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P. サガード 著

無藤隆監訳/松井由佳・松井愛奈訳

脳科学革命
――脳と人生の意味


四六判上製424頁

定価:本体4200円+税

発売日 13.1.15

978-4-7885-1321-1






◆脳科学から言えること◆

われわれは科学時代に生きていますが、いまだ心は身体には帰すことのできない何か特別なものと見なしがちです。しかし脳科学の進歩は、人が世界を知覚し、推論することを可能にしている脳内プロセスを明らかにするとともに、人間の道徳性や生きることの意味といった哲学の根本的問題にも科学的な回答を与えつつあります。そして、人々の考え方に、コペルニクスの地動説やダーウィンの進化論に匹敵する革命を起こしつつあります。では、脳科学革命は、私たちの世界の認識にどのような変化をもたらすのでしょうか? それは生きることの意味や価値とどうかかわるのでしょうか? 認知科学、脳科学、哲学の広範な研究範囲にわたって世界をリードしてきたサガードの、同時代人へのメッセージです。


脳科学革命 目次

脳科学革命 はじめに

ためし読み
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脳科学革命─目次

はじめに 
謝  辞

第1章 人には知恵が必要だ
なぜ生きるのか?
知恵の源
哲学的アプローチ
心と脳の関連性
本書に書かれていること
結 論 

第2章 証拠は信仰より強し
信仰 対 証拠 
信仰はいかに働くか 
証拠はいかに働くか 
科学における証拠と推論 
医学─証拠か信仰か 
証拠、真理、神 
アプリオリな推論と思考実験 
結 論 

第3章 心は脳である
脳科学革命 
心が脳である証拠 
二元論を支持する証拠? 
心脳同一説への反論 
あなたは何者なのか? 
結 論 

第4章 脳が現実を知る方法
現実は捉えられないか 
物体について知る 
見かけと現実 
概 念 
知覚を超えた知識 
脳における整合性 
整合性と真理 
結 論 

第5章 脳はいかにして感情を感じるか
感情は重要である 
脳内での価値判断 
認知的評価 対 身体状態の知覚 
統合─EMOCONモデル 
感情の意識 
さまざまなレベルでの説明 
合理性と感情に伴う問題 
結 論 

第6章 脳が意思決定する方法
難しい決断 
最良の計画への推論 
脳の中の意思決定 
目標を変える 
なぜ間違った意思決定がなされるのか 
自由意志なしに生きる 
結 論 

第7章 なぜ生きることに価値があるのか
生きることの意味 
虚無主義 
幸 福 
目標と意味 
愛 
仕 事 
遊 び 
結 論 

第8章 欲求と希望
欲望 対 欲求 
生きていく上で不可欠な欲求 
愛・仕事・遊びによって欲求が満たされるしくみ 
バランス、整合性、そして変容 
希望 対 絶望 
結 論 

第9章 倫理的な脳
倫理的な決定 
良心と道徳的直観 
ミラーニューロン 
共 感 273
道徳的動機 
道徳論 
道徳的客観性 
責 任 
結 論 

第10章 本書から言えること
見出されたつながり 
得られた知恵 
国はどのような政府をもつべきか 
創造的な変化はどのように生まれるのか 
数学的知識とは何か 
なぜ何もないのではなく、何かがあるのか 
知恵のこれから 


注  
監訳者あとがき  
文献  (17)
用語集  (11)
事項索引  (4)
人名索引  (1)
装幀=臼井新太郎
カバー写真=スズキアサコ






脳科学革命 はじめに

15歳のときに読んだ本で、私の人生は大きく変わった。そのときから、哲学と認知科学という、心の作用を研究する学際的分野へと向かう私の知の旅が始まったのである。サスカチュワン州サスカトゥーンの公共図書館で書架整理の仕事をしていたときに、バートランド・ラッセルの『宗教は必要か』(訳注1)を目にしたのである。カトリック系高校の生徒であり、ミサの侍者を務めたこともあった少年にとって、このタイトルは刺激的であった。特に、当時の私は、学校で聞く尼僧や司祭の教えに対する疑念が膨らんでいた。私は、神の存在に関する標準的な議論を打ち壊すラッセルの著作をむさぼるように読み、さらにジョン・スチュアート・ミルやジャン=ポール・サルトルなどの、同様に無神論的な哲学者の本を読み始めた。そして同じころ、図書館の職業に関するエリアの書棚整理をしていて、大学教員の快適な生活について書いた本を手にし、哲学教授になるという大望を抱くようになったのである。

驚くことに、この夢は現実となり、そして40年以上経った今、私を宗教から哲学へ、そして心理学や人工知能、神経科学にまでいざなってくれた、すばらしい学術的探検を回想することができる。私は今、脳が心を作るしくみの理解に対する現在の発展に、最初に哲学を発見したときと同じ興奮を覚えている。この10年の間に、神経科学における実験と理論的成果が急増し、人間の思考や感情、行動のしくみに関する洞察が大いに深まった。これらの成果は、伝統的な哲学の問題だけでなく、どうすれば人は良く生きられるのかという日常的な問題にも、大きな影響を与えるものであった。

本書は、脳科学が知識や現実、道徳性、生きることの意味に関する哲学の根本的問題にとって重要であることを、広範に議論している。かつては宗教的思考が得意とする領域であった形而上学的な問いや倫理的な問いを解明するためには、人が世界を知覚したり、世界がどのようであるか、また世界はどうあるべきかに関して推論したりすることを可能にしている脳内プロセスを理解する方が有効であることを示そう。台頭しつつある、心が脳であるとする考え方がもたらすのは、宇宙の中心に地球ではなく太陽を置いたコペルニクスの跳躍や、人間は神による創造物ではなく進化によってもたらされた動物であるとしたダーウィンの跳躍と同じくらい重大な、概念上の革命なのである。

コペルニクスやダーウィンの革命とは違って、現在認められるこの変化に関与しているのはひとりの思想家だけではない。だから私はこれを、脳科学革命と呼ぶこととする。神経科学や心理学で得られた膨大な証拠は、魂や自由意志、永遠の命に関する伝統的な観念の多くを放棄するよう求めている。多くの人にとって、このような移行は痛みを伴うものであるが、本書では、私が神経自然主義と呼ぶ枠組みの中で、どうすれば生きることの意味や価値を見出せるかを示したい。自然主義とは、哲学の問いに取り組む方法として最も良いのは超自然的な源を探し求めることではなく、科学の証拠と理論を考慮することであるという考え方である。物理学から人類学まで、多くの科学の領域が関連してくるが、本書では、神経科学が、特に心や意味の性質に関する問題に関係していることを見ていく。

自然主義には、信仰よりも、また、思考実験に基づく概念的推論よりも優れた点が多くある。避けがたい哲学的問いに対する答えを科学だけで出すことはできないが、科学と哲学との協同によって、現実や道徳に関する一般理論を打ち立てることができる。本書では、愛・仕事・遊びの活動によって生きることに意味が与えられる上で、脳がどのように実世界に関する知識にたどり着き、また、どう行動すべきかに関する良い決定をどのように行っているのかを示す。

執筆にあたっては、専門用語やあまり知られていない内容は避け、専門的な知識のない読者でも理解できることを目指した。本書を二つのレベルに分け、本文では、できる限り多くの人に分かりやすいものにするため、哲学や科学の関連文献への参照情報を挟まず、主要な考え方の説明のみを行った。研究者向けには、広範にわたる注釈と参考文献を付して、文献と私の考察とを関連付け、さらに参照すべき文献を提示した。巻末の用語集では、主要な用語の意味を簡単に解説した。ウェブサイトへのリンクなどの補足資料は、http://press.princeton.edu/titles/9152.htmlに掲載する。