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荻野 昌弘 編

戦後社会の変動と記憶
――移動・空間・他者


四六判上製320頁

定価:本体3600円+税

発売日 13.2.25

978-4-7885-1323-5

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◆日本はどのように戦後社会を構築したのか、太平洋戦争の所産と負の遺産とは何か?◆

人口の大移動:戦中戦後の大量の人口移動、領土縮小と再編成を統計データから俯瞰します。

敗戦国の再生:広大な旧軍用地がどのように産業転用されたかを群馬県と三重県を事例に実証。

アニメのルーツ:日本のアニメの起源を戦時期の戦争アニメーション制作過程に探ります。

戦争の被害と記憶:重い口を開いた戦争被害者たちの語りに耳を澄ませ、中国での激烈な戦闘に思いを馳せます。アメリカに渡った被爆者の証言、フィリピンの村の写真展(日本軍による虐殺とレイプの記憶)、雲南戦争遺跡観光と反日感情・愛国主義から、戦争へのまなざしと他者概念の重要性を提起します。中国、韓国との関係が険悪ないまこそ、かつての敵味方同士がともに戦争を知る必要があります。


戦後社会の変動と記憶 目次

叢書「戦争が生みだす社会」序文

ためし読み
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戦後社会の変動と記憶─目次

叢書「戦争が生みだす社会」序文(荻野 昌弘) 

序章 「戦争が生みだす社会」研究の課題・・・荻野 昌弘
1 暴力をいかにとらえるか
2 境界の設定と社会
3 戦争が生みだす社会
4 他者概念の認識論的転換

第1章 戦争と人口構造・・・石田 淳
―高度経済成長の基盤としてのアジア・太平洋戦争
  はじめに
1 戦争の制度面での影響
2 戦前・戦中の人口移動
3 人口還流としての引揚げ
4 敗戦による人口圧力
5 人口ボーナスの出現
6 高度経済成長下の人口移動
  おわりに

第2章 軍が生みだした地方都市・・・前田 至剛
―三重県鈴鹿市の誕生と空間形成
  はじめに
1 鈴鹿市の誕生と戦時下の都市形成
2 戦後復興と都市形成
3 風景に刻まれた軍の痕跡
  結語

第3章 敗戦国の都市空間を把握する・・・今井 信雄
―群馬県における軍用地の跡地利用
1 敗戦国の都市空間
2 軍用地という空間と都市の形成―高崎歩兵連隊の設置と跡地利用
3 民間軍需工場から見た都市空間形成―中島飛行機の創設と戦後の展開
4 軍事施設の跡地利用―陸軍岩鼻火薬製造所と理研コンツェルン
  おわりに―新しい都市理論に向けて

第4章 戦争と文化の制度化・・・雪村まゆみ 
―アニメーションの誕生
1 空間の再編成と文化
2 アニメーションの制度化
3 戦後の展開
4 今日のアニメーター

第5章 「在米被爆者の語り」から・・・池埜 聡、中尾賀要子 
―戦争が生みだす境界のはざまで
  はじめに
1 背景
2 家族―声なき「声」を紡ぐ
3 アメリカ―「ゆらぎ」のなかで
4 在米被爆者のたましいの声

第6章 集団虐殺・レイプを受けたフィリピンの村のいま・・・武田 丈 
―フォトボイスを通した境界を越えるこころみ
  はじめに
1 マパニケ村の過去といま
2 フォトボイスによるフィールドワーク
3 境界を越えるこころみ
4 フォトボイスによってもたらされた変化
  おわりに

第7章 騰衝日中戦争遺跡・施設・メモリアルサイトと現代社会・・・李 永祥、村島健司訳
1 騰衝日中戦争概況
2 日中戦争遺跡の現状
3 日中戦争関連施設の現状
4 メモリアルサイトの現状
5 日中戦争遺跡・施設・メモリアルサイトの現代的諸問題
6 日中戦争遺跡・施設・メモリアルサイトと反侵略・愛国主義教育
  結び
雲南の戦闘 文献解題(編者)

終章 近代社会における平和・・・荻野 昌弘
戦争と聖なるもの 祭りと戦争 個と社会 実験室 対 実験室の戦争
テロリズムの時代 開発と原発 フランケンシュタイン効果
空白の場所―国家が統治していない世界 戦場空間と移動 戦争と差別
他者問題の解明

事項索引・人名索引  (viii)〜(iv)

装幀 鈴木敬子(pagnigh-magnigh)

*本文中の写真は断りのない場合、編者・著者の撮影・提供による





叢書「戦争が生みだす社会」序文

荻野 昌弘

ふたつの世界大戦に代表される二〇世紀の戦争は、大量破壊、大量殺戮をもたらした。しかも、今もなお、世界で大量破壊兵器を用いた紛争が絶えることはなく、また、新たに戦争が勃発する可能性も否定できない。戦争はまさに今日的な問題であり、この問題を抜きにして、二一世紀の未来を語ることはできないのである。この意味で、戦争に関してさまざまな学問分野が、最新の方法を駆使して研究していくことの現代的意義は疑いえない。

 戦争は単に破壊をもたらすだけではない。それは、その後の社会変動の契機ともなる。したがって、社会がいかに変容するかを捉えようとするとき、戦争がいかなる役割を果たしたのかを研究することは不可欠である。ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』が示したように、歴史学において、こうした観点から、「第二次世界大戦後」を捉えようとする流れが、一九八〇年代に本格化する。ただそれは、戦争のようなできごとが、いかに社会の変化を基礎づけているかを包括的に問うところまでには至っていない。本研究では、より包括的に、戦争というできごとと社会変動の関連性を分析するために、三つの概念を導入する。それは、空間、移動、他者という三つの概念である。

 ダワーの著作の冒頭には、地図上に、一九四二年における日本の版図が示されている。それは、日本軍がもっともその勢力を広げた時点のものであり、日本軍は、アリューシャン列島から、現在のインドネシア、インドシナ半島、そして中国の一部に至るまで、広大な地域を支配している(実は、同様の地図は、高校の日本史の教科書にも載っている。本書巻頭地図参照)。この支配領域の広がりはほんの一瞬のことであったが、支配下にあった地域を変化させる重要な契機となったことは疑いない。

 その後、敗戦時まで、この版図は収縮する一方であったが、この短期間における版図の拡大と収縮は、膨大な数のひとびとの移動を招いた。厚生省は、戦後の日本が経験した引揚げは「地理的規模」と「人員の総量」において前例がないと言い、次のように指摘する。

 内南洋、ニューギニヤ、オーストラリヤ、ニュージーランド、ビスマーク諸島、ソロモン諸島、ボルネオ、蘭領東インド、馬來半島(シンガポールを含む)、ビルマ、タイ、仏領印度支那、台湾、満州(内蒙古含む)、中国、朝鮮、樺太および千島、欧露・シベリヤ・外蒙などソ連邦と関係諸地域、ハワイ、米本土、カナダ、南米、ヨーロッパ諸国、トルコ、アフガニスタン、その他ほとんど地球上のあらゆる隅々から日本人は故国へ帰還した。これは人類が経験した最も広範囲な集団人口移動である(厚生省『引揚と援護三十年の歩み』第三章11)。

 ここで言われている「人類が経験した最も広範囲な集団人口移動」が、その後の日本とその占領地域にもたらした直接、間接の影響ははかり知れないであろう(特に、引揚げに関しては、本叢書U巻で詳細に論じられる)。日本は敗戦を迎えたが、中国大陸では、共産党と国民党とのあいだに戦闘が生じ、敗れた国民党軍が台湾に渡ったことで、台湾社会も大きく変化することになった。朝鮮半島はふたつの国家に分かれ、朝鮮戦争が起こった。

 戦争を通じて、新たに設けられる境界は、新たな国籍と、社会的カテゴリーを生みだす。複数の民族が同一国家に存在する場合(ほとんどの国家はそうである)、ひとつの民族が複数の国家にまたがって存在する場合など、新たな境界はさまざまな状況を生み、多様な「他者」を創出する。そして、新たな紛争の可能性をも生みだす。

 イギリスの社会学者ジョン・アーリは、新たな社会学的基準として、「適切なメタファーを通じて、均衡状態や構造、社会秩序ではなく、動きや移動性、偶発的な秩序に焦点を当てた社会学を発展させる」ことを挙げている(アーリ『社会を越える社会学』)。まさに戦争というできごとが、「動きや移動性」を加速し、「偶発的な秩序化」を生んできた。これは、アーリのいう「基準」が、ごく最近になって生じた「新しい」社会学的基準というわけではないことを意味している。むしろ、「均衡状態や構造、社会秩序」などの、国民国家を暗黙の前提とした理論モデルの背後に、「真の問題」が隠されていたというべきであろう。

 人文・社会科学の領域において、戦争研究を先導してきたのは、歴史学である。しかし、歴史研究では、特に日本を中心とした歴史記述の場合、「戦前」「戦中」「戦後」という区分が暗黙のうちに前提とされている。また、政治学においても、丸山真男がかつて「八月十五日にさかのぼれ」(八・一五革命説)といったように、戦前戦中と戦後には、大きな隔たりがある点が強調されてきた。

 たしかに、「敗戦」を境にして、日本とその支配が及んでいた地域は、大きく変容する。しかしそれは、敗戦の時点で白紙の状態から始まるわけではない。戦争というできごと自体が、社会そのものを沸騰状態(日本に関していえば、少なくともミッドウェイ海戦の敗戦まで)におき、変容の大きな契機となるからである。

 こうした沸騰状態は、他者と接触するなかで生じる。近代戦争の特徴は、?職業軍人だけではなく、多くの「国民」が動員され、?戦争の当事国だけではなく、広範囲の地域・国家に影響が及んだ点にある。日中戦争と太平洋戦争の戦場は、至るところに広がっており、それは、軍人だけではなく、強制収容所や強制労働、空襲や戦場になった地域の住民の避難や疎開、それによってもたらされる家族や友人、恋人の離散と新たな出会いを生みだす。戦争は、「他者」と遭遇する機会を飛躍的に増大させるのである。また、敗戦によって、大量の軍人、引揚者が自国に戻る、いわば国家の収縮過程が生じる。日本の場合、太平洋戦争敗戦後、元軍人をはじめ、「外地」に生活していた650万人に及ぶ者が帰国した。戦争開始から始まる社会の膨張と収縮、それに伴う人の移動の軌跡は、それ自体が社会を創り、変容させる大きな動因となる。また、それは、日本の旧植民地や占領地域に「空白」をもたらすことをも意味する。

 戦前、戦中、戦後の物理的移動への注目は、必然的に空間の問題を問うことにつながる。そもそも、戦争は軍事施設の建設、陣地の設営、兵器生産への生産システムの改変(これは、工場の移動を伴う)を前提としている。また、戦争がひとたび終われば、これを土台にして、新たな空間への働きかけが行われる。敗戦国である日本の場合には、軍隊が解体したことから、旧軍用地の再利用は、戦後社会の形成と大きく関わっていた。つまり、かつての戦場や軍用地が、その後どのように利用されていくのか。それは、戦後の工業開発といかなる関係があるのか(あるいはないのか)といった問題は、戦後の日本社会の構造化を考えるうえで欠かせないものである。

 また、近代戦争において用いられる核兵器や化学兵器は、破壊の対象を兵士ではなく、環境においている。広島と長崎への原子爆弾の投下は、このことを象徴する事件である。米国や実際に原爆を投下したエノラゲイの乗組員は、広島や長崎市民ではなく、広島市、長崎市と呼ばれる空間を爆撃したにすぎない。個々の被爆者の「顔」は、攻撃する側には見えない。湾岸戦争やイラク戦争は、こうしたタイプの攻撃がより純化されたものである。戦争による空間の生産、兵器を通じた認識の大転換は、人を環境、空間との関連で捉えようとしない社会理論が無効であることを示している。

 本叢書は、以上のような問題意識のもとに戦争と社会変動との関係について問うものである。戦争が生みだす社会の実態と様相を、社会学、人類学、民俗学、カルチュラル・スタディーズ、社会福祉学等の分野における研究を通じて明らかにしていく。全体を全V巻とし、以下のような構成とする。

T巻 戦後社会の変動と記憶
 本叢書全体の意義を示し、「空間」「移動」「他者」を分析概念として、太平洋戦争のもたらした社会変動(領土と空間の変容、旧軍用地の利用と都市形成)、境界と他者の記憶(戦争アニメ、戦争被害の語りと保存)に関する論考を収める。

U巻 引揚者の戦後
 「移動」のなかでも敗戦を契機に旧植民地域・戦地から一斉に移動した引揚者に注目し、引揚者が戦後の都市や農村の形成にいかに深く関わったか、また新たな文化をもたらしたのかを探究する。

V巻 米軍基地文化
 戦後、米軍の進駐・占領・駐留は、音楽、文芸などに大きな文化変容をもたらした。沖縄、横須賀をはじめとする米軍基地の存在は地域社会に影響を与え続けている。また、日本と同様、米軍が駐留してきたアジア諸国との文化交流を探る。

 本叢書は、二〇〇八年四月に発足した関西学院大学先端社会研究所の共同研究の成果である(先端社会研究所共同研究「戦争が生み出す社会」二〇〇八〜〇九年度、ただし、日中戦争に関しては、二〇一〇年度も継続)。

 先端社会研究所は、文部科学省二一世紀COEプログラム「『人類の幸福に資する社会調査』の研究」(二〇〇三〜〇八年度)を持続・発展させるために生まれたものである。「人類の幸福」というおそらくは結論がでないような問題をいかにして「調査」するのかという研究基盤がCOEプログラムによって整ったという認識から、研究所発足後は、研究の第二段階として、「他者問題」に関する研究をテーマとして掲げた。これは、「人類の幸福」を考えるには、ある特定の共同体の幸福ではなく、共同体の網の目から抜け落ちたひとびとの現実を捉える必要があるという問題意識から生まれたものである。これらのひとびとを「他者」と捉え、他者が抱える問題を調査することが、「人類の幸福に資する社会調査」につながると考えたのである。他者の問題を考えるうえで、具体的に戦争を取り上げた理由はすでに述べた通りであり、より詳しくは叢書全体を通して理解していただきたい。

 戦争という新たな研究領域を開拓するため、二〇〇九年には中国、韓国、オランダの研究者を招聘し、国際シンポジウム「戦争が生み出す社会パートI」を開催した。また、39th Congress of International Institute of Sociologyでは、War and Societyという部会を開催した。二〇一〇年には、映画監督の森達也氏を迎え、「戦争が生み出す社会パートU」を開催した。この間、研究会では、先端社会研究所関係者のほかに、野上元氏(筑波大学)、福間良明氏(立命館大学)、一ノ瀬俊也氏(埼玉大学)、祐成保志氏(東京大学)、竹沢尚一郎氏(民族学博物館)、内海博文氏(追手門学院大学)の各氏に報告していただいた。加えて、二〇一〇〜一一年度の先端社会研究所共同研究「共生・移動プロジェクト」では、日中戦争の舞台であった雲南省における戦争の記憶について、雲南社会科学院に委託調査を依頼した。その成果の一部が本書第7章である。

 いち早く近代国家へと足を踏み出した日本と中国、朝鮮半島など他のアジア地域では、近代国家としての境界への認識をもつようになる時期にもずれがある。これが、現在の領土をめぐるコンフリクトにつながっている。こうした点を認識したうえで、日中戦争や日本による植民地化が、戦後も影響を与えている点について共同研究を行うことこそ、アジア地域の研究者が担うべき役割であろう。