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ヤーン・ヴァルシナー 著

サトウタツヤ 監訳

新しい文化心理学の構築
――〈心と社会〉の中の文化


A5判上製560頁

定価:本体6300円+税

発売日 13.1.15

978-4-7885-1325-9

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◆個別性の中に普遍性はやどる◆

これまで心理学は科学的であろうとして、人々の差異を誤差と見なし、「人間一般」の心理を理解しようと努めてきました。文化についても、「日本人」とか「アメリカ人」一般の国民性や文化的特質が比較されてきました。しかし人間は、文化によって方向づけられつつも、その文化に働きかけ、文化を変えていきます。そして文化から何を受け取り、どう働きかけるかは、一人ひとり千差万別です。ヴァルシナーは、従来の考え方とは逆に、心理科学は、人間の心理現象が最高度に個別的であるからこそ、一般的知識へと到達しうると主張します。そして、本書によって、人間と文化のダイナミックな関係性をまるごととらえる、新しい文化心理学を打ち立てました。心理学の枠を越えて、人間科学の学徒、研究者に見逃せない本となるでしょう。


新しい文化心理学の構築 目次

新しい文化心理学の構築 まえがき

ためし読み
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新しい文化心理学の構築─目次

目  次
日本語版への序  i
監訳者まえがき  iii
まえがき     vii

第1章 文化へのアプローチ ―― 文化心理学の記号的基礎
文化における価値
社会人類学、民族心理学、文化心理学
文化の転移という問い
文化の記号論的基礎 ―― チャールズ・S・パースが遺したもの
記号生成と変換のプロセス
主観的未来を制御する ―― 促進的記号
個人の自律の文化的媒介 ―― 個人的文化
対立するものの統合と、意味の持つ方向性という性質
記号的制御階層全体にわたる制約のダイナミクス
まとめ ―― 記号的制御システムとしての文化

第2章 社会とコミュニティ ―― 社会的網目の相互依存性
社会 ―― 機能的抽象と記号的媒介
一般的含意 ―― システムのダイナミックな機能のモデル
社会に「属する」こと ―― 不可能な課題における現実的努力
社会的構造と分化
コミュニケーションプロセス ―― 社会とコミュニティにおける
一般化された意味フィールド ―― 「社会」の集合的形成
まとめ ―― 社会的にガイドされた主体性

第3章 対立を作り出す ―― 対話的自己と、意味形成における二重性
境界域 ―― 空間と非可逆的な時間の中に創られるもの
「他者」を見る ―― そのさまざまなあり方
実践的な区別の先にあるもの
    ―― 分割できない全体の中の二重性
社会科学における二重性 ―― 対話モデル
意味は対立から発生する
相互生成的対立の記号フィールド理論
まとめ ―― 自己の記号フィールドにおける対立

第4章 最小のコミュニティとその組織 ―― 血縁集団、家族、結婚形態
社会的アイデンティティ環境の準安定性
家族の類型を特定する努力
取り決められた枠組みとしての結婚
関係形態の変容としての結婚
結婚形態
まとめ ―― 行為における最小コミュニティ

第5章 文化の全体は移動のただなかにある ―― 記号的宇宙の中の境界域の維持と横断
意味と移動
巡礼の文化心理学
構築leftrightarrow 破壊の弁証法
境界域を横断する ―― 個人的文化内で、個人的文化間で
境界域の社会的調整 ―― 検閲
エルンスト・ベーシュの象徴行為理論
基本的な二重性 ―― 神話と対抗神話
神話ストーリーにおける対話プロセス
まとめ ―― 編みあわされたドラマ

第6章 文化的プロセスとしての思考
人間の推論における三つの論理プロセス
演繹的推論を通した社会的統制
一般化と非決定性
アブダクションによる推論の統合
未定性に打ち克つ ―― 論理としての確率
心理学研究における確率概念の混合
推論の戦略的な使用
まとめ ―― 革新のプロセスとしてのアブダクション

第7章 行為における記号フィールド ―― 情緒による内化/外化プロセスのガイダンス
人の発達 ―― 微視発生、中間発生、個体発生
感情領域における記号論
境界域の横断における情緒
情緒フィールド構築の文化的-歴史的な促進
超一般化された感情フィールドの促進子としての儀式
情緒フィールドのダイナミクス ―― 個人的文化と集合的文化の協応
内化と外化
内化/外化と心理的距離化
内化/外化プロセスの構造
まとめ ―― 多レベルの情緒的自己調整の機能

第8章 文化心理学のための方法論 ―― 包括体系的、質的、個性記述的
不可能な公理への依存
文化心理学の方法論的対象
知識構築プロセスとしての方法論
文化的に方向づけられた心理学的現象を見る
包括体系的な因果関係
文化心理学の領域における実験とは何か?
特異性に表現される一般性
まとめ ―― 文化心理学における包括体系的な方法論

結 論 〈心と社会〉の中の文化

監訳者あとがき
文献       (13)
事項索引     (3)
人名索引     (1)
装幀=虎尾 隆





新しい文化心理学の構築 まえがき

 本書は、文化心理学の分野におけるもろもろのアイデアを統合することへの冒険である――発達科学、人類学、社会学、歴史学、記号論、哲学の専門的知識の上に立って築き上げてゆく。基本的な焦点は深く現象学的なところにあり、行動ではなく、経験を生きてゆく人間という視点を、科学としての心理学の基礎におく。私の観点は、人間の経験を、文化的に組織化され絶え間なく個人的に再創造される主観的な現実と見なす伝統の上に築かれている(Valsiner, 1998a参照)。現在のこの観点のルーツは、一方でウィリアム・シュテルンの人格論的な枠組みにあり、もう一方はレフ・ヴィゴツキーとアレクサンダー・ルリアの文化的歴史的伝統にある。現在のかたちの本書の考えは、チャールズ・S・パースの記号論とカール・ビューラーの意味論を基礎とする記号論的心理学の一バージョンということになる。その成果は、完全に唯一無比な心理的現象の只中にありつつ、(Wissenschaftという古き良きドイツ語の意味で)科学的かつ普遍的であると主張する、もう一つの心理学的理論の構築である。

 心理学はその歴史の中で、主題事象とその客観性に関する表面的な理解(心理学は行動を研究しているという行きわたった考えのこと)を採用することによって、科学の殿堂に属することを証明しようともがき続けてきた。このような努力はまったく実りのないものだった。そして本書における文化心理学というトピックについて言えば、われわれは最も複雑かつ魅力的な課題に直面している。すなわち、人間の個別性をそのすべての豊かさを失うことなく表現することを貫きながら、同時にその基本的知識において一般的でもある学範の構築へと導く、新たな提案をするという課題である。

 本書で私は、社会的文脈の中で生きる人間の経験の中心性、そしてその個別性のすべてを全面的に受け入れることを通してこそ、心理学は科学たりえることを主張する。そうすることで、Wissenschaftとして、抽象的で一般化された知識を築くのである。私は、人間の経験は個別的で、その現象は過度に文脈に依存するために一般化された知識を導くことができないという、現代の社会科学の大半に広く行きわたっている経験主義的な主張に与しない。いくらか逆説的であるが――もしくは、一見そう見えるかもしれないが――、まさに人間の心理現象が最高度に個別的であるからこそ

(1)

、人間の心理科学が一般的知識へと到達しうる、と私は主張する。しかし、ここで言う知識は、古典的なアリストテレス的――分類的――な類いではない。それは自ずから、人生の経験の全体を生み出す、「経験している」基本的なプロセスに焦点を合わせる。人間の心理的現象の具体的なかたちは、時・人びと・文脈とともに変化するが、それらが組織化される方法は普遍的なのである。

 本書は心理学に属するが、現代の心理学のオーソドックスな見方はしない。本書は、以下のような基本的な問いの答えを見出したいと望む読者のための本である――どこであれ現代世界に住む個々の人びとは、どのようにして文化を自身の心理的生活に統合しているのだろうか? 文化はどのようにして人びとの感情、思考、行為の中にあらわれるのだろうか? 人間は、さまざまな文化的手段を通して、自らの主観をどのようにガイドするのだろうか? そして本書の目的は、基礎的な社会科学としての文化心理学のための基礎を描き出すことである。

 さまざまな大学にいる研究仲間(デリー大学レディ・アーウィン・カレッジのナンディタ・チョウダリ、ブラジリア大学のアンジェラ・ブランコ、イギリスのケンブリッジ大学のブラディ・ワゴナー)に感謝する。彼らには本書の各章の草稿を読んでもらい、建設的な批評をいただいた。2006年春の「文化心理学の進歩」というセミナーで最初の7つの章の草稿について話しあった院生たちにも感謝している。本書に有益な資料を追加してくれたアンナ・クピク、原稿を熱心に読んでくれたジェイム・ハリソン、反語的に建設的な批判をしてくれたカーステン・リード、そして補足的な示唆をしてくれたアレッサ・ジンマーマンは、最初の草稿を書き直すにあたって重要な貢献をしてくれた。ダニエル・ケニアリー、スコット・バーンヘッガー、イェン・バルトコは各章を念入りに読み、文章が省略されすぎている箇所を拡充するための有益な示唆を与えてくれた。デイヴ・メッシングは、本書の抽象的な構想の背後に見てとれる人間の価値をさらに精緻なものとするよう、強く勧めてくれた。ジョナサン・マシューズは、文章と図を改善するために、彼の写真家魂を発揮してくれた。ボイド・ティモシーは、私がときどき現代心理学の基盤となっている「標準科学」を過剰に批判してしまうことに対して、生産的な反論をしてくれた。もちろん、4ヵ月間にわたって毎週おこなわれたセミナーで得られた建設的な解決のうち、本書の最終稿に反映させることができたのはほんの一部でしかない。しかし、そのアイデア群は生き続け、おそらく次の仕事に活かされるだろう。クラーク大学における「キッチン・セミナー」訳注1での、記号的媒介の考えの一部についての選択的議論、とりわけニック・トンプソン、ロジャー・ビバース、ヴィニー・ハヴァーン、エミリー・アビィ、サラ・ストラウト、ローズ・ソコル、ジニー・ジアモの知的なインプットに感謝する。人間の生活のダイナミックな社会構造への焦点化については、ジェノサイドの文化的社会的心理学について講義したことから多くを得た。ベッキー・フィリップス、チベリウ・ガリス、ナーマ・ハヴィヴ、ステファニー・フィッシャー等々の人たちとの、世間一般の大方の人びとがどのようにして友好と残虐の間を動くのかについての議論は、われわれが通常考えることを好まない人間精神(psyche)――暴力と政治――について、より良い理解を得るのに大いに役立った。

 本書は、私の2001年にマドリードで出版されたモノグラフ、『人間の文化的発達の比較研究』を書き直すという計画として始まったが、すぐさま新しい本とする方向になった。二、三のテーマと題材は,この本から引き継いでいる。いくつかのテーマは、もう一つの本を受け継いでいる。すなわち、『文化と人間の発達』(London: Sage, 2000, Chap. 6)から始まった家族と結婚の範囲についての新しい展開を本書に見ることができる。本書は、これらの本における理論的展開の中核は保っているが、人間が存在するダイナミックな社会構造について精緻に述べているところに独自性がある。前著二冊を特徴づけていた子どもの発達への着目は本書ではみられないが、あらゆる年齢層における人間発達という、より幅広い関心に置き換わっている。

 大勢の研究仲間が価値あるフィードバックをしてくれただけでなく、写真資料の再掲を快く許可してくれた。ドレクセル大学のウシャ・メノンは、カリの画像(図5・10)を提供してくれただけでなく、この力強く常に変化する神の役割を解釈するにあたっても助けてくれた。また、セージ出版のテジェシュワール・シンにも感謝している。彼は、他の地域と同様、本書をインドの読者というより広い枠組みで出版できるよう、慎重に計画してくれた。私は、まだ訪れたことのないインドで本書を出版していただけたことを、特に嬉しく思っている。遠方からインドを眺めることは、インドという境界域の内にある豊かで異種混淆の文化世界における変化に富んだ社会的文脈の中で生きる複雑さについてゆるやかに学ぶ私の取り組みであり、人間の複雑さを理解するにあたって有益であることを願っている。今までのところ、私は遠くから学んできたが、この学びの成果が、将来のインドにおけるより直接的な経験のための出発点となることを望んでいる。

 私の個人的な発達の観点から言うと、本書は多くの点で画期的である。私が文化心理学に属するというアイデンティティを全面的に受け入れたのは、本書が初めてである。1995年以来、文化心理学の分野における主流雑誌である『文化と心理学』を編集してきたにもかかわらず、また、多くの研究仲間に良いアドバイスを頂戴していたにもかかわらず、私は何年もの間、「文化心理学」という言葉を使うことにためらいがあった。私はイメージの上では「文化心理学」の「グループ」に属しているのだが、私と文化心理学との関係は、その中心へ向かおうと励む一方で周辺部にとどまろうとするという意味で境界域的であるということである。私にとって「文化心理学」というラベルはあまりに曖昧すぎかつ魅力的すぎるように見え、そのどちらもが、この言葉を重視しない良い理由となるのである。世界は、表面的なレベルで社会の認知を競いあう素晴らしい言葉で満ちている。私は、感情的知性、有名な芸術家の絵画の暗号、少年の精神の神秘性といった、世界の救済を主張する創案者たちの名声争いに巻き込まれたくはない。本書にサスペンスはない。そのかわり、読者は、文化心理学の一般理論の枠組みを構築するための、包括体系的な、ときに非常に実際的な(そして、あるときには間接的な)努力を見るだろう。文化についての不明瞭な概念を、記号的媒介というはるかに制限された概念に翻訳するという満足のいく解法を見つけてから、私は、文化心理学のアイデンティティが自分自身に受け入れられるものになったと感じた。この焦点化(文化心理学を記号的媒介として理解したこと)によって得られた副産物は、本書における心理学と記号論の統合である。

 さらに、入院生活の参与観察者訳注2として滞在した後の回復のプロセスの中で、本書は急速に形をあらわしていった。これは、私の生きるという最高の喜びへの逃走の結果かもしれない。その結果もたらされた情熱的に生き、考えを持って前進するという欲望が、本書を執筆するという衝動の背後にある。この成果が、もし知的に洗練された思考者が真剣に読むに値するならば、この上ない喜びである。人びとが生きる本当の楽しみは、アイデアや実践の遂行の中にある。本書で考える文化心理学とは、地球上のあらゆる場所における人びとの日常生活の、最もありふれた側面の、比類ない性質の研究なのである。私たちはみな、個々にユニークであることによって一つなのである。

ウースター、マサチューセッツ

  ヤーン・ヴァルシナー

    注 (1)これは、人間の生涯の非可逆性による公理的所与である。

訳注

(1)「キッチン・セミナー」とは、クラーク大学の学期中、毎週水曜午前中に2時間程度おこなわれるセミナー。海外からのゲストが発表する場でもある。また、最近ではインターネット中継などを用いて海外とも同時に議論がおこなわれる場合もある。

(2)入院生活の参与観察者とは、ヤーンが大腸の病を得て入院・手術したことを指す。