴ・インタヴュー質問者と回答者が協働する 
フェミニスト・エスノグラフィー「女」が「女」を調査する 
ネイティヴ・エスノグラフィー「内部者」の視点から調査する 
当事者研究「自分自身でともに」見いだす 
アクション・リサーチ協働を通して現場を変革する 
チーム・エスノグラフィー他者とともに調査することで自らを知る 
■コラム チームでの実践を振り返る
ライフストーリー個人の生の全体性に接近する 
オートエスノグラフィー調査者が自己を調査する 
オーディエンス・エスノグラフィーメディアの利用を観察する 
マルチサイテッド・エスノグラフィーグローバルとローカルを繋ぐ 

第三部 応用研究
アイデンティティ「なる」「する」様態に迫る 
ジェンダー・セクシュアリティ男/女の線びきを問いなおす 
人種・エスニシティ越境する人々の意味世界を理解する 
学校教師と生徒のまなざしを明らかにし、変えていく 
医療・看護病いとケアの経験を記述する 
障害経験される世界に接近する 
生/ライフ「生き方」を主題化し表現する 
社会運動・ボランティア「参与」しながら観察する
メディア・大衆文化メディアが受容される文脈をさぐる

第四部 フィールドで出会う問題
調査の説明と同意 フィールドに入るときに
権力 フィールドのただなかで
親密性 フィールドのただなかで
守秘義務と匿名性 フィールドを後にするときに
利益 フィールドで得たもののゆくえ
■フィールドからの声
話してもらえる私になる
『ギャルとギャル男の文化人類学』の現場から
お嬢様がお嬢様を調査するジレンマ
恋愛感情にまつわることからは逃れられない
おわりに
ブックガイド
事項索
人名・書名索引
装幀―加藤光太郎




ワードマップ 現代エスノグラフィー はじめに



本書は、エスノグラフィーの「新しい」アプローチを学ぶための入門書である。これまで、エスノグラフィーやフィールドワークの基本的な方法に関する多くの入門書が出版されてきたが、数々の「新しい」アプローチをまとめた日本語の入門書は見あたらなかった。この「新しい」というのは、「ここ数年」というような新しさではなく、従来からのエスノグラフィーやフィールドワークの方法論に対して、「新しい」という意味である。

この本は、とくに一九七〇年代頃から広まってきた諸アプローチの解説を目的としているが、それ以前から用いられている方法に比べて「新しい」ものが優れているとか正しいとか主張するためではない。そうではなく、さまざまなアプローチが生まれた背景を解説し、自分自身の研究にとって適切な調査方法をじっくり考えるための知識を提供することをめざしている。その理由を次の具体例で説明しよう。

あなたは大学の時間割を決めるため、シラバスを眺めている。すると「エスノグラフィーA」という授業を見つけた。外に出かけて調査をするようだし、ただ講義を聴いてノートを取るよりは、手や体を動かしたほうが楽しそうだ。すぐに受講を決めた。初回の授業で、A先生は「現場で参加して観察する参与観察は科学的な調査法であるから、適切な訓練が必要である」と言う。友達によると、A先生は参与観察の権威。それから調査の現場に入るための手紙の書き方から、トイレに入ってメモを取るタイミング、フィールドノートの書き方まで、数カ月間みっちり特訓を受けた。毎週五時間のフィールドワークを行なって、フィールドノートも添削してもらった。すっかり科学的な参与観察法を身に着けた。

あなたは参与観察のおもしろさを知り、大学院でも学ぶことにした。参与観察の技術をさらに向上させようと、新しく赴任してきたB先生の「エスノグラフィーB」という授業を取ることにした。これまでのフィールドノートや方法論をまとめたノートを持って、B先生の授業に意気揚々と臨んだ。ところがB先生は冒頭で、「この授業では参与観察の訓練はしません」。驚きのあまり「なぜですか」と質問すると、先生は「科学的な方法を身に着けることは必ずしも真実を発見することにはつながらない。場合によっては調査の現場にたった一日行ってインタヴューをするだけでもいい」と、これまでの方法論を否定するような言葉を続けた。それよりも、フィールドに入って調査をしようとするならば、「まず自分が誰でどのような立場から現場にいる人々と関わって、何をどのように書こうとするのか、深く考えてみることが重要だ」と。

この話が例示するように、AとBの相反する調査方法をいきなり教えられれば、どちらが「正しい」方法なのかわからずに混乱するだろう。あるいは、Aだけ、Bだけを教えられれば、片方の方法だけを信じてしまうことになる。それよりも異なるタイプの方法論が存在する事情をよく理解したうえで、自分自身はどの方法をとるのか、あるいは自身で方法を編みだしていくべきなのか、判断するほうが質の高い研究を生むことができるだろう。

前記の例でいえば、Aの方法論に関する優れた入門書はすでに数多く出版されている。そこでこの本は、Bの方法論に基づく、あるいはそれに関連するさまざまな「新しい」アプローチを紹介し、エスノグラフィーの方法を幅広く学ぶうえで一助となるようめざしたい。 ここで重要なことは、「新しい」アプローチにもそれぞれ弱点がありエスノグラフィーの方法上の問題をすべて解決できるわけではない、ということだ。そこで、第二部・第三部の各項目の最後に「残された課題」という小見出しで、各アプローチにどのような問題があるのかについて検討をくわえている。

本書の主な読者としては、エスノグラフィーやフィールドワークを用いて論文を書こうとする大学生や大学院生、および現代におけるエスノグラフィーの展開について基本的知識を得ようとする研究者を想定している。

この本の執筆者は、社会学や文化人類学などを専門とする一四名であり、各自の専門分野に関する項目を担当した。この一四名のエスノグラフィーに対する考え方はさまざまである。従来からのアプローチを用いている者もいれば、「新しい」アプローチを取り入れている者もいる。全員に共通していることは、あらゆるエスノグラフィーの方法に関心を持っているということだろう。それは、現場に入って人々や文化を深く理解するためには、方法論に関する多様な議論に耳を傾け、自分の研究にとって最も適切な調査方法を考えていかなければならないからである。

本書の構成
第一部は、エスノグラフィーについて初めて学ぶ読者のために、一九七〇年代頃からのエスノグラフィーの状況に関する基本的なことがらを解説をする。最初の項「エスノグラフィー」ではエスノグラフィーとは何かを説明し、二項から六項では現代エスノグラフィーの展開に関して、とくに重要だと思われる五つの項目――「『文化を書く』」「自己再帰性」「ポジショナリティ」「表象の政治」「ポスト構造主義とポストモダニズム」――を取り上げる。すでに現代エスノグラフィーの展開に関する基本的知識のある読者は、第二部から読み始めてもよいだろう。 第二部は、エスノグラフィーの「新しい」アプローチを取り上げて解説する。主に前半の「アクティヴ・インタヴュー」「フェミニスト・エスノグラフィー」「ネイティヴ・エスノグラフィー」「当事者研究」「アクション・リサーチ」「ライフストーリー」は、日本国内でも議論や応用がなされている方法である。後半の「チーム・エスノグラフィー」「オートエスノグラフィー」「オーディエンス・エスノグラフィー」「マルチサイテッド・エスノグラフィー」は、国内では議論や応用がまだあまりなされていない方法である。

第三部は、第二部で解説した各アプローチがどのように調査に応用されているのかを紹介することを目的としている。とくに学生が論文のテーマとして選ぶことの多い九つの研究分野――「アイデンティティ」「ジェンダー・セクシュアリティ」「人種・エスニシティ」「学校」「医療・看護」「障害」「生/ライフ」「社会運動・ボランティア」「メディア・大衆文化」――を取り上げ、各分野につき三冊程度のエスノグラフィーを紹介している。その際、各エスノグラフィーに、第二部で紹介したどのアプローチが用いられているのかを明記した。また、日本語で書かれ、大学や公共図書館で入手しやすいもの(主に本)を紹介するように努めた。

この本の有効な利用法は、第二部で「新しい」アプローチについて学び、第三部で各アプローチが応用された研究例を読むという方法である。そのため、第二部の各項の冒頭に、第三部へ飛ぶためのリファレンスを記載している。つまり、第二部を読んでその具体例が知りたいときは、そのまま第三部へ飛んで応用研究の解説を読んでいただきたい。

第四部は、フィールドへ実際に入ったときに、調査者が出会う問題を取り上げる。各項で取り上げるテーマは、第二部のアプローチが指摘する問題とも重なりあっている。学生がレポートや学位論文を執筆するために入ったフィールドでトラブルに巻き込まれる話は枚挙にいとまがない。だが既存のフィールドワークの入門書には、フィールドで出会う問題について具体的に書かれたものは少なかった。そこで、フィールドで出会う問題について事前に考え準備することができるように、「調査の説明と同意」「権力」「親密性」「守秘義務と匿名性」「利益」という五つの項目を設定し、それぞれ詳細な説明をくわえた。また最後に、大学院生や若手研究者がフィールドでどのような問題に出会ったのか、その体験談を「フィールドからの声」にまとめた。

本書を通して、エスノグラフィーのおもしろさ、いわば「うまみ」を感じ取ってもらえたら、と執筆者一同は願っている。

藤田結子