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田中洋美・M.ゴツィック・K.岩田ワイケナント 編

ライフコース選択のゆくえ
――日本とドイツの仕事・家族・住まい


四六判上製384頁

定価:本体4200円+税

発売日 13.2.15

978-4-7885-1324-2

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◆生き方はどこまで選べるのか◆

ライフコースとは進学、就職、結婚、出産、定年退職など人生を彩るイベントをたどる一生の道筋をさします。日本では安定した順調な人生として、会社員の夫、パートの妻と子ども2人など、男女別の標準化されたライフコースがイメージされてきました。しかし高齢化、少子化、未婚化、非正規雇用の増大などによってライフコースに変化が現れ始め、これはドイツと共通するトレンドです。個人化・多様化したといわれる人生の選択肢は広がったのでしょうか?男女の生き方は豊かに広がったのでしょうか? 仕事と人生、結婚と家族観、住宅の変化から日独の個人の生き方、ジェンダー、ライフコースのゆくえを探ります。好評を博したドイツ日本研究所国際シンポジウムの出版。


ライフコース選択のゆくえ 目次

ライフコース選択のゆくえ 編者まえがき

ためし読み
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ライフコース選択のゆくえ─目次

編者まえがき
T ライフコースへのアプローチ 
1「人生の多様化」とライフコース――日本における制度化・標準化・個人化
嶋ア 尚子
  はじめに
1 戦後日本におけるライフコースの制度化
2 公的ライフコースの標準化
3 「人生の多様化」言説の登場と背景
4 個人の生き方の過程とライフコースの個人化
  小括と展望

2 ライフコース・ライフストーリー・社会変動
――ドイツ語圏社会科学におけるバイオグラフィー(人生経歴)・アプローチ
ベッティーナ・ダウジーン
  はじめに
1 バイオグラフィー・ライフコース・ライフストーリー――概念的差異
2 ライフコースの個人化――ライフコース研究の可能性と限界
3 ライフストーリー(ライフ・ナラティブ)と構築される自己
  おわりに

U 仕事をめぐる生き方の変化  
3 雇用改革とキャリア
――日本における雇用の多様化と「生き方」をめぐる労働者の葛藤
今井 順
  はじめに
1 キャリアパターンの歴史的・社会的構築――交渉パターンによる類型
2 戦後日本における標準的キャリアパターンの制度化
3 規制緩和と標準的キャリアの相対化
  小括、そして将来への展望

4 雇われない働き方とライフコース――日本における新しい労働世界の予兆
鎌田 彰仁
  はじめに
1 バウンダリーレス・キャリアの時代――雇用の流動化
2 雇われない働き方の労働世界――起業・自営の哲学と行動
3 フリーランスへの転回とライフコース――自由と安定のジレンマ
  おわりに

5 サラリーマンマンガにみる男女のライフコース
――『島耕作』『サラリーマン金太郎』シリーズからの考察 
石黒久仁子 ピーター・マタンレ
1 メディアが描く男女のライフコース
2 日本におけるライフコース・労働とジェンダー
3 日本のサラリーマンマンガ
4 『島耕作』と『サラリーマン金太郎』にみる男女の生き方
5 日本の企業社会と男女のライフコースのゆくえ

6 自律的な職業キャリアへの転換――ドイツのメディア産業にみる雇用の柔軟化
ビルギット・アピチュ
1 労働市場の変化とライフコース
2 ドイツにおけるメディア産業
3 メディア産業における雇用の柔軟化と生き方の志向
4 自律的な職業キャリアへの転換?
  おわりに

V 結婚・家族観の持続と変容  
7 働く独身女性のライフコース選択――「普通の逸脱」の日本的文脈
田中 洋美
1 戦後日本型ライフコースのジェンダー化とその変化
2 都市で働く独身女性調査――調査概要
3 働く独身女性は「普通の逸脱」か――東京の独身女性の場合
4 プラグマティックなライフコース選択と社会変化の可能性

8 テレビドラマにみるライフコースの脱標準化と未婚化の表象
――『アラウンド40』と『婚カツ!』を例に   
クリスティーナ・岩田ワイケナント
  はじめに 
1 メディア分析の重要性と理論的アプローチ
2 過去二十年のテレビドラマにおける「結婚」の表象の変遷
3 『アラウンド40』にみる幸せの個人化
4 『婚カツ!』にみる明るい未来の前提としての結婚
  おわりに

9 妻のいない場所――村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』における〈僕〉の時空間
日高 佳紀
  はじめに
1 閉じないことによって閉じる物語
2 ライフコースからの逸脱と見いだされた〈家庭〉
3 〈路地〉から〈井戸〉へ
4 〈僕〉のさがしもの
5 物語への抵抗

10 リスクとしての子ども?――日本のサラリーマンにみる子育ての意味の揺らぎ
多賀 太
1 男性の仕事と子育ての葛藤
2 研究動向と調査方法
3 サラリーマン男性の生活事例
4 子どもを持つリスク

11「新しい父親」の発見――積極的な父性のアンビバレンス
ミヒャエル・モイザー
1 父親への新たな関心
2 父性言説と現実の父性
3 積極的な父性――仕事と家庭の対立構造
4 闘争の場としての家庭?

W 住まいからみる新しい生き方  
12 若年層のライフコースと住宅政策
平山 洋介
1 住宅政策と若者
2 社会維持のサイクル
3 若者のライフコース変化
4 若者の居住立地と都市空間
5 住宅政策の課題

13 高齢女性の住まい方とライフコース――なぜ共生型・参加型居住を選択するのか
マーレン・ゴツィック
  はじめに
1 高齢者の住まい方の選択
2 共生型居住という新しい住まい方
3 共生型住宅に住む高齢女性のライフストーリー――オルタナティブな住まい方の模索
4 居住キャリア(経歴)の脱標準化の背景
  おわりに――自立と不安のはざまで

14 女性の居住・生活形態の変遷――ドイツにおける人口動態と世帯動向の分析
ルート・ベッカー
 はじめに
1 西ドイツ女性の生活形態――戦後の混乱
2 結婚と(完全な)家族の優先
3 単身女性の居住形態――一九五〇?六〇年代
4 新たな居住形態へ――一九七〇年代以降
5 東ドイツの状況
6 統一ドイツの生活形態――一九九〇年以降
7 ひとり暮らしを超えて――自己解放的な居住構想

X 日本社会と生きがい
15 日本における生きがいとライフコースの変化
ゴードン・マシューズ
  はじめに
1 日本における生きがい概念の変化
2 生きがいと若者――「日本における大人の社会秩序」の再生、または拒絶
3 生きがいと高齢者――「日本における大人の社会秩序」からの追放
4 生きがいと死
  結論――生きがいと日本社会の変化
  
編集協力 杉本栄子
装幀 鈴木敬子(pagnigh-magnigh)





ライフコース選択のゆくえ―編者まえがき

 新しい世紀に入ってから早いもので一〇年が経った。振り返ってみれば、第二次世界大戦後から半世紀もの間、日本社会はいくつもの社会変動を経験してきた。戦後復興、それに続く高度経済成長、八〇年代のバブル景気、その終焉と長引く不況。景気回復の徴候が全くなかったわけではないが、雇用や経済、政治といった領域で見られる新自由主義的な流れにあって、経済的・社会的格差や幸福についての議論が活発化している。そんな社会に実際に暮らす人々の生き方はどのように変わりつつあるのだろうか。あるいはどのように変わることを余儀なくされているのか、または変わらないまま続いていくのだろうか。

 本書は、ライフコースを通して後期近代における個人の生き方の変容を俯瞰的に捉え、こうした問いに応えようとしたものである。

 今日、ライフコース(life course)という語は、学術書から一般書、政府文書からメディア記事に至るまで、幅広く用いられている。学術的なライフコース研究ないしライフコース論でしばしば引用されるエルダーの定義によれば、ライフコースとは「年齢ごとに異なる役割と出来事(ライフイベント)を通して個人がたどる道筋」(Elder 1977, 森岡 1987:2)である。

 本書では、欧米で生まれ、日本でも紹介され、研究されてきた社会科学的なライフコース研究を踏まえつつ、家族社会学の一領域というイメージの強かったライフコース研究の射程を広げることを試みている。具体的には、これまでバラバラに論じられることの多かった@仕事(職業キャリア)、A家族(家族キャリア)、B住まい(居住キャリア)の三つに焦点を当て、これら三つに関わる論考を収めている。これらの人生領域はキャリア(career)ないし道筋(pathway)とも呼ばれている。日本ではこれまで、働き方は労働社会学、仕事の社会学、家族は家族社会学、住まいは住宅・居住研究といったように、それぞれの領域で個別に論じる傾向が見られた。本書ではあえて諸領域を併せて取り上げ、包括的に近年のライフコース変化について捉えることができるよう心がけた。

 本書ではこの三領域それぞれにおいて「個人の生き方(個人化とバイオグラフィー)」「ジェンダー」「国際比較」の三点を分析軸に設定した。順に説明していこう。

 欧米では後期近代における人々の生き方の変化について「個人化」との関連で論じられてきた。ドイツの社会学者ベックによれば、個人化とは後期近代において、社会変化により進行している社会過程であり、個人が自らの人生を「自分で」つくりあげていくことへの要請が高まっていることを指す(Beck & Beck -Gernsheim 2002)。後期近代において生き方の脱伝統化が起きており、人生の選択肢が増え、生き方を自由に選ぶ余地が拡大している。ただしこの「自由」は、リスクの個人化という側面を孕んでいる。つまりかつてであれば血縁や地縁に基づく関係性のなかでセイフティーネットが形成されていたが、現代社会では、自分で自分の生き方を決め、またそこで生じうるリスクに対して個人がそれぞれ責任を取ることへの要請も高まっているというのである(Beck 1986=1998)。欧米生まれの個人化理論が日本にそのまま当てはまるのかどうかは検討する必要があるが、本書に収められた論考の多くが直接的ないし間接的に個人化の概念を取り入れている。

 そしてこの個人化に関する議論では、しばしば「バイオグラフィー」という語が用いられている。バイオグラフィー研究とは、個人に焦点を当てて人々の人生のあり方とパターン、そのパターンの変化を探ることを指すが、ドイツ語圏で方法論的・概念的に活発な展開を見せてきた。本書はバイオグラフィー研究に関する論考を収めており、このテーマに関する数少ない日本語文献のひとつとなっている。ライフコース研究とバイオグラフィー研究の間の重要な違いのひとつに、前者が計量分析に基づく考察を多く生み出しているのに対し、後者は質的調査法との親和性が非常に強いということである。本書には、仕事、家族、住まいの質的調査に基づく論考が複数収められているが、本書もバイオグラフィー研究と同じ関心を共有している。

 「ジェンダー」という分析軸は、戦後日本型ライフコースが高度にジェンダー化されたものであったからにほかならない。成人後は、結婚し、子どもを持ち、男性は一家の稼ぎ主として、女性は主婦として家事育児に従事するというように、男女別に異なる人生の道筋が標準的な生き方として用意されたのである。本書でジェンダーを強く意識したのは、人々の生き方について考えるとき、日本において(そしてドイツや他の社会でも)そのジェンダー化がきわめて大きな問題として今もたち現れるからである。

 「国際比較」の分析軸は、日本のライフコースの変化について考える上で、欧米の、とりわけポスト工業化社会との比較を通して新しい知見が得られるのではないかと考えたからである。本書では数ある欧米諸国の中からドイツを取り上げ、日本とドイツの「ソフトな比較」を試みた。つまり比較する対象をあらかじめ具体的に設定し、システマティックに比べるという「ハード」な比較ではなく、それぞれの社会の事例研究を通して個人の生き方の変容を相互参照することを目指した。また国際比較においては、異なるケース同士を比較する場合と、似たケース同士を比較する場合があるが、本書では後者のアプローチに則った。

 しばしば取り上げられるフランスやスウェーデンではなくドイツを選んだのは、ドイツ社会には日本社会との類似点があるためである。特に、遅れた近代化、戦後の経済発展、伝統的な性別役割分業の影響を受けた社会福祉制度を指摘することができる(日独ともに福祉国家論のジェンダーレジーム論では男性稼ぎ主モデルに位置づけられている)。

 本書には以上の三点と別に、方法論という視点からもう一つ特徴がある。ライフコース論としては珍しい、メディアや作品分析の手法を取り入れていることである。5章、8章、9章は、マンガ、テレビドラマ、小説といったメディアテクストを題材としている。従来のライフコース研究にはない新しい試みである。

 個人化とバイオグラフィー、ジェンダー、国際比較の三つの分析軸を重視したことで、その他の分析軸(たとえば階層ないし階級)を分析枠組みの柱に据えることはできなかった。ジェンダー研究において近年指摘されているように、ジェンダーはその他のさまざまな社会的差異と交差している。個人の生き方においてジェンダーが階層、セクシュアリティ、エスニシティなどとどのように関連し合いながら社会的差異と不平等を再生産しているのか、その複合的な様相についての考察は今後の課題である。

 本書の出版にあたっては、多くの方々にお世話になった。

 まず本書はドイツ日本研究所の出版助成を受けた。この出版プロジェクトへの協力を惜しまなかった同所のフロリアン・クルマス所長に厚く御礼申し上げる。

 本書は二〇一〇年十月二二〜二三日に明治大学で開催された国際会議「ライフコース選択の臨界点 Life Courses in Flux」(ドイツ日本研究所・明治大学情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター共催)を基にしている。この会議の多くの話し合いや議論から生まれたアイデアが本書の萌芽となった。同会議の企画に携わってくださった宮本真也さん、出口剛司さんを始め、関係者の皆さんにもこの場を借りて御礼申し上げたい。

 本書にはいくつもの翻訳原稿が収められている。英語ないしドイツ語から日本語への翻訳に際して、次の方々にお世話になった。6章(アピチュ論文)は、石黒久仁子さん、不和麻紀子さん、11章(モイザー論文)および14章(ベッカー論文)は、桑折千恵子さん、15章(マシューズ論文)は、豊福実紀さんが翻訳してくださった。2章(ダウジーン論文)の翻訳は編者の田中が担当し、すべての翻訳原稿の監訳作業は編者三名が共同で行った。訳文は、すべて編者の責任である。

 出版では新曜社の小田亜佐子さん、元ドイツ日本研究所スタッフであり日独両国の昔ばなしの研究家である杉本栄子さんにご尽力をいただいた。編集者としての小田さんの力量と日独両方の文化に通じ、出版経験も抱負な杉本さんのきめ細やかな対応に、我々編者は大いに助けられた。記して感謝する。

 最後に、一点述べたいことがある。ドイツにおけるライフコース研究の発展において、ベルリンの壁崩壊とその後の東西ドイツ統一という歴史的な出来事を経験した世代の生き方が重要な研究テーマとなっていることである。たとえば、この出来事を二十歳のときに体験した世代とそれ以前の世代の生き方にどのような違いが見られるのか、ライフコース視点により考察した研究がある(Mayer & Schulze 2009)。一九九五年の阪神淡路大震災、そして二〇一一年の東北地方太平洋沖地震とそれに続く福島第一原子力発電所事故による原子力災害は、それに匹敵するような歴史的出来事ではないだろうか。そのような出来事を経験した人々の生き方を捉え、より深い理解を目指す上で、ライフコースやバイオグラフィーといったアプローチは有効であろう。本書が今後そうした研究が生まれるきっかけのひとつになれば幸いである。

編者を代表して 田中 洋美